1話 嫡男の俺、実は令嬢だった
俺は辺境伯である父の跡を継ぐべく、日夜己を磨いて来た。
俺は今年で15歳の成人になる。成人と同時に父の跡継ぎ、次期辺境伯として王にお目通りする為に王都へ行く予定だった。そう、予定だったのだ。
弟が生まれるまでは……。
「父上! 妹ですか? それとも弟ですか?」
父の第二夫人が産気づき、男性陣は、父を除いて館から庭へと追い出されていた。
館から元気な赤子の泣き声が聞こえたので、満を持して父の元へ駆けつけそう聞いたのだ。妹も可愛いだろうが、弟はもっと可愛いだろう。一緒に剣や魔法の鍛錬もできるだろうし、俺が手本になってみっちりと教えてやろう。そう思っていたのだ。
「ああ、シーベルタ……残念ながら男だ」
父は俺の顔を見て非常に残念そうに、弟が産まれたたと言った。
「おおおおっ! 弟ですか!? 父上、何が残念なものですか! 弟ですか、素晴らしいではありませんか! これで俺と弟、二人でリーマン家を盛り立てて行けるではないですか。ですから父上、ご安心なされよ。リーマン家は今後も安泰です」
辺境伯といった手前、領主一族は強さを求められる。他国と隣接する領地を安定させ、時には他国との諍い、戦争の矢面に立たねばならない。国の防衛の要の土地に暮らす以上、その領地のトップに立つ者は誰よりも強くなければならないのだ。故に父も歴戦の猛者なのはいうまでもない。
今まで父の子は俺しかいなかったリーマン家も、弟が産まれたことでより安定するだろう。もし俺が大怪我や、戦争で死んでしまっても、弟がいればリーマン家は潰れることはないのだから。
「違うのだ、シーベルタよ……お前に弟が産まれたのだ……故に次期リーマン家の跡取りは、弟にする事になる」
「……?」
父の言っている意味がすぐには分からなかった。
後継は俺ではなく弟にする。そう言っているのか? 産まれたばかりの弟に? 何度も反芻しても、父の言葉はそう語っていた。
「父上? 産まれたばかりの弟に、リーマン家の次期当主を継がせるおつもりなのですか?」
「ああ、そうだ……」
「父上? 俺はそれでも構わないのですが、是非とも理由を聞かせていただけないでしょうか? 俺が弱いからですか? それともリーマン家に相応しくない何か、があるのでしょうか?」
同じ家族だ。母違いでも俺の弟には変わりはない。王へのお披露目を目前にして、俺が当主に相応しくないというのなら、弟を次期当主に据え、裏方で弟を支えて行く事に否やはない。
むしろ相応しくないものが当主の座に居座る方が、今後家を危機的な方向へ向かわせるというものだ。そんな貴族の話も、成人間近になると数件聞こえてきてもいた。
それ故、この時父が何を言おうが素直に受け入れるつもりでいたのだ。当主の命令は絶対だ。弟を当主にし、俺にその補佐をしろ、と言われても文句は言わない、つもりだった。
「シーベルタよ、お前は弱くはない。むしろその歳で儂よりも強い者に弱いと言えるか?」
「いえいえ、経験が不足しております故、まだ父上には及びません」
物心つく頃から、父や騎士団長、それに賢者様に鍛えられてきたのだ。それなりに剣も魔法も人並み以上に会得していると自負している。
しかしこの館からあまり出ることがなく育った俺は、実戦経験が不足している。父は兵を束ね幾度となく戦ってきているのだ。その経験が絶対的に足りない。
「謙遜するな。お前は弱くない。それに領主に相応しいともおもっておる。誰よりも我がリーマン家のことをよく考えてくれていると、常から知っている……」
次期当主に据えても、なんら問題がないと父は言う。
領主として不足があるのなら、不可能に近いことでも、父の命令とあらば甘んじて享受する覚悟はできている。だが、そうではないと言われると、いったい何が要因なのか知りたくなるのが人情というものだろう。
「ならば、どうして……」
「……」
暫しの沈黙が、父の広い執務室をより一層広く感じさせた。
そして意を決したような表情で、父はこう告げたのだ。
「シーベルタよ、お前は……お前は、女、だからだ」
その言葉は俺にとって、これまでの人生を全否定された言葉に他ならなかった……。