・世界改変のお知らせ
初投稿です。
・グロ、いじめ描写あり
巨人の咆哮が崩れ落ちたビルの谷間に木霊し、大気を震わせた。
続いて振り下ろされた拳が哀れな犠牲者の肉体を粉々に粉砕し、地面を揺らす。
誰かが何かを叫んでそれに飛びかるが、まるで蝿でも払うかのような動作で吹き飛ばされ、
哀れにも中空に四肢を撒き散らす様を俺は他人事のように見つめていた。
{……どうしてこうなった?)
こんなはずではなかった。
こんなはずではなかったのだ。
俺はこんなことを望んでいたのではない。こんなこと……
……では、どうなればよかったのか。
わからない。なにもわからない。ひどく頭が朦朧としている。
眼下に漂う赤い液体は、己から流れ出た血液。
怒りに打ち震える巨人が自分の周囲にもはや敵となる相手がいないことを認識し、やがてこちらを睨みつけ、とどめを刺すべく歩を進める。
その一歩一歩がまた地面を揺らし、自分が間もなくここで死ぬのだということを嫌というほど思い知らせてくれる。
ああ、自分はあれに食われて死ぬのだ、と他人事のように思う。
……わからない。何も。
自分は、いったい何を──
冬の日の校舎裏に、ドスッ、と重い音が響き、俺は堪えきれずに、うっ、と声を漏らし膝をついた。
「……おい、てめえ。金もってこいって言ったよな。なんで持ってきてねえんだ、てめえ?」
俺を殴ったそいつ……”スドウ”は膝立ちの俺の髪を掴み、無理やり自分の視線まで引っ張り上げ凄んでみせる。
……相変わらず、息が臭い。そんなことを思いながら、俺は精一杯申し訳無さそうな顔を作り上げて答える。
「……どうにか工面しようとしたけど、無理だ。何回も言ったけど、うちは貧乏で生活すら……」
「知らねええええんだよ!ボケッ!」
俺が弁明を終えるより早く、キレたスドウの膝が腹にめり込んできた。
思わず酸っぱいものがこみ上げてきて、必死で押し返す。
万が一吐いてしまえば、リンチの時間は何倍にも伸びるだろう。冗談じゃない。
「ならホモのヤクザにでも体売ってこいや!俺は、金を持ってこいっつったんだ、なら死ぬ気でもってこいや!なあ!」
……無茶苦茶だ。話にならない。
ホモのヤクザ?何を言ってるんだこいつは。
そもそも、どこに行けばそんなものと出会えるというのか。出会えたとして、俺がそういう手合にウケるとは到底思えない。
そう言い返してやりたかったが、こいつが本気でそういったことを言っているのではなく、単なる勢い任せの八つ当たりでしかないことはよくわかっているので、ただひたすらに時間がすぎるのを待つしかない。
「……おい、スドウ。だからそいつから金取るのは無理だっつったろ?サンドバッグで我慢しとけよ」
スドウの後ろで俺が殴られるのをニヤニヤ見ていたもう一人……痩せ気味で長髪の”サカザキ”がご自慢の折りたたみ式ナイフをちゃかちゃかと鳴らしながら言った。
一年坊主から奪った金で買った高いやつだとかで、隙を見てはああやって格好良く取り出す練習をしているのだ。
……どうせ、人を刺す度胸なんてないくせに。
「うるせえな!んなことはわかってんだよ、俺はなあ、こいつが努力しねーのがむかつくんだよ!」
そう叫んで、今度は脇腹に拳をめり込ませてくる。……相変わらず顔ではなく腹部を執拗に攻めてくる。
顔に傷がつくと目立つからなのだろうが、こちらは吐き気を抑えるのに必死なので勘弁して欲しい。
「ぷぷ。努力、だってさ。笑っちゃうね。お前が言う?それ」
「うるせえ!」
ヘラヘラと笑いながら茶化すサカザキに、スドウが怒声を浴びせる。
本当に、スドウはいつでもキレている。こんなにキレていて疲れないのかと思うほどに。
何がそこまで気に入らないのかは知らないし、知りたくもないが。
スゴんだスドウに対して、芝居がかった動作でサカザキは怯えて見せて、隣のもう一人……
不良三人組の最後、大柄な”イチジョウ”に話しかけた。
「おーこわ。つーかスドウよお、バカ殴るのやめて遊びに行こうぜえ。俺退屈しちまったよ。
なあ、イチジョウもそうおも……ん?何見てんだよ、お前」
見てみると、イチジョウは校舎の壁にもたれかかり、手に持ったチラシのようなものを熱心に見つめていた。
「これだよ、これ……知らねえか?……『世界改変のお知らせ』」
そう言って、イチジョウはチラシをサカザキに見えるように示してみせた。
「……なんだこりゃ。えーと……『長らくご愛顧頂きました今世界のルールですが、この度変更の運びとなりました。
つきましては、人類の皆様に事前に』……はあ……?」
それをしげしげと見つめていたサカザキは、内容を読み上げて見せて呆れた様子で鼻を鳴らした。
イチジョウはぽりぽりと頭を掻いてみせると、困った様子で
「なんか最近、あちこちの家のポストに入ってたらしいんだよ、これ。
それで、話を聞いてうちの取り込んだチラシの束の中を探したら……うちにも、あったんだよね」
と呟くように言った。
「はあ?いたずらだろ、くっだらねえ」
「俺もそう思うんだけど、なんか範囲がめちゃくちゃ広いらしくてさ、ネットでも噂になってんだよ。
うちにも入ってた入ってたって。、北海道から沖縄まで。で、なんか海外でも」
と、呆れた様子のサカザキに説明を始めたイチジョウをぎらりと睨みつけると、スドウは俺を掴んでいた手を離し、そちらにつかつかと駆け寄ってチラシを奪い取り、
「くだらねえ話しすんな!」
という叫びとともに、それを滅茶苦茶に引き裂いた。
「ああー、勿体ねえ……!俺も写真撮ってアップするつもりだったのによぉ……!」
巨体に似合わぬ情けない声を出したイチジョウを無視し、スドウはばらばらになったチラシを地面にばらまいて踏みつける。
「どこのバカがこんなくだらねえことしたのか知らねえが……なにが改変だ!
くっそつまんねえ世の中が変わるっつーなら変えてみろっつーの!くそが!くそが!……くそが!」
そうしてスドウはしばらく執拗に足を踏み降ろしていたが、満足したのか急にスッと冷静になると
俺の方を振り返って
「おい、次までに金は用意しとけよ。さもねえと……てめえの腕、へし折るからな」
とだけ言い残し、肩を怒らせて歩き去っていった。
残りの二人も、やれやれと言った様子で顔を見合わせると、こちらを気にもとめず後に続く。
そうして奴らが去った後たっぷり待って、引き返してこないのを確認すると俺はようやくため息を吐き、
緊張を解いた。
(今日は、短くて済んだな……)
痛いのも嫌だが、何よりもあいつらと同じ時間を過ごすことが辛かった。
よろよろと立ち上がり、服の汚れを払う。暴行を受けた腹部のあちこちがズキズキと痛みを発している。。
こういうことは日常だったのでそれなりに体を鍛えてはいたが、それでも顔が引きつるほどの痛みだった。
これ以上学校に残っていてまた何かあってはたまらない。とっとと帰ろう……。
殴られる前にスドウに放り投げられた自分の鞄を探しに行く途中で、ふと地面に散らばったチラシの破片が目に入った。
……世界改変のお知らせ。
(……つまんねえ世の中が変わるなら、変えてみせろ、か)
なるほど、心底憎むべき相手であるスドウだが、そのことにだけは同意だった。