第四呪 奪われた物、奪う者
「で、なにか分かったのか? 哭栖」
「全然だめですね……手がかりならあるんですけど」
僕は今日、珍しく外出している。引き篭もりの僕は、一週間のうち六日は家にいるのだが、一日だけ、一日だけ彼女に会うために外に出る。彼女と会う約束をした公園に来て、ベンチに座って話をしている。
彼女の名前は減尸哭栖。彼女は僕より二つ年下の高校二年生、大人しい外見の大人しい少女だ。近所にある進学校に通っている。
引き篭もりの僕がどうして女子高生《JK》とこうして会っているのかというと、彼女は僕の協力者であり、理解者であり、共犯者だからだ。
僕に呪われた体質があるように、哭栖にも呪われた体質がある。彼女の呪いは『奪われる体質』、自分の持っているありとあらゆるものが『なにか』に奪われてしまうのだ。これまでに奪われたものは「右眉毛、右手の小指の爪、左足の人差指、上腕部から下の左腕、右足の膝の半月板、片方の卵巣」。彼女はそれらを奪われてしまっている。
奪われる体質というのも変な言い回しだが、彼女の症状は明らかに「呪い」なのだ。病気なんかでは決してない。彼女は何か月かに一度、突如として自らの何かを正体不明の何かに奪われてしまう。突然に消えてしまうのだ。
僕は一度、哭栖が何かを奪われてしまう瞬間に偶然立ち会ったことがある。その時に奪われたものは右手の小指の爪。本当に何の前触れもなく、彼女の爪が消え去ってしまったのだ。血が出たりとかはしなかったけど、跡形も無く爪だけが綺麗さっぱり消えてしまった。彼女はこの体質を無くしたいと考えており、僕も微力ながらそれに協力している。
「知ってますか呪錄さん、私たちの住んでる町で流行ってる都市伝説」
「石柄町の都市伝説?」
「はい。石柄の七不思議って言われてるんですけど……私の通ってる高校でも、すごい流行ってるんですよ」
哭栖の話してくれた七不思議はこんな内容だった。
① 日中に現れる幽霊トラック
② 人間を実験材料にしている秘密組織
③ 噂が現実になる噂
④ 吸血鬼の吸血鬼による吸血鬼のための夜店
⑤ 竜の掟
⑥ ろうごくさん
⑦ 呪われた体質
「―――っていう七つが、都市伝説みたいな感じで噂になってるんですよ」
「都市伝説ねぇ……眉唾だけど、僕らの体質の事が組み込まれてる時点で、単なる噂ってわけじゃないみたいだな……というか、誰がこんなこと言い出したんだろう」
「火の無いところに煙は立たないって言いますもんね。それで注目してほしいのは②の噂なんです」
「人間を実験材料にしてる秘密組織……? これはまた、根も葉もない噂だな」
秘密組織とか、裏社会の暗部とか、僕も中学生の頃はいろいろ妄想したもんだ。この世のどこかには全ての社会を裏から操っている秘密機関が存在していて、その機関と日夜戦っているヒーローがいる……なんて馬鹿げた妄想だ。
だけれど、この秘密組織はきっと本当に存在しているのだ。この七不思議は面白半分の噂話じゃない。なんて言ったって、本当に存在している⑦の項目。これがあるから、逆説的に他の噂も実在しているにきまっている。
「どうもこの②の組織、超能力じみたものの研究をしているらしくて……簡単に言えば、超能力人間を生み出そうとしているとかなんとか」
「もしかしてそれが、僕たちの呪いに繋がっているかもってことか」
「そうです。根拠は何もないんですけど……蜂惑さんにも伝えたほうがいいですかね?」
「いや、蜂惑怠躯は信用できない。同じく彼と行動を共にしている乂真黒雨流もだ。たしか乂真は哭栖と同じ高校に通ってたよね」
「ええ……クラスは違いますけど」
「じゃあ乂真も勿論その噂を知っているだろうし、乂真から蜂惑にも伝わっているはずだ。別にわざわざ話に行かなくてもいいだろ」
以前、僕を殺そうとした乂真黒雨流。彼女が仕えている男性が蜂惑怠躯だ。彼自身も呪われた体質を持っており、そしてその呪いを解こうと色々犯罪まがいのことを行っている。
僕も出来ることならこの呪われた体質とおさらばしたい。だけど蜂惑と協力する気にはなれない。あの男は信用できない男だからだ。なんならあの男が七不思議の②の組織のボスだって思うくらいだ。身近な人物が実は敵だった、なんて話は小説や映画ではよくある話、彼だけは信用してはならない。
それに、僕自身は出来ることなら呪いを解きたいと言うだけで、正直そこまで積極的にはなれない。僕はこの呪いが解けるとは思えないし、それに僕は殺人狂に縛られて生活している。あの殺人狂は呪いを解こうなんて考えてない。もし僕が彼女の方針に従わずに反発でもしてみろ、恐らく細切れに切断されて殺される。
しかし心強い仲間もいる。仲間というか協力者、協力者というか共犯者。それが目の前にいる減尸哭栖と、もう一人。搦鮫嘛气だ。
「ところで哭栖。嘛气はまだ来ないのか?」
「嘛气ちゃんなら、番長猫屋敷に行ってから来るって言ってましたけど……もしかしたら約束忘れちゃってるかも」
「しょうがないな……僕たちも行こう、番長猫屋敷」
ベンチから立ち上がって、僕たちは隣り合いながら歩き出す。隣を歩く哭栖は、僕より身長が低い。頭二つ分くらい低いから、横目で彼女を見ると頭頂部がよく見える。彼女はこの低身長がコンプレックスらしいが、女性は背が低い方がいいのではないかと僕はたびたび思う。身長の高い女性なんて、少なくとも僕は好きになれない。身長が低い方が小さい小動物みたいで可愛いと思うんだけどな。あ、でも僕はロリコンじゃないぞ。決してロリコンじゃない。
「―――呪錄さん、私の寿命ってまだ大丈夫ですか」
表情の見えない哭栖がぽつりとつぶやく。そうやって不安がるのも仕方ないだろう。彼女は呪われた体質のせいで自分が奪われていくのだ。もしかしたらそのうち心臓とか脳みそとかを奪われてしまうかもしれない。そうなったら死だ。
僕の眼は、モノの寿命が視えてしまう。事故みたいに偶然、突発的に死ぬ人がいたとしても、僕はその突発も含めての寿命を視ることが出来る。例えると、とても元気に生活している少年が居たとしても、その子の寿命が00:00:00:50と視えることもある。それは、その少年が衰弱するまでのものではなく、五十秒後に事故で死んでしまうという運命を含めた寿命だ。簡単に言えば、僕の眼は運命すらも視ることが出来るのだ。その人が突発的なことを含め、いつ死ぬのか。物でもそうだ。物の場合は、死ぬということはイコール破壊と定義されているようで、花瓶が割れたり、携帯電話が壊れたりっていうまでの時間が視れる。
僕のこの体質を哭栖も知っている。会うたびに、彼女は自分の寿命を聞いてくるのだ。表情は見えないが、きっと伏し目がちで暗い顔をしているのだろう。彼女の頭の上に浮かび上がるノイズは99:23:59:59。この数字のノイズが表示されているモノは、百日以上生きていられる。そもそも僕の眼が視ることのできる寿命は、百日までだ。だから、百日以上生きていられる場合は、ノイズが上限から動かない。もし百日以内に入ってしまうと、途端にノイズが減りはじめる。
「……大丈夫、まだ死なないよ」
「……よかった」
良かったと言うが、実はそこまで安心できるものでもない。さっきも言ったが、僕の眼が視れる寿命は百日以内のものだ。もしかしたらノイズは明日から減りはじめるかもしれない。だけど、そんなことを口走っても何の意味も無い。だから僕は唾を飲み込んで黙った。
二人して黙ったまま、目的地の番長猫屋敷に向かう。番長猫屋敷は、その名の通り猫が大量に住んでいる大きな屋敷だ。番長皿屋敷にかけて、頭に番長が付いている。場所はこの公園からそう遠くはない、歩いても二十分くらいで着く距離だ。
「そういえば、刕琵道さんとはどうなんですか」
「どうなんですかって……どうもないよ、いつも殺されるかどうかヒヤヒヤしてる」
「私や呪錄さんと違って、体質が特殊ですもんね……身体能力が異常に高いって言うか」
「あんなの、能力だけで言ったら人間じゃないよ。もはや化け物の域だ。乂真も相当異常だけど、刕琵道は常軌を逸してる。人間の身体を日本刀でキャベツみたいに千切りにできる奴なんて、僕はあいつしか知らないよ」
刕琵道はまるで能力バトル漫画のキャラクターみたいな奴だ。あんな力を持ってるのは異常だし、きっと自衛隊とかそういうのと戦っても彼女が勝ってしまうだろう。まったく、僕はなんてヤツと同棲してしまっているのだろうか。同棲というか、なんというか。一つの牢獄に、大量殺人鬼と一緒に閉じ込められているような気分だよ、まったく。
「―――さぁ、着きましたね」
「いつ見ても大きな屋敷だなぁ」
僕の家の倍以上はあるであろう大きな屋敷。所々ボロくなっていて、見た目だけでいうと幽霊屋敷と言う方がしっくりくる。なにしろ住んでいた人が居なくなってからも随分放置されたままだったらしく、そうしていつの間にか猫たちの住処になっていたそうだ。全然管理がされていないので、屋敷の中もかなり散らかっているのだが、この屋敷のノイズは99:23:59:59のままだ。少なくとも百日は取り壊されも、崩れもしないようだな。
「門が開いたまま……やっぱり嘛气ちゃん居るみたいですね」
「まさか猫に埋もれてたりしないだろうな……」
開いていた門を押し、庭へと入る。石畳の通路を通り、玄関口まで歩く。ところどころ色の禿げた扉のノブを回し、中へと入る。
目に飛び込んできたのはいくつも重なり合ったノイズだった。
34:23:45:12:37:36:91:87:93:24:67:36:73:90:38:61:93:84:00:92:37:02:09:17:19:34:10:10:11:19:28:40:03:33:50:27:36:49:35:52:21:08:36:16:23:04:16:35:01:47:40:27:91:01:40:
34:38。
ノイズが重なりすぎて正確に読み取れない。日数と時間がめちゃくちゃにごちゃまぜになって視神経に伝わる。思わず僕は目を閉じる。目の前で花火の爆発を見てしまったように、目がすごくチカチカする。ああくそ。番長猫屋敷には何百という猫が住んでいるが、まさか玄関にここまで山盛りにいるとは思わなかった。
「うわぁ……猫さんが山盛り……もしかして、この下敷きになってたりしますかね?」
「うぅ……わからないけど、僕は見れないから、哭栖見てくれない?」
「あっ、わかりました」
ごそごそと哭栖が猫たちをどかしていっている音が聴こえる。しばらく猫たちのにゃーにゃーという鳴き声が続き、そこに少女の声も混ざりだした。うーうーと呻く様な声。きっと山盛りの猫たちに埋もれていた彼女が顔を出したのだろう。
「いたいた。嘛气ちゃん、大丈夫?」
「うー……その声は哭栖ちゃん? かたじけにゃいのだ……」
山盛りの猫の中から現れた、ハチワレの猫。
僕のもう一人の共犯者、搦鮫嘛气。
呪われた体質を持つ、盲目の喋る猫。