第13話 糟屋平原の戦い
奴国は、不弥国攻略の2ヶ月後、先行して陣を築いていた森江山に、神威を筆頭に軍勢を配置した。伊都国への進攻を開始するためだ。
編制は以下の通り。
伊都国攻略部隊 合計:2,800
総隊長:神威元帥
作戦参謀:博見大佐
内訳 ~
元帥直属部隊 100
特別遊撃隊 100 … 隊長:希鈴少将
特別機動隊 100 … 隊長:乃愛少将
青龍隊 500 … 隊長:青龍大佐(美鳥)
白虎隊 500 … 隊長:白虎大佐(白斗)
朱雀隊 500 … 隊長:朱雀大佐(朱音)
玄武隊 500 … 隊長:玄武大佐(霧也)
磐土隊 500 … 隊長:磐土大佐
旧不弥国からも徴兵部隊が一部編制可能となり、磐土を隊長とした。こちらは通常歩兵隊となる。
…短かったな、治安維持部隊の磐土隊。
森江山に入って数日後 ~
「伊都国側は乙犬山に陣を構えたか。数はほぼ互角。敵将は大和か、先の戦いではやり合ったことはないか。悠希の話だと突破力は要注意とのことだが…」
「神威様、まずはあたってみましょう。オーソドックスな形で陣形を形成し、様子を見ながら随時変化していけば良いかと」
博見が神威に現実的な提案をする。
博見は本来希鈴配下で補佐役を勤めるが今回の遠征では全体の作戦参謀も勤める。
「確かに悩んでも答えは出ぬな。明日出るぞ、みな準備せよ!」
「「「「「はっ!」」」」」
翌朝、森江山に本陣として神威直属部隊を配置した。さらに森江山麓付近の右翼に特別遊撃隊、左翼に特別機動隊を予備軍として配置、いつでも最前列のフォローが可能とした。先駆けとなる前列に、右から白虎隊、青龍隊、磐土隊、玄武隊を配置した。
また、弓隊である朱雀隊は前列の4隊にそれぞれ振り分けられた。
邪馬台国 王の間 ~
「天照様、奴国が伊都国攻略を開始しました。その先手が神威ですね」
「伊都国側は大和…確か攻撃特化な将であったか」
「はい、ただ配下の者達がうまく補佐しているため、守りも苦手という感じではなく攻略は難航しそうですね」
「出来ればここで神威を排除したいな」
「悠希も志韋矢も国内の戦後処理にあたっているため、今回の遠征には参加していません。この好機は逃せぬかと」
「伊都国側がうまく神威を排除出来ればよし。出来ぬならば影から手伝ってやれ」
「はっ!」
伊都国 乙犬山の陣 ~
伊都国第1軍団 合計3,000
総隊長:大和
特別参謀:霞(かすみ♀)
内訳 ~
直轄 1,000 … 隊長:大和
副長:矢矧(やはぎ♂)
月軍 500 … 隊長:冬月(ふゆつき♀)
副長:涼月(すずつき♀)
風軍 1,000 … 隊長:磯風(いそかぜ♀)
副長:浜風(はまかぜ♀)
副長:雪風(ゆきかぜ♀)
霜軍 500 … 隊長:朝霜(あさしも♀)
副長:初霜(はつしも♀)
なんだか性別は女にしないといけないような気分…。
「さあ、久々の戦いだ。霞よ、戦略目標は糟屋地域の防衛だ。我が軍の方針と戦術は如何する?」
「そうですね。まず奴国側はオーソドックスに野戦で挑んで来るでしょう。この地では奇襲の類いはないかと。ならば我が軍としては敵将狙いの強行突破あるのみです」
「いつも通りという訳か?」
「強行突破という意味では同じですね。ただし、今回は戦略目標が防衛にあるので、本陣は固める必要があります。従って、直轄隊は攻撃に参加せず様子見に徹っします。味方のピンチにも出陣は厳禁です。風軍単独で鋒矢の陣で行きます。月と霜は遊軍で右翼、左翼に配置。両隊とも鋒矢の陣で待機、合図があり次第、目標に突っ込む。といったところですね」
「3本の矢か。行けるか?特に風は負担が大きいが?」
「問題ありませんよ。任務に危険はつきものですから」
磯風はなんでもないとばかりに悠然と答える。その言葉に、浜風と雪風も同意とばかりに頷く。
「奴国側の神威というものは、正統派というか、堅実な用兵をすると聞いています。緒戦は様子見で来るでしょう。そこを突きますので成功する確率は高いと思いますよ」
と、霞は予測を口にする。
伊都国第1軍団は突破力が売りの攻撃特化形ではあるが、最近では参謀の霞の特訓により、防御力も向上させている。
その結果、霞は、隊長副長達からは、鬼の参謀と呼ばれている。
「報告します。奴国軍に動きがあります」
「ご苦労、下がってよい」
「恐らく明日、出てきますね。そのための準備でしょう」
「よし、こちらも明日に備え各隊準備に入れ!」
「「「「「はっ!」」」」」
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森江山、乙犬山の麓に糟屋平原が広がる。
その糟屋平原に両軍が集結。
双方とも、山に本陣を構え、平原に兵を展開している。
奴国側は横陣、伊都国側は変則鋒矢の陣となっている。
神威は本陣で相手の陣形を見ると、少し考えて、博見に相談する。
「完全に突破を目的とした陣形だな。このまま横陣でいっても大丈夫だろうか?」
「まずは受けてみましょう。抑えられぬようなら希鈴少将、乃愛少将により穴をふさぎます。逆に上手く抑えられたら鶴翼に変化し、包囲殲滅で」
「そうだな、その辺の柔軟性も横陣の良さか」
一方、伊都国側。
「横陣か。あまり攻め手側は使わないだろ?」
「その通りですね。陣形について、まだ深く理解出来ていないのでしょう」
「では、こちらはまずは待ちだな」
「はい、それで良いかと。もうひとつ、手を打ちましょう。準備はある程度済ませてありますので。矢矧…。よいな?」
「はっ!直ちに」
「くれぐれも悟られるなよ?」
「はっ!」
矢矧は霞からの指示を受けその場を後にした。
両軍睨み合ったまま時間が経過する。
時折、奴国側から挑発するような罵声が響く。
結局、この日は両軍の激突はなかった。
この1日が勝負を大きく分けることとなる。
「博見よ、今日は向こうは仕掛けて来なかったな」
「攻撃的な将とは言え向こうとしては防衛戦ですからね。明日は少しこちらから仕掛けてみましょう。全体的に少し前に出て激突させます。おそらく磐土隊を狙って来るでしょう。少し戦わせた後、後退させます。そして、相手が追ってきたところを左右から包囲し殲滅します」
「そう上手く行くかな?」
「磐土隊の背後には乃愛少将をあてます。また、敵包囲後に希鈴少将を全面に出して、敵左右を牽制します。大丈夫、上手く行きますよ」
「このままでは時間ばかり過ぎるし、やってみるか」
そして、翌朝。
「よし、先駆け隊に合図だ。前進せよ!」
ドーン、ドーン、ドーン!
白虎隊、青龍隊、磐土隊、玄武隊がじわりじわりと前進を開始した。
「霞よ、予定通りかな?」
「1日遅いですが…ね。予想より頭悪いかなと…クスッ」
「意地が悪い笑い方だな…」
「矢矧の準備はもっとゆっくりで良かったかな。まったく、私の計算を狂わせるなんてやるな!…クスッ」
「…」
「そろそろですね。恐らくこちらが真ん中に当たると、押されてると見せ掛けて、退くでしょうね。なので、ちょっと裏かいて月と霜に両翼に突っ込ませましょう。合図を!!」
「はっ!」
近くにいた伝令係が走る。
ジャジャーン、ジャジャーン…
ジャジャジャーン、ジャジャジャーン…
合図を聞いた冬月と朝霜は、一斉に突撃を開始する。
「「突撃~!!」」
オオオオオオッッッッ~!!!
「!? 左右弓隊、応射せよ!!」
朱音は咄嗟に指示を出す。
伊都国軍は矢をものともせずに突っ込んでくる。
白斗と霧也は冷静に前を見据える。
「構えろっ!!」
白虎隊は刀を、玄武隊は短刀を構える。
「「ここを通すな~!!」」
オオオオオオッッッッ~!!!
両軍が激突する。
ドォーン!!!
白虎隊の基本的な戦術は複数列による集団戦となる。すなわち、前列の兵が刀捌きと体捌きにより相手の攻撃を躱し、相手が脇を抜ける際に武具の合間を狙い一太刀浴びせる。
前列の兵に一太刀浴びせられて怯んだところを後列の兵が一撃必殺の突きを放つというものである。
これはかつて行った青龍大佐美鳥との模擬戦を教訓にして白斗がずっとあたためていた戦術であり、ようやく実現可能となった。
霜軍の繰り出す槍を刀で巧みに捌き前列の兵が武具の合間に一太刀浴びせ、後列の兵が仕留めていった。勢いがあればあるほど白虎隊の戦術が生きてくるのは皮肉なことと言えよう。
一方、玄武隊は青龍隊相手に間合いの潰し方を重点的に鍛え上げている。
近距離戦には無類の強さを発揮するものの、遠距離だと完封されることが多かった。
肝となるのが短刀の使い方。足捌き・体捌きには自信があったので新しい戦法も身に付くのは早かった。(各自の並々ならぬ訓練の成果である。徴兵部隊なので普段は農作業などに従事しているため作業の合間に各自で訓練していた)
また、白虎隊同様相手(月軍)にも恵まれた。やはりスピード特化な相手には間合いを詰めて戦うスタイルは相性が良いのだ。
月軍の進攻を見事に受け止めていた。
「なっ!両翼だと!?」
「ちょっと予定が違うな。しかし、白虎隊と玄武隊が見事に受け止めているか」
博見が慌てる中、神威は冷静だった。
「青龍隊、磐土隊をさらに前進させよ!」
「はっ!」
側に控えていた伝令が走る。
ドーン、ドーン…
「陣形を変更する。風軍に魚鱗の陣に変更させ、敵の中央2隊を迎え撃たせろ!」
今度は霞が自軍に指示を出す。
「陽炎!」
「はっ、これに」
「磯風に伝令、機をみて徐々に後退。敵2隊を本陣から引き離すように」
「はっ!」
仕込みは上々、後は仕上げを御覧じろ。
戦いの始まりから四半刻ほど経過した頃、戦場で少し変化が訪れていた。
伊都国側の風軍が徐々に奴国側の青龍隊、磐土隊に押され気味となって来ていた。
「怯むな!ここが踏ん張りどころだぞ!」
磯風は叱咤する。
そこに、奴国側神威の指示が飛ぶ。
「今だ、希鈴少将、乃愛少将を敵中央に突撃させろ!」
…勝負あり。
奴国本陣の元帥直轄部隊を切り裂くように一筋の線が走る。
伊都国矢矧が率いる別動隊が突っ込んだのだ。
「何事か?」
異常を確認した神威が大声で問う。
そこに博見が駆け込んできて…倒れこんだ。
「博見?…ちっ、敵か!」
博見の後を追うように敵兵が続いていた。
「あいつが大将だ、討ち取れ!」
伊都国兵が神威に群がり、不意を突かれた神威は何も出来ないまま首をはねられた。
「敵将は討ち取った!このまま首を掲げて、敵中央を一気に本陣まで戻る、続け~!!」
オオオオオオッッッッ~!!!
「「「「「なにっ!?」」」」
急に後方から敵兵が表れ、さらに神威元帥の首を掲げているのを見掛けた奴国軍は混乱した。
その隙を見逃さず、まずは風の軍団が一気に前に出る。青龍隊、磐土隊は混乱の極みにあり一気に押しきられる。
「まずい、早く撤退しないと全滅する」
いち早く我にかえった希鈴は、全軍に久山への撤退を指示する。
「青龍、磐土、朱雀、乃愛少将に伝令。ここは私が引き受ける。直ちに久山まで撤退するように」
「はっ!」
「白虎、玄武に伝令。私の隊以外が撤退するまで何とかこらえよ!そして、各隊の撤退後徐々に後退するように!」
「はっ!」
「我が特別遊撃隊に告ぐ。伊都国軍全て引き受けるぞ!」
オオオオオオッッッッ~!!!
遊撃隊の兵達は希鈴を筆頭に辺り構わず、伊都国軍に襲いかかる。
伊都国軍兵士がその勢いに気圧され、一瞬の隙が生まれた。
青龍、磐土、朱雀、乃愛はその隙をみて、一気に撤退する。
「一人も逃がすな~!」
オオオオオオッッッッ~!!!
しかし、すぐに正気を取り戻した伊都国風軍は追撃を開始する。
奴国の中央軍が、両翼の戦いの間を抜けると…
「白虎隊、気合いを入れろ!押さえるぞ!!」
「玄武隊、白虎隊に負けるなよ!やるぞ~っ!」
オオオオオオッッッッ~!!!
両翼の間を埋めるように白虎隊、玄武隊間が詰まる。
そこに、風軍も加わった攻撃が開始される。
白虎隊、玄武隊が壁を作り、遊撃隊が敵兵内をかきみだす。
「大和様、直轄部隊のうち500で追撃を」
「うむ、矢矧、帰ったばかりですまぬが500を連れて追撃に入れ!」
「はっ!」
「「新手だと?くっ、全員撤退!バラバラに散って久山まで退くのだ!」」
白斗、霧也は同時に指示を出す。
希鈴は…遊撃隊は既に全滅していた。
こうして糟屋平原の戦いは、伊都国の圧勝で幕を閉じた。