15話 護衛終了
翌日、馬車は一路目的地へ向け走り出す。
おっさんの目的地であるカリパラの町までは、後1日と半分かかるらしい。今日ももう一泊宿場町に泊まり、翌日の昼過ぎには到着する予定だという話だ。
あと二日の移動である。何事もなければいいが……。
宿場町を出発した俺達は、昨日の件もあって、門を出る時に衛士達の盛大な見送りを受けることになってしまった。
なんか恥ずかしいからやめて欲しかったが、衛士達を責めるわけにはいかない。領主の子と知られてしまった以上、父は衛士の雇い主のようなものだ。無礼な対応はできないと、この宿場町の衛士全員に周知されたのだろう。
しっかりと教育を受けている兵達だ。
こうして俺達は宿場町を後にしたのだった。
馬車は順調に進んでいる。
時折魔物が出てくる以外は平和なものだ。もしかして昨日のように盗賊が現れるかもしれないと、一応は警戒しながら進んでいる。
「ところで雇い主、おかま野郎とはどういった意味だ?」
昨日気になったことをおっさんに尋ねてみた。
襲ってきた賊共がそう言って俺を笑い者にしていたのだから、おそらくいい意味ではないのだろうが。
「お、おぅ、に、兄ちゃん……そ、そりゃあ……」
おっさんはオドオドしながらなんとか言葉を絞り出すが、正直に言って良いことかどうか迷い言い淀んでいるようだ。おそらく俺のような者を貶すような言葉なのだろう。
いくら最初のように接しろと言っても、真実を知ってしまった以上普通に対応するのは難しそうだ。まあ仕方がないのか。
「遠慮せず言ってみろ。怒りはしない」
「あ、ああ……男が女のような格好をしたり、女のような言動をしているやつを「おかま」と呼んでいる……んです……」
「ぬぅ? 女みたいな男ということか?」
「ちちち、違うます!」
おっさんは馬の手綱を手放す勢いで否定した。
なんだ? まるっきりおっさんが俺をそう言っていたことじゃないのか? それとどこが違う。
「そ、それは、女の子みたいに見えるだけで、他意はないです。いや他意はないのさぁー。に、兄ちゃんは言動も態度も男らしいけど、顔が女の子のように整っているという意味で……」
「ふむ、そうか」
とても言いづらそうだ。
おっさんお話を総括すると、「おかま」というのは、男が女の真似事をしていることを指すらしい。男が女の口調を真似てみたり、女の格好をしてみたりと、そんなことをしていることを指すらしい。
しかし、それはもともと女性の心を持った男の障害みたいなものだという。趣味でそういったことをする奴もいるらしいが、大方は性と身体の不一致が引き起こす事象らしい。
故にそこから派生した「おかま野郎」という言葉は別物だということだ。
詳しく聞くと、様々なケースがあるらしいが、「おかま野郎」とは総じて女みたいにナヨっちい男に対して使うような、まさしく蔑んだり馬鹿にするような言葉だということだ。
まさにフィーネ公爵の次男、ジェームズ等ががそれに該当するな。子供の頃会っただけだが、ジェームズはナヨナヨヘナヘナしていてまったく男らしくなかったからな。
「なんと! あの賊はシーベルト様をそんな風に馬鹿にしていたのですか!雇い主様、馬車を戻してください!」
「うへ、嬢ちゃんそれは……」
そうおっさんと話していると、突然リディアが怒り出した。
馬車を宿場町まで戻せと御者台に座るおっさんに詰め寄る。しかしもうかなりの距離を移動してしまった後だ、戻っていたら、今日中に次の宿場町には到着できなくなる。
「リディ、どうした急に?」
「シーベルト様を貶していたとは赦せません! あの賊供、万死に値します。私がこの手でとどめを、いえ、全員のお〇んちんを切り落としてくれましょう! 名実ともに『おかま野郎』にして差しあげます! さあ早く引き返しましょう!」
男の証を切り落とし、全員おかま野郎にしてやると意気込むリディア。
なんとも物騒なことを言い出すものだ。
「落ち着けリディ。そこまでする必要はない。すでに衛士に一任しているのだ。後は任せればいい」
「ですが納得できません。シーベルト様があんな奴らに馬鹿にされるなど、この世から灰も残さず消し去るべきです」
「分かった分かった。俺のことを考えてくれているのは嬉しいが、まあ落ち着け。でもこの話だとリディ、お前が一番『おかま野郎』に近いと思うが……」
「はっ! わ、わたしが、わたしが、おかま……野郎……」
リディアはハッとして現実に引き戻された。
男が女の格好をして女言葉を使っているのだ。まさにリディアに合致する。
「わ、わたしが、おかま野郎……」
がびーん! と脳天を殴られたような表情だ。荷台に手をつき、ガックリと項垂れブツブツと『わたしはおかま野郎、わたしはおかま野郎』と繰り返し呟いている。
おっさんも何か言いたそうな顔をしているが、そんなことを言ったら失礼にあたると考えているのか、顔を引き攣らせているだけだった。
ちなみに俺みたいな奴は、「おなべ」というらしい。このおなべ野郎! と、罵られる日がいつか来るのだろうか……。
斯くして荷馬車は順調に進んだ。
途中数度魔物に襲われもしたが、俺とリディアで退治し危なげなく次の宿場町に到着。翌日の昼には目的地であるカリパラという町に到着したのだった。
「おーっ! ここがカリパラの町か」
「結構大きな町のようですね」
「ここがリーマン領南の最後の大きな町だ。この先山を越えると他領になる」
おっさんはそう説明してくれた。
地図を適当に差した方向が南だったようだ。
そしてここはリーマン領の南の外れになる。ここから先は他の貴族が治める領地になるという話だ。
リーマン領は西を他国と面した領地。この国で他国と面した領地は我がリーマン家の領地のみで、故に辺境伯と呼ばれる所以でもある。代々国を守る要の領地としてリーマン家は続いてきたのだ。故に父を筆頭に、どこの領地にも負けないだけの武力を誇っているのである。
ここカリパラは、南側の他領との貿易の拠点として栄えているという話だ。リーマン領の特産物がこの町から出て行き、他領の特産物もたくさん流入してくるらしい。
おっさんはこの街でそういったものを仕入れ、首都で売りさばく商売を長年続けているということだ。
身分証明も無事終え、馬車は終点であるカリパラの町へと入った。
行商人のおっさんは、ここで品物を仕入れまたリーマン領の首都へと戻るそうだ。俺たちの護衛はここまで。
「うむ、ここで俺たちの護衛任務も終了だな」
「ああ、ありがとう兄ちゃん、それに嬢ちゃんも。本当に助かったぜ」
おっさんは慣れたのか、それとも自棄になっているのか、もう俺への対応は最初の頃に戻っている。
うん、この方が接しやすい。
「なに、気にするな。俺達も助かったからな。移動中雇い主には色々と知らないことも教えてもらったし感謝している」
「そんな勿体無いお言葉……いや、勿体無いねえ言葉だ……兄ちゃん」
おっさんは素が出そうになったが、必死に俺の命令通りに言い直した。
「それじゃあ依頼料銀貨80枚貰おうか」
「いや少し待ってくれ」
「ん? 払えないのか? まさか踏み倒すわけじゃあるまいな」
「そ、そんなことするわけねえだろ!」
おっさんは蒼くなって否定した。
全財産を入れてあった金袋には、それなりに入っていたから、払えないことはないはずだ。ではなにが問題なのか。
「魔物の素材を売り払ってくるから少し待っていてくれ。それもにいちゃん達のものだからな」
「なに? それも貰えるのか?」
「ああ、俺が倒したわけじゃねえからな。俺は解体したぐらいだ。数もそれなりにあるし、金貨2枚ぐらいにはなるだろう」
「ほう、そうなのか。だがいらん。約束通り銀貨80枚以外は受け取らない。それは雇い主が取っておけ、帰りの護衛費用にでも当てろ」
今の所俺たちは金に困っているわけではない。俺は家を出るときに金貨100枚を持ってきたし、リディアも自分の給金、金貨50枚ぐらいと餞別で金貨50枚も貰ってきているのだ。それに賞金首を退治した賞金が後から手に入るのだから、魔物の素材の金はおっさんから受け取らないことにした。
今回、何故おっさんが護衛費をケチったかも詳しく聞いた。
前回の行商で雇った護衛に騙され、商品の大半を使い物にならなくされたそうだ。
途中の宿場町で護衛費を先払いしなければこの先は護衛しないと言われ、本来は後払いなのだが、この先魔物に襲われる危険が多い場所を通行するため、護衛は必須と考えたおっさんは、渋々支払ったと。しかし翌日出発したはいいが、魔物が出てきたら護衛はすぐにトンズラしてしまったそうだ。
おっさんは魔物に追われ必死で逃げるも、積み荷の大半を魔物に奪われ、または壊されてしまったという話だ。
命は助かったが、商品が使い物にならなくなったことで収入もなく、次の仕入れをする資金だけで手一杯な状態。護衛を雇えば仕入れも少なくなる悪循環に見舞われる。故に護衛に回す金額を少なくするしかなかったと言うことだ。馬車もボロボロなのはそのせいらしい。
なんとも悲惨な話だ。まあ命が助かっただけでも儲けものといいたいところだが、商売には痛手だったのだろう。
「……な、なんてお優しい男みたいな姉ちゃんと可愛い兄ちゃんだ……」
「男みたいな姉ちゃん言うな!」「可愛い兄ちゃんと言わないでください!」
おいおいと涙を流しながらおっさんは、本音を言った。
それを俺とリディアに突っ込まれる。
しかし、どこの冒険者か知らないが、とんでもない悪さをする奴もいたものだ。このリーマン領内でそんな悪さをするとは許せない、見つけ次第とっちめてやろう。そう思う俺だった。
「うむ、確かに銀貨80枚受け取った。では達者でな」
「雇い主様もお元気で」
護衛の依頼料をもらった俺達は、おっさんの馬車を離れ歩き出す。
おっさんは俺たちの姿が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。
「リディ、忘れ物は大丈夫か?」
「はい、しっかりと忘れてきました」
「そうか、では冒険者ギルドにゆくぞ」
「ハイ!」
俺達は賞金をもらう為、冒険者ギルドへと向かうのだった。
□
シーベルトとリディアの姿が見えなくなるまで頭を下げ続けていた行商人は、ほっ、と吐息を吐き顔を上げた。
「ふう、マジでいい奴らだったな……本当にオレは運が良かった……」
前回雇った護衛に騙され、商売も立ち行かなくなるところ、駄目元で冒険者ギルドの前で叫んでいたら、偶然現れた二人組。
世間知らずの女みたいな男と可愛いメイド。色々と怪しい二人だったが、このままギルド前で叫んでいても誰も振り向いてくれないのは分かり切っていた。依頼料が低すぎるから見向きもされないのは周知の事実だったのだ。
だがそこに金額を気にすることもなく二人は、同じ方向に行くなら乗せろ、といって雇われてくれた。
行商人もこれ以上贅沢は言えないだろうと思い、仕方なくお願いしたのだ。
初日こそどうなることかと思ったが、護衛の仕事は問題なくこなしてくれた。
いや、問題なくどころでは無い。最近やばいと噂されている地域で、運悪く盗賊に襲われてしまったのだ。行商人はその時命を諦めた。たが、二人は難なく10人もの盗賊を返り討ちにしたのだ。
これは命の恩人といっても過言では無い。
「ありがとう領主様の御令嬢とメイド君。これでまた商売ができる……おっと、御令嬢言ったら怒られるな、スマンスマン。さてと、譲ってくれた魔物の素材でも売りにゆくか……んん?」
荷台に積んである魔物の素材の入った箱を見ると、その上に見覚えのない袋が置いてあった。
「なんじゃこりゃ? 忘れ物か?」
行商人は袋を持ち上げると、ジャラっとお金が入っているような感触が手に伝わってきた。
「か、金か? ……ってオイ‼︎」
袋の中を確認すると、結構な枚数の金貨が入っていた。
「なんだよ……これ……」
それにお金と一緒に一枚の手紙も入っている。
それを読む行商人。
【雇い主様、ここまで乗せていただきありがとうございました。
シーベルト様より雇い主様の取り分をここに置いてゆきます。
賞金首を討伐し、運んで衛士に届けるまでが懸賞金を受け取る仕事だった。故に雇い主様にも取り分はあるのだと申しておりました。
山分けということで金貨70枚をお受け取りください。
これで馬車を新調し、しっかりとした護衛を雇い、より安全に商売を続けられるようにと、シーベルト様はおっしゃっておられました。
今後の御安全とご繁栄をお祈りいたします。
重ね重ね、ここまでありがとうございました。】
「ぐすっ……てやんでい! ありがとうはこっちのセリフだってのよ! なんだよ山分けって……計算もできねえのか? なんでオレが一番取り分多いんだよ! くそっ! ほんとに……ほんとにありがとうだよ‼︎」
行商人は金貨の入った袋と手紙を抱きしめオイオイと泣くのだった。
数年後、その恩はリーマン領に返すべき、と商売に励んだ行商人は、リーマン領、ひいては国でも有数の豪商人となるのだが、それはまた別のお話……。
お読み頂きありがとうございます。




