3話「土下座」
―「ありがとう」を言えるのは、幸せな事ではないだろうか―
セイゴ「すいません……水と、この店で一番早く出せる食いモンください……」
オバチャン「あいよ! あんたぁ、チャーハン1つ入ったよぉ!」
俺は今、飛蝗村の門に程近い所で発見した、ナイフとフォークの描かれたマークを掲げている店の中。
その店のカウンターに備え付けてある席の1つで、死んでいた。
空腹に加え、カウンターにいる赤髪パーマの「オバチャン」という言葉が似合う女性の威勢にK.O.寸前である。
オバチャン「3分くらいで出来るから、それまで死ぬんじゃないよ!」
セイゴ「……頑張りマス……」
もはや死の直前の俺は水を飲み始めた。ふと天井を見ると、天井にテレビが付いているのを見付けた。
見やすい様に斜めに付いている。丁度、明日の天気予報をやっていた。
キャスター「明日はタカ市周辺の山を除いて常日通りの天気でしょう。タカ市周辺の山では雷雨でしょう。午後からは世界が滅亡するでしょう。思い残す事の無い様――」
セイゴ「ブーーーー」
オバチャン「アッハッハッハッハッハッ」
俺は思わず飲んでた水を真上に吹き出してしまった。何!? 世界が滅亡!? 何冷静に報じてんだヨこのネーチャン! てかナゼかカウンターのオバチャンは笑ってるし! 店の奥の方で騒いでた集団も爆笑している。ナニが面白いんだ!
オバチャン「アーハーハー、あ、いらっしゃい!」
誰かが店に来たようでオバチャンは笑うのを中断して入り口の方に声を掛けた。
入口には肩に乗っかってる感じの金髪にまん丸い青い瞳を持った可愛らしい少女がいた。
その少女は先刻見たのとよく似た白いローブを着ていた。少女は俺の方に目を向けると、スタスタと近付いて来た。
少女「良かった。ちゃんと着けたんですね」
セイゴ「その声……やっぱり、先刻俺を助けてくれたのは君だよね」
少女「はい。……そろそろ着いた頃かと思って、探してたんです。……心配だったんで……あ、私はミシェルと言います」
セイゴ「そうか。俺は酒井星悟。先刻は助けてくれてありがとう」
オバチャン「サカイセイゴ? ファーストネームはどっちだい?」
セイゴ「え? セイゴですけど……」
オバチャン「じゃあ黄泉で名乗る時はセイゴだけでいいんだよ。黄泉にはファミリーネームは無いからね」
ミシェル「ファミリーネームを名乗っても、意味を持たないんです」
セイゴ「へー。俺黄泉には来たばっかだから、知らんかった」
ミシェル「そうかと思ってました。……その、すけとうだらなんかに追われてたんで」
そう言いながらミシェルは俺の隣の席に座り、少し悩んだ後、スパゲティを注文した。それを受けてオバチャンは厨房に引っ込んでいった。そうか……すけとうだらって弱ぇんだ……
ミシェル「……あの、先刻は名乗らずに先行ってしまって、スミマセン。少し……焦ってたので……」
セイゴ「いやいや、門閉まる直前だったし、感謝してもしたりないくらいだし、そんなことで気にしないでよ」
ミシェル「いえ、私もプレイヤーなんで門限は関係ないんです」
そういってミシェルは右手の小指についている、俺のブレスレットと同じデザインの指輪を見せた。
セイゴ「ブレスレットじゃないのもあるんだ……」
ミシェル「はい。他にも首輪だったり、イヤリングだったり、私は鼻輪も見たことがあります」
セイゴ「……ブレスレットで良かったかも」
ミシェル「そうですね。こればかりは、神様の独断と偏見と気分と言われているので」
オバチャン「チャーハンお待ちどう! でもその『ウロボロス』のタイプで気に入らないって言ってる人は見たことないねぇ」
セイゴ「『ウロボロス』?」
ミシェル「プレイヤー証のことです」
へぇ~そうなんだ。なんて思いながら俺はチャーハンを口に掻き込んだ。天にも昇る味だったのは死ぬ程腹が減ってたからだろうか? まあとにかく
セイゴ「ウマイ!」
オバチャン「アッハッハッありがとうよ! 死にそうだったからね。特盛にしたけど、並盛の値段でいいよ」
セイゴ「ありがとうございます! いくらですか」
その瞬間キラリッとオバチャンの目に違う光が灯った。どっかで見たことある。これは、クラスメートの望月達が何かをやらかそうとしている時の目と同じだ! まあヤツは元東中生だからそんなに知ってる訳じゃないけど。
ミシェルは何かに気付いたかの様な表情をしている。
オバチャン「チャーハン一杯、1,000,000チップになるマス」
セイゴ「ひゃくま……え? チップ?」
俺は食う手を止めて聞き返した。
オバチャン「アハハハ! 嘘だよ! 先刻の天気予報の時にもしかしてと思ったけど、今日は4月1日。エイプリルフールさ。本当は80チップだよ」
セイゴ「チップ……」
俺は立ち上がり、後ろを向いて徐に尻を突き出してみた。
オバチャン「……ナニやってんだい?」
ミシェル「ヒップでしょうか……?」
ふむ。やはりヒップじゃなかったか。
ならばと今度は席に座り直し、踏ん反り返ってみた。
ミシェル「…………」
オバチャン「ビップのつもりかい? そうじゃなくて、チップだよ。80チップ!」
セイゴ「あの……今3000円持ってんすけど……」
オバチャン「? エンってなんだい?」
ミシェル「現世の……日本という国のお金の単位だったと思います。あの、セイゴさん。黄泉に来たのはいつですか?」
セイゴ「今日の昼頃」
ミシェル「神様に、お金についてなにか聞きました?」
セイゴ「いや何も。皆普通に日本語喋ってるから、金も円でいいのかと……」
オバチャン「この上なく新規のプレイヤーだねぇ。そこまでの人が来たのは初めてだよ。まあ、説明しとくと、チップってのは黄泉の金の単位で、ここでは現世の金は紙切れ同然だよ」
セイゴ「……てことは俺は無銭飲食……」
オバチャン「そうなるねぇ……さて、どうしてやろうか」
俺は後頭部にダラダラと大粒の汗を流していた。くっここまでよくしてもらった立場上、これはもう代金分タダ働きしか無いか? ていうかそういうことは教えていけよ五分刈り高校生!
そんな事を思っているとミシェルがそれこそ思わず土下座しちゃいマス級の発言をしてくれた。
ミシェル「あの、80チップくらいなら私、奢ってあげられますけど……」
セイゴ「本当!? ……いや、でも助けてもらった上にそこまでしてもらう訳には……」
オバチャン「折角の好意をムダにするのは、その人に対して失礼だよ」
ミシェル「いえ、あ、そんな大層なモノじゃ……80チップくらいなら、プレイヤーにとってはそんなに大金ではないので……」
セイゴ「……スマン。この恩は、いつか必ず返します!」
気づいたら俺は土下座していた。
オバチャン「まいどー!」
すっかり機嫌を直した腹を摩りながら手を上げてオバチャンに応え、俺とミシェルはバッタ村の舗装されてない道を歩いていた。あの後メシを食べながら「金がない」=「泊まる宿も無い」という事に気づき、話の流れで宿代までミシェルの世話になることになった。無論、俺は土下座した。
という事でミシェルも止まることになっている1泊300Cの宿屋に向かっているのである。
言っておくが、部屋は別々だぞ。健全な中学2年生の俺と、小学校低学年もいいところのミシェルという組み合わせとはいえ、一応常識的に同じ部屋で寝るのはアリエナイだろう。その分ミシェルが金を払うことになるため心境としては苦しいモノがある。
380C稼ぐのってどんぐらいだろ?
ミシェル「あ、そういえば……」
セイゴ「ん?」
不意にミシェルが話し掛けてきた。
ミシェル「セイゴさん、先刻、皆日本語で話してるって言ってましたよね」
セイゴ「え? だって皆、ていうか今まさに明らかに日本人でないミシェルだって日本語喋ってるじゃん」
ミシェル「あの、私もそうなんですけど、皆さん日本語を話してる訳じゃ無いんです。セイゴさんにはそう聞こえるかもしれませんが」
セイゴ「どうゆうこと?」
ミシェル「えっと、つまりですね、私はアメリカ人で、普段英語を話してたんですけど、黄泉に来た後も英語を話し続けてます。日本語は話せません」
セイゴ「いや、だって今話してるじゃないか」
ミシェル「違うんです。セイゴさんには日本語で聞こえているだけなんです。黄泉では話し相手が全て自分の母国語で話しているかの様に聞こえるんです。ですから今、私にはセイゴさんは英語がペラペラの人に見えてます」
セイゴ「俺が……英語ペラペラ……」
想像できん! 学校では成績は悪くはなかったが、英語はいつも足を引っ張ってたというのに!
ミシェル「ついでに文字も母国語に見えます。あ、話し相手が人以外であったり文字が魔術関連だったりするとまた別の話になりますが。ちなみにこれは黄泉では常識……だそうです。私がそれを知ったのは黄泉に来てから1年くらい経ってからですが」
セイゴ「へー、そういえばミシェルは黄泉に来てからどれくらい経つの?」
ミシェル「3年半くらいですかね。今日は黄泉の暦で5317年の4月1日で、私が来た日は5313年の11月11日だったので」
セイゴ「独自の暦まで有るのか……ってことはミシェルは黄泉に来た時はもっと小さかったの? あ、いや、別に子供扱いしている訳じゃないんだけど……」
ミシェル「気にしなくてもいいですよ。まだまだ身も心も子供なんで。私達プレイヤーは黄泉では歳を取らないんです。なにせ、死んでますからね。私は3年半ずっと7才で、体は成長してません。心は成長するみたいですけど」
セイゴ「てことは俺はずっと13才のままか。ていうかユニはそういうことくらい教えとけっつーの」
ミシェル「ウフフ、そうですね。今の神様は、歴代で一番気まぐれな方だそうなので、スタート地点の時に教えてもらえる内容は一人一人違うみたいです。私は、お金についてと、仲間について教えてもらいました」
セイゴ「いいじゃないか。俺なんか『少しだけ多くヒントをあげよう』とか言ってたけど、黄泉の生活の仕方については、よく考えたら何も教えてもらえてないよ。ああ、一つウロボロスは教えてもらったかな」
ミシェル「ウロボロスについては全員に教えてるみたいです。そう聞いたことがあります」
ナニィ!? それ以外の情報で何か使えるのあったか!? ウロボロスだってそう呼ばれてることを知ったのはほんの数十分前だぞ? 俺が頭を抱えている横でミシェルはクスクス笑っていた。
ミシェル「セイゴさんはどんなことを教えてもらったんですか?」
セイゴ「んー、ゲームに役立つことといえば、チームの話くらいか?」
後は「神は現世で高校生やってる」とか「黄泉は現世とあの世の間にあるかもしれない」とか、「神はハゲでなくて五分刈り」とか、使えないのだらけだな。
あぁ、なんかユニに対して今更怒りが湧いてきた……
ミシェル「そうなんですか。じゃあ、セイゴさんチームメートがいるんですね。何人くらいなんですか」
セイゴ「皆どこにいるかは知らないけど、皆来てれば俺入れて30人かな」
ミシェル「30人!? それ、すごく多いですよ! そんなの初めて聞きました」
セイゴ「ああ、ユニもなんかそんなこと言ってた気がするな。俺はクラスの皆と一緒に死んだから……」
ミシェル「そうですか。私も、チームがあって、どこかに父と母と兄がいると思います……」
つまり家族で死んだのか。うー流れだったとはいえ嫌な方向に話が流れたな……死んだ時のことなんか思い出したお蔭で一気に暗い空気になってしまった。
ミシェルの顔を見ると、周りの暗さもあってか、これでもかってくらい暗い顔をしていた。
イカン! 話題を変えねば!
セイゴ「そういえばさ、リンリャオはドコ行ったの?」
ミシェル「あ、それは日が暮れるまでにっていうのと関係があるんですが、今夜みたいに月が2つ同時に出てる夜では召喚獣は強制送還されてしまうんです」
空を見上げると月が2つ、夜空に輝いていた。
そうか、あれは目の錯覚じゃなかったんだな。
ミシェル「それで、リンリャオは私と契約している召喚獣で、今夜は月が2つ出るのは分かっていたから急いでいたという訳なんです」
セイゴ「そうか……ところで先刻から魔術関連がどうとか召喚獣がなんだとか言ってるのを敢えてスルーしてたけど、もしかして魔法があるの?」
ミシェル「え? それも神様に教えてもらってないんですか?」
ミシェルは心底驚いたといった顔をした。ユニの野郎、少しだけ多くとか言っときながら、もしかして他の人よりヒント少ないんじゃないか? もしやあれ、エイプリルフールか?
ミシェル「黄泉には、魔法が存在してます。……というより私も魔法使いです」
セイゴ「あぁ……なんかソレっぽい格好してるもんねぇ」
ミシェル「あ、着きました。ここです」
俺達は建物全体で「宿屋です!」とアピールしている感じの建物の前にいた。
俺はチェックインの手続きを済ませ、ミシェルに300Cを払ってもらい、「宿屋の一室の鍵」を手に入れた! パッパラパー! 宿屋の主人が送る痛い目線を、俺は頑張ってスルーした。
ミシェル「では、私はここで失礼します」
階段で2階に上がった所でミシェルはそう言った。ちなみに俺は4階。
セイゴ「ああ、今日は本当にありがとう。最後はなんか質問漬けで悪かった」
ミシェル「いえ、私も最初はあんな感じだったので」
そして俺たちは笑顔を交わして別れた。
俺の泊まる部屋は「シャワールームとベッドだけは用意してやるよ!」と言わんばかりの感じだった。まあ、野宿よりはマシだ。金は出してもらっているし、文句は言えない。
セイゴ「……シャワーでも浴びるか」
とりあえず、昼間からずっと歩きっぱなし(たまに走ったが)だったので汗くさいのなんの。
てことでシャワーを浴びることにした。
サッパリして、用意されていたタオルで体を拭き、着替えがないことに気づいた。
セイゴ「……しまった」
俺の声は、この狭い室内に、空しく溶けていった。それは黄泉に来て最初の夜のこと。
飛蝗村のとある宿屋のとある一室に、昼間の白いローブではなく、可愛らしいピンクの寝巻を来た金髪青眼の少女がいた。
窓から差し込む月明り以外、室内を照らすモノはない。少女は、月に背を向け、ベッドの上に座って、月明りによってできた自分の影を見つめている。
?(あんなに喋るなんて、珍しいじゃない? しかも、笑うなんて)
少女の頭の中に、直接意思が流れてくる。
少女「私も、自分で驚いてた。話しをしてただけだけど、楽しかったの……あんな気分になったのって、いつ以来……かな?」
?(あの人なら、きっと力になってくれると思うよ? まあ、そうなるまでのサポートは必要だろうけど)
少女「でも……」
?(気を許せる人だったんでしょ? 2時間半のところを2時間ってサラッとウソついてたし。あれ最後の30分相当つらかったと思うよ?)
ミシェル「う……だって今日は……4月1日だし……」
?(まあ、後悔ないようにやんなよ。私は唯、あなたについていくだけ)
少女「分かった。明日、誘ってみる」
少女はそう言うと、ベッドに入り、眠りについた。
2つの月に照らされて、飛蝗村の夜は更けてゆく。