第11話 不弥国滅亡
不弥国進攻2日目の朝。
門司 主の間 ~
志韋矢は目を覚ますと、左手に温もりを感じた。
ふと見ると、螺羅愛が左手を両手で握り締めそのまま眠っていた。
そうか、鴉夢鷺との戦いの後、気を失ったか。
志韋矢は右手で額に触れ、傷を確認する。
徐如との戦いで負った傷に鴉夢鷺の突きを喰らった感じか。冷静になって考えてみると、本当に紙一重だったんだな。
…いや、あの時鴉夢鷺に異変がなかったら負けていたのは私の方だな。それ以前にマスクに助けられているのだし。
すると、死を意識したからだろうか、身体が震えだす。
それに反応した螺羅愛が目を覚ます。
状況を察した螺羅愛は、志韋矢の頭をそっと胸に抱く。
「志韋矢様…、目を覚まされたのですね。良かった、もう大丈夫ですよ」
志韋矢は大きな安らぎに包まれていた。
幼き頃に母を亡くし、さらに幼い妹の手前大人を演じながら生きてきた志韋矢にとって懐かしい母の温もりだった。
ふぅ、なんとか落ち着いてきたな。
ずっとこうして居たいところだがそうもいかないか。
「螺羅愛、ありがとう。もう大丈夫だ」
螺羅愛は名残惜しそうに離すと、志韋矢の横に座り直す。
ちょうどそのタイミングで、部屋の外から声がかかる。
「志韋矢様、よろしいでしょうか。悠希様より使者が来ています」
悠希からの使者?
どういうことだ?
「すぐ準備する」
「では、応接の間に通しておきますので、準備出来次第お願い致します」
「了解だ」
「螺羅愛、どういうことかな?」
「…恐らく、志韋矢様が、奴国の…悠希様の配下であることを周りに周知させるため…かと」
「急激に力を付けすぎたか。悠希のみならず、警戒するわな。ましてや、悠希以外は私の存在は知らなかった訳だしな」
「その通りですね。では、ご案内致します」
「うむ」
志韋矢は、螺羅愛と共に使者が待つ応接の間に向かう。
応接の間に入る。
「お待たせ致しました」
「いえ、気になさらないで下さい。お身体は大丈夫ですか?」
「ご心配お掛けしました。問題ありません」
「それは良かった。おっと名乗り遅れましたな。私は悠希様の使者として参りました淡麗(たんれい♀)と申します、以後お見知り置きを」
「淡麗殿ですね、よろしくお願い致します。して、悠希様からのご用件とは?」
「はい、では」
志韋矢と螺羅愛片膝を着き頭を下げる。
淡麗は、悠希からの言葉を伝える。
「まずは、この度の働きにより、志韋矢を大佐に任ずる。今後とも奴国のために益々の働きを期待する」
「はっ、有り難き幸せ。今後とも精進致します」
「螺羅愛は少尉として志韋矢を助けるように」
「は、志韋矢大佐を助け、奴国のために尽くします」
「今後の動きであるが、志韋矢大佐は貫山、豊前を制圧せよ。制圧完了後、不弥国王都直方まで兵を進め、我が軍に合流せよ。また、並行して制圧地の治安維持を行うように」
「はっ、承知いたしました」
「以上、よろしく頼みましたぞ」
「「はっ」」
淡麗は退出し、悠希の元に戻っていった。
さっそく動くとするか。
その前に…あの後どうなったか確認だな。
ざっと確認したところ、以下の通りであることがわかった。
・寝ていたのは1晩であり、現在は不弥国攻略開始から2日目の朝であること。
・門司、小倉の攻略は完了していること。
・破卍、上筒、中筒、底筒に制圧地の治安維持を指示してあること。
・治安維持部隊以外の主だったもの達がここ門司に集まっていること
「よし、螺羅愛、みんなを軍議の間に集めてくれ」
「はい」
門司 軍議の間 ~
「まずは心配かけた。もう大丈夫だ」
「良かったですな、心配しましたぞ」
「徐如、治安維持の指揮ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、大したことありませんよ」
流石だな。
やはりまだまだ敵わないな。
「悠希様より命令が下った。我が隊は、制圧地の治安維持と共に、貫山、豊前を制圧する。隊を分けるぞ」
志韋矢が示した方針は以下の通り。
治安維持は、宗像は緋鼻、犬鳴山は渡連、門司は破卍が当たる。
北九州、小倉、足立山は、住吉三姉妹により臨時治安維持部隊を編成し対処する。
(既に徐如が手配している内容を一部変更した形となる)
豊前には、志韋矢の直属部隊。貫山には徐如の直属部隊をあてる。
螺羅愛、奈々衣、久恵州は、志韋矢の補佐、白鳥は、徐如の輔佐につく。
「準備完了次第、制圧に向かえ!」
「「「「「はっ!」」」」」
門司 主の間 ~
志韋矢を始め、螺羅愛、奈々衣、久恵州、徐如、白鳥がいる。
「徐如、住吉三姉妹の動きはどうか?」
「今のところ表立って不穏な動きはないな」
「そうか、住吉三姉妹を治安維持に回した意図は?」
「まずは、近いうちの動きはないものと推察出来る。動くとした場合の理由としては不弥国、伊都国の救済、もしくは、邪馬台国が絡むならば、不弥国、伊都国攻略後の奴国の吸収。前者であれば、不弥国攻略中の動きはないし、後者であっても当面の動きはないだろう。そんな感じの理由じゃよ」
「なるほどな。破卍はいざと言うときの時間稼ぎ?」
「その通り。だが、志韋矢には、さらに考えがあるようじゃな」
「ここ門司はイザという時の西後の砦になりうる拠点だと思う。この拠点を守るために破卍を治安維持名目で滞在させる。『私が怪我を負うほどの土地なので警戒を高める』というのも良い理由となるかな。無頼徒との橋渡し役としても期待している」
「後で無頼徒とあって話すのだろう?」
「そのつもりだよ。どこまで話すかはその時の反応を見ながらだね」
「上手くやれよ」
「わかってるさ」
こうして、志韋矢は豊前、徐如は貫山に進攻を開始した。
香椎 指令室 ~
さて、そろそろ志韋矢も豊前と貫山方面に進攻を開始しただろう。
恐らく2手に別れて進攻するだろう。
それだけの力をつけているはずだ。
幻夢、志韋矢の動きを掴んでいるか?
はっ、門司で鴉夢鷺という少年と一騎打ちを行い、勝利したものの額の傷を悪化させ倒れたとのこと。
翌朝、今朝となりますが、目を覚まし淡麗と接見し悠希様よりの指令を受けたとのこと。
鴉夢鷺とは何者か?
よくわからないというのが正直な感想です。まだ若く腕は未熟ながら妙に勘が鋭いというか…。
お前がよくわからないというくらいだから、よほどなのだろう。
門司を始め、志韋矢の部隊の動きに注意しておけ。
はっ。
帥升の成長は奴国にとり嬉しいことではあるがな…。
「鴉魔、いるか?」
「はっ、これに」
「直方の様子はどうか?」
「徹底抗戦と見せ掛けていますが、久久能智が逃亡を視野に動いているようです。さすがに木霊達に不信感を感じているようで上手く動けていない印象を受けます。兵数は約500といったところですが、大半は無理やり動員した一般市民ですね」
もう木霊達も用無しかな。
早めにきった方がリスクは低いか…。
「木霊達を始末しろ」
「承知致しました」
鴉魔は微かに表情を曇らせたが直ぐに戻し、その場を後にした。
まだまだ、甘さが残る…か。
まあ、良いか。
豊前、貫山は、半日も持たないだろうな。
もう有力な将はいないはずだし、戦闘にもならないだろう。
久山、朝倉もそろそろかな。
悠希は、早朝から磐土と野椎を久山の水虬の元に送り出していた。久山を降服させた後、そのまま朝倉も説得するように指示している。
直方以外の制圧を待って降服勧告が最善かな。
暇だから、少しちょっかいをだすかな。
幻夢、直方の民を中心に噂を流せ。
早期に降服の意を表明したものは、そのまま奴国の国民として迎える。奴国軍による攻撃開始までに降服の意を表さなかったものは不弥国制圧後に犯罪者として強制労働を課すと。
はっ、直ちに。
これでよし。
豊前 ~
さて、あれが豊前の砦か。
「螺羅愛、降服勧告で制圧可能かな?」
「砦の大将は自尊心が高く、1度勝っている奴国への降服はしないでしょう」
「一騎打ちは応じるかな?」
「応じないでしょうね…というか止めてくださいね」
ふむ…仕方ないか…。
「私に策が御座います」
「奈々衣か、策とは?」
「まずは民に対して降服勧告を行います。『降服すれば命は助け、奴国の国民と同様の待遇を約束する。逆らうようなら…。もし降服を選択する場合は1時間以内に門を開放せよ』という感じで。自尊心の高い大将は民衆に人気が無いものです。きっと降服するでしょう」
なるほどな、試す価値はあるか。
「よし、それで行こう。久恵州、早速実行に移せ。兵達には突入準備をさせ、門が開放され次第突入させろ」
「はっ」
かくして1時間後、門は開放され、豊前の制圧が完了した。
同時刻、貫山も徐如により制圧が完了していた。
香椎 指令室 ~
「悠希様、豊前の志韋矢様より、使者が来ております」
「ここに通せ」
「豊前、貫山の制圧が完了したのかな?」
神威は悠希に声をかける。
「その通りかと。少し早い気も致しますが」
でも志韋矢にしては逆に時間かかっているような…まあ、確実にいったのかな。
「連れて参りました」
「よし、入れ」
使者は、中に入ると片膝を付き頭を下げる。
「用件を述べよ」
「豊前、貫山の制圧が完了致しました。治安維持部隊を残し、直方に向かいますとのことです」
「ご苦労、我々も直方に向かう。直方で会おうと伝えてくれ」
「はっ、承知致しました」
使者は一礼して、指令室を後にする。
ほぼ同時に野椎、磐土も久山、朝倉の降服を伝えて来た。
ふたりにも直方で合流するように伝えた。
「神威元帥、いよいよ最後の直方に向かいましょう。皆直ちに準備せよ」
「うむ」
「「「「「はっ」」」」」
さて、いよいよ、不弥国の最後だな。
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「状況はどうなってるの!早く答えなさい!!」
「海道を始め、宗像、北九州、門司、小倉、香椎が陥落したとのこと」
「なんですって!その情報は正確なの?」
「…」
「その目は何?何か文句でもあるのかしら?」
「…いえ、別に」
「ふん、もういい。下がりなさい」
「はっ、失礼します」
久久能智は荒れていた。
ここまで状況が悪化していることに気が付かなかった。いや、気が付けなかった。
「滅亡寸前まで追い込まれた弱小の奴国」という先入観、「情報は木霊達を通じて支配している」という盲信、「自分のやることに間違いはない」という傲慢。
未だに間違いを認めようとはしていない。
誤算は全てまわりが無能だから悪いと考える。
「久久能智よ、奴国から、民に対し降服勧告が出ているようだな。具体的な対処はどうするのだ?」
多模は久久能智に尋ねる。
「降服勧告の内容に具体的な指示は無いようです。従って、各門の警備の強化、巡回の回数を増やし警戒を高めています」
「この状況で奴国軍が来たら一斉に蜂起される可能性もあるか…」
「まだ、各地に味方が残っています。これらを木霊達に命じてここ直方へ集結させております。どの程度つかえるかわかりませんが私が直接指揮を取れば凌げるはずです。敵も降服勧告で民を惑わすという策に出るしかないのでしょう、追い込まれているのは奴国側です」
「そうか、なら安心だな。さすが久久能智だ、頼りになる」
…クソジジイが。
しかし、民への降服勧告になんの狙いがある?
具体的な指示を出さないのは何故だ?
既にこの地に草が入り込んでいる?
いや、木霊達が把握している限りでは、ここには草はいないはずだ。
いっそのこと、民間人を隔離するか?
…いや、それは最終手段か。
「でっ、伝令~ッ! 砦が奴国軍に囲まれています!!」
「なんですって!?」
久久能智は指令室を飛び出し、自分の目で確認する。
「ど、どういうこと?」
目の前には、奴国の大軍が広がっている。
「樹莉愛!」
ん?返事がない
「樹莉愛、いないのか?」
…
ちっ、肝心な時になんでいないの?
「伝令!豊前、朝倉、久山も陥落したとのこと。現時点で不弥国に残されたのは、ここ直方のみとなります!」
「なっ!?」
「砦正面に奴国軍師長の悠希と名乗るものが、国王と話がしたいと来ています」
「久久能智よ、いかがする?」
「…行きましょう」
ふたりは砦正面に向かう。
そして、そこにはひとりの男を挟んで、野椎と磐土がいた。
「この裏切り者が!何しに来た!!」
「さて、私が奴国で軍師長を勤める悠希と申すもの。このまま大人しく降服することをおすすめするよ。無駄な血は流したくないだろう?」
「黙れ!まだ我が国は負けてはいない。各地に残った兵達がここに集結する。勝負はその時…」
「あ~、君は誰だ?今国王と話しているのだ、黙っててくれるかな?」
「きっ、貴様~!」
「不弥国国王多模陛下に告げる。降服の意思はあるか否か!」
「くっ、久久能智?」
「降服などするかぁ!」
「黙れ下郎!」
悠希の大音声が響く。
「くっ…」
「国王殿、情けないな。最後の時までこんな小娘に言いなりか?恥を知れ」
「久久能智よ…」
「いい気になるなよ、今に木霊達が兵を連れて戻る。それまで持ちこたえれば、次はこちらの番だ」
悠希は、後ろに控えているものに命じてあるものを砦内に投げ込ませる。
「なっ、何をする?」
「貴様が頼りにしている木霊達とやらは開戦前から我が国の指示に従い、頑張ってくれたよ。ただ、いつ裏切るかわからぬ奴等などこちらでも不要でね。処分させて頂いた」
「なっ、何を言っている?」
久久能智は投げ込まれたものを確認する…
ゲッ、ゲッェ~!
久久能智はひとしきり嘔吐して…
「じゅっ、樹莉愛?」
「わかったかな?君たちにはもう味方はいない。さて、降服するか否か?」
「貴様ら、絶対に許さん!」
久久能智は、門に背を向け去っていく。
多模も後に続く。
さて、仕上げだ。
「各隊に伝令。砦内に混乱が発生次第突入。不弥国国民の保護を第一とするように!」
「はっ!」
「砦の門が開放され次第、野椎、磐土も突入し、混乱の収集に回れ」
「「はっ!」」
指令室 ~
バァ~ン!
机を強く叩く久久能智。
「誰か来い!」
「はっ、何か」
「砦内にいるもの全て討ち果たせ!」
「は?なっ、何を?」
「砦内にいるもの全て殺せと言った!裏切り者共の手によって大半が裏切ろうとしている。許さんぞ。早くせんか!遅れたらお前たちも討ち果たすぞ!」
「はっ!」
「ふん、国王よ。この混乱に乗じて逃げますよ」
「わっ、わかった」
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外は大混乱に陥っていた。
久久能智の指示に従うもの、それを止めようとするもの、逃げ惑う民。
そんな中、砦の門を開いて、奴国軍に助けを求めてはどうかという声がする。
その声を聞いたもの達が、門に向かい開放する。
すると、砦の混乱に乗じて攻めて来ていた奴国軍が一斉に突入していく。
混乱は徐々に終息して行った。
北東に向かう小道を進むふたつの影。
「国王、こっち、急ぎなさい」
後ろに続く多模に声を掛けて振り返る。
「ハァハァ、待ってくれ、久久能智よ」
久久能智が進行方向に向き直したその時
バシュッ
久久能智の首が宙を舞った。
血が噴水のように吹き出している。
「くっ久久能智?」
何が起きているかいまいち理解できていない多模は、久久能智だったものに手を伸ばす
バシュッ
多模の首が宙に舞う。
ふたつの噴水を見つめながら多模だったものに話しかける影がひとつ。
「あなたがしっかりしていればこの国も滅びることはなかったはずだ」
影はその場を後にした。