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ウィル編

 桃海亭の斜め前の花屋フローラル・ニダウにリコ・フェルトンという店員がいる。人なつっこい笑顔で評判がいい。その笑顔が3日前に消えた。

「どうしたんでしょう、リコさん」

 シュデルが心配そうに言った。

 斜め前の店なので桃海亭の店内で仕事をしていると、自然と目に入ってくる。客の相手をしているときは笑顔を浮かべているのだが、こわばっていて作っている笑顔だとわかる。客がいなくなると憂鬱そうな顔でため息をついている。時々、思い詰めた顔をする。

 フローラル・ニダウの奥さんも心配して、悩みを聞き出そうとしたようだが失敗したらしい。

 夕焼けがニダウの街を赤く染め、商店街の買い物客は足早に帰って行く。フローラル・ニダウも外に並べていた鉢植えを店内に入れていた。

 日が完全に落ちる前に、店の前の掃除をしようと外に出た。

 リコが立っていた。

「お願いがあります」

 いつもの好戦的な態度は欠片もない、真摯な態度だった。

「ムーさんとウィルさんに、話を聞いていただきたいのです」

 深々と頭を下げた。

 リコからいわれのない迫害を受けているオレとしては、無視しても良かったのだが、斜め前の店だから無用なトラブルは避けたい。

 穏便に断ることにした。

「今日は忙しいから」

「お願いします。話を聞いてください」

「今日は…………」

 ヒトデがいた。いつの間にかリコの肩に乗って、頭を下げている。

 本当に困っているらしい。

「時間はいいのか?」

「大丈夫です。奥さんには桃海亭で話を聞いてもらうと言ってきました」

「ここにいると、商売の邪魔だ」

「お願いです。どうか…………」

「店に入れよ。食堂で聞いてやる」

 リコの顔がパッと明るくなった。



「僕は店番をしています。お手伝いできることがあれば、呼んでください」

 そう言うとシュデルは食堂を出て行った。

 呼んだときにわかるように、扉を少し開けてある。

「話って、なんだ」

 食堂のテーブルについているのは、オレとムーとリコ。リコが、ムーが絶対に必要だと言うので、オレが部屋から引っ張り出してきた。

「これが何かわかりますか?」

 リコがポシェットの中から、折ったハンカチを出した。オレとムーの目の前にハンカチを置いた。そっと、広げる。

「ほぎょしゅ!」

「おい、こいつは」

 干からびた木片。

 普通の人間には、それ以外には見えないはずだ。

「これ、何ですか?」

 不安を目にたたえながら、リコがムーに聞いた。

「どこで見つけたしゅ」

 ムーが厳しい声で聞いた。

 厄介なものであることは、オレもムーもわかっていた。

「3日前の仕入れたルタの苗木の土に刺さっていました。ゴミだと思って取り去ろうとしたら…………」

 リコが木片を指した。

「………わからないんです。でも、触れたら、木片に思えなかったんです」

 リコの声が震えている。

「このままにしてはいけないと思って、でも、どうしたらいいのかわからないし。ムーに聞けばわかるかと思って…………」

 リコは、オレとムーに非道な仕打ちを繰り返してきた。助けて欲しいと言える立場じゃない。そのことはリコもわかっている。

 3日間、悩んだ末、オレ達に助力を願い出たのだろう。

「これは、何ですか?」

 オレとムーは、顔を見合わせた。

 何であるのか知っているが、それをリコに教えるわけにはいかない。

 教えることはできないが、知った以上放置もできない。

「こいつをオレ達にくれ」

「何を」

「悪いようにはしないしゅ」

 リコ表情が険しくなった。

 説明すれば誤解は解けるが、説明していいかわからない。

 3人とも黙ったまま、時は刻々と過ぎていく。

 音もなく影が入ってきた。

「やはり、こうなりましたか」

 シュデルが苦笑した。

「休憩中の札を掛けてきました」

 滑るように椅子に座った。

「何があったのか教えていただけますか?」

 リコがハンカチに置かれた木片を、シュデルの前に押しやった。

「これは…………」

 シュデルが目を細めた。

「また、厄介な物をお持ちになりましたね」

 リコがワッと叫んで、テーブルに突っ伏した。

「やっぱり、そうなんだ。あたし、ウィルの体質が移ったんだ」

 肩が小刻みに震えている。

 ポシェットから飛び出してきたヒトデが、リコの頭を一生懸命なでている。

「リコさん。店長の体質はうつったりしません。近くに寄らなければ大丈夫です」

「でも、でも………」

 リコが顔を上げた。

 涙は流していなかったが、鼻水は垂れていた。

「リコさん、これを店長に譲る気はありませんか?リコさんには信じられないかもしれませんが、この木片をなんとかできるのはルブクス大陸で、店長とムーさんしかいないと思います」

 シュデルがオレを見た。

 物言いたげな目。

 オレは慌てて言った。

「そ、そうだ。うん、オレとムーなら、なんとかできる」

「と、店長も申しております」

 リコはズズッーと音をたてて、鼻をすすった。

「これは何なの?」

 シュデルが微笑んだ。

「リコさんは何だと思いますか?」

「笑わない?」

「笑いません」

「トレント」

 オレは、息を飲んだ。

 ムーは、でかい目を見開いて、まん丸にした

 シュデルは微笑みを崩さず言った。

「正解です」

 リコの目から、ドバァーーーと水が流れ出た。

 ヒトデがあたふたして、リコのエプロンからハンカチを取り出した。

「し、死んで、いるの?」

「わかりません。樹人トレントの生態についてはわからないことが多いのです。彼らは人よりも高い知能を持っていると言われています。人が嫌いで交流もほとんどありません。彼らの情報がほとんどないのが実状です」

「どうすればいいの?」

 ヒトデがリコの肩によじ登った。

「僕たちにできるのは、これをトレントのところに届けることだけです」

 ヒトデがリコの濡れた頬を、ハンカチで拭いた。

「ありがとう」

 リコがヒトデからハンカチを受け取った。残りの濡れた頬は、自分で拭いた。

「リコさん。形態から、これはロクンカ半島のトレントとだと思われます。幸いなことに店長とムーさんは、ロクンカ半島のトレントには窮地を救ったことがあります。届け役には最適だと思います」

 オレはうなずいた。

 他のトレントは詳しく知らないが、オレ達が会ったロクンカ半島のトレントは礼儀正しく、義を重んじるモンスターだった。この木片が、生きているにしろ、死んでいるにしろ、受け取ってくれるだろう。

 リコが考え込んだ。

 数分後、シュデルに言った。

「これをあたしが持っていたらダメかな?」

「危険です。ロクンカ半島のトレントは、人が近づくと毒や病原菌をまきます」

 リコがわずかに首を傾げた。

「違う気がするの」

「何が違うのですか?」

「この子が」

 リコが木片を指した。

「あたしのところに来たのは、偶然かな」

「それはリコさんが、植物をよくわかっていられるので………」

「違うよ」

 リコが口を挟んだ。

「この子は、モンスター」

 リコが正しい。

 植物のモンスターだが、植物か、モンスターか、ならモンスターだ。

 ロクンカ半島の樹人トレントは、半島から出ない。生まれてから死ぬまで、半島で暮らす。

 そのトレントが、ここにいる。

 生きているのか、死んでいるのか、わからない状態だ。

「この子が、あたしを選んだのなら、あたしが連れて行ってあげないと」

 オレとムーは、顔を見合わせた。

 木片はトレントだが、生死不明だ。ましてや『リコを選んだ』という根拠は<リコが見つけた>それだけだ。論理が破綻している。策謀家のリコとは思えない発言だ。

 シュデルがオレを見た。

「店長、もしよかったらリコさんを…………」

 オレは、ブンブンと首を横に振った。

 オレに断られたシュデルは、ムーを見た。

「ムーさん。もしよろしければ…………」

 ブンブン。

 オレより激しく、首を横に振った。

 シュデルはリコに言った。

「リコさんの気持ちはわかりますが、店長もムーさんもリコさんが同行するのは危ないと考えているようです。その木片を店長に渡して終わりにされてはいかがでしょうか?」

 リコがニコッと笑った。

「ありがとう、シュデル」

「では」

 ハンカチにのばしたシュデルの手を、リコが押さえた。

「あたしが、ひとりで届けてくる」

「待ってください。先ほど説明しましたように、ロクンカ半島の樹人トレントは毒や病原菌をまき散ら散らします。危険すぎます」

「絶対に大丈夫」

 リコが強い口調で断言した。

「大丈夫の根拠を話していただけますか?」

 シュデルが冷静さを失わずに聞いた。

「根拠なんてない。でも、この子はあたしに届けて欲しかったのだと思うの。だから、行くの」

 オレは静かに席を立って、食堂を抜け出そうとした。

「店長」

「店を開ける準備をしようかなぁ、と思って」

「リコさんと一緒に行って……」

「ダメなの」

 オレに同行を頼もうとしたシュデルの言葉をリコが遮った。

「この子は、あたしと行きたいの。だから、ウィルもムーも連れていけない」

 リコの意志が固い。

 オレとムーの同行を拒否するのも、〈リコが、オレとムーがイヤだ〉という感情的な理由ではないようだ。

「わかりました」

 シュデルはリコの発言には動じず、静かに言った。

「まず、ご両親とフローラル・ニダウのご主人に旅行の許可と休暇を取ってきてください。ロクンカ半島が近いですが、途中まで乗り合い馬車を使っても、往復で1週間はかかります。よろしいですね」

「わかった。急いで許可と休暇をとってくるね」

 トレントをハンカチに丁寧に包むと、食堂を出て行った。

「無理だろ」

「無理しゅ」

 オレ達はロクンカ半島のトレントの依頼でおもむいた。だから、問題なく入れてもらえたが、何の繋がりもないリコが入れてもらえると思えない。

 旅路も途中までは乗り合い馬車で行けるが、その先は道なき道を歩かなければならない。道案内もいないのに行き着けるはずがない。

「僕もそう思います。ですが………」

 シュデルが窓の向こうのフローラル・ニダウを見た。リコがフローラル・ニダウの奥さんに一生懸命話している。

「……何の変哲もないあの木片がトレントだとわかったのです。だから、僕はリコさんの言うとおり、何かあるのではないかと考えてしまうのです」

 シュデルが真顔で静かに言った。



「命の危険があることは話しましたか?」

「話した。誰も信じていなかったけど」

 許可を取ると食堂を出てから、わずか1時間でリコは桃海亭に戻ってきた。ワンピースをシャツとズボンに着替え、花の刺繍が施された赤いリュックサックを背負っている。

 リコの両親もフローラル・ニダウの奥さんも、リコが1週間の旅行に行くと勘違いしているようだ。

「用意したのは着替えと携帯食料、水筒、お金、タオル、櫛、歯ブラシ。他に必要な物はある?」

「宿に泊まれるのは最初の一日だけと思います。水と食べ物を忘れないでください」

「大丈夫。旅行用品のお店の人に聞いて、高濃度圧縮携帯食料を1週間分買った。それと魔法道具の水球も買って水筒に入れてある。使い捨ての安いのだけど、一週間なら持つって言われた」

「灯りの準備はありますか?」

「トレントは火を嫌うのでしょ?ランタンを持ち歩いたら、怒ると思う」

「では、僕からはこれを」

 用意していたらしい発光球を戸棚から取り出した。

「1週間でしたらつけた状態で大丈夫です。虫除けの魔法も掛かっています」

 5センチほど発光球をリコの手に乗せた。

「ありがとう。大切に使うね」

「これをどうぞ」

 たたんだ紙を渡した。

 開いたリコが、パッと顔を明るくした。

「ありがとう」

「至急でしたので、簡易通行証ですが国境を通るには問題ないと思います。身分証明としても使えます」

 国が発行する通行証は、身分証明書として使える。国によっては、通行証がないと入国させてもらえない。

「それから、これも、どうぞ」

 1センチほどの瓶を、カウンターに置いた。

 透明な瓶で中に紙片がギュウギュウに詰まっている。蓋はない。瓶の細い首の部分に、赤い紐が巻き付けてある。

「お守りです」

 リコが物言いたげな目でシュデルを見た。

「お守りですから、中身を見たら効力がなくなります。触れないこと。出さないこと。約束していただけますか?」

 リコの前に、瓶を押しやった。

「わかった」

 リコが握りしめた。

「いま、リュックにつけてあげます。渡してください」

 瓶を受け取ると、リュックの留め金にしっかりと結びつけた。

「ニダウに戻るまで、絶対に外さないでください」

 リコがうなずいた。

「大切なことを忘れていました。ヒトデは連れていけません」

 ポシェットからヒトデが飛び出した。シュデルに蹴りを入れようとジャンプしたところをオレが捕まえた。

 手の中で、暴れている。

「凶暴だな、少しはしつけろよ」

 リコは、オレを完全にスルー。

 青い顔でシュデルに聞いた。

「ヒトデを連れていけないの」

「はい、登記上は桃海亭の魔法生物です。ニダウから連れ出せません」

 ガァーーーーン、というのを全身で表したのは、オレの手の中のヒトデ。リコは素直にうなずいた。

「わかった。ひとりで行く」

 旅の道連れ兼ボディガードを失ったわけだが、リコの行く意志は変わらないようだ。

「ヒトデの代わりにはなりませんが、旅の道連れを僕の方で頼んでおきました」

 リコがオレをにらんだ。

 シュデルが苦笑した。

「そんな顔をしないでください。店長ではありません。リコさんの旅の道連れを引き受けてくれたのは、彼です」

 テーブルにピョンと小さな影が飛び乗った。

「キノチュ?」

 リコが驚いた。

「はい、キノチュは桃海亭の所有の道具ではありません。説明すると長くなるのですが、彼は自分の意志で自由に世界を移動できます」

 雑巾のキノチュが、ポーズを取った。人で表現するなら、腰に手をあてて、胸を反らしている感じだ。

 オレが握っているヒトデが暴れ出した。

「あー、大丈夫だ。お前とキノチュは比較にならん」

 オレがなだめると、暴れるのはやめたが、疑いの眼でオレを見た。

「本当だ。お前は失敗作の魔法生物。あっちは世界最高の雑巾だ」

 再び暴れ出す前に、力一杯握り込んだ。

 リコがオレの手の中のヒトデに、顔を近づけた。

「いい子で、待っていてね」

 ヒトデがうなだれた。

「大急ぎで戻ってくるから」

 リコがヒトデの頭をなでると、ヒトデがしかたなさそうにうなずいた。

「これをどうぞ」

 シュデルがウエストポーチをリコに渡した。リコがつけると、キノチュが自分の着替えを詰め込み、最後に自分が入った。

「これ、預かってもらっていいかな」

 リコがポシェットをシュデルに渡した。

「はい、早いお帰りをお待ちしております」

「うん、大急ぎで行ってくる」

 笑顔のリコが、桃海亭を出て行った。

 シュデルも笑顔で見送った。が、リコが出て行くと疲れた表情に変わった。

「よく頑張ったな」

 オレは、シュデルをねぎらった。

 リコが戻ってくるまでの1時間。シュデルはリコの為に、大車輪で準備をした。同じことをやれと言われても、オレにはできなかっただろう。

 通行証だけでも普通は一週間以上かかるのに、アーロン隊長に至急で頼み込んだ。発光球に、キノチュに。リコは知らないが、魔法協会の災害対策室にも連絡を入れてある。トレントの縄張りは無理だが、その近くまで隠れて警備がつくはずだ。

 弱々しくシュデルが微笑んだ。

「リコさんは、キケール商店街にはなくてはならない人ですから」



「シュデル、ありがとう。届けられた」

 泥だらけのリコがニダウに戻ってきたのは予定通り、7日目の昼だった。

 世話になったお礼だとダイメンで特産の乾燥木の実を桃海亭に持ってきた。

「お疲れさまでした」

 笑顔のシュデルに、リコは付けていたウエストポーチを外して渡した。疲れ切ったキノチュがデローーンとはみ出している。

「キノチュ、ありがとう」

 雑巾の一角がヒラヒラと動いた。

「またね」

 出て行こうとしたリコをシュデルが呼び止めた。

「お守りはもう必要ありませんよね」

 リコが答える前に、シュデルはリュックにぶら下がっている瓶を手早く外した。

「無事に戻れて良かったです」

 リコを送り出した後、回収した瓶をカウンターに置いた。

「それ、なんだ?」

 お守り、と言って渡したときから気になっていた。桃海亭の在庫にはない品だ。

「今回のみ使用できる、特製のお守りです」

 今回のみ、と限定されていれば、予想がつく。

「トレント対象の魔法グッズか?」

「そのようなものが作れたら、店で売ります」

 シュデルは奥の扉を開けると「ムーさん、届きました」と、2階に声を掛けた。

「ムーに作らせたのか?」

「手紙を書いていただいただけです」

「リコの為に、ムーが手紙を書いたのか?」

 ムーはリコに、凍死させられそうになったことも、指を切られそうになったこともある。

「どちらかというとムーさん自身の為だと思います。リコさんは郵便屋さんですね」

 シュデルが微笑んだ。

 軽い足音が降りてきて、ムーが店内に入ってきた。

「届きましたよ」

「ほいしょ」

 瓶に詰められた紙を抜いた。

 オレにはグニグニにしか見えないものが青いペンで書かれている。その上に焦げ茶色の液体で何か書かれている。

「げへへっしゅ」

 笑顔のムーが紙を丸めた。

「ムー、何を書いたんだ?」

 返事がもらえるかわからないが、聞いてみた。

「ボクしゃんが書いたのは、この手紙を持っていく女に悪意はないから通してあげてしゅ。拾った物を届けたいって、言っているしゅ。それだけしゅ」

「茶色い線が書かれていましたが、トレントから何か言われたのですか?」

 シュデルが不安そうに聞いた。

「木片は、活動を一時停止しているトレントだそうだしゅ。竜巻で飛ばされたそうだしゅ。あの状態でも特殊なテレパスが使えるから、いつかは鳥を使役して戻ってくるだろうと思っていたら、人が運んできたので驚いたそうだしゅ」

「リコ、木片と交信していたのか」

 驚いたオレに、ムーが首を横に振った。

「なんとなくわかる、そういう人間みたいしゅ。人同士だと時々いるだしゅ。植物系のモンスターと人間は珍しいしゅ」

 それで花屋で働いている、ということはないだろう。フローラル・ニダウに植物系モンスターは置いていない。

「トレントしゃん、書いてあるしゅ。馬鹿力のヒトデの召使いに、珍しい種をお礼に渡したそうしゅ」

 ムーが幸せそうな笑顔を浮かべた。

「芽が出たらもらうしゅ」

「くれないだろ」

「無理でしょう」

 オレとシュデルが即座に否定した。

 ムーが笑顔を崩さなかった。

「絶対にもらうしゅ!」

 そう言うと、うれしそうに丸めた紙を持って、2階にあがっていった。

「あの手紙があったから、リコはすんなりトレントの縄張りに入れたんだな」

 お礼を横取りする予定があったとしても、ムーのおかげで、リコは傷つかず、木片はトレントのところに戻れた。

「店長も一枚噛んでいます」

「オレが?」

 何かした記憶はない。

「署名だけでは、本人が書いたものかわからないですから、植物であるトレントの判別できる物をつけました」

 意味が分からず、オレは黙っていた。

「水分です。トレントは水分の分析ができるので、体液をつければ本物だという証明になるのです。ムーさんの唾液だけでは心配だったので、店長の唾液もつけておいたんです」

「オレの唾液?いつ、取ったんだよ」

 シュデルは楽しそうに微笑むと、オレの口角を指した。

「リコさんが許可を取ってくるまでの間です。店長、あの時もいつものように立ったまま昼寝をしていたじゃないですか」

 オレは慌てて口元をぬぐった。




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