6話 父上!
弟が産まれ、はや半年が過ぎようとしているある日。俺は父に面会することにした。
翌日に成人を迎えることとなったこの日、俺の決意を表明し、俺の今後の人生を決める為、父に直談判といった体裁だ。
俺は約束の時間にリディアを連れ、父の執務室へと向かった。
「父上、お忙しいのに、お時間を取らせてしまい申し訳ありません」
「うむ、構わん。わしもお前に話があったので、特段問題はない」
「ありがとうございます」
あれから半年も経過したせいか、父も以前と同じように俺に対応してくれている。
あの話からひと月ふた月は、お互い気不味く、ギクシャクとした親子関係だった。父は俺を男と騙し続けていた手前、俺への罪悪感からか、しばらくはあまり家に近寄らず、領地の視察とかこつけて家を開けることが多かったのだ。
ふっ、別にそんなもの、領主自ら出向かなくとも良いものを、と鼻で笑ってしまった。
まあ顔を合わせづらかったのは、お互い様だ。
どちらにしてもお互い冷却期間を置き、落ち着いてからまた話し合いを持とうと考え、今日に至った、ということである。
「明日にはお前も成人か……本来ならお前が……すまなかったな」
「父上、その話はもう済んでおります。いくら頭を下げられようとも、俺が男になることはこの先二度とないのです。弟が産まれた以上、男と偽わった女の跡取りよりも、リーマン家に本当の跡取りができたということを喜ぶべきでしょう」
「……うむ……すまない……」
俺が謝って済む問題ではないと言っているように聞こえるのか、父は再度頭を下げた。
まあ確かに謝って済む問題ではない。嘘で塗り固められた男としての今までの人生。今後の人生をめちゃくちゃにしてくれたことは、一生ものの心の傷となったのだ。それはゆめゆめ忘れてくれるな、と父にも心してもらいたい。
「さて、父上がおっしゃられる通り、俺も明日、成人を迎えます。これで一人の人間として認められるわけです」
「うむ、その通りだ」
「つきましては、俺の今後をお話ししようと思い、こうしてお時間をいただきました」
明日成人する。それは多くの自由を手に入れると同義である。
この国では成人以下の未成年には、人権というものが認められていない。つまり未成年は何をするにも保証人のような後ろ盾がなければ、自由に仕事もできないし、街から出ることも叶わないのだ。人権がないという事は、人として認められていないようなもの。故に未成年が一人で生きて行くにはとても厳しい世界という事だ。
いくら貴族の子供とはいえ、親の庇護がなければ、俺ですらまだ人として扱われない。それだけ未成年には厳しい世界なのだ。
しかしどちらにしても俺が女とわかった時点から、結論は早いうちに出ていた。
成人までのこの半年、俺が女と分かってからは、それまで厳重だった外出禁止令も解かれ、自由に領地を見て回ることもできた。今まで知らなかったことを経験し、そして学び、そして今後の方針を決めた。
成人をむかえたら、俺はこの家を出る。そう決めたのだ。
おれが父にそう切り出すと、何かを感じ取ったのか、ハッとした表情で口を開いた。
「シーベルタよ、先ずはわしの話からだ。よいな?」
「はい、構いません」
父は俺が何を言い出すのかおおよその予想はできているようで、先ずは自分の話を優先させようとしてきた。俺も否やはない。どちらにしても決意は固いのだから、話だけでも聞くのが、父へ、子としての最後の務めだろうから。
「明日成人を迎えるお前に、数件の縁談の話が持ち上がっているのだ。先ずはその話を進めてはくれぬか?」
なんとの用意周到なことだ。俺の成人に向け、もう既に手を回していたとは、余程罪悪感に苛まれているのだろう。
もしかして、領地の視察と銘打っていたはいいが、他の貴族へ挨拶回りをしていたのかもしれないな……。
しかし、
「ほう、数件の縁談が俺に……物好きなお方もいたものですね。こんな男まさりの男女を嫁に迎えようとは、全く趣味が悪い」
「なに、わしの見立てでも良い男ばかりだ」
「ふむ、男、ですか、男……」
この十五年余り男として育てられてきた俺に、男を紹介するあたり、父の焦りが見え隠れしている。
「ほらこれを見なさい、フィーネ公次男のジェームズ殿などハンサムでお前と釣り合うのではないか?」
「ジェームズ殿ですか。確か、一度父上と出かけた王都の貴族サロンでのお披露目会でお会い致しましたね。金髪碧眼でナヨナヨした弱そうな方でした。確かに子供の頃とは違いハンサムになる素養はありましたが、あの時点で鍛えもせずナヨナヨしていては、成長も期待できますまい」
俺の数少ない外出先、王都での貴族サロンで子供のお披露目をした時に出会ったナヨっちい奴だ。
確か7歳くらいの頃だったろうか。あの頃の年代なら子供達も性別など気にせず、俺が女だとは誰も分からなかったから連れていかれたのだろう。俺は男の衣装を着ていたし、他の家の女の子は、女の子らしいヒラヒラとしたドレスを着用していたことだけは覚えている。
男より逆に可愛い女の子のことをよく見ていた気がする。
「弱い強いは別として、彼と結婚すると、必ず大切にしてくれる。後にフィーネ公の外れの領地を治め、伯爵位を叙任されると噂が上がっているのだ。どうだ、シーベルタ? 彼ならきっとお前を幸せにしてくれるぞ?」
父のその言葉に、ぞわぞわと背筋に悪寒が走る。
誰がそんなナヨっちい奴に幸せにしてもらえるというのだ? 俺か?
そもそも俺は男と結婚する気など毛頭ないのだ。俺が男ではなく女と知ってから、わずか半年しか経っていない。その短い期間で女になれると思っているのか?男として育った年季が違うんだよ!
はいそうですか。と、女になれるわけがない。むしろ男のリディアの方が俺より数万倍女らしいいし、根本から女性の心を持っているのだ。
──ああ、もういい、茶番はこれまでだ! 俺の我慢も限界である。
「父上。俺をリーマン家として他の良家へ嫁に出したいことは理解しています。俺もできればリーマン家の長子として、リーマン家に利益を齎せるよう動きたいのは山々なのです。ですが、それとこれとは話は別です。父上は今まで男として生きて来た俺が、男と結婚してうまくゆくとお思いですか? 女と知って高々半年で、すぐに女として生きていけるとでも考えていたのですか? ご冗談を……父上、冗談は今まで俺を欺いていたことだけで十分なのです」
「う……シーベルタ……」
父は俺の言葉にぐうの音も出ない。
だがここでやめる俺ではない。
「それに俺だけではありません。父上、貴方はリディアをも騙していたのですよ?」
「うぐ……」
「シーベルタ様! わたしのことは良いのです」
リディアが自分のことは良いのだと、俺と父の間に割って入ってきた。
だがもう収まりがつかない。
「いいや良くない! リディは黙っていろ! ここでハッキリとさせておかなければ、いずれまた同じようなことをするかもしれない。俺だけならまだしも、弟がもしそんな非情な嘘を、一族総出でされたなら、これほど悲しいことはない。そんなことを二度とさせないように釘を打っておかねばならないのだ!」
「……」
止めようとするリディアをどかし、父に向かって俺は言い募った。
そんな俺を見た父は、もう口籠ることしかできないようだ。
今まで家長である父に口答えなどしたことのなかった俺が、こうも語気を荒らげ糾弾してくるとは、思ってもみなかったのだろう。
「父上、謝罪は受け取っておりますのでもう結構です。ですが、貴方はご自分の子である俺、それとリディア、二人の人生を狂わせたことをお忘れなきように。縁談など受ける気は毛頭ございません。お断りを入れておいて下さい」
「……」
俺の剣幕に押され、父はしゅんとして項垂れてしまった。