第14話 続・糟屋平原の戦い
伊都国 乙犬山 ~
糟屋平原の戦いに大勝した伊都国第1軍団。
追撃は久山に入ったところで中断した。
この戦いで奴国が築いた森江山の陣を奪い、ここに月軍を配置、残りは乙犬山の陣に戻っていた。
「戦いによる兵の損耗はどの程度だ?」
「月軍と霜軍に負傷者が多数出てますね。風軍の方は負傷者も戦死者もそれほど出てないですね。まあ、快勝とまでは言いがたいですかね」
「両翼の存在だな。あれには驚いたな」
「次は警戒しますし、何とかなるかな」
「で、どうするのかな?このまま攻め入るか?」
「出来れば久山はとってしまいたいですが、あの両翼の将が防衛に専念する砦など落とせる気がしないですね。ここは、1度相手の出方を見ましょう。森江山、乙犬山に兵を残し、後は糟屋まで引き上げます」
「よし、わかった。では王に報告頼むな」
「承知いたしました」
邪馬台国 王の間 ~
「天照様、奴国が敗れました。こちらの希望通り神威が討ち取られたとのこと」
「伊都国もなかなかやるな。あの神威を討つか」
「しかし今回は作戦が杜撰過ぎましたな。博見と申すものが参謀で付いたみたいですが、悠希に認められたにしては小者でした」
「まあ良いさ。神威が亡くなって悠希も精神的にダメージを受けるだろう。ここは逃すなよ?」
「承知いたしました」
奴国 王都 悠希宅 ~
「悠希様」
「鴉魔か、なんだい?」
「伊都国攻略部隊が大敗、神威元帥、希鈴少将、博見大佐が討ち死にされました。味方は久山の砦まで敗走とのこと」
「なっ!なんだって!? 神威さんが討ち死に? そんなバカな! それに希鈴に、博見もだって? いったい何があった?」
鴉魔は1から経緯を説明した。
悠希は目を閉じ、途中で口を挟まずに最後まで話を聞くと、一言呟いた。
「博見、もう少し出来る奴だと思っていたのに…クッ…、神威さん…、希鈴…」
鴉魔はそっとその場を後にした。
「ウオォ~ッ、チクショウ…がぁ~っ!絶対に許さんぞぉ~っ!!」
悠希は膝を付き、流れる涙を拭おうともせず、拳を床に叩きつけ続けた。
そんな中、悠希の肩にそっと触れるものがあった。
「ん?…幻夢か…」
幻夢はそのままなにも言わず、悠希をそっと見つめている。
どのくらい時間が経ったであろうか。
しばらくして、幻夢は一言口にする。
「…」
「!? …そうか、そうだよな…」
この時の悠希の表情は実に晴れやかだった。
今までも度々登場していた「幻夢(げんむ♂)」のことをちょっと紹介。
幻夢くんは12才で鴉魔ちゃんのひとつ上。
悠希の秘密部隊の梟軍の隊長をつとめている。
梟軍(きょうぐん:通称ふくろう)
影の部隊である諜報部隊の更に影の部隊。鴉軍の監視も任務のひとつである。
(猛禽類である梟は鴉の天敵なのだ)
ちなみにその存在は悠希以外誰も知らず、鴉魔でさえもその存在はしらない。
王の間 ~
「王よ、森江山より伝令が来ています」
「通せ」
「伊都国攻略部隊が大敗、神威元帥、希鈴少将、博見大佐が討ち死にされました。味方は久山まで敗走とのこと」
「なっ、何?しっ、至急軍議の間に皆を集めよ!」
「はっ!」
軍議の間 ~
集められたのは、帥升、悠希、志韋矢、沙羅、徐如、奈々衣、白鳥、理恵の8人。
※智恵は塩椎と共に直方にいる。
「今入った情報によると、伊都国攻略部隊は敗走、神威、希鈴、博見が戦死したとのことだ」
「そっ、そんな…」
帥升の発言に、沙羅は驚きに声を失い、理恵は手で顔を覆う。
既に情報を把握していたものも一様に悲痛な表情を浮かべている。
先程伝令として報告に来ていたものを呼び出し、そのものから詳細が語られた。
「生き残ったもの達は久山地区に退避している。伊都国側は、それを確認後、各拠点に戻ったらしい。まずはどう動く?」
帥升が参加者に問いかける。
すると、悠希が笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がり、落ち着いた様子で発言する。
「どうもこうもありません。各拠点に戻った…伊都国第1軍団とやらですね、その連中を殲滅します」
…ん、なんだ、先生…いや、悠希の様子がおかしい。これが以前徐如が話していた荒魂の違和感?
「志韋矢大佐」
「はっ」
「あなたには独立機動隊を連れて香椎に入って頂きたい。私は久山に向かい兵をまとめます。そして、私は乙犬山を志韋矢大佐は森江山を殲滅します」
「…殲滅…、承知いたしました」
「躊躇いは死を招きますよ、気を付けて下さいね」
悠希はニヤリと笑って告げる。
「肝に命じます」
「沙羅少将」
「はっ!」
「元帥が亡くなったことにより、旧不弥国の各地区の治安の乱れが予想される。警戒を強めろ」
「はっ!」
「王よ、出陣の許可を」
「…うむ、出陣を許可する。皆悠希の指示に従い、生きて帰ってこい」
「「「「「はっ!」」」」」
翌日、志韋矢は独立機動隊を引き連れて、香椎に入った。
悠希のあの変わり様は、大丈夫なのか?
完全に何か壊れてしまっているようだが。
「徐如、どう思った?」
「不味いですね。悠希の元の性格から考えて、誰かが誘導しないとあの壊れかたにはならないでしょうね」
「邪馬台国…か?狙いがわからないな。悠希の取り込みが目的かと思ったが、壊してしまっては意味がなくなるよな」
「単純に奴国の弱体化が目的では?」
「螺羅愛よ、奴国は一時期滅亡寸前まで追い込まれているのだ。今となってはそれも不自然だな、あの時、滅ぼそうと思えば出来た筈なのに中途半端に奴国を残した…。それが今になって奴国の弱体化を狙う策をうつか?」
「言われてみれば、確かに…」
「白鳥よ、ちょっと探ってみてもらえないか?」
「やっては見るけど期待はしないでくれな」
「わかった。頼む」
まあ、わからないものは悩んでも仕方ない。
わかること、やるべきことをやるだけだ。
「取り急ぎの問題は森江山だな。奈々衣どういく?」
「悠希様の軍との同時作戦ですから、遅れを取るわけには行きません。従って魚鱗の陣で一気に落としましょう」
先陣は渡連隊(100)、2列目の右が緋鼻隊(100)、左が裸流隊(100)、最後尾は本隊(50)と徐如隊(50)。
※2ヶ月あまりで増員している。ちなみに統治が安定してきているため、各地区に配置していた将達は引き揚げ、新たな役割に従事している。
「小細工無しの真っ向勝負か」
「いえ、ちょっとだけ小細工しましょう」
奈々衣はてへぺろした。
久山 軍議の間 ~
乃愛少将、青龍大佐美鳥、白虎大佐白斗、朱雀大佐朱音、玄武大佐霧也、磐土大佐が集まっていた。
悠希が部屋に入ってくると一斉に片膝を付き頭を下げる。
「全員面をあげよ。乃愛、現在の兵数は?」
全員が顔をあげる。
乃愛が答えた各隊の現人数は以下の通り。
元帥直属部隊 25、特別遊撃隊 0、特別機動隊 85、青龍隊 450、白虎隊 300、朱雀隊 450、玄武隊 300、磐土隊 400
合計:2,010
損耗率で二割八分か…。
思ったよりは損耗が小さいな、追加召集は不要かな。
「乃愛、元帥直属部隊、特別遊撃隊を特別機動隊に吸収。直属部隊の生き残りと特別機動隊の生き残りを合わせて再編を急げ」
「はっ!」
「その他の部隊はそのままで行くぞ、いつでも出陣出来るよう準備せよ」
「「「「「はっ!」」」」」
編制はこんなもんか、次は作戦をどうするか…。
森江山は志韋矢の部隊に任せて平気だろう。
こちらは青龍の突破力を最大限に使いたいところだな、鋒矢でいくか。
先陣 青龍隊 450
2列目 右翼 白虎隊 300
2列目 中央 朱雀隊 450
2列目 左翼 玄武隊 300
3列目 特別機動隊 110
4列目 磐土隊 400
後は…。
「鴉魔、いるか?」
「はっ!ここに」
「×××××××××」
「はっ!直ちに」
これでよし。
伊都国 糟屋 ~
「大和様、奴国側にまた動きがあるとか?」
「香椎に志韋矢というもの、久山に悠希が入ったようだ。恐らく2方向からの同時攻撃だろうな」
「なるほど、確かにその通りでしょうね」
「霞よ、どのように対処する?」
「この度は弔い合戦として激しい攻撃が予想されます。また、悠希のみならず志韋矢も戦上手であります。正直厳しい戦いになるかと。奴国の狙いはまずは、森江山と乙犬山の攻略と予想されますが、我が軍は2手に対処するのは難しいでしょう」
「どうする?」
「森江山は諦めます。防衛を先と同様、乙犬山に集中し、本国側への侵入を防ぎます。また香椎、久山ともに砦に兵は残っていないことが予想出来ますので、隙をついて香椎、久山を落とします。それで奴国側は兵を退かざるを得なくなるでしょう。香椎、久山を落とした後は出来るだけ砦を破壊し引き上げます」
「なるほど、引き上げてきた奴国軍と戦いになると多勢に無勢、ならば破壊してさらに後退させる…か。よし、基本方針はそれでいこう」
乙犬山に本陣を構え、糟屋平原に鶴翼の陣を敷く。
右翼月軍 冬月、涼月 500
左翼霜軍 朝霜、初霜 500
中央風軍 磯風 1000
本陣直轄 大和 500
森江山に直轄隊の300を配置(矢矧)、香椎、久山にそれぞれ100ずつ(雪風、浜風)を向かわせている。
※各隊は臨時徴兵により元の兵数に回復
その日の夕刻 香椎 ~
「志韋矢大佐、悠希軍師長より使者が参りました」
「応接間に通すように」
「はっ!」
出陣の日でも決まったかな。
たぶん明日だろうけど。
志韋矢が応接間に入ると、以前使者として訪れてきた淡麗がいた。
「お待たせしたかな。悠希様よりの使者とのことですがご用件は?」
「明日の朝に戦を仕掛けます。森江山、乙犬山に攻撃をかけるタイミングは悠希様側の出陣太鼓に合わせるようにとのことです」
「承知した」
淡麗を下がらせた後、みんなを軍議の間に集めた。
「久恵州、敵の動きは?」
「森江山には300の兵を配置。但しどうやら真面目に守る気は無さそうですね。また、糟屋に引き揚げていた伊都国第1軍団は先の戦い同様乙犬山を本陣にして糟屋平原に陣を展開するようです」
「どう思う、螺羅愛」
「香椎、久山の両部隊を相手に、森江山まで守るには戦力不足と判断したのでしょう。攻め寄せる気配だけ見せれば、糟屋平原に合流し、後は前回同様の方法で防衛に回るかと」
「奈々衣、それを踏まえて、最終的な作戦は?」
「森江山は渡連、緋鼻に任せて、我々は悠希様の軍と合流しましょう」
「徐如よ、どう思う?」
「ちょっと悠希らしくないですな。本来の悠希なら森江山の破棄と乙犬山ー糟屋平原での防衛くらい読むでしょう」
「確かにな。少し注意が必要かな。よし、みんな、少し警戒Lvを上げて、臨機応変に対応出来るように心掛けてくれ!」
「「「「「はっ!」」」」」
翌朝。
悠希は久山からの兵達を引き連れて森江山付近まで来ていた。
「鴉魔よ、志韋矢大佐の部隊はどうか?」
「既に森江山付近まで来ている模様」
「敵の配置は?」
「森江山には300の兵を配置し、乙犬山を本陣にして糟屋平原に鶴翼の陣を敷いています」
ふむ、糟屋平原か。
考えてみれば森江山は破棄だよな…。最初から志韋矢達と一緒に攻めるべきだったか。
ダメだな、冷静にならなければ。
…そうか…謎は全て解けた!…
幻夢よ、別動隊の動きは?
香椎、久山に別動隊を100ずつ向かわせているようです。
志韋矢達は気が付いているか?
ビットが把握していますね。ビットは注意すべき相手かと。
わかった。
さて、久山側は予め対策済みだから問題なしだな。
香椎は志韋矢達が把握済みか、やはり想像以上だな。
「全軍停止!」
悠希軍は全軍停止した。
悠希はゆっくりと軍の先頭まで歩いて行き、振り替える。
全軍兵士が物音1つたてずに悠希の言葉を待つ。
悠希は全軍兵士に向かって語りかける。
「我々はひとりの英雄を失った!
しかし、これは敗北を意味するのか!?
否!始まりなのだ!
我々は筑紫島を追われ、志賀島という局所追いやられた!
我らが元帥であり、皆が尊敬してやまない、神威元帥は死んだ!!
なぜだ!?
新しい時代の覇権を我ら選ばれた国民が得るは歴史の必然である。
ならば、我らは襟を正しこの戦局を打開しなければならぬ。
我々は過酷な地を生活の場としながらも共に苦悩し錬磨して今日の文化を築き上げてきた…
かつて初代帥升様は人類の革新は我々から始まるといった。
しかしながら筑紫島のモグラどもは自分たちが人類の支配権を有すると増長し我々に抗戦をする。
諸君の父も、子も、その無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ!
この悲しみも、怒りも忘れてはならない!
それを…神威元帥は…死をもって我々に示してくれた!
我々は今、この怒りを結集し、まずは伊都国にたたきつけて、はじめて真の勝利を得ることができる!
この勝利こそ、戦死者すべてへの最大のなぐさめとなる!
我等が兵士よ!
悲しみを怒りに変えて立てよ、兵士よ!
我ら奴国国民こそ選ばれた民であることを忘れないで欲しいのだ!
優良児たる我らこそ人類を救い得るのである!」
オオオオオオッッッッ~!!!
士気は最高潮(ジークジ○ン!)
そして…。
「行くぞ、全軍突撃~ッ!!!」
ドーン、ドーン、ドーン!
オオオオオオッッッッ~!!!
太鼓の合図で青龍隊を先頭に一斉に伊都国軍に突撃を開始した。
対する伊都国側は…。
「霞よ、まずは悠希の部隊が動いたな」
「こちらも動きます。まずは風軍で受け止めるぞ。合図を!」
ジャーン、ジャーン、ジャーン!
「風軍の兵士よ、恐れることはない。受け止めるぞ~ッ!!」
オオオオオオッッッッ~!!!
奴国青龍隊と伊都国風軍が衝突した。
その時、志韋矢の陣営では…。
「志韋矢様、悠希軍が突撃を開始しました」
「よし、我等も行くぞ。まずは渡連隊、緋鼻隊出陣~ッ!」
オオオオオオッッッッ~!!!
渡連隊、緋鼻隊が森江山に突撃を開始する。
青龍隊にやや勢いがあり、風軍は徐々におされていく。
その時、伊都国側本陣より合図の銅鑼が鳴り響く。
ジャーン!ジャーン!ジャーン!ジャーン!ジャーン!ジャーン!
森江山に配置していた伊都国軍300が香椎方面から奴国軍が攻めてくるのを確認すると、100の兵を残し、糟屋平原で始まった戦闘の背後を襲おうと動き出す。
その時、悠希軍の本陣で太鼓が鳴り響く。
ドンドンドンドンドンドンドンドン!!
すると、磐土隊が反転し森江山に向かって一斉に移動を開始する。
「うぉっ、よっ、読まれてるか!構うものか、全軍突撃~ッ!」
矢矧は、予定外の状況に困惑しつつも、突撃の合図を出す。
「磐土隊!先の戦の借りを返す時が来た!叩き潰してやるぞ~ッ、いけ~ッ!」
戦場の北側部分で矢矧隊と磐土隊が激突する。
多勢に無勢ながら矢矧隊はほぼ互角の戦いを繰り広げる。
そこに矢矧隊の背後、森江山から渡連隊、緋鼻隊が突っ込んできた。
「矢矧様、背後より奴国軍が表れました!」
「なにっ!?なにが起きてる?」
流れは奴国軍側に変わり、矢矧隊は一気に数を減らしていった。
「なんとか血路を切り開き、糟屋まで撤退せよ!」
矢矧は撤退の命令を下した。
「よし、渡連隊、緋鼻隊は反転して森江山の残りを叩くぞ!」
オオオオオオッッッッ~!!!
奈々衣も悠希同様、森江山に1部兵を残し糟屋平原の奴国軍の背後をつくという作戦を読み切り森江山に残る兵を無視して本隊を叩き返す刀で森江山の残りを叩くという作戦を組んだ。ちょっとした小細工成功。
ちょっと戻って、銅鑼の合図。
右翼月軍、左翼霜軍が青龍隊を囲むように攻撃を仕掛ける。
奴国軍2列目の白虎隊、玄武隊が伊都国の両翼に向かい突撃をかける。
対する奴国軍は太鼓の合図で、月軍は玄武隊が、霜軍は白虎隊が進攻を完全に阻む。
そこに朱雀隊の弓が打ち込まれる。
すると、青龍隊が風軍を押し切った。
この時風軍磯風は青龍隊美鳥に討ち取られている。
風軍を突破した青龍隊は2手に分かれ真ん中を抉じ開けた。
そこに駆け付けた志韋矢率いる特別機動隊が一気に突っ込み、伊都国本陣と激突する。
不利と見た霞は全軍に糟屋まで退くように指示を飛ばす。
ここで伊都国側は完全に崩壊した。
悠希は一旦体制を立て直して、追撃戦に移っていった。