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4話「スマイル」

―考え方ひとつ変わるだけで、何か大切な物を見失いそうだ―

目を覚ますと――視野に全て収まる程に狭い天井と、色気の無い木造の壁という景色に迎えられ――正直萎えた。


セイゴ「――はぁ……良く寝た……のかなぁ?」


 十分な睡眠を取った感じではあるが、部屋に時計が置いて無いので今何時か分からない。しかし窓から見える空は明け方の色をしている。俺は街の様子を見ようとベッドから這い出して、


セイゴ「……あ、ヤバイヤバイ」


 全裸であることに気が付いた。しょうがないジャナイ。折角サッパリした直後に、汗と土でドロドロの服を着てベッドに入るなんて、嫌です。

 しかし朝になってしまった以上、部屋の延長料金を払う金も無いので外に出なければいけない。渋々F山からの汗と汚れを蓄積した服を着て、朝から最悪な気分で部屋を後にした。


セイゴ「朝早くからお勤めご苦労様です」


 すでに台帳にいた若いネーチャンに声を掛け、「宿屋の一室の鍵」を返した。

 昨夜と人が変わっている。24時間体制なのかもしれない。


宿屋「昨晩はよく眠れましたか?」

セイゴ「ええ。お陰様で」


 そう答えるとネーチャンは「それは良かったです」と言って営業スマイルを見せた。

 宿屋を後にして村の道に出ると、早朝独特の静けさに包まれた。清々しい朝だ。服がドロドロで無ければ。


セイゴ「じゃ、行きたいとこ行くか」


 もはやそれだけが俺の拠り所。すけとうだらの件で黄泉にモンスターがいることを知った今、戦闘手段を持たない状況で迂闊に村の外に出るのは危険。金が無いので武器も買えない。ならば――


セイゴ「高い所から周囲の状況を確認するのは、情報の少ない場合に於いて、非常に有効な手段である。――うむ、きっとそうだ。そうに違いない」


 半ば自分に言い聞かせるようにして、飛蝗村で一番見晴らしのよさそうな場所へ向かった。

 心当たりは1つしか無い。門の上の、見張り台。


 門の前までやってくると、見張り台に昨日のオッサンがいた、まさかあれからずっといるのか? 見張りってのも中々しんどい仕事だな。空はもう十分明るいが、まだ日は出てないので門も昨日の様に閉まっている。


セイゴ「オーイ、昨日の――お兄さん(・・・・)」

見張り「ん? おお、昨日の可愛い(・・・)少年じゃないか」

セイゴ(ニコ)

見張り(ニコ)

セイゴ「ちょっとお願いがあるんスけ――」

見張り「何だ?」

セイゴ「この周辺を見渡したいから、そこに登ってもいいっスか?」

見張り「ああ。そこのハシゴを登って来給え」


 朝方なので極力声を小さくして会話をしつつ、俺は見張り台に立った。


見張り「昨晩はゆっくり休めたかい?」

セイゴ「疲れは取れたんスけど、金が無ぇもんで。たまたま出会った人に奢ってもらったんスよ」

見張り「そういや、昨日来たばっかって言ってたなぁ」

セイゴ「オッサンこそ――あぁ、いや、お兄サンこそ、昨晩からずっとここに居たんスか?」

見張り「――何か言いかけたか? まぁいい。そうとも、見張りは半日交代でね。そういえば、金が無ぇってことは朝メシもまだか?」

セイゴ「そっスね。そう何度も出会ってすぐの人に奢ってもらう訳にもいか無いんで」

見張り「ほう。実はここに見張り番に支給されるパンがあるんだが……そういうことなら、これ食うか?」

セイゴ「……いいんスか? オッサ……お兄サン」

見張り「ちょっと少ないかもしれないが……それでいいなら。俺はもうすぐ交代で、家に帰ったら愛しの妻が朝メシ作っててくれるからな」

セイゴ「じゃあ、有り難く、いただきます」


 何か助けられてばっかだな――と思いながらパンを貪る俺は、ドロドロの服と相俟って、さぞみすぼらしいだろう。

 ふぅ、と溜め息をついて村を眺める。村の向こうは小高い山が連なっているのが見える。


(アッチは無いな。きっと途中で餓死る)


カッ


 突然山の中腹あたりに、空から、いや天から光の柱が堕ちてきた。

 あまりの眩しさに、思わず目を逸らし、手で目を庇ったがそれでもまだ眩しかった。

 光の柱は数秒で消え去り、また元の静かな朝の風景に戻った。


セイゴ「……今のは一体何スか?」


 いつの間にやら取り出したサングラスを兜の上から装着しているオッサンは、何が嬉しいのか口の端を吊り上げている。しかし器用に着いてんな。どうなってんだ?


見張り「いや、何度見ても、いいもんだね。“覚醒の光”は」

セイゴ「は?」


 俺の間抜けな声と同時に、背後から急に陽射しが強くなり、昨日俺が転がり落ちた丘の上から太陽が顔を出した。そして今まで沈黙していた村の白い門が、スゥゥ――と音もなく開き、日の出と共に完全に外に開いた。


見張り「よし! 勤務終了ー! じゃ、俺は帰るぜ、少年。強く生きろよ!」


 そう言ってオッサンは信じ難い速さでハシゴを降り、帰って行った。――俺はすでに死んでるんだがな。まあいいか。

 俺ももう特にここに用は無いので降りる事にした。


セイゴ「ん~、これからどうしよ――」



ミシェル「えーん。どうしよう」


 汚れ1つない白いフード付きのローブを羽織り、ミシェルは困っていた。

 セイゴと話をする為にセイゴが泊まっているハズの部屋に行ってみると、すでにそこには誰も泊まっていなかった。

 焦って急いで台帳のお姉さんに聞いてみると、「早朝にチェックアウトされました」と返ってきた。

 こんなことなら朝起きた後のんびり顔洗ったり髪整えたりしなければ――いや、あれは必要だった。それよりも――


ミシェル「さっさと“印”付けとけば良かったかなぁ」


 しかし今さら後悔してももう遅い。いないのなら、探すしかない。

 もうリンリャオは喚べるようになっているハズだが、ここは村のど真ん中。あまり派手な魔法を使う訳にはいかない。


ミシェル「……もう村を出てなければいいけど……」


 戦闘手段を持っていないセイゴが村の外へ出て、モンスターと出くわしたらどうなるか分からない。昨日もすけとうだらに追い詰められていた。

 すでに日が出ているため、全開になっている門が、ミシェルをさらに不安にさせる。


ミシェル「仕方無いか。サーチ系はちょっとだけ苦手なんだけどな……」


 そう言いながら、ミシェルは村の外壁を見回して、村の大きさを見極める。


ミシェル(まずは村の中を探そう。この位なら、一番小さい規模のヤツで村全域を調べられる)


 左掌を地面に着け、頭でセイゴを思い浮かべながら魔力を練り上げ、呪文を唱える。


ミシェル「……『ウェアロック・ラード』」


 数秒硬直したミシェルは、村の南側へ向けて走り出した――



セイゴ「ふく。食った食った」


 俺はとりあえず落ち着いてパンを食べようと、見張り台から見えた村の公園のベンチに腰掛けていた。朝はそんなに食べない派なので、少なかったがそれで十分だった。


セイゴ「さてと、どうしたもんかね」


 今は腹が減っていなくてもまらすぐ空腹になるだろう。それに今はモンスターに対抗できない。ので外には出れない。いつまでもそう運よくメシを恵んでくれる人に出会える訳もない。このままでは遅かれ早かれ餓死っちまう。

 うんうん悩んでいると向こうから白いローブをはためかせながらミシェルが走って来た。


ミシェル「セイゴさん!」

セイゴ「やあ、ミシェル。おはよう」

ミシェル「はぁ、はぁ……良かった。まだ村にいたんですね」

セイゴ「まあ、モンスターにやられるのはゴメンだし。……俺を探してたの?」


 俺がそう訪ねるとミシェルは呼吸を整えながら首を縦に振った。


セイゴ「あぁ、ゴメンね。これからどうしようかと思ってとりあえず門の上の見張り台から周囲を眺めてたんだ」

ミシェル「そう……だったん――ですか――ふぅ」

セイゴ「大丈夫?」

ミシェル「――はい。それよりセイゴさん。ちょっと、お話しがあるんですけど、いいですか?」

セイゴ「何?」

ミシェル「はい。あの、よろしければ、私と、パーティを組みませんか?」

セイゴ「パーティって、一緒に旅するって事? チームとは違うの?」


 よくゲームとかであるパーティと同じヤツなのか? しかしこれは「黄泉の旅」。色々規格外だからなぁ。


ミシェル「パーティと、チームは別です。チームは、一緒に死んだ人達の団体であり、たとえ別々に動いていてもチームなんです。そしてパーティは、チームメートであろうとなかろうと、一緒に行動する団体のことで、直接協力して行動の幅を広げるんです」


 そういえば、ユニが「誰かと協力できれば楽チン」とか言ってたような気もするな。あれはパーティのことか。


セイゴ「せも、それだと俺はミシェルの足手纏いになっちゃうよ? 俺としては好都合だけど、戦闘もできないし」

ミシェル「はい。なのでまずはセイゴさんに戦えるようになってもらいます」

セイゴ「なってもらいますったってそんなすぐになれるもんなの?」

ミシェル「大丈夫です。先刻、西の方の山に出た光の柱は見ましたか?」

セイゴ「ああ、“覚醒の光”とかって見張りのオッサンが言ってたヤツか?」

ミシェル「そうです。あれは、新規のプレイヤーが自分の“スタイル”に目覚める時に出るもので、まずはそれをしないと話になりません」

セイゴ「“スタイル”って?」

ミシェル「“スタイル”っていうのは、私が魔法使いであるように、まあ、職業みたいなものと思ってください」

セイゴ「ナルホド。確かに戦えないと話にならないし――」

ミシェル「そういう訳です。それに、多くの新規プレイヤーはまず何らかの形でパーティを組まないと、黄泉では生きれませんよ?」


 確かに。今まさに俺は八方塞がりでどうしようもない状態だ。


セイゴ「分かった。じゃあ、よろしく。ミシェル」

ミシェル「はい。こちらこそ。覚醒しさえしてもらえれば、私としても色々助かると思うので」

セイゴ「よし、で、どうすれば覚醒できるんだ?」

ミシェル「あ、いや……その前にちょっと……」

セイゴ「ん?」


 ミシェルは顔を赤くして俯いてしまった。


セイゴ「どうしたの?」

ミシェル「えっと……わ、私……朝ご飯まだなので……お腹減っちゃって……」


 俺をパーティに誘うために朝食抜いてきたのか……なんか悪い事したような気分だ。


セイゴ「じゃとりあえず、昨日の食堂へ行こうか」

ミシェル「……すいません」



 ミシェルの朝食を済ませ、俺達は村の外にいた。といっても、門の前だが。


セイゴ「それで、ドコ行くんだ? あの山の光が起きた所へ行くのか?」

ミシェル「いえ、覚醒の場所は1人1人違っているんです。スタート地点ですから」

セイゴ「え゛!? マジ?」

ミシェル「マジです」

セイゴ「……7時間も死ぬ思いで下ってきたのに……今度は登るのか……」


 どうやら最近のおれは山登りに縁があるようだ。全くもって嬉しくないが。


ミシェル「それだと何時間かかるか分からないし、疲れるのでリンリャオに乗って行きましょう」

セイゴ「リンリャオってミシェル以外乗せたがらないんじゃないの?」

ミシェル「あの子は物分かりがいいので大丈夫です。説得します。……まあ、見ていてください」


 するとポンッという音を立ててミシェルの手に長い杖が現れた。先端には緑色の半径15cmくらいの玉があり、それを掴むような感じの、俺よりも背の高い木製の杖だった。


セイゴ「……それは?」

ミシェル「これは見た通り杖です。魔法使いの武器で、短い順に“タクト”“ロッド”“ポール”に分けられます。これはまあ、言わなくても分かると思いますが、“ポール”です。『レクイエム=フォレスト』と呼ばれています」


 ミシェルが杖の玉でない方の先端で地面を突くと、そこを中心に半径3mくらいの模様が浮かび上がって光り出した。円の中に2つの三角形がある、俗に言う六芒星というやつだ。


ミシェル「六芒星は、黄泉の魔法の基礎であり、また召喚の魔法陣でもあるんです」


 俺にそう説明しながら陣からミシェルが出てきた。そして杖の玉を陣に向けて、リンリャオを喚ぶ。


ミシェル「おいて、リンリャオ」


 とたんに六芒星の出す光が強くなり、陣から緑色のドラゴン、リンリャオが出てきた。

 太い4本の足と、鋭い爪。長い尾と緑に光る瞳。そして大きく、立派な2枚の翼を広げるリンリャオを喚び出し、役目を終えた六芒星は地面に溶けるようにして消えた。


セイゴ「スゲ……」

ミシェル「おはよう、リンリャオ」

リンリャオ「グルル」

ミシェル「昨日会ったこの人だけど、私とパーティ組むことになったの」

セイゴ「セイゴだ。よろしくな、リンリャオ!」

リンリャオ「ヴォ」

ミシェル「それでね、またいつもの様に乗せてもらいたいんだけど……セイゴさんも乗せてくれる?」

リンリャオ「グゴルルル、グオオオン」

ミシェル「いいって! 何かセイゴさん、気に入られたみたいです。説得する必要ありませんでした」

セイゴ「……何が気に入られたのかは知らんが、ありがとうリンリャオ」


 リンリャオに礼を言って、俺はしっぽからリンリャオの背に苦労してよじ登っていたが、ミシェルは地面からのすばらしい跳躍を見せ、人飛びに背に飛び乗った。


セイゴ「ナニィ!? なんだその異常な身体能力は!?」

ミシェル「フフ、セイゴさんも覚醒すればこれくらいは余裕で出来るようになりますよ」


 笑顔を見せるミシェルの手を借りてようやく登ることができた俺は、早くも力尽きていた。俺弱っ。


ミシェル「私は場所が分からないので、道案内してください」

セイゴ「ああ、よし、分かった」

ミシェル「それと、その辺の出っ張りにしっかり掴まっててください」

セイゴ「ん? こうか?」


 俺がリンリャオの背骨に沿って生えている棘みたいな太いものを掴むと、リンリャオは勢いよく飛び上がり、飛蝗村は一瞬で豆のように小さくなった。飛蝗村に俺の悲鳴が響き渡った。


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