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3話 どうすればいいんだ……

 父から衝撃の事実を突きつけられた俺は、悄然として廊下を進んでいる。


 廊下を壁伝いにフラフラと進むと、俺の心中とは裏腹に、弟の甲高い泣き声と、誕生を喜ぶ後妻、それに使用人達の歓喜の声が響いて来た。

 リーマン家に待望の男の子の誕生。偽物や偽者ではなく、正真正銘の男の子なのだ……。


 なんだ? この温度差は……本当なら兄として、俺も一緒にその歓喜の輪の中にいるはずじゃなかったのか? なんだよ、この喪失感……。


 ──よし、弟よ、早く大きくなれ。俺がみっちりと稽古をつけてやる! お前を父上よりも強くしてみせるからな。期待していろ!


 産まれてくるのが弟だったならば、そう最初に必ず声をかけようと考えていた言葉も、今は紡ぐこともできない。


 ──ふっ……次期当主から辺境伯令嬢? 俺の人生産まれた時から偽りだったって事か? 偽者を演じていたと……なんだよその茶番は……。


 未だこれが嘘だと言って欲しい。

 男として育った俺が、他の男と結婚するだなんて、身震いするほどに恐怖だ。

 なにがお前は母親に似て美しい、だ! そんな美しさより強さを求めていた俺にとっては、褒め言葉にもならない。良き縁談もみつかる、だと? 俺は、俺は同性愛者じゃないんだぞ! 本当に身体は女なのかもしれない、だが心は誰よりも男なのだ。それを偽って結婚しろ、と?


 俺は壁をドンと叩き内心で罵った。

 もう何が何だか訳が分からなくなってきた。


「シーベルタ様。こちらにいらっしゃいましたか」


 そう壁と睨めっこしていると、背後から声を掛けられた。


「ああ、リディか……」


 振り返ると、俺付きのメイドのリディアが息を弾ませ、頬を染めながら立っていた。


「可愛らしい弟様の誕生だそうですね。皆様もうお部屋にお集まりのようですよ? さあ、シーベルタ様も参りましょう」


 そう言いながら俺の手を引こうとするリディア。

 頬を染めているのは、弟を早く見たいからなのだろう。俺も見に行きたい……だが、


「いや、俺はいい。今父上が向かったのだろう? 俺がゆけば母君も気を使うだろう。今は、父上と母君で喜びを分かち合えばいい。俺は考え事があるので部屋に戻る。リディアは弟が見たければ行け」


 心にもないことを口にして、俺の手を引こうとしていたリディアの手を振りほどいた。

 本当は俺が誰よりも一番に弟の顔を見たい、そして早く大きくなれと言ってあげたいのだ。


「どうしたのですかシーベルタ様? あれだけ妹様か弟様が生まれるかで楽しみなさっていたのに? それにいつものシーベルタ様らしくありませんよ? あら、そういえば顔色が優れないようですね。具合でも悪いのですか?」


 いつもの俺らしくない態度に、首を傾げながら無遠慮に顔を覗き込んでくる。


「いや、なんでもない……すこし、考え事をしているだけ……だ」

「そうですか……では、お部屋までお送りしますね」

「いや、一人でいい。お前は弟を見に行け」


 そして弟の可愛さを俺に伝えてくれ。とはいえなかった。


「もぅ~、なにをおっしゃるのですか? わたしはシーベルタ様付きのメイドです。シーベルタ様のお世話をするのがわたしの仕事なのです。弟様がいくら可愛かろうとも、わたしはシーベルタ様一筋なのですよ」


 チラチラと奥の部屋に視線を送りながらそう言われても説得力がない。早く弟を見たくて堪らないのが手に取るようにわかる。


「いいから行け。俺は一人で戻れる」

「行けません。ずっとお庭にいたのですから、お着替えもしなければなりません。シーベルタ様がお一人でお着替えをしたと知れたら、私が使えない子になってしまいます。シーベルタ様はわたしを追い出したいのですか?」

「分かった……なら頼む……」

「はい!」


 リディアはにっこりと微笑んで、俺の前を歩き出した。

 普段メイドに着替えさせてもらっている手前、自分で着替えるには、少々貴族の衣服は複雑だ。何度か自分で着替えてみたことがあるが、ボタンを違う場所にかけたり、無理に袖や足を通し、生地を裂いてしまったことが何度かあるのだ。背中にボタンがたくさん付いているのがいただけない。どうやっても一人でかけられる位置には付いていないのだから。

 まあ、従者に着せてもらうのを前提にした衣装なのだから仕方がないのだが。

 その時一人で着替えたのがすぐにバレてしまい、メイド達が叱られた事件は記憶に新しい。


 リディアの後ろを付いて歩いていると、すこしは日常を取り戻した気分になった。

 気のせいか、先ほどの父の話がすこしは薄れてゆく感じがする。

 実際あの話が本当のことなのか、いまでも信じ切れていない自分がいるのだから。


「あっ、シーベルタ様!」

「──わっ!」


 少しボーっとしていたのか、俺の部屋の前で立ち止まったリディアにそのままぶつかってしまった。


「す、すまん」

「もぅ〜、どうなさったのですか? ほんとうに具合が悪そうですよ? すぐにベッドの準備をいたしますので、今日はお休みなられたほうがいいのではないですか?」

「……ああ、そうしよう」


 どうも考えないようにしていても、やはり心に甚大なダメージがあるようだ。

 少し休んで落ち着いた方が良さそうである。


「さ、お入りください」

「ああ……」


 リディアに促され部屋に入る。

 リディアは早速ベッドの支度に入り、俺は椅子に座ってそれをボーっと眺めていた。

 リディアは女性だ。ヒラヒラとしたスカートを翻し、女性らしい所作でベッドの準備をする様は、とても可愛らしいものだ。

 これが女性というもの……俺にはそんな女性らしい所作すら無縁に育ってきた。肉体を虐めるように鍛え、強く、誰よりも強くなろうとしていたのだ。そこに女性らしさを求めることなど、一切考慮などしなかった。いや、考慮以前に、自分は誰よりも男だ、と、そう教えられ、自分でもそう頑なに信じてきたのだ。考慮する余地などないほどに……男だったのだ。


「リディ……」

「はい、なんでしょうかシーベルタ様?」


 俺の呼びかけにベッドを整えながら返事を返す仕草も女性らしいリディア。

 その所作のひとつひとつに、今までになかった苛立ちが沸々と湧き上がってくる。


 ──こんな所作……今の俺には到底真似などできない……。


 父が言うように、今後俺は女として生きていかねばならないのだろうか? このように女性らしい所作を身に付け、女性らしく振る舞い、女性としてこの家の為にどこかの貴族の御曹司の元へ嫁がなければならないのか?


 それは途轍もなく難しく、そして途方もなく無理に近い生き様になるような気がしてならない。いったい俺はどうすれば良いのだろうか……。

 突き付けられた現実は、余りにも非情なものだった。


「──タ様? シーベルタ様?」


 ふと我に帰ると、目の前でリディアが俺を何度も呼んでいた。


「あ、ああ、リディ……なんだ?」

「もぅ〜、なんだ? ではありませんよ。シーベルタ様からわたしを呼んでおきながらなんなのですか? ボーっとして、どこを見ているのかわからないような虚ろな目をしていますよ? ほんとうに大丈夫ですか?」

「あ、ああ、すまん……どうも、弟が産まれたことで、ホッとしたのかもしれない……疲れているのかもな」

「そうですか? なにか違うような気がしないでもないですが……まあ、あれだけ弟様が産まれたらいい、と楽しみにされていましたからね。本当に安心なされたのかもしれないですね」


 リディアは胡乱な表情のまま、納得したのかしないのか分からない感じで頷いていた。


「では、お召し替えいたしましょう。そして少しお休みください」

「あ、ああ、頼む……」


 こうして俺は、リディアに着替えをされるのだった。


お読み頂きありがとうございます

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