8話「祭」
―皆は懐かしいと言うけれど、どうしても悲しいとしか思えない―
日が沈みきった飛蝗村の中心部は、祭独特の雰囲気に包まれていた。準備する時間なぞほとんど無かったハズなのに、見事なまでに村は祭ムードに移行していた。数々の屋台が並び、多数の提灯が村を照らす。
祭が始まったのは日没と同時。俺とシズクはその少し前にルーイに呼ばれて村の公園に連れて来られ、そのまま昼間はなかった櫓の上に立たされた。そこでルーイが俺達のことを集った村人達に簡単に紹介し、湧き上がる歓声の中日没と同時に祭の開始が宣言された。気が付いたら御輿に乗せられて祭の会場内を3周した後ようやく解放されたが、その辺の段取りも全く聞かされて無かった俺達は、まあ折角喜んでくれてる村人達のムードを下げる訳にもいかずムリヤリテンションを合わせてさらに場を盛り上げることに成功したものの、解放と同時に力尽きていた。主に精神的に。
シズク「……ていうか、何で所々日本的なんだろ?」
セイゴ「神が日本人だからじゃね?」
シズク「え? ユニって日本人だったの?」
セイゴ「紛う事無き日本の男子高校生って言ってたぞ。本人が」
シズク「へ~そうだったんだ。ねぇ、これからどうする?」
セイゴ「ふ、何を言っているんだ? 祭だぞ。回るしかないだろう」
精神的には疲労困憊であるが、覚醒したことによりどうやら体力とその回復力はハネ上がっている。
セイゴ「よっしゃあ行くぜ! 祭が俺を呼んでいる!」
シズク「あ、待って! い、一緒に……回らない?」
セイゴ「ん? ハナっからそのつもりだけど? 早く行こうぜ!」
シズク「あ、うん!」
ナゼだかとてもうれしそうにシズクは返事をしてきた。そんな喜ばすような事したかな? 1人で回るより2人で回った方が楽しいに決まってるじゃない。それが祭だぜ。どこに何があるかってのは御輿の上で3周も回してくれたお蔭で大体分かってはいるが、俺達は近くから順番に冷やかしていく事にした。祭には焼きそば、たこ焼き、わたあめ、金魚すくい、輪投げ、お面とまあその他メジャーなものが一通りそろっていた。
たまに変なのもあったけど。祭でお化け屋敷て、学校の文化祭か! しかも作んの早!
シズク「こうやって一緒にお祭回るのって、久しぶりだよね」
セイゴ「あ~、そうだな。引っ越してからはあんま遊ばなくなったしな~」
シズク「小4以来だよ。セイちゃん引っ越したの小5の春だから。2人で回るのは小2以来。小3の頃からエダ君とかと仲良くなって皆といるようになったから」
セイゴ「そうだっけか? でも考えたら小2が2人で祭に出てるってのもスゲェ話だな。これも瀬和の治安の為せる業かな」
シズク「アハハ……ねぇ、セイちゃん。皆、大丈夫かな?」
セイゴ「今頃皆もどっかの集落で祭の主役になってるよ。きっとな」
シズク「うん。そうだよね。きっと皆もこんな感じになってるよね!」
セイゴ「そうさ! だから今は楽しもうぜ! あ、水あめだ!」
シズク「そういえばセイちゃん、瀬和のお祭では必ず水あめ買ってたよね。……1日5個くらい」
セイゴ「いいだろ好きなんだから。オッチャン! 水あめ全部の味1個ずつくれ!」
水あめのオッチャン「お! 村のプレイヤーじゃねぇか! 全味1個ずつたぁやってくれるね! あいよ! 特別に半額の半額で10C だ! ちょっと待ってくんな!」
実は、この祭は俺達の為なので俺達は元々祭の買い物は半額でいいと言われていた。それをさらに半額にしてくれたってことだ。うん。このオッチャンいい人だ。
水あめのオッチャン「はいよ! まいど! がんばってな2人共!」
セイゴ「ふぁ、ふぁいあほぉう(ああ、ありがとう)!」
俺は口に2つ、両手の指と指の間に1つずつ水あめを持つというファインプレーでもってオッチャンに応え、その場を後にする。その間シズクはなんだか難しい顔をしていた。
セイゴ「もひあ(どした)?」
シズク「うん……あのさ……」
さすがシズク。口にものを含んだ状態の発音でもしっかり理解する。
それ程に長いつき合いってことだな。なんせ物心ついた時にはすでに一緒に遊んでたし。
シズク「今、何C持ってる?」
セイゴ「いふぁううひぃぅむふまぅあまあ、あむもふぁむぐむふぃっむ(今10C使ったから、後540C)」
シズク「えっとね……実は私、モンチーに襲われた時に……結局1体も倒せなくて……お金ないから少し奢って」
と、最後はもういたたまれないって感じでまくしたてるようにお願いされてしまった。うん。もちろんかまわないんだが、あんなのまで理解できるとは正直驚きましたよシズクさん。俺は首を縦に振って承諾の意を表した。
シズク「ありがと。もう、ユニ日本人ならお金も円にしてくれれば現世から持ってきたのが使えるのに」
セイゴ「そうだな。俺も円が使えないと知った時はあせったよ」
口内の水あめが無くなった所でわりばしを近くにあったゴミ箱に吐き捨て、シズクの言葉に賛成意見を述べてから今度は1つずつ味わう。やっぱ水あめうめぇぜ!
その後はシズクに射的やら輪投げやらもぐら叩きやら「遠慮って何?」みたいな勢いで奢らされ、財布の中身は半分以下になってしまった。さすがに金魚すくいは飼ってるヒマないだろうと言って止めたが。
そして俺の手に持つ水あめが2つになった頃、祭の喧騒の間からカルナさんの怒鳴り声が聞こえてきた。怒鳴り声すら歌声のように聞こえる。それは公園近くの酒場からだった。
カルナ「いったいどこまで飲むつもりよ!? いい加減にしなさい!」
アトラス「何ぃ!? まだまだ飲み始めたばっかだっつーの! なぁターナー殿?」
ターナー「いや~、もうそろそろ止めた方がいいんじゃないですかぃ? 今日はずっと一緒にいるけど、アンタずっと飲んでんじゃん」
アトラス「それを言ったらターナー殿こそ俺とずっと飲んでんじゃねぇか!」
カルナ「お父様! よく見なさい! ターナーさんはもう大分前から……ていうか最初からお酒は飲んでないでしょ!」
アトラス「何言ってやがる! じゃ今ターナー殿が持ってるビンはなんだ!?」
ターナー「祭のラムネでさぁ。酒は最初から飲んでねっしょ。アンタ公園で暴れてから一体何樽開けたんだぃ?」
アトラス「ぬおおお! そういえば公園での決着がまだだったなあ! あん時ぁルーイのヤツが邪魔しに来やがってからに! も一度やり直しだぁ! 手合わせ願おう!」
ターナー「勘弁してくだせえよ。祭をメチャクチャにする気かぃ? 村長の父親ともあろう……ん?」
アトラス「アン? どうし……う!?」
カルナ<ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ>
セイゴ(あ……切れた)
シズク(何か髪逆立ってない?)
カルナさんの異様な殺気に気付いた周りの人達はそそくさととばっちりを食わない範囲に逃げていく。ターナーさんもこっそりこちらにやってきた。アトラスさんはあたふたとカルナさんの前で手を振っている。
アトラス「あ、あのなカルナ。ち、ちょっと落ち着いて……」
カルナ「お父様?」
アトラス「はひぃ」
カルナさんのドスの利いた呼び掛けにアトラスさんが縮み上がっていると、カルナさんの体からカラフルな音符のようなものが渦を巻き吹き出してくる。何だあれ?
ターナー「やあ、シズクちゃん。いや~ヒドイ目に合う所だったぜぃ。おぃや? 君は?」
シズク「こんばんは、ターナーさん。この人はセイゴっていう私のチームメートで、昨日この村に着いたんだって」
セイゴ「セイゴです。ターナーさん。よろしく」
ターナー「んぁ、シズクちゃんにも言ったんだけどよぃ、もっと砕けた感じでいいぜぃ?」
セイゴ「んじゃあ、ターナー。セイゴだ。シズクを助けてくれたみたいだな。ありがとう」
へへ、お前中々やりやすいな。気に入ったぜぃ」
俺とターナーさんは握手を交わす。それからすぐにターナーさんは酒場の方に視線を向け、手で耳を塞いで目で俺達もそうしろと伝えてきた。よくわからないまま耳を塞ぎ、酒場の方を見てみるとカルナさんが大きく息を吸い込んでいる所だった。カルナさんから吹き出ていた謎の音符は、次々とカルナさんの口元に集まっていく。アトラスさんはカルナさんの前でブルブル震えていた。
そして
カルナ「ふざけないでーーーーーーーー!!」
アトラス「○△□※☆(・´з`・)――――――――!」
チュドーーーーーン
半ば超音波に近いブレた、それでいて美しく可愛らしいカルナさんの叫びは、口元の音符をのせて虹色の壊光線と化し、アトラスさんは声にならない声を上げて爆音と共に吹き飛んでいきましたとさ。一同、合掌。黙祷。ちーん。追悼終わり。
酒場の中で店主が泣いているのが見えたが、まあいいや。気にしないでおこう。
ターナー「さすがはこの世界一の『シンガー』。やるねぃ」
セイゴ「シンガー? 歌手なの? やっぱ」
ターナー「いやいや。シンガーってのはスタイルの1つだよぃ。声とか歌でいろんな効果を発動させるスタイルでねぃ。特に魂の叫びってのは強力だそうだよぃ。シンガーとして、カルナちゃんはちょっと有名なんだな。シンガーって珍しいんだぜぃ」
ミシェル「元々シンガーは数が少なく、人魚と一部の虫人、鳥人、後は一握りのプレイヤーにしかなれないんです」
シズク「わあ!! いつの間に!」
ミシェル「どうも。やはり祭にはタコ焼きですね」(パクパク)
ターナー「おんや? 君は?」
ミシェル「セイゴとシズクのパーティ仲間のミシェルです。よろしくお願いしますターナーさん」
ターナー「……ミシェル?」
ミシェルが名乗った瞬間、ターナーは目を見開いて固まった。そしてミシェルに聞き返す。
ミシェル「はい。ミシェルです」
ターナー「えっとぉ? 間違ってたらすまんよ。もしかして、『森聖ミシェル』?」
ミシェル「まあ、そう呼ばれる事もありますね」
ターナーの問いに、ミシェルは少し嫌そうな顔をして答えた。ミシェルって有名人?
ターナー「こりゃ、たまげた。まさかこんなたまたま立ち寄った村で『森聖』に会えるとは……よろしくさん。ってうり? 何でオレッチの名前知ってんの?」
ミシェル「昼間公園で見掛けてシズクさんに教えてもらいました」
ターナー「ありゃりゃ、あん時かい。こりゃ恥ずい。アトラスのダンナが腕試しさせろって聞かなくてねぃ。あれだから酔っぱらいは嫌だぜぃ」
ターナーはやれやれといったポーズを取った。
シズク「ミシェルって有名人なの? 世界一のシンガーのカルナさんより?」
ターナー「んまぁ、1年くらい黄泉で冒険者やってりゃ1度は耳にする程の有名人さねぃ。シズクちゃんなんて同じ魔法使いだから特に」
セイゴ「ミシェル、何やったの?」
ミシェル「……師匠の元で最初の2年、修行させてもらったらちょっと強くなっちゃったってだけです」
シズク「えー? どれくらい?」
ターナー「んっと? 言っちゃっていいんかぃ? 森聖?」
ミシェル「森聖ではなくミシェルと呼んでください!」
ターナー「おっとっと、悪い悪い。じゃ、ミシェルちゃんで」
ミシェル「……まあ、その内どこかで知る事になりますし、別に隠すつもりは無いので好きにしてください」
ターナー「んじゃま、言っちゃうけど、スタイルってのは色々と種類があるのはまあ知ってるだろぃ?」
セイゴ「ああ、俺はファイターで、ミシェルやシズクは魔法使い、ターナーは剣士、みたいな?」
シズク「カルナさんはシンガーで、アトラスさんは……ファイター?」
ターナー「そそ。そんなとこ。んでもって、そのスタイルの中でも特に力の強い人とか特殊な能力を持ってる人には別のスタイルとして区別される事があるんだよぃ」
シズク「へ~」
セイゴ「ああ、“シンセイ”ってやつ?」
ミシェル「それは異名です」
セイゴ「異名?」
ターナー「ミシェルちゃんは魔法使いの中でも特に力の強い人って事で数年前に、“聖魔導師”の1人に数えられる様になったんだよぃ。聖魔導師の最年少記録を10才位塗り替えて結構話題になったんだぜぃ。で、そこまでいくと大体は異名を持つようになってねぃ、ミシェルちゃんは“森聖”って呼ばれる様になったんだぃ」
セイゴ「……すでに死んでんだから最年少とか関係無くね?」
シズク「あ、確かに」
ミシェル「私もそう思ったんですけどね」
ターナー「黄泉に来てたったの2年でそこまでの力を身に付けたのはどっちにしろ過去に例が無いからねぃ」
セイゴ「へ? そんな事まで広まるのか?」
ミシェル「何しろそういう話題を広めるのは神様と言われてますからね」
何してんだあの神は。
シズク「じゃあ強くなれば黄泉で有名人になれるんだ」
ターナー「まあ、そういう事になるけどよほどの事でないと黄泉中には広まんないねぃ。ミシェルちゃんなんか黄泉の全魔法使いの中で十指に入る実力だって話だし」
セイゴ「いやもうどんだけ凄いのかよう分からん」
シズク「取り敢えずミシェルって凄いんだねー」
そういやドラゴン従えてたしな。一体その2年でどんな修行をしたんだ?
シズク「そういうランキングとかってあるの?」
ミシェル「見た事は無いですが、神様がどこかでスタイル別のランキングを公表しているみたいです」
何かその辺所々オンラインゲームっぽいな。
ターナー「時によぅ。アンタ達はパーティなんだろぃ? 他に仲間はいねぇのかい?」
ミシェル「そうですね。今のところ3人です」
ターナー「ふーん。じゃさ、オレッチも仲間に入れてくれよぃ。魔法使い2人とファイター1人なら、剣士のオレッチが入れば戦える戦況が増えるぜぃ? ていうか1人旅飽きた。アンタ達面白いしさ。いいだろぃ?」
セイゴ「ああ、俺は別にかまわないぜ? つーかむしろ男1人女2人って構成がちょっと気になってたんだ。是非入ってくれ」
ミシェル「まあ、セイゴさんがそう言うなら、別に断る理由はないですね」
シズク「もちろん。今朝は助けてもらったから、今度はどこかで私が助けてあげるね」
ターナー「へへ、じゃ改めて、よろしく!」
こうして俺達のパーティに新しくターナーを迎え、この後は4人で祭を夜が明けるまで楽しんだ。