始まったゲーム
……そうして、どれくらい時間がたったか。
恐る恐る布団から顔をだすと、窓の外から巨人はいなくなっていた。
「……どこに……?」
少年が捕まった後、だれかが上げた悲鳴を聞いた気がする。
もしかしたら、先程大騒ぎしていた酔っぱらいたちのものだったかもしれない。
そうして、それが駆けていく足音と、巨人がそれを追っていくように足音が遠のいていくのを聞いたかもしれない。
だが、わからない。夢だったかもしれない。
そもそも、全部が夢だったのかも。そうだったら、良かったのに。
そう思いたかったが、やがて外から言い争う声が聞こえて、そうではなかったことを嫌でも思い知らせてくれた。
「ダメ、出ちゃダメ!今出たら、危ないって……!」
「馬鹿を言うな、家の中に篭っていたら余計に危ない!すぐに逃げるんだ!」
……どこかの家族が言い争っているようだ。
先程のあれを彼らも見ていたのだろう。
たしかにそれは正しいように感じた。あの化物にとっては、家の壁など障害にもならないだろう。
居ると知られたが最後、手を突っ込まれ捕まって終いだ。
だが、夢ではなかったとして、先程の酔っぱらいが少なくともすぐに捕まらなかったであろうことを考えると、幸いなことにあの巨人はそれほど移動が早くないと思われた。
そう、車やバイクなら、逃げきれるかもしれない……。
「……出なきゃ……」
そうでなくても、先程の振動がまた来たらどうなるか。
移動しなくてはならない。どこか、安全なところに。
……安全な所というのが、具体的にどこなのかは想像できなかったが。
だが、とにかく行動しよう、と外出着に着替え上着を羽織り、懐中電灯を掴んで部屋から出る。
そう、まずは自転車に乗って移動しよう、人が多いところは逆に危ないかもしれない、だがあまりに人がいないところに行くのは……。
「……ユウヤ」
「うわあああああああああっ!?」
廊下に出たところで暗闇から声をかけられ、恐怖のあまり悲鳴を上げてしまう。
しまった、と慌てて口を抑え、声のしたほうを懐中電灯で照らす。
そうすると、そこにいたのは、父親だった。
「……なに、変な声出してやがる」
「……脅かすなよ……!」
呆れた顔で言う父親に、動悸を必死で抑えながら答える。
こいつがいたことを、完全に忘れていた……こんな非常時に、家族のことを忘れているというのもひどい話だが。
「すげえ揺れだったな……外が騒がしいのは、地震でみんな避難を始めてるからか?」
「……何を、呑気な……!」
こいつのいた部屋には、窓がなかったから外の騒ぎがあまり聞こえなかったのだろう。
だから、こいつは今のがただの地震だと思っているのだ。
「それどころじゃねえんだよ!化け物が出たんだよ、化物が!馬鹿でかい、巨人がっ……!」
「……何を言っとるんだ、お前……?」
身振り手振りで伝えようとする俺に、呆れた顔で父親が答える。
それはそうだろうな、と、俺の中の冷静な部分が考えていた。
俺も、自分が実物を見ていないのにこんな話をされたら同じように返すだろう。
それでも、伝えないわけにはいかなかった。
「……本当なんだよ!それで……」
「わかったわかった。とりあえず、暗くて廊下を歩くのも難儀だから、下を照らしてくれや」
そういうと、父親は壁に手をつきながら慎重な足取りで玄関の方に向かって歩き出した。
「お、おい、外に出るつもりか……?」
「当たり前だろ、こんなボロアパート、いつ倒れるかわからんぞ。靴を履きたいんだが、足元が見えねーんだ。照らしてくれ」
そう言って、俺が持つ懐中電灯の僅かな光を頼りに下駄箱から自分の靴を取り出し、履き始める。
「な、なあ、今は本当に危ないんだって。出るんなら慎重に……」
「わかったわかった。話は、避難所で聞くから……」
そう言って、靴を履き終わった父親が何気ない動作で玄関の扉を開けると。
そこに、それは、いた。