扇動
「おい、とりまる!記事出来た?」
女子中学生くらいの声が僕の背中に刺さる。その声にハッと息を呑み、思わずタイピングの手が止まる。
「いやカラスマですって、ちょっと待ってください」
女子中学生の声の主が僕のパソコンの画面を覗き込む。揺れたショートカットの横髪から女の子独特な”いい香り”がして嬉しくなった。いや、言うてる場合か。
「ふーん。こんなもんか」と半ば煽り立てるようなセリフをまたもや僕に突き刺す。
…この女子中学生みたいな女は僕の上司。 そして僕は、この人の部下。冴えない雑誌記者だ。
自己紹介をしよう。僕の名前は”烏丸駿太”。”カラスマシュンタ”、って読む。199x年生まれO型の水瓶座。24歳。学校は嫌いだった。中学時代は不登校、高校は県内最底辺の公立でパソコンをいじっていた。地元であるここ”千葉市”をぷらぷらして仕事を転々としていたら、父親の仕事の上客が経営してる雑誌編集者にコネで入社。好きな言葉は”諦めが肝心”。
そんなこんなで、今は二流ゴシップ記事を編集・執筆していたりする。今取り掛かっている記事は”撃録!関東圏違法風俗店の大規模一斉摘発!”と言う、まあ、いかにも。な記事だ。
その他は不倫疑惑のある有名人を追っかけ回していたり、あとはまあ、面白いネタがあればなんでも記事にする。
そしてこの上司は”水沢三奈”編集長。通称”ちび編集長”。身長は多分150cm前後で顔も幼ければ体も相当幼い。僕の1つ上で、25歳。一緒に呑みに行くと必ず年齢確認をされる。この編集社のオーナーの娘らしく、オーナーがいなくなった今、ちび編集長1人で編集を切り盛りしている。だからかなり仕事はできる人だが…。
「あっつ!! カップ焼きそばこぼした!!!」
…とまあ、相当ドジではある。
オーナーがいなくなった、と言ったが、決して亡くなったわけではない。オーナーは他にも様々な事業を抱えており、風俗店の経営やナイトワークの斡旋であったり、いわゆる”夜の帝王”だ。であるからして、かなりの遊び人。1年前くらいに”フィリピン人って最高”と言い出し、海外出店の下見と称してフィリピンで豪遊して暮らしてるらしい。ちび編集長曰く、そのうち帰ってくる、そうだ。
「お昼ご飯なくなった…」
とまあ、かなり大雑把な説明ではあったが、何と無くこの編集者の実態は掴めただろうか。そう、かなり”イカれてる”編集社なのだ。今はなんだかんだ楽しいし、向いてる仕事ではあると思っている。この社会には、決して表立てない人や話がそこら中に転がっている。それを知って、ピックアップできる事がやりがい…って言うと、求人情報でイヤだな。
そんなかなり”イカれてる”日々で、拉致監禁だとかに発展するきっかけが、とある聞き込みだった。
「…ふむ、そのつまり、横領してるって事ですか?」
「ご明察や!そうみたいやで。でも、県議会でこの話が明らかにでもなったらあの議員やって辞職になりかねないはずや」
第一情報提供者である”胡散臭い関西弁”のこの人は、今回”情報募集”のHPを見て電話をしてきた方。”フルタチさん”だそうだ。
「でも、裏が取れてないでしょう?」
こじんまりとしたカフェの静けさの中、コーヒーカップを置く音が響く。フルタチさんはコーヒを飲み、1テンポ置くと「それが取れてまんねん、裏。」と大きく口角を上げ、水を得た魚のように話を続けた。
「あまり大きい声では言われへんのやけどなーーー。」
要約すると、こうだ。
フルタチさんは千葉市のインフラ整備…道路の修繕、基礎事業の経理を担当している、ゴシップ好きなおっさんである。そこで、公共事業にも深く関わっている為、公共事業費などのカネの流れを追える存在だと言う事。
約1年前、フルタチさんの会社に、搬入道路建設に仲介業者として立ち会ってほしいと言う依頼が来たそうだ。クライアントは”別真工業”と言うらしい。施工管理業務などを行い、搬入道路建設は3ヶ月で完了。なんの不備不手際もなく、スムーズに工事は完了したらしい。
「けどな、見てしもたんやーーー。」
クライアントである別真工業の事務所に提出書類の確認のためフルタチさんは赴いた。そこに”県議会議員”がいた、と。
公共事業の打ち合わせなどで県議会議員そのものが出向く事はまずないそうで、違和感を覚えたフルタチさんは思わず聞き耳を立てたそうだ。
そこで聞こえたのは「キックバック」、「手形決済」、「5000万」…。などと、いかにも裏金話で聞こえるようなワードばかりだった。
「ええか、間違いない。別真工業言うんはフロントや。裏に筋モンがいるに違いない!」
息を荒げて、フルタチさんの声が大きくなる。
「フロント?なんですか?」
「そんなんも知らんのか?教えたるわ、フロントいうんはなー。」
呆れ顔をしたフルタチさんは、これまた丁寧に教えてくれた。
”フロント企業”。表向きはれっきとした企業ではあるが、裏では暴力団の息がかかっている企業だそうで、組員が組みを抜けた後に入ったり、そこの収益が”シノギ”になったりする、グレーゾーンな企業のことだ。
さらに噛み砕くと、こう言うことになる。
その県議会議員が、なんらかのルートを通じて別真工業に業務を委託。しかし、それだけでは不自然なため、仲介業者としてフルタチさんの会社を立ち合わせ、表向きはクリーンな公共事業に見せかけた。しかし、裏では公共事業費をかなり割高に当てふり、その見返りとして県議会議員は報酬を懐に収める。そしてその別真工業の収益は、ヤクザのシノギになる…と言うことだ。
「確かにそれはいけませんね、何か証拠とかは?」
完全に提供情報の意味を理解した僕は、確たる証拠を掴みたいと思い、フルタチさんに聞いた。
このスクープをモノにすれば、世間が騒ぐ。議員とヤクザの癒着だなんて、かなりポピュラーだしわかりやすい。評判のマトだ。
「証拠はあんねんけどな、社外秘やから持ち出せへんねん。あとはにいちゃん調べたってくれや」
呑気な顔をしてコーヒーを飲み干したフルタチさんは、”話したいこと全部話したったで!”と言わんばかりな笑顔を見せる。
それに対して、少しの熱に浮かされていた僕は、ぬか喜びであることを悟り、思わずため息をしてしまった。
「社外秘て…。まあ、相手はヤクザですから、しょうがないかあ」
「せやせや。壁に耳ありいうやろ?」
席を立ち、ジャンバーを羽織ったフルタチさんは「なんか分かったら教えてくれや!」と意気揚々に言ったと思えば、僕が何かを発言する前に「ごちそうさまやで」、とそそくさと帰ってしまった。
呆気にとられた僕が残されたカフェで、
「がめついおっさんやなー…。」、というエセ関西弁が響いた。