2話 今更女と言われても
「な、なん、だと……お、俺が……俺が、オンナ、だ、と……?」
がびーん! と脳内を揺さぶられたような衝撃を受け、ふらつき立っていられない。思わず床に手をついてしまった。
女とは、あの、女、女性という意味で間違いない、よな?
父は俺を女だと言った。それもこれまでにないほど真剣な表情で。
女性とは男性と結婚し、子供を産む性別。子孫繁栄にはなくてはならない性別だ。(男もなくてはならないが)
俺の母親が女性であったことは間違いない。男性は子供を産まないからだ。
父の第一夫人であった俺の母は、俺を産んだ直後、その短い一生を終えたそうだ。後にそれを聞いた時、俺を産まなけれ死ななかったのではないか、と自分を責めたこともあったが、俺は母の分までしっかりとリーマン家を継いで行こうと心に決め、これまで歩んで来た。
そして今日まで俺は、リーマン家の長男として生きて来たのだ。
「お前は女だ。この意味、分かるな?」
「……」
俺が女だという父の言葉は、がびーん、がびーん、がびーん、と容赦無く脳を揺さぶる。
女ということは、この家の後継者にはなれないということ。
そんなことは重々承知している。この国は家督を継ぐ者は男性でなくてはならない。女性では貴族の当主にはなれないのだ。その昔は女性でも家督を継ぐことはできたが、今では、それはできなくなったのだ。
理由としては、どちらにしろ女性の当主も婿を取らなければ跡継ぎを輩出できない。そこで他の貴族と婚姻を結び、婿を取ることが多々あった。政略結婚という意味合いもある以上、婿に出す家は長男以外の者を婿に出す。そうすることによって家の主導権を婿に来た貴族側に乗っ取られる、といった由々しき事態が度々起こったそうだ。それ以来、法によって女系当主廃止令が施行されたのである。
「つまり俺は、女、だから、父上の跡を継ぎ、当主にはなれない……と」
「その通りだ……」
父は苦虫をかみつぶしたような顔で頷いた。
ではなぜ俺は男として今まで育てられたのだ? 弟が産まれたと同時にそんな現実を突きつけられ、いったいどうすれば良いというのだ?
確かに今思えばおかしかった部分も往々にしてある。箱入り娘のように家から出ることを禁じられ、同年代の友達もいない。それなりに仲良くしているのは、側近予定の家臣の子達だけだ。全て父の息がかかった者たちである。
それは俺の性別を偽るためだったのか?
風呂に入るのもメイドに入れてもらい、着替えも全てメイドがする。
最近立派になって来た大胸筋。それを布で巻きやっと男らしい胸板が出来上がって来たと喜んでいたのだ。たくましい男ほど大胸筋が発達している。メイドも「立派な胸板になりましたね、もう大人のオトコですね」と褒めてくれた。
だから俺も「そうだろう、そうだろう」と、誇らしかったが、それは女性の胸、おつ、ぱい、だったということなのか?
──がびーん! と、再度衝撃が加速された。
メイドも俺を騙し続けていたということ、か……。
どうもおかしいと思っていたんだ。大胸筋にしては、ぷよぷよとして柔らかかった。布で締め付けることで多少は硬くなったが、それは偽物の大胸筋だったの、か……。
うちのメイドはどういう訳かみんな胸がツルペタなのはそういう訳か。女性と男性の身体的差異を見せまいとして。どう考えても俺の方がメイドたちよりも胸が大きいじゃないか!
成る程……用意周到にも程があるぞ父上!
俺は男性と女性の身体的区別がよく分からない。他の男性の裸を見たことがないし、女性の裸も見たことがない。意図してそうならないようにされていたということか。
そもそも自分の身体が男だと思って来たのだ。この身体が男性たる鍛え抜かれた体とだと信じてやまなかったのだから。(実際は最近、所々ぽっちゃりして来て、少し悩んでいた。胸とかお尻とかが……)
肖像画で母の胸が膨らんでいるのを見て、女性はそういうものなんだ。とだけしか考えていなかった。
それもそうだろう。生まれた当初から俺は「男」として育てられて来たのだから、俺は男だとしか考えることはしない。父は勿論、家臣達、屋敷中の使用人達、全員が俺を騙していたことになる。
「なぜ、なぜ今まで俺は男として……いや、大体わかりました……」
父の答えを待つ前に理解できた。
男子の後継者が生まれなかった場合、頑張れるまで頑張って幾人もの嫁を募ってでも後継者を産んでもらうのが多くの貴族に言えることだろう。しかし父は辺境伯という立場上、いつ死ぬか分からない戦いが多かった。若い時期は戦いに明け暮れ、俺の母と結婚した時には、晩婚と言える年齢だったのだ。
故に俺が生まれ母が死んだ後、後添えを娶るのも苦労したのだ。そして子を成す年齢も限られていた。次に子を成せるかどうかも怪しい年齢に達していたのだ。
そしてもう一つは、親類で近しい血筋から養子を迎えようにも、父の家系は女系が多く、他の親類にも男子は後継者一人しかいないという状況だったという。
ゆえに、母が死に、後添えも養子も迎え入れらえないと諦観した父は、唯一の子である俺を、男として育てることに決めたのだろう……なんと愚かな……。
そして数年前ようやく後妻を迎え、無理だと言われていた子宝に運よく恵まれた。
そして父の年齢的にも、これが最後のチャンスということだったのだ。そこでまた女の子だったら……ここからは想像でしかないが、おそらく俺はそのまま跡取りとして成人のお披露目を受けることになったのだろう。
そして本日めでたく待望の男の子が生まれた。
──で、俺はめでたくお払い箱か……。
まったく。ずっと騙され続けていたとは……ほんと、おめでたいものだ。
「すまんなシーベルタ。お前に嘘をつき続けて来た儂を許せとは言わん。だが、お前は母親に似てとても美しい。これからは貴族女性として、その美しさに磨きをかけなさい。さすれば良き縁談も早々に結べることだろう」
「……」
父は申し訳なさそうに、そして諭すようにそう言った。
しかし現時点で俺は、父が何を言わんとしているのか全く理解できなかった。
磨きをかけろ? 剣技や魔法に磨きをかけて来た俺が、今更美しさに磨きをかけられると?
良き縁談? 俺は嫁を取る立場から、急転直下、嫁に行く側か?
なんだそれ……訳がわからん!
「……ち、父上……考えを整理したいので、今は失礼します。それに俺の弟が産まれたばかりです。父上も今はそんな話よりも、弟の誕生を祝ってあげて下さい……では、失礼します」
「あ、ああ……」
産まれてきた弟には、なんの罪もない。今は誕生を祝うべきだ。
俺は未だふらつく体を気力で動かし、呆然としながら父の執務室を後にするのだった。
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別連載で、「おっさん異世界で奴隷として生きる」も投稿しています。よろしければ覗いてみてください。
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