10話 馬車で移動
俺達は、俺が地図を適当に指差した地に向け、馬車で移動している。
移動先が決まり、移動手段を探していたところ、各方面へ馬車が出ていることを知った俺たちは、その適当に決めた方角に出ている馬車を探すことにしたのだ。
街と街を繋ぐ定期馬車みたいなものがあり、その馬車を斡旋している建物を見つけ、そこで目的地に向かう馬車がないか尋ねた。しかし一足違いで、その方角へ向かう馬車は出たばかりだったのだ。次にその方向に向かう馬車は、二日後の同じ時間だという話だったので、俺とリディアは、がっくりとうなだれてその建物を出ることになった。
今考えれば、別に目的地などどこでもいいような気がしてならない。なにせ適当に地図を指差した場所に、そんな思い入れがあるわけでもないし、どうしても行かなければいけない場所でもないのだ。
リーマン家のお膝元の街とあり、あまり長居したくないと考えていたのだから、次に街を出る馬車に乗れるのなら、ほんとうはどれでもよかったのだ。
だがその時の俺とリディアは、一度決めたことを覆すことはしなかった。俺が決めたことは絶対なのか、はたまた命令は実行するものだと思い込んでいるのか、リディアもその方角以外の場所へは見向きもしなかった。
それがそもそもの間違いだったのだ。
なぜなら、頑なにその方角の馬車にしか乗らないのだと思い込んだ俺たちは、偶然、ほんとうに偶然にその方向に向かう馬車に出会ってしまったのだ。
そしてこうなった。
「うオロロロロロ〜っ‼︎」
そう、俺は盛大に吐いている。
リーマン領の首都を出て数時間して一度馬車は休憩のために止まった。
馬に水と飼葉を与えるためだと、御者のおっさんは言っていた。
正直俺も助かった。
もう少しで大変なことになる予感がひしひしと押し寄せていたのだ。実害を伴って。
「さ、シーベルト様、お水ですよ?」
「うう……要らん……飲むと、余計に吐きそうだ……うえっぷ!」
フラフラと荷馬車の荷台から降りた俺は、草むらに向かい、オロロロロロ〜っ!と盛大に吐いてしまったのだ。
「ああ、もぅ〜大丈夫ですか?」
リディアは盛大に吐いている俺の背を優しく摩ってくれる。
なんとも情けない……馬車に酔うとは、軟弱で話にもならん。これでは騎士として戦えんではないか……まあ、もう騎士になることもないのだろうが……。
これはあれだな。籠の鳥のように敷地内から出なかった弊害だな。
そう思ったのだが、乗馬ではこんなに酔うこともなく訓練できていたし、何が違うのだろうか。だが乗り物酔いとはなんとも情けない。
確か幼い頃王都に行った時も馬車酔いし、リディアに介抱してもらった最悪の記憶がある。もしかして馬車に弱いのか?
馬車の旅の記憶など、そんなものしかない。だがこれは少し違うような気がする。
なぜなら俺達が乗っている馬車は馬車でも荷馬車なのだ。そもそも定期便の馬車と荷馬車は別物らしい。乗り心地が雲泥の差だそうだ。定期便の馬車は人を乗せて走るのを目的とした馬車らしいので、ちゃんと人の乗る椅子も装備されており、お尻に負担も少ないそうだ。おまけに路面の振動を吸収するような仕組みも取り入れているらしく、意外と快適らしい。
しかし荷馬車にはそんな装備は一つもない。小さな小石ですら、車輪を伝い荷台に振動を伝えてくる。荷台の板の上に直に座るお尻は、如実にその振動を拾ってしまうのだ。
確かに家の馬車はこんなに揺れなかったと記憶している。
今更後悔したところで、荷馬車に乗ってしまったのだからもう遅い。
それにこれは荷馬車、荷馬車でも、父並みに年季が入っていそうな代物だ。ボロボロで今にも壊れそうな荷馬車である。おそらくこれがいちばんの原因だろう……。
定期便の馬車が行ってしまい、どうしようかと思いリディアと共に街を徘徊していたところ、とある建物の前で一人のおっさんが護衛依頼を声高に叫んでいたのだ。
しかし声高に叫ぶおっさんをよそに、周囲の奴等は誰もその声に耳を傾けるでもなく、誰もが無視をして通り過ぎて行く。建物から出てくる武装した割と強そうな人達にも必死に声をかけたりもしていたが、おっさんは邪険に扱われる始末だった。
俺達がなぜそれ見ていたかというと、そのおっさんが声高に叫んでいた護衛依頼の行き先が、まさに俺たちが向かう方向の町の名前だったのだ。
まあ、俺とリディアは、多少腕には自信があるし、よほど強いドラゴン系の魔物が出ない限り問題ない。なにより行き先が一致していることで、渡りに船とそのおっさんに声をかけ、こうして護衛依頼を受けつつ移動手段を手に入れたというところだったのだ。
だがこれは予想外にしんどい苦行であった。
「お吐きになったぶん、しっかりと水分を摂らないといけませんよ? 脱水症になってしまいます」
「う、ああ、でも、飲むとまた吐き気……うえっぷ!」
吐き気が止まらなかった。
ちなみに、なぜこのおっさんの依頼をみんな無視していたのか聞いたところ、あの建物は冒険者ギルドという建物で、護衛依頼を出しに行ったところ、依頼額が少額過ぎて受けてもらえなかったそうだ。
冒険者ギルドとは、冒険者と呼ばれる者達に仕事を斡旋する場所らしく、俺も噂では聞いたことがあるが、庶民で定職を持たない者達に人気がある職業らしい。一見自由業として見られがちらしいが、冒険者ランクという階級があるようで、階級が上の者は、知名度も上がり貴族と同等の地位を得る者までいるそうだ。英雄クラスの強さを持つ者は、王が直々に依頼を出したりするらしい。
父にも冒険者の話は聞いたことがあるが、戦争などの有事の際にも、冒険者ギルドに依頼を出し、そういった人達を雇うことがあるそうだ。自由業とはいえ、色々と重宝するのが冒険者という職業らしい。
と、その冒険者ギルドに断られたおっさんは、依頼を受けてもらえない以上、護衛は自分で探さねばならないらしく、ギルド前で声高に叫んでいたという話だった。だが誰にも見向きもされなかったようである。結局は依頼料が安すぎるのが要因としてあげられるのだろう。
旅はとかく危険が付き物で、荷運びを生業にしているような運搬業や行商人は、危険よりも安全を買い、冒険者に護衛を依頼するのが常らしい。個人的に常用雇用できないような商人は、冒険者ギルドに手数料を払い、冒険者の斡旋を受けるのが常識だとか。
というわけで、おっさんは、冒険者ギルドの手数料を抜いたら冒険者に支払う金額が少額になる為、最初から依頼を蹴られたということみたいだ。
まったく……依頼料をケチって儲けを多く取ろうとするから断られるのだ。自業自得だ。
だがそんな依頼を俺達が受けてしまった。とにかく俺たちが向かう方角へ行くというだけで、依頼額などはまったく気にしなかったのがいけなかったのだろう。というよりも、そんな常識的な事を知らなかったのが、まずはいけないのだが……。
だがこれは金額云々ではない、きっと馬車がボロいのが問題なだけでは? と気づいたのは、胃の中がすっからかんになった時だった。
マジで乗り心地が最悪の荷馬車だったのだ。
しこたま吐いた後、俺は木陰でリディアの膝枕で少し横になった。
「なはははっ! 女みたいな兄ちゃん、大丈夫か? 可愛い嬢ちゃんはしっかりしているのに情けねえな」
横になっている俺に向かって、行商人のおっさんがせせら笑う。
うるさい、女みたいな言うな! 俺は女だけど、男らしく見られた方が嬉しいんだ! そして可愛い嬢ちゃんは実は男だぞ? どうだ、凄い可愛い男だろ?
だが、こうなると知っていれば、依頼など受けなかったぞ! 乗り心地の悪いボロ馬車で旅なんかするんじゃないよ! こんなことなら二日後まで待てばよかったぜ……。
と声高に叫びたいところだが、ぐっと我慢した。
行商人のおっさんにそんな文句を言っても仕方がないのだ。
「うぐっ……面目無い……」
全く情けない。男としてこの体たらくは不甲斐ないとしかいえない。全く忸怩たる思いだ。
あ、俺は女だからか? 男は馬車に酔わないのか? リディアも平然としているし……いやそれはないだろう。男だろうが女だろうが酔う奴は酔うだろう。たんに俺が馬車慣れしていないだけだ。そう思うことにしよう。
「まあ、しばらくしたらなれるさ。だがこの辺りはいいが、もう少し先に行くと色々とヤバイ場所だ。そんなんで護衛が務まるのかね?」
「心配するな雇い主。こんな吐き気ぐらい気力でなんとかなる。俺はそんな柔な鍛え方はしていないのだ。護衛任務ぐらいはきっちりこなそ……うおっぷ! オロロロロロ〜っ……」
キリッと宣言したが吐き気には勝てなかった。
リディアの膝には吐かなかったが、危うくぶっかけるところだった。
いやそれよりも、そんなにヤバい場所を移動するのならしっかりと依頼料払って、ちゃんとした護衛雇えよ! そう言ってあげたい。
「それ柔って言うんじゃなねえのか? なんか、地味に心配になってくるな……」
「ゼエゼエ……任せろ! ゼエゼエ……」
「シーベルト様はともかく、わたしもおりますので、ご心配には及びませんよ。雇い主様にご迷惑はお掛け致しません」
俺はともかくとはなんだ? まあいいか……吐き気がするからリディアに任せる……。
「……可愛い嬢ちゃんにそう言われてもなぁー、余計に心配になるんだけどな……」
リディアの小柄で可愛いい見てくれに、余計に危機感を募らせるおっさん。
だが脱ぐとすごいんだぞ? ムキムキなんだぞ!
「まあそう心配するな。護衛はきっちりこなそ……う! ……オロロロロロ〜っ!」
「ああー心配だぁー」
おっさんは、俺達を雇った事を盛大に後悔し始めているようだった。
後悔しているのは俺も同じだが……うっぷ……。
こうして休憩を終えた俺たちは、また馬車に揺られるのだった。
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