第十八呪 不透明な協力者
眼が血走る。眼球が眼孔から零れ落ちてしまいそうなほどに目を見開き、私は目日臼を睨みつけた。
「……目、日臼ゥ……ッ!」
「おーこわ。そんな顔せんといてぇや刕琵道。お前とキたら、ここに来た時からずーっとうちにも殺気立ってたからなぁ。桜を殺そうとする一瞬じゃないと触らせてもらえそうになかったから、苦労したで。ほんま」
この女……!
最初に出会ってから今日に至るまで、絶対の信頼をおいていたわけではない。かと言って、全く信用していなかったわけでもない。
家篭くんを助けるために、少しでも力になるのならそれでいいと。そう思って行動を共にしていたというのに、この女は。
「最初に会ったときに……殺しておけばよかったわ……ッ!!」
「まぁそう言わんといてや。うちはあんたを裏切ったわけとちゃうんやから」
「こんなことをしておいてどの口がっ……!」
「目日臼の言う通りよ、刕琵道尼静。……私は、あなたに協力してほしいの」
「協力……?! ふふふっ、なに言ってるのよ……!!」
硬直した表情のまま、乾いた笑い声を出す。こみあげる殺意に気が触れてしまいそうだった。
協力してほしい? 一体何に協力するというのだろう。一体どうして、私が協力すると思えるのだろう。いまの私は、殺意の焔に脳を焼かれている。この身体が動きさえすれば、まばたきの間にこの二人を細切れにしてしまえるというのに。
「あなたの目的は、呪錄を奪り返すことでしょう? 協力してくれれば、呪錄をあなたに返すと約束するわ」
「約束っ? どうしてそんな約束ができるのよ、ここには家篭くんが居ないのに私一人で家篭くんを助け出すことくらいできるのに!?」
「……無理よ。あなたが今から呪錄を追いかけたところで、あなたは殺されてしまうわ」
「どうしてそんなことがわかるのよッ!!?」
「……私の呪われた体質は、未来を視ることができるから」
桜の瞳は真っ直ぐに私を見ていた。
未来が視れる、そんな便利な体質もあるものなのね。それでなに? 私が殺される未来を視た、とでも言うつもりなのかしら。
「あなたが呪錄を追いかければ、あなたはある人物に殺される。……私の体質で視れる未来というのは、いくつか分岐しているのよ。未来に選択肢があって、その先の複数の未来を視ることができる。……あなたが殺されてしまうという未来を回避するために、あなたをここにしばらく閉じ込めておかなければいけないのよ」
「ふざけるんじゃ……っ!!」
「刕琵道! 桜が言うてることはほんまのことや」
「黙れ目日臼っ! 最初から私を嵌めるために、こいつと繋がっていた癖に、まだ私が聴く耳をもっていると思うのっ……!?」
「最初からやない! うちが桜と出会うたんはアンタや蜂惑サンと会ってからの話や! 聴く耳ならちゃぁんと二つあるやろが! 耳は塞がせやんで! うちらの話を聞け!」
聴いたところでどうなる。桜はディスオーダールームにいた、赫遺鴉の協力者で、目日臼は私を裏切った。どちらも敵だ、殺す対象だ。
「あなただけじゃないのよ、刕琵道。……このままじゃ、私も、目日臼も。ディスオーダールームにいる他の子たちも、みんな死んでしまうのよ」
「あなた達が死のうが、私には関係ないわよ……!」
「いいの? このまま未来を変えようとしなければ……家篭呪錄も死んでしまうというのに」
「な……」
家篭くんが死ぬ。家篭くんが死ぬ、と言った。桜はそう言った。
頭の上から、血の気が引いていく気がする。熱かった顔が、少しづつ冷えていく。血走っていた眼も、小さくなっていた瞳も、私が正気を取り戻すように、徐々に戻りつつある。
「……あなたは、本当に呪錄のことが大切なのね」
「どういうことよ、家篭くんが死ぬって……!?」
「このままじゃ赫遺によって、私たちは全員殺されてしまうのよ」
「赫遺に……?」
「そう。だから、その未来を回避するために、私は呪錄をここに住まわせた。結果的に赫遺の計画を邪魔するためにね……でも、別の『邪魔』が入ってしまった」
桜は話しながら、そこでようやく表情を変化させた。いままで無表情だった彼女の顔が、曇りはじめる。
「……刕琵道、うちらの……桜の話を聞く気になったか?」
「……一つだけ先に訊かせて。あなた達は、家篭くんを助けようとしているのよね」
「目的に伴って、そういうことになるわ。私には呪錄が必要だから」
「……わかった。離してちょうだい、目日臼」
殺意はさっきよりかはおさまっていた。まだ二人に対して不信感や殺意のネガティブな感情を抱いてはいるが、話を聞けるくらいには冷静さを取り戻している。
私は、ただ家篭くんを無事に助け出してあげたいだけ。この二人がそれを邪魔するというのならば斬り殺すけれど、そうでないなら。この二人も家篭くんを遠まわしにでも助けようとしているのなら、話を聞く価値が出てくる。
目日臼の拘束が解かれ、私は突きつけっぱなしだった刀を下ろす。
「出来るだけ簡潔に話をしてくれるかしら。……ぐずぐずしていたら、また殺意に支配されるかもしれないわよ」
「そんときゃうちがまた止めたるさかい」
「……いいわ、話して。」
「分かりやすいようにハッキリさせておきましょうか。呪錄を狙い、私的な目的のために利用しようとしているのは、赫遺本人だけ。死晴は彼の右腕ってところかしら……赫遺のいう事は何でも聞くのが彼よ」
「敵はその二人だけ……そう言いたいのかしら?」
「ええ。私と目日臼は、赫遺がやろうとしていることを破たんさせる為に協力しているのよ。あなたもそれに加わってほしい」
赫遺鴉。顔を思い出すだけでも嫌になる、あの男。あいつはずっと前から、家篭くんを狙っていた。その企みに気付いた私や蜂惑は、あの男をもうずいぶん前に殺したけれど。
まだ生きているということを知った。そして、性懲りもなくまだ家篭くんを利用しようとしている。なぜそこまで家篭くんに執着するのか、私はいまだに理解できていない。
「赫遺は……家篭くんを使って何をしようとしているのよ。私はそれがわからない」
「……いいわ。赫遺が何をしようとしているのか、私が教えてあげる。これはまだ、目日臼にも話してなかったわよね」
「あぁ。赫遺はなんや悪巧みをしとるってのは聞いとったが、実際なにをやらかそうとしてんのかはうちも聞いてへんわ」
テーブルの前に残っていた椅子に、目日臼は腰かける。膝に肘をついて、頬を手のひらで支えながら彼女は桜の話に耳を傾ける。
私は依然、立ったままで話を聞いた。
「赫遺は……命を得ようとしているのよ。決して枯れることの無い、無限の命を」




