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「……あっ……?」
ふと気づくと、親父の声は聞こえなくなっていた。
そのかわり、何かが廊下をひたひたと歩いてくる音が……。
「…………!」
まずい、と考えると同時に、目についたもの、最上段にあったナイフを購入するボタンを押す。
それと同時に、手の中が僅かに光り、何かが現れ始め……その瞬間、襖がはじけ飛んだ。
「Guuuuuuuuuu!」
あの恐ろしい金属をこすり合わせるような叫びを上げ、襖を弾き飛ばしながら化物が飛び込んでくる。
こちらに食いつくために開かれた巨大な口の中に光る、牙、牙、牙。
そして、それが身を翻し、俺の喉元めがけて飛びかかってくる……!
「……うおおおおおおおおおっ!」
自分を奮い立たせるように叫び、手の中に完全に出現したナイフを突き出した。
「Ga!」
突き出したナイフが、中空の化物の喉にするりと突き立ち、その皮膚を貫き内部にまで達する。
思ったより柔らかい感触に身の毛がよだったが、それどころではないと突き立ったままのそれを壁に叩きつける。
「死ねっ!」
「Gaaaaa!」
そのまま壁に押し付けるようにナイフを押し込むと、化物の首からは黒い血液が溢れ出した。
首を切り落とすべくぎりぎりと刃を流すが、化物が激しく暴れ、腹部から飛び出している長い突起物がこちらの腕を引っ掻く。
皮膚が裂け、血が吹き出した。
「ぐっ……こいつっ……!死ねよ、死ね、死ね、死ね……!」
痛みに耐え、渾身の力でナイフを振るう。
刃が半分ほど喉をえぐったあたりで化物の体が激しく痙攣して、そしてやがて動かなくなった。
だがそれでも安心できず、必死の形相で刃を突き立て続ける。
化物の首をほぼ切断しきって、気が緩んだ次の瞬間。新たに、二匹の犬の化物が飛び込んできた。
{Gaaaa!」
「あっ……!」
まずい、と思ったと同時に体当たりを喰らい、どた、と畳の上に倒れ込む。
何より最悪なことに、衝撃でナイフを手放してしまい、それは畳の上を跳ねて飛んでいってしまった。
しまった、と思った瞬間、化物が足に齧りついた。
「……がああああああっ!」
思わず絶叫する。
足に熱湯でもかけられたかのような熱さが広がり、次いで痛みが爆発した。
引き剥がさなければ、と伸ばした右手に、もう一匹が噛み付いてくる。
「あああああああああっ!」
今までの人生で一度も感じたことがないほどの激痛が走り、情けなくも悲鳴を上げることしか出来ない。
バタバタともがくが、もがけばもがくほど化物の牙は己の肉に食い込み、もはやどうあっても引き離せそうにない。
(武器っ……武器をっ……!)
死にたくない一心で、残された左手でナイフを探るが、どうにもみつけることができない。
痛い。痛い。自分の腕や足から血が流れ出し、化物がそれを啜っているのを感じる。
(嘘だ、こんな……こんな、ことで……)
死ぬのだ、と感じた。生まれて初めて。
辛い目にあってきた。ひどい目にあってきた。それでも、本当の意味で死ぬと思ったのはこれが初めてだった。
こんな、こんな化物に食われて、良い目の一つにも合わず、なにもできないまま……。
(……冗談じゃない……!)
食われてたまるか。死んでたまるか。
まだ、俺は生きたい。生きたいのだ。
なにもしないまま、死んでたまるか!
「……ステータス、オープン!」
必死で叫び、閉じてしまっていたステータス画面を開き、震える指でショップを開く。
もう一度、ナイフの購入ボタンを押す。やがて、光とともに手の中に現れたそれを、
「……ちくしょおおおおお!」
絶叫とともに、右手に食いついていた化物の頭部に突き立てた。
「Ga!」
悲鳴を上げて、化物が右手に突き立てていた牙を抜いた。
これ幸いとばかりに身を起こし、今度は足に食いついている化物の首にナイフを突き立てる。
ドスっと重い音とともに深々とナイフが突き立ったが、こいつは執念深く俺の足に噛み付いたまま離そうとしない。
それどころか、引き剥がされまいと胸の突起物まで俺の足に絡みつかせ、より牙をめり込ませてくる。
「このっ……このっ……!」
激痛に涙を流しながら、何度も何度も、当たるを幸いに化物の体のあちこちを刺し貫く。
何度も。何度も。何度も。何度も。
「死ね、死ね、死ね、死ねっ……!死ねええええ!」
……そうして、どれぐらいそうしていたか、突き立てるうちにナイフはぽきりと折れてしまい、ようやく冷静になって見てみると、化物は俺の足にかじりついたまますでに絶命していた。
「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……!」
息が荒い。整わない。ふと気がついて、腕にかじりついていたやつはどうなったかと見てみると、そちらもすでに事切れ、畳の上に身を投げだしていた。
「……こいつらも……普通の生き物と同じで、頭が弱点なのか……」
手にに食いついていたやつに刃を突き立てた時、まずは硬い骨の感触があったが、それを貫いた後は恐ろしく柔らかかった。
おそらく、普通の生き物と同じように頭蓋骨の中には脳が収まっているのだろう。
それは一つの重要な情報だった。まだこいつらと戦うのなら、急所は知っておかなければ。
(……また……戦う……)
そう考えて、はっとして入り口に目を向ける。
化物は三匹とは限らない。まだいるのでは……そう思ったが、家の中にはもう気配は感じなかった。
「……足を、自由にしないと……」
冷静になるとともに、足と手がさらなる痛みを発し始めたが、それどころではない。
動き始めなければ、状況はもっと悪くなるだろう。
……もっと?今でも最悪なのに、もっと、だと?