第10話 不弥国北部制圧戦
少し時が遡り、奴国が不弥国に攻め入る前日の話。
相島の志韋矢宅。
いよいよ明日だな。
こちらの準備は万端だ。
まずは、宗像、北九州。
そして、門司、小倉までは一気に行きたいな。
渡連、緋鼻は宗像、裸流は北九州。
宗像攻略後に犬鳴山に向かうように指示が出ていたな。そっちは渡連にそのまま任せるか。
…そろそろ軍議の時間だな。
~ 長老宅の軍議の間
志韋矢が軍議の間に入ると既に、螺羅愛を始め、白鳥、渡連、緋鼻、裸流、奈々衣、久恵州がいた。
「そろっているな。早速始めよう。まずは、螺羅愛、悠希からの連絡は何かあるか?」
「特にありませんね。連絡がないときは予定通りとしていますので、我々への要求は変わらずかと」
「ふむ、狼煙が上がり次第、宗像、北九州を制圧せよ。…か」
まあ、そうだろうな。
「まずは皆に言っておく。敵将はなるべく殺さずに降服させろ」
この場の全員が頷く。
…流石に意図は伝わっているか。
この場に居るものは武力のみならず、知力も高いものばかりである。
先を見据えた場合、使えるものはなるべく確保するべきとの考えは理解していた。
「螺羅愛、宗像、北九州での成果はどうだ?」
「木霊の取り込みですが、一部鴉軍と任務がかぶっていたため、原則としてそちらに任せました。もちろん鴉軍には気付かれていません」
流石は悠希ということか。
敵の諜報をしっかり取り込むとはな。
まあ、これについてはどちらかと言えば悠希側の仕事だな。
「それで良いだろう。で、肝心の攻め手についてはどうだ?」
「ここにいる久恵州の部隊が数名ずつ入り込んでいます」
流石だな。任せて安心だ。
「では、渡連、緋鼻は宗像、裸流は北九州に移動し待機。狼煙が上がり次第制圧せよ。制圧の手立ては久恵州に確認しておくように」
「「「はっ」」」
「また、渡連は宗像制圧後、犬鳴山へ向かうように。悠希の策がはまれば敵将は既にいないだろうからそのまま制圧して、後は指示があるまで待機」
「はっ、承知いたしました」
「緋鼻は宗像、裸流は北九州の後始末を頼む」
「「はっ」」
「久恵州、お前の部隊が肝だ。頼んだぞ」
「はっ、おまかせ下さい」
「よし、直ちに出立せよ」
「「「「「はっ」」」」」
その後、螺羅愛と奈々衣、久恵州、白鳥を自室に呼び、さらに詳細に戦略を練る。
「久恵州よ、北部で問題となりそうなところはあるか?」
「門司です」
久恵州は即答し、さらに続ける。
「門司は最北に位置し、北西に続く大陸(大倭豊秋津島)に近いという環境です。かの地はまだ謎の多い土地ではありますが、北東の大陸(亜細亜大陸)からの来訪者も少なからずあるようで、筑紫島に負けず劣らずの地域もあるみたいです。また、広大な土地を有していることもあり先住民の中にも優れたものも多いと聞きます」
確かにあの土地はまだ謎が多いところであるが、先住民の戦闘力は並みではないと聞く。
数ヶ所の地域は筑紫島をも凌ぐ文明・文化があるとも。
そんな土地と接している(海を挟んでいるとはいえ)地域だし、新しいタイプの人間がいても不思議ではないか。
「ならば、そこには私が行こう」
志韋矢自身の指揮する直轄部隊は現在50程度になる。
久恵州の部隊からの引き抜きが20名。
相島で新たに選抜したのが30名。
元々才能があるものを選抜しているが、この2ヶ月死ぬほどの猛特訓をしたので武力のみならず、軍師としての知力、諜報部隊としての能力も大幅にレベルアップしていた。
総合的に優れたものの集団なのだ。
副官は螺羅愛と奈々衣。
久恵州は志韋矢直轄の諜報部隊の隊長になるので、基本的には志韋矢の側にいる。
「門司は私が行くとして、その前にある足立山にも陣が敷かれていたな?」
「門司は独立心の大きい地区ですから、同じ不弥国内相手でも警戒しているのでしょうね。小数ではありますが確かに足立山に陣が敷かれています」
「白鳥よ、こちらが行く前に徐如達に落とさせることは可能かな?」
「これだけ時間を貰ってますからね、問題ないと思いますよ」
「では、徐如達に足立山と小倉の攻略をお願いするか。白鳥、伝令役お願いな。そのまま徐如と合流しサポートに入ってくれ」
「承知いたしました、では出立します。これから4人でお楽しみですか?」
「バカいうな、明日から忙しくなるし、ゆっくり休むさ」
「はいはい、では行って参ります」
白鳥は後を濁して出立した。
やれやれだ。
私は紳士なのだよ。
「螺羅愛、奈々衣、久恵州、聞いての通りだ」
「私はいつでも」
「はい、心の準備は出来てます」
「私もです」
と言いながら、3人とも服を脱ぎ始めていた…。
何を聞いていたのか…
まあ、仕方ない。楽しむか…。
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翌朝
「少佐、よろしいですか?」
「久恵州か、入れ」
「渡連、緋鼻、裸流の各隊は、昨晩の内に、それぞれ上陸完了し、合図を待つばかりとなっています。また、白鳥様より、徐如様との合流完了と本日の作戦に問題ない旨の報告が来ています」
「うむ、わかった。…準備は万端ということか」
狼煙が上がるタイミングは午前中の早いタイミングと予想される。
そこから一気にこちら側が動くとして門司攻略は午後の早い時間だな。
「よし、我らも行くぞ。まずは大島に渡る」
「「「はい!」」」
その狼煙が上がったのは調度大島に着いた時だった。
よし、タイミングバッチリだ。
「このまま、海岸線を通り、門司まで向かう。ここから先は闘いが続く、油断するな!」
「「「はい!」」」
志韋矢一行は、海岸線を通り門司へと向かった。
その頃、不弥国北部各地では…
まずは、宗像の渡連隊と緋鼻隊。
事前の両隊隊長同士の話し合いにより、宗像攻略は、緋鼻隊が先陣をきることとなっていた。
緋鼻隊は合気拳術が中心の部隊である。
今回の装備は短剣である。
「緋鼻様、狼煙が上がりました」
「よし、一気に行くぞ。全軍突撃!!」
オオオオオオッッッッ~!!!
砦に近づくと砦から一斉に投石、弓が放たれる。
緋鼻隊は滅茶苦茶足の早い部隊であり、体捌きも尋常ではない。
個々人が石、矢をかわし一気に砦に接近する。
すると、砦正門のやや左手から久恵州から聞いていた合図が上がる。
「全員10時の方向へ突っ込め~!」
ウオオオオオオッッッッ~!!!
これにて勝負あり。
なんと奴国、不弥国双方共死者無しで制圧完了した。
一方、北九州裸流隊。
こちらは隊長である裸流は長剣を装備。
配下は普通の青銅剣である。
「裸流様、狼煙が上がりました」
「よし、全軍突撃!!」
オオオオオオッッッッ~!!!
先頭を走る数名が投石器具を手に持っている。
投石器具は、中央の石を包むための幅広い部分と、その両端の振り回して速い回転速度を得るための細長いひも状の部分からなる器具である。
砦付近まで近づくと、砦側から弓が放たれ、数名が矢に当たり負傷する。
「投石用意!放て~!」
投石器具を使い、石が放たれる。
それは砦正門部分に一瞬の隙を作った。
「突っ込め~っ!!」
裸流を先頭に一気に突撃する裸流隊。
すると、砦正門が開かれ、裸流隊はそのまま砦内に突入。
降服勧告後、制圧完了となった。
「徐如様、狼煙が上がりました」
徐如と白鳥は、大島を経由して足立山の麓付近にいた。
「さてと、少し働かせるとするか…」
「働く…ではなく…働かせるなんですね」
「まあ、私が出るまでもないだろう?」
徐如の戦闘力は並みではなく、直属の30名の兵も尋常ではない力を有している。
白鳥もその辺りは理解しているので…
「確かに。ところで徐如様は悠希と志韋矢のどちらを支持するのです?」
今は志韋矢に従っているものの、きっかけは悠希からのお願いである。
悠希はかつての教え子であり、幼き頃より面倒を見てきた。徐如にとっては可愛い子のような存在だ。
ただ、悠希の荒魂に何か不穏な気配を感じるのだ。荒魂は勇猛果敢であるが決して悪ではない。しかし、その性質から感情の高ぶりから冷静さを欠くこともあり、負の感情に囚われることも多いのも事実だ。
それでも悠希のケースは不自然なのだ。
何者かが、コントロールしている?
不自然といえば、住吉三姉妹にもどことなく不穏な気配を感じる。こちらは勘でしかないが。
「…今の私は志韋矢少佐の配下だよ」
「承知いたしました。では、住吉三姉妹を小倉に向かわせ、破卍を足立山へと向かわせましょう」
「それで良いだろう。我々のんびり進み、攻略後の足立山で待機するか」
白鳥が伝令経由で各人に命を伝えると、各方面一斉に進攻を開始した。
徐如は思う。
さて、最大の激戦となるであろう門司攻略はどうなることやら。
志韋矢よ、期待しているよ。
門司付近の海上。
「よし、上陸するぞ!」
「はっ」
門司に上陸した志韋矢一行は砦を目指す。
その道中でのこと。
「全員行軍止め!!」
志韋矢の合図を受けて一行は停止する。
「少佐、いかが致しましたか?」
「くさいな」
現在いる場所の数メートル先から、道幅が少し狭くなっていた。
なんとなく、嫌な感じがしたので全員に停止を命じたのだ。
「久恵州、この先に何かいそうだ。斥候を多目に出して確認してきてくれ」
「承知いたしました」
久恵州に命じて、先を確認させる。
…何か気配を感じるな。
砦に籠るだけではなく、まずは出鼻を叩くか。手強いな、さらに気を引き閉める必要がありそうだ。
ん?
気配が消えた…か?
「気配が消えましたね」
螺羅愛も気が付いたか。
私は頷きを返し、さらに深く辺りを探る。
やはり、去ったか。
恐らくこちらが斥候を出したことにより、奇襲が無駄と悟ったか。
やるな。
ほどなくして、久恵州が戻り、伏兵がいない旨が報告される。
斥候の数を通常に戻し行軍を再開する。
やがて、砦がその姿を表した。
砦に向かい戦闘態勢を維持したまま砦の様子を伺う。
砦の防御柵が左右2ヶ所突き出ている。
そして中央に土を集め段差が着いている。
まるで、動物のようだな。
大陸にいるという馬に似ているのか。
木の枠、柵で作った馬…木馬だな。
左右の手(前足?)の中を通らせることにより、密を作り出し、こちらの戦力を一気に削るつもりか。大軍ならいざ知らず、50名程度ならあまり意味は無いように思うがな。
つまり、教科書通りな訳か。
先の伏兵といい、戦術は知ってはいるが経験が浅いため、使いこなせてはいない。
今なら勝てる…か。
しかし、なるべく兵を減らしたくないな。
「螺羅愛、この砦への事前工作は失敗しているのだったな?」
「申し訳ありません、少佐」
挑発してみるかな?
「砦の大将は、なんて言ったかな?」
「たしか、無頼徒(ぶらいと♂)だったかと」
「よし、私と螺羅愛で砦前まで向かい、相手を挑発。一騎打ちに持ち込む。久恵州と奈々衣は部隊を率いて待機せよ」
志韋矢と螺羅愛はゆっくりと相手砦(木馬)に近づいていく。
すると、砦側から、ひとりの少年と指揮官らしき青年が姿を見せた。
「何者か?」
青年は、志韋矢と螺羅愛に向かい、誰何する。
「私は志韋矢。ご覧の通り軍人だ」
「嘘をつくな。そんな格好の軍人なんかいるものか!」
志韋矢は仮面をかぶり、赤と黒を基調とした服を見に纏っている。
確かに青年(無頼徒)のいう通りだった。
さらに無頼徒は、続ける。
「もののけの類いか?」
「誰がもののけか!奴国で少佐の地位を拝命している志韋矢という。一騎打ちによる勝負を所望する。私が勝ったら砦を開放し降服せよ、降服後は今の生活水準は保証しよう。私が敗れたら軍を引き、二度と進攻しないことを約束する」
「民の生活水準を保証だと?戦いに敗れたら奴隷となりコキ使われるのが習いのはずだ」
「確かに過去の慣例では、そうだろう。しかし、我が奴国は違う。この広大な筑紫島を治めるには人材が必要だ。不用意に虐殺したり、奴隷におとしたりすれば、自分達の首をしめることになる。さて、返答は如何に」
「やります!相手がもののけなら人間じゃないんだ、ぼくだって」
「あっ、鴉夢鷺?いろいろおかしいぞ?」
「やります!」
鴉夢鷺(あむろ♂)と呼ばれた少年は、志韋矢に向かって突進してくる。
その背後から、深いため息と共に、無頼徒青年より一騎打ち了承の旨が伝えられる。
「すまない、その子が相手だ。一騎打ちの件、承知した。…すまない、よろしく頼む」
…まあ、いいか。
これで予定通り一騎打ちに持ち込んだ。後は勝つのみだな。
鴉夢鷺の腰には刀が差されている。鞘を見るとわずかに反りがあり、刃が上向きに帯刀していた。
この時代には珍しい打刀と呼ばれる刀のようだ。
ちなみに、志韋矢は、刃を下(地面の方)へ向けて、鞘に付けられている「足緒」と呼ばれる部品に「太刀緒」を通して腰に吊り下げている。すなわち刀を佩いている。
太刀を抜き中段に構えて鴉夢鷺を待ち構える。
鴉夢鷺も刀を抜き中段に構えて走る。
両者の間合いが9歩の間合いとなると鴉夢鷺は剣先をやや右にズラす。
ん?…払いにくるか?
両者の剣先が当たる距離になり、鴉夢鷺は志韋矢の太刀を払いにいく。
やはりか!
志韋矢は予測していたため、剣先を下げて刀をかわす。
すると、鴉夢鷺は払いにいった刀を止め(この時点で剣先は志韋矢の右肩辺り)、そのまま刃筋を志韋矢皮に向けるとさらに一歩踏み込んできた。
なっ!
志韋矢は咄嗟に下にずらした太刀を振り上げる。
キーン!
甲高い音と共に鴉夢鷺の刀が上向きに払われる。
クッ…
鴉夢鷺はなんとか刀を離すことなく志韋矢の左側(鴉夢鷺から見たら右側)を走り抜ける。
お互いに振り返り、残心。
今度はお互いにゆっくりと間合いを詰める。
剣先が当たる距離になり、お互いに中心を取り合い、さらに間合いを詰める。
先に鴉夢鷺が仕掛ける。
志韋矢の鍔元を狙い間を詰めると、志韋矢が剣先を戻そうとする瞬間に剣先を下げ、志韋矢の刀をかわし右側鎬を軽く払うように正面に撃ち込む。
フッ…
咄嗟に左足を左斜め前に送り、半身に捌く。
目の前を鴉夢鷺の刀が通過する直前に…
今だ!
右膝でがら空きになった脇腹を蹴る。
どうだ、面抜き胴ならぬ面抜き膝げりだ!
「ウッ…」
たまらず鴉夢鷺はたたらを踏み、距離を取ろうと後退する。
志韋矢はさらに追撃する。
まだ体勢が整わない鴉夢鷺に向かい思い切り刀を降り下ろす。
これで終いだ!!
キラーン…
その時、鴉夢鷺の身体が右に踏み出された右足を基点に1回転する。
なっ…
そして鴉夢鷺は志韋矢の眉間めがけて突きを放つ。
カッ!!
「ふぉおおおおおおおおおおおぉ!」
鴉夢鷺は雄叫びをあげ、そしてそのまま前のめりに倒れた。
はぁはぁ…。
かっ、勝った…のか?…
「志韋矢様、大丈夫ですか?」
「仮面が無ければ即死だったな。なんという、恐ろしい男だ…」
「志韋矢殿、と言いましたな。我々の負けです。門司は全面的に降服します。先の約束を果たされんことを」
いつの間にか、無頼徒を先頭に門司の兵士が並んでいる。
皆一様に方膝を付き頭を下げている。
無頼徒の傍らには、鴉夢鷺少年と介護する少女の姿がある。
「その少年、鴉夢鷺くんは無事か?」
「問題ないでしょう。彼はこれまでにもたまに我々にはわからない不思議な力を発揮して来ました。戦闘に使われたのは初めてですが、恐らく身体に負担がかかり、それ以上の力の行使を止めた…のでしょう。しばらくすれば目を覚ますでしょう」
「そうか」
最後に見せたあの動き。
ちょっと人間離れしていた、あのまま続けていたら…。
志韋矢は首をふった。
たらればをいったらきりはないか。
取り敢えず戦いは終わったのだ、後は敵にならぬよう祈るとするか。
「よし、取り敢えず、門司に入ろう」
この後、志韋矢は気を失った…。
木馬の皆様…
再登場は第2章の予定