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庶民が令嬢になれるわけない!  作者: 響 美琴
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鏡の中から異世界へ

「ねぇ、玲那れいな? ちょっと聞いてる?」


「今、無理!」


「お父様ったら酷いのよ?勝手に婚約者なんて決めて。政略結婚させたいのはわかるのだけど、あんな頼りなさそうなのは勘弁してもらいたいわ」


「公爵なんでしょ? もっといい暮らしできるじゃん。嫌なら断れば?」


「無理よ。こっちはそっちみたいに、気楽な恋愛できないのよ。ねぇ、ちゃんと聞きなさいよ」


「だーかーら! 今、無理って言ってんでしょうが!」


 我慢の限界に来た玲那は、ダンッと机を叩き後ろを振り返る。だが、そこにあるのはアンティーク調の姿鏡のみ。人の姿はどこにも見当たらない。だが、玲那は当たり前のように姿鏡の前に行き腕を組む。


「あともう少しで卒論終わるから待てって言ってるでしょ? あんたみたいにこっちは暇じゃないの! わかった? レイナ!」


 目の前の鏡に怒鳴る姿は他から見たら病的なものに見えるだろう。しかし、ちゃんとそこには人がいる。茶色の長い髪に、漆黒の瞳。Tシャツに短パンという姿を本来なら映さなければならない鏡は違うものを映し出していた。


「怒ることないじゃない」


 上品な紫のドレスに身を纏い優雅に紅茶を飲む同じ顔をした女。玲那はその現象に驚くことも不思議がることもない。むしろ、諦めたように鏡に背を向け、話を聞く体制をとる。それに気をよくしたレイナは楽しそうに先ほどの続きを語り始める。だが、玲那はそんな彼女の話を適当に聞き流しながら昔を思い出していた。




 この現象が起こり始めたのは玲那が小学三年生の頃だった。祖母がなくなり形見分けで貰ったお気に入りのアンティーク調の鏡。お姫様になったみたいでその鏡をよく眺めていた。そんなある夜、ことが起こった。いつものように鏡の前で髪を整えていると、一瞬鏡が真っ暗になり、次の瞬間には西洋風のドレスを着た自分が写っていた。まさか、本当にお姫様になってしまったのかと、自分を見下ろすがその姿はパジャマだった。首を傾げていると鏡の中から声が聞こえた。


「あなたは誰?」


 玲那と全く同じ声で不思議そうに鏡を触る少女。玲那はなぜか怖いとは思わなった。


「私は玲那」

「私もレイナ」


 姿も名前も同じ二人は驚いた。まるで、夢でも見ているかのような現象にまじまじとお互い顔を見合わせる。一方は西洋風のお姫様みたいな生活、一方は一般的などこにでもあるような生活。お互いそんな環境の違いに興味深々だった。だから、気づけば毎日お互いその日のことを報告していた。他愛もない会話でもお互い物語を聞いているようで楽しかったのだ。


「あの頃のレイナはまだ可愛かったな」


 まるでお姫様みたいに着飾って微笑んでいたレイナは気が付けば悪態をつく令嬢になってしまっていた。まぁ、あれから十三年も経てば変わるのは無理ない。


「私の話、聞いてないわね?」


「聞いてる、聞いてる。で? 終わった?」


 所々耳に入って来たのは婚約者の愚痴だった。卒論のことを考え早々に切り上げようとし、玲那は振り向く。だが、そこには、頬を引きつらせたレイナが映っていた。


「ねぇ。玲那? そういえば、昔こっちの生活してみたいとか言っていたわね?」


「昔ね。昔。今はレイナの話聞いてるだけで十分」


 昔はお姫様生活に憧れていたが、礼儀だの作法だの面倒そうなことを聞き、憧れは一切なくなった。自由が一番だ。


「私は玲那の生活に今でも憧れているのよ? ねぇ、交換しない?」


 また訳のわからないことを言い始めたと玲那は呆れた目でレイナを見る。この現象はお互いを映し、話が出来るだけで、行き来が出来た試しなどないことを知っているはずだ。


「無理でしょ? 昔、何回やっても鏡に指紋が付くだけだったじゃん?」


 ベタベタと指紋だらけになった鏡を綺麗にするのに苦労したことを思い出す。お互い無理だと諦めていつからかそれもしなくなった。


「久しぶりにやってみない? ほら、ここに手を付けて。ダメなら諦めるわ。話も卒論が終わってからにしてあげるから」


 お願いと言ってくるレイナにそれで諦めてくれるならと、玲那は鏡に近づき手を置いた。


「気がついていなかったのね。お馬鹿さん」


「はっ!?」


 触れるはずのないレイナの腕が玲那の腕を掴みグッと引きずりこまれる。油断した玲那は体制を崩しそのまま前へ突っ込んだ。


「いったー!」


 綺麗に床にダイブし額を打った玲那は額を擦りながら起き上がろうとし、そのふわふわの感触に固まる。玲那の部屋の床はフローリングでカーペット何て敷いていない。まさかと、慌てて起き上がり鏡を見る。


「レイナ!?」


 目の前に映るのは紛れもなく日本式の玲那の部屋で、そこにいるのはその部屋に不釣り合いなドレスを着たお姫様。


「本当に気が付いていなかったのね。ある満月の日だけは実は行き来が出来たのよ」


 その言葉に玲那はハッとする。今日は確かスーパームーンだったはず。そういえば、指紋が付くから辞めようとレイナが言い始めた時も満月だったことを思い出す。慌てて、元の世界に戻ろうと手を伸ばすが、硬い鏡に拒まれる。


「何で!?」


「お互いが鏡に触れていないと無理なのよ。玲那、しばらくでいいの。そちらの世界よろしくね」


「ダメッ!!」


 クスッと笑うレイナは近くにあったタオルケットで鏡を覆う。覆われてしまっては、元の鏡に戻ってしまうことを知っていた玲那は制止をかける。だが、その制止もむなしく、鏡は一瞬真っ暗になり、本来の役割を取り戻す。鏡に映るあっけに取られた自分の姿にやられたとその場に倒れこむ。鏡に物をかけるのは相当の理由がない限り暗黙の了解でしないことにしていたのだ。色々邪魔されるのは嫌だが、お互いがお互い話をするのは好きだったのだ。


「本気ってことか……」


 どれだけこっちの世界にいたくないのだろうかとため息をつく。あたりを見回すと西洋風の家具にかわいい小物たち。昔憧れていたお姫様みたいな部屋。こっちの生活様式や人物は嫌というほど聞かされているからある程度はどうにかなるかもしれないが、如何せん自信がない。どうしたものかと頭を抱えていると扉からノックが聞こえた。


「お嬢様?」


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