第4話 帥合の旅立ち
少し時が遡る。
奴国王太子 帥合(すいごう♂)は「代紅雲」(だいくん)と名乗り旅に出る。
坊やから大人になるために。
さて、まずは何からするべきかな。
先生め、調子の良いことを言って実は厄介払いなんじゃないか?
まあ、教育者としてもしっかりしてたから、信用しても良いが、なんだかなあ~。
「代紅雲様!」
「うぉっと! … びっくりしたなぁ~!だれだお前は!?」
音もなく、気配も感じさせずに現れたのは鴉魔ちゃん、10才。
「私は影か!?」
うぉ、なんだぁ?
聞いたことある台詞だが、微妙に疑問系だ…
「あなたはどなたですか?」
「悠希様の部下で鴉魔と申します。旅のサポートをさせて頂く部隊の長を勤めております。お見知りおきを」
サポート…サポートしてもらえるのか…
不安…だが…完全に気が付かなかったし、かなり有能な人だよなぁ~
しかも先生の部下で隊長クラスの役割を与えられてるし。
しかし、待てよ?
「悠希の部下である証拠は?」
「悠希様より手紙を預かっています、こちらを」
『大変良くできました。すぐに信じず、ちゃんと証拠を求めたのは正解です。ただし、気配を完全に隠せる存在の任務を考えれば、物的証拠を持っているのは何かおかしいです。気をつけましょう』
…うん、間違いなく先生の手紙だ。
気をつけるのはいいが、何に気をつけるかいまいちわからんな。
「何に気を付けるかいまいちわからなかったですか?」
うぉ、なんでわかった?
「なんでわかったか…ですね?」
「…なんで?」
「悠希様が、手紙を渡して、代紅雲様がひととおり読んだ後、よく表情を観察しろ と。右目を若干細めたら、おそらく、最後の文面でよくわからんと思ってるはずだ と」
……
「その後、少し間が空くだろう。そうしたらそれは正解だ。 だから『なんでわかったか…ですね?』と聞いてみろ と」
なんだか、すげぇな。
「で、『何に気を付けるか』の部分の正解は聞いているか?」
鴉魔が手紙を指差し…
「ハッ!」と、気合いを入れると…
ボッ…
「あッツ!」
手紙が一気に燃えて消えた…
あのやろう。思わずひらがなとカタカナが混ざったじゃないか。
なるほど、燃えるから気をつけろと。
「いつまでも、遊んでいる場合ではありません」
…もうひとりいた。
「すまぬ、夢馬よ」
「代紅雲様、お初にお目にかかります夢馬(むま♀)と申します。この度、旅に同行させて頂きます」
おっとこちらも随分と幼いな。
大丈夫なのか?
「同行か、大丈夫なのか?」
「代紅雲様が狼になっても逃げ切れる自信はあります」
ロリコンではないので、そちらは大丈夫。
「そうじゃない。その年で旅とか、大丈夫なのか?っていう話だ」
「それでしたら、問題ありません。夢馬はこう見えても悠希様が直々にスカウトした影ですから」
「まあ、それなら安心か。夢馬よ、よろしく頼む。ところで、私は代紅雲と偽名を使っているが、夢馬はそのままで良いのか?」
「ああ、そうですね。夢馬もいくつか名前を持っていたな?」
「はい、では私のことは螺羅愛とお呼びください」
「うむ、よろしく頼むぞ、螺羅愛よ」
「情報伝達、食糧・寝床の確保などは螺羅愛が担当します。では、よい旅を」
こうして、代紅雲はより大きな人間になる旅に出発した。
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さて、改めて出発だ。
どこに行くか…と思ったが国外には行くのは難しくないか?
奴国は今この島に閉じ込められているのだし。
と、悩んでいると
「代紅雲様、私にお任せ頂けませんか?」
「何か考えがあるのかな?」
「はい、まずは不弥国に向かいませんか?。我が奴国は近い将来不弥国とことを構えることになるでしょう。今のうちに不弥国の内部事情を把握するのは悪くないかと」
確かに不弥国との戦いを見据えると内部事情を把握するのは必要なことだ。さらに人脈も作れれば不弥国を内部から破壊することも…。
問題は…
「どうやってそこまで行く?」
「代紅雲様は、我が国より北の方角に、大陸があるのをご存じでしょうか?」
「一支国、対馬国のことか?」
「いえ、対馬国のさらに北に巨大な大陸が存在します」
「…そういえば聞いたことがある。我が国より文化・文明が進んだ国があると」
「私達は、かの大陸よりの漂流者となり不弥国北部に入ります。手筈としては、ここより北東方面に船で進むと相島という小島に移動します。ここには大陸からの漂流者が住んでいます。まずは、ここにしばらく滞在し、大陸の言葉を学びます。そして、相島よりさらに北東方面に船で進むと大島という島があり、そこから不弥国北部に漂流者として上陸します。それなりに時間はかかりますが得ることの出来るものは大きいと思います」
確かにこのままでは、奴国から抜け出すのも難しいか。難民として移動するにしても時期を逸した感もあるし、忍び込むとなると短期の滞在ならともかく生活に困りそうだ。
「よし、螺羅愛の案で行くとしよう。まずは、船の手配か?」
「東部地区の北、北部地区の西、ちょうど誰も住まない地点に、諜報部隊の基地があります。そこから相島まで船で行きましょう」
すごいな、諜報部隊。
悠希の手腕か。敵に回したく無いやつだなぁ。
代紅雲は螺羅愛と共に相島へと渡っていった。
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ここが相島か。
現在の奴国よりさらにひとまわりもふたまわりも小さいな。
しかし、それなりに住民はいるようだな。
「代紅雲様、まずはこの島の長老に挨拶に行きましょう」
螺羅愛に案内されながら長老が住むという家に向かう。
「螺羅愛は何度も来ているのか?」
「この姿で来るのは初めてですね」
この姿…か…。
幾つの顔を持つのやら…
「代紅雲様に見せる顔が私の本当の姿ですよ♪」
「からかうのはよせ」
「クスッ」
まったくドキッとしてしまったではないか。
それにしても、ここの住民はただ者ではないやつらばかりだ。
気配を感じないどころか、存在感が希薄で普通に歩いているだけでも見失いそうだ。
かと思えば、圧倒的な存在感を感じるものもいる。明らかに強そうだ。
そうこうしているうちに長老宅についたようだ。
「代紅雲様、少々お待ちを」
螺羅愛は扉を叩き
「突然の来訪申し訳ありません。私達は少し訳があり旅をしています。しばらくの滞在をお許し頂きたく」
「入るがいい」
なんだか、自然に紳士的という言葉を連想してしまうような…
長老という言葉から老人をイメージしていたんだがな。
「そこに座るがいい」
ふたりはうながされるままに座る。
「お初にお目にかかります、螺羅愛と申します。そしてこちらが…」
「お初にお目にかかります、代紅雲と申します」
「私は徐如(じょじょ♂)という。この島で代表みたいなことをしているよ。ああ、螺羅愛さんと名乗ったね、以前と名前を変えたのかな?そういえば、姿も少し変わってるかな」
「!!」
螺羅愛は驚きの表情を浮かべ、片膝をたてて長老徐如をみる。
こんな螺羅愛始めてみるな。
まあ、まだそれほど長い間一緒にいるわけではないが…
さて…
「螺羅愛、落ち着きなさい。この方は、特に何をするつもりでも無いようだ」
螺羅愛の肩に手を起き、座らせる。
「ほう、なかなか冷静なお方のようだ」
「徐如殿、先も螺羅愛から話をしたとおり、ここにしばらくの間滞在させて頂きたい。また、その期間中、大陸語を学ばせて頂きたいと考えています。滞在の許可と大陸語を教えていただける人をご紹介頂けませんでしょうか?」
「良いでしょう、滞在を許可します。大陸語の教師も紹介しようじゃないか」
なんだか、あっけなく要望が通ったな…
訳も話さず要望が通るときは何か裏があると疑った方が良いな。
「この島には色々な訳あり者が流れてくる。特に訳は聞かないよ」
うっ…、なんだ?
考えが読まれてる?
「何かあると疑ってかかるのは正解じゃ。だがね、表情に出してしまうのは悪い癖だね」
この言い方、誰かに似てるなぁ…
「どうかな?ここに滞在する間、大陸語だけでなく、心身ともに鍛え直す気はないか?」
もとより、全てを鍛え直す覚悟で旅に出たのだ。出来ることはなんでもやってやるさ。
本気で学ぼうとするならばどんなことからでも学ぶことが出来るはずだ。
ましてや、この方は、ただ者ではない。
「願ってもないことです、ぜひお願いいたします」
「螺羅愛さんは、いかがかな?」
螺羅愛をみると、少し戸惑っているようだ。
私の伴として着いてきているのに修行なんて、とか思ってるのかな?
「螺羅愛、私のことは気にするなよ。螺羅愛がよりレベルアップしたら、今後の行動にも有益だ」
「はい、しかし…」
まだちょっと納得してないかな?
「螺羅愛さん、心配せずとも、私達は貴女より、上のレベルにあるよ」
「!?」
螺羅愛の顔から表情が抜け落ちる。
その時…
「気の強いお嬢ちゃんだね」
声がしたと思ったら螺羅愛が拘束されていた。
なるほど、自分より劣るものに教えを乞いたくないという螺羅愛の気持ちをよみ、実力行使に出たわけか。
なぜそこまでして鍛え直そうとしているのか…
「貴女は?」
「へぇ、ある程度こちらの行動の意味を理解したのか。やるねぇ」
「貴女の名前となぜそこまでして鍛え直そうとするか教えて欲しい」
「私は白鳥(しらとり♀)、導く者さ」
「代紅雲殿、悪いようにはしないよ。どうするかね?」
螺羅愛をみると、屈辱に唇をふるわせていた。
「螺羅愛、修行をうけて白鳥さんを超えることで、その屈辱を返しなさい」
「…わかりました。白鳥様、ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
わぁ~っ…
あっ、そのまま連れていきやがった。
せっかちなやつだな。
「白鳥…、まあいっか。代紅雲殿、いや、代紅雲よ。修行は厳しいものとなる。覚悟せよ」
「よろしくお願いいたします」
こうして、思い描いていた旅とは違った形になったとはいえ、新生活が始まった。
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ここでの生活は朝が早い。
というか、あまり睡眠時間がない。
~ 三時間は勤勉、四時間は普通、五時間は怠惰 ~
ということらしい。
午前中は座学(語学、兵法、生体力学)
午後からは夕方までを武術訓練
夕食後からは精神力鍛練 となっている。
語学は大陸語を、兵法は大陸での戦略・戦術の講義、生体力学は人間の身体の構造や動作を利用する力とそれにより作用する力などを学び、武術や体術さらには医術にまで応用する。
武術訓練は、大陸の武術を学び、剣道主体の自分のスタイルに組み込んでいくことを中心に行っている。
精神力鍛練は、座禅が中心。
暗闇の中、木の上、海の上や中、様々なところで、平常心を保つ訓練だ。
そんな生活が1年続いたある日のこと。
島の中央にある大木の上で、枝に足を結んで、逆さまにぶら下がり、手に大きな岩を持ちながら腹筋をしていると、突然、足を結びつけていた枝が何者かにより切断された。
おう、なんだか枝を切断されたぞ。
長老の仕業ではないな、あの方だと切断に気付かせてくれないし。
とりあえずこのままだと頭から落ちるから…
「よっ」
反転して着地した、代紅雲は辺りの気配を探る。
「螺羅愛か、久しぶりだな。1年ぶりか」
…スッ…
「良く気が付きましたね」
「散々鍛えたからな。螺羅愛も以前より存在感が希薄になってるな。ね、白鳥さん?」
「チッ、私まで気付かれたか。凄まじい成長率だな」
「じゃろ?」
「「「うぉっ、長老?」」」
「おや?脅かしてしまったか?」
敵わないな…、まったく。
全然気が付かなかった。
「まったく気が付きませんでしたよ、ところで、何かご用ですか。螺羅愛もいるということは奴国絡みですか?」
「ある意味奴国絡みかな。代紅雲よ、卒業試験を受ける気はあるか?」
「卒業試験…ですか?」
「あぁ、卒業試験だ。お主の目的は、ここを契機に、大島経由で不弥国に至ることだろう?大陸からの難民として」
…すっかり、忘れていたぜ…
「はい、不弥国に入り、内情を見たいと思っております」
「ならば、見事卒業試験をクリアしてみせてくれ。内容次第だが、クリアしたあかつきには我ら一同代紅雲の部下となろうではないか」
…マジか…
それが本当ならばかなりの戦力となるな。
「卒業試験受けさせて頂きたく」
こうして、1週間後に卒業試験を受けることになった。
…心を読まれることがなくなったな…
代紅雲の旅は続く。