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「ねえ、聞いた?あの話」
「うん、聞いた聞いた。……今夜の12時に、世界が滅びるってやつでしょ?」
12月10日の朝。席についた直後に、クラスメイトの女子たちがそんな話をしているのが聞こえた。
「え、私が聞いたのは、今日で世界が変わっちゃうって話だけど」
「私もそう聞いた。例のイタズラのチラシのことでしょ?どうして滅びるとかになってるの?」
違う誰かがそう言い、聞かれた女子は神妙な面持ちで
「それが、なんだかある一定の読み方をすると、違う予言の文章が出てきて、それによると、大洪水で日本は全部海に沈んじゃうんだって……!」
と、答えた。
「やだ、やめてよ!」
別の女子が嫌そうな顔をしてぺちりとその肩を叩く。
話している内容は酷いものだが、しかしその表情はそこまで深刻ではなかった。本気で言ってるわけではないのだろう。
別の方では、男子のグループがヘラヘラと笑いながら同じことについて話してあっている。
「いやー、マジで今夜、何があるんだろうな?オレ、楽しみ!」
「ばーか、なにかあるわけ無いだろ。なに本気にしてんだよ」
そう、もはや『世界改編のお知らせ』は公然の事実と化していた。
噂を聞きつけ、誰もが家でそれを見つけだし、不安がったり面白がったりしているのだ。
ネットでは物凄い勢いで拡散して、神からの掲示だとか世界一の金持ちのイタズラだとかまことしやかに語られ、もはや一つのお祭りのようにすらなっているらしい。
その上、これだけの規模の話なのにテレビやラジオと言った公共の電波がそれらを一切報道しないことときているから、それがますます怪しさを演出している。
面白がって、これが事実だから政府が隠蔽してるだとか、マスコミはすでに宇宙人に操られていて黒幕はそいつらだとかここぞとばかりに言いたい放題であり、だがただ一つ共通していることは、皆それを大して信じてはいないということだ。
(まあ、あんなチラシじゃ信じろという方が無理だけどな……)
中にはそれを真実だと信じて疑わず、都市部は危険だから大量の食料を持って山に避難するだとか、有り金叩いて食料と水を確保しただとかそういう人間もいるようだが、大体は笑いものになっている。
昔、ノストラダムスだとかいう人間の残したものが人類滅亡を示す預言書だとか言って随分と大騒ぎになったらしいが、それと同じだ。
皆、内容が大事なんじゃない。話の種として便利だから使っているだけだ。
それこそ、今夜には何も起きず皆がやっぱりなと笑い合い、来年にはもう忘れられている。そういう類のことでしかないのだ。
まあ、中にはそれが本当であってくれと願う人間も沢山いるのだろうが……この、自分のように。
「でもよ、たしかにおかしいんだよな、あのチラシ」
「おかしい?おかしいって何がだよ」
「だからさ、範囲が広すぎるだろ?配られる範囲が、さ。日本だけで考えてもあれだけ配ろうと思ったら大きな会社を使わなきゃダメだ。でもよ、聞いたらどこの会社もそんなことやってねえって答えるらしいんだよ」
「……守秘義務かなんかで黙ってるだけじゃねえのか?」
「それなら、答えられませんって言うだろ?でもさ、なんでか、どこも必ず『うちは請け負ってない』って答えるんだってさ──」