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「………………!」
いや、違う。最初、それが人影だとは気づかなかった。
あまりに大きすぎて、理解できなかったのだ。
ここは、二階だ。
こんなところに人影が現れるわけがないのだ。
だというのに、たしかにそれは人の形をしていた。全身が体毛に覆われた、2階建てのアパートより背の高い巨人。
毛むくじゃらのそれの、小型車ほど厚みのある胸は前後に動いており、確かに呼吸をしているのがわかる。
腕は何百年も育ち続けた樹木のように太く、軽く振り回せばそれだけでこのボロアパート程度、簡単に粉砕できそうな力を感じさせる。
そうして、何より恐ろしいのは……その、顔だ。
それの巨大な頭部には、人間のような横にではなく、縦に顔を二分割するように巨大な口があいており、その中には無数の牙が蠢いていた。
そして、その左右にはぎょろぎょろと動き回る大きな目玉が4つもついていたのである。
(……………………!)
悲鳴を上げそうになって、必死で口を抑える。
ここに自分がいるとバレてはいけない。
だが、たとえ叫ぶことを我慢してもすぐにでもバレてしまうのではないかと不安になる。
そう、すぐ目の前にそいつはいるのだ。そして、最悪なことに俺は照明のついたままの懐中電灯を手にしている。
気づいて、慌てて体で光を隠すが、それが買えって不自然になってしまったかもしれない。
奴の目の一つがぎょろぎょろと動き回る。あれが、少しでもこちらに向けられたら瞬く間に気づかれてしまうのではないか?
そう、少しでも……
「……うわあああああああああああああ!!」
悲鳴が、上がった。
俺の、ではない。向かいの家の二階からだ。
おそらく振動の正体を確認するために窓を開いた誰かが、巨人に気づいて悲鳴を上げたのだ。
それは若い少年の声だった。
「ばっ……ばけも」
少年の声は、その先は続かなかった。
無造作に突き出された巨人の右手が、その家の壁と窓を容易に突き破り、彼の部屋に飛び込んだからだ。
破砕音が周囲に響き渡り、家が揺れる。そうしてそこから引き抜かれた巨人の手の中には、ぐったりとした少年が握られていた。
(……お、おい……まさか……)
……信じられないものを見る気分だった。
窓の外で、少年を握った手が巨人の口元に近づいていく。
少年と、目があった気がした。口が、「助けて」と動いたような気がした。
(……っ!!)
堪えきれずに、転がっていた布団の中に飛び込んだ。
見たくない。聞きたくない。
やがて、外からごりっ、ごりっと何かを噛み砕く音がしたが、それが何の音なのか考えることすらしたくない。
(……嘘だ……嘘だ……嘘だ……嘘だっ……!)
こんな、馬鹿な。
本当だった。あのチラシは、本当だったのか。
”敵”だ。間違いない。あれは、敵だ。人類の。俺の。まごうことなき、敵。
では……俺に、あれと戦えというのか。
あんな……化物と。