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1話「START BUTTON」

―できることなら、醒めないで欲しい夢だった―

―心地よい風が吹き抜けていく。

 風に揺られた草や葉の擦れる音が、覚醒しかけている意識を、再び眠りへと誘っている。

 背からは地面――いや、芝生か?――の柔らかな感触を、正面からは暖かな日差しを受けている。

 ……………………

 なんてことだ! 気持ちよすぎる! そう。これはその、なんつーか、真夏のコンビニの中というか、真冬の炬燵(こたつ)の中というか、あの出ようにも出られないくらいの感じで動きたくない!

 これはもう寝るしかないな・と思い再び意識を手放そうとして、気付いた。


?(ちょっと待て、ここってどう考えても屋外だよな)


 俺は目を開けて、上半身だけ起こして辺りを見回した。

 そこはパソコンの背景画面でしか見たことがないような、一面緑に覆われ、静かな傾斜の広大な草原。そのど真ん中に俺はいた。丘の上の向こうはどうなっているのか分からないが、下の方には森が見える。そして、見える範囲に人影は無かった。


 俺は頭をブンブンと乱暴に振って未だに脳内から抜けきっていない眠気を強制的に追放し、もう一度辺りを見回すが、目に見えるのは変わらない見知らぬ草原。


?(落ち着け俺! まずは分かっていることから整理しよう。俺の名前は、酒井(さかい) 星悟(せいご)。うん。間違いない。県立瀬和中学校2-1出席番号8番。確かにそうだ。出席番号はちょっと怪しいけど。で、新学期に、東中の生徒が移ってきて、チワワの陰謀でF山登ることになって、その帰りにトランプしてたら橋が崩れて谷に堕ちて、目が覚めたらここにいたと)


 てことは……


セイゴ「ガッデム! 俺はあのまま死んだのか!? じゃあここは噂に聞く『あの世』というヤツか!」


 なんてこった! まだ13才なのに! 人生まだまだこれからだってのに! いや、まあここはいいとこだけども……せめてもうちょい年喰ってから来たかった! 100才までとは言わないが……せめて順番だけは守りたかったぜ! 父さん母さんゴメンナサイ!


?「30人も一気に来たのは僕の代になってからは初めてだなぁ」

セイゴ「どぅわ!!」


 俺はいきなり背後から聞こえてきた声に飛び上がった。

 急いで振り返ると、どっかから湧いてきたのか痩せてる、背は170cm台後半はありそうな、小顔の青年が立っていた。


謎の青年「まあ、初代の頃は3桁いったこともあるって聞いたけど」


 よく分からないことを呟く青年の顔を見て、俺は思わず言ってしまった。


セイゴ「ハゲだ……」

謎の青年「17才でハゲてたまるかぁ! 剃ってんだよ!」

セイゴ「……何ミリ?」

謎の青年「0.5ミリだ! 服を脱ぐ時、髪に引っ掛かって脱げない程短いぞ♪」


 ナゼか誇らし気な五分刈りの青年に、俺はただ呆気に取られていた。へ~この人17なんだ。

 そんな俺の様子を見て青年はクックックッと笑い出した。


セイゴ「……なんだ?」

謎の青年「君は面白いね。普通コッチに来た直後だと、もっと困惑してるか夢だと思い込んでる場合が多いんだけどね」


 いやまあ、夢だと思い込みたいのは山々なんだけどね。何しろ生存率0%の状況が、目が覚めたら心地いい草原だし。しかしあらゆる感覚器官から伝わってくる情報が、夢オチという淡い期待を粉砕してくれていた。


謎の青年「さて、ところで君の名前はセイゴで合ってるかな?」

セイゴ「!? ……どうして俺の名前を!? ……ていうか、あなたはいったい何者なんだ?」


 名乗ったハズはないのだが、青年が俺の名前を知っていたことに驚いた。同時に、この青年に対する恐怖心が湧いてきた。ここにいる時点できっと俺と同じように死んで来たんだと思っていたが、そういえば誰もいなかったハズなのに急に現れたし、よく考えれば怪しすぎる。気付くのが遅れたのはきっとまだ寝ボケてるんだろう。


謎の青年「僕のことはユニって呼んでね」

セイゴ「ユニ? それはまた随分と可愛らしい名前だな。ていうか日本人じゃないのか?」


 ユニと名乗ったその青年の髪を伸ばした姿を想像してみると、まあ確かに女性に見えなくもないが、それにしたって髪は剃ってて分かんないけど、瞳は日本人の色だし、日本語だって母国語の勢いで話しているのに。


ユニ「ああ、日本人だよ。紛う事無き日本の男子高校生さ! そしてユニっていうのは通り名だよ」

セイゴ「ふ~ん。本名は?」

ユニ「諸事情により教えられません」

セイゴ「……ユニは俺の本名知ってんのに?」

ユニ「禁則時効です♪」


 どこかで聞いたことがあるようなセリフを放つユニだが、五分刈り頭の男子高校生が言っても気色悪いだけなんだけど……。それよりもまだ肝心な点が聞けていない。名前は人先ず諦めよう。


セイゴ「で、ユニは何者なんだ?」

ユニ「そうだね。セイゴは面白いから少しだけ多くヒントをあげようかな」

セイゴ「ヒント?」


 ユニは俺の疑問を、今度はスルーして俺の隣に座り込んだ(実は俺は目を覚ました時からずっと座ったままで、ユニとは見上げながら話していた)。座り込んだということは、これから長々と色んなことを聞かされるに違いない。しかしそれよりも俺が気になったのは! ユニの目線の高さだ! ナゼ中学生と高校生の身長差がありながら! 座った時の目線の高さが同じなんだ! しかもユニは痩せてる上に俺は結構ガッシリしてる方だから、このアングルだともしかして俺の方が座高が高く見えるんじゃないか!? クッソー、身長差5cmくらいの西村とこの前座高比べてみた時も俺の方があからさまに高かったもんなー。あの時は西村の足が長い上に姿勢が悪かったからで俺の足が短い訳じゃない! と主張できたがさすがにこの身長差で足が長いとか姿勢が悪いっつっても限度があるよな~~う~~!

 狼狽えまくっている俺はユニが俺より少し下に腰を落ち着けて目線が合うようにしているのに気付いていなかった。

 ユニは俺の内なる葛藤など気付きもせず、俺に話し掛けてきた。


ユニ「先ずはセイゴがどういう認識をしているのかを知りたいんだけど、セイゴは此処がどういう場所で、どうしてセイゴがここに来たんだと思う?」

セイゴ「え? ……あぁ、それは……その、ここは所謂『あの世』で、俺は死んだから来たんだろう」


 内なる葛藤から呼び戻された俺は、少し戸惑った後、冷静に自分の考えを伝えた。


ユニ「じゃ、僕は何者?」

セイゴ「……最初は俺みたいに死んで来たんだと思ってたけど……」


 何となく、含みの有る発言が多いし、少なくとも俺にかかわる『何か』を知っているか、もしくはその『何か』その物なのかもしれないと感じ始めていた。もしかしてコイツ、閻魔大王か!? 俺は今この場で『天国』か『地獄』のどっちに送るべきかを審査されている!? いや、でも確かに「紛う事無き日本の男子高校生」って言ってたし。


ユニ「ふむ。じゃあセイゴと一緒に死んだハズの皆はドコ?」

セイゴ「……そういや、見ないなぁ」


 先刻まで、自分が死んだかもしれないという事実と、突然のユニの登場で、すっかり忘れてました!

 ……ヤバイ! これは『地獄送り』の理由になるかもしれない。しかも不用意にそのことを発言してしまった!


セイゴ「あ……いや、これは……その……」


 急いで弁明しようとする俺をユニは「ああ、もういいよ」とでも言うかのように手で制した。

 フッ俺もこれで地獄域か……と思いながらユニを見つめた。

 ユニは一つ溜め息をついてから、告げた。


ユニ「最初に言っておくと、セイゴと、一緒にバスに乗っていた人達は確かに全員死んだよ」


死んだよ。そう聞こえた瞬間に、急に目の奥から熱い何かが込み上げてきた。


ユニ「……別に泣いてもいいけど話は続けるよ」


 今にも泣きだしそうな俺に冷たく言い放ったユニは涙が出てくる寸前で堪えている俺を見て一つ頷き、また話しだした。


ユニ「それで、ここは現世と、多分あの世との狭間で、『黄泉』って呼ばれてる」

セイゴ「多分?」

ユニ「僕にはここから先の世界は行ったことがないから知らないよ。あるかもしれないし、無いかもしれない。唯、ここは『あの世』でも『現世』でもない」

セイゴ「『黄泉』って『あの世』ってことだろ?」

ユニ「そう呼んでるだけだよ。それにしても、泣きそうな顔してよくしゃべれるね。別にいいんだけど」


 俺もそう思う。激しく涙声ではあるが、俺の口は存外に働き者だ。


ユニ「で、僕のことだけど、実は僕は死んでいない。君の目前にいる僕はただの僕の意識のほんの一部で、実態は今は……え~と、高校の下校中かな?」


 そっかー死んでないのかー。半ば思考が停止しかかりながら俺は空を見上げた。お天道様はモロに真上にあった。


セイゴ「……早くない? 早退? あ、でも今日は日曜日? ん? 俺が死んでから何日経ってんの?」


 確かにF山登山の帰りの日は日曜日だったハズ。だがあれから何日経ってるのか分かんないし、そもそも時間の流れとかはどうなってるんだ?


ユニ「セイゴが死んだのは日曜日なの? ならもしかしたら実体は今休日で、ゲームしてるか黄泉を覗いてんじゃないかなぁ。導ける魂は死んだ瞬間にこっちに来て目を覚ますハズだから。時間の流れもこっちの方が断然速いしね」

セイゴ「……ユニって本当に何者?」

ユニ「僕はこの黄泉に於ける四代目『神』だよ。こっちの世界の時間ではもう250年くらいはやってるかな。現世の時間では5年くらいだけど」

セイゴ「神!?」


 神様ですかい!? どの辺が「紛う事無き日本の男子高校生」? 一つの世界の神様が普通の男子高校生を気取る気ですか!?


ユニ「とは言え現世では立派な普通の高校生やってるよ? こっちの様子を覗くのなんて現世では一瞬で済むし、そもそも黄泉の管理は僕みたいな意識の末端が行ってるから……あー、少ししゃべりすぎたみたいだね。本体に叱られちった」

セイゴ「?」


 俺には何も聞こえなかったが、コイツは意識の末端らしいので本体とは見えない何かで繋がっているのだろう。よく分かんないのでそう思っておくことにした。


ユニ「まあ神についてはまたどこかで聞けるよ。それより、そろそろ本題に入るよ。元々僕はその為に来たんだし」


 俺は居住まいを正した。いよいよ俺にとって重要な事を知らされるんだと、雰囲気で感じ取っていた。そういえば、何時の間にか涙は引っ込んでいた。


ユニ「君にはこれから、この黄泉で暮らしてもらう訳だけど、同時にあるゲームに参戦してもらう」

セイゴ「ゲーム?」

ユニ「そう。そしてそのゲームをクリアすると、現世に蘇ることができるんだ」

セイゴ「蘇れるのか!?」


俺はそりゃもう驚いた。明日の天気予報で「明日、世界が滅亡するでしょう」て言われるよりも驚いたと思う。死者は、もう帰って来ないから遺された人は悲しむというのに、死んだ俺が、蘇れる?


セイゴ「本当なのか?」


 そりゃすぐに信じろってのはムリだ。しかしそれでも胸の中は、期待でいっぱいだった。

 そして帰ってきた答えは、その期待に応えてくれた。


ユニ「本当だよ。それに、ゲームはチーム戦なんだ。セイゴの場合、バスに乗ってたクラスメート達の中の誰かがクリアすれば蘇れるし、逆にセイゴがクリアすればクラスメート全員が蘇る。全員この世界に来てるハズだよ」


 それも、予想を大きく上回る最高の形で!

 俺は舞い上がった。一度は失い、諦めた命が戻ってくるなら、何だってやってやる! まだまだやりたいこともあったし、やらなきゃいけないこともあったんだ! 思い残して来たことが多すぎる!


ユニ「そもそも死者を蘇らせるためにあるようなものらしいし。まあ、死者全部って訳にはいかないけど」

セイゴ「ゲームって、どんなゲームだ?」


 俺はもう既にそのゲームとやらにしか興味は無かった。俺にとっては、そのゲームの内容が今一番重要だったから。その他のことはどうでもいいことの様に思えた。


ユニ「タイトルは『黄泉の旅』。僕的な視点で言わせてもらえば、リアルアクションRPGってとこかな。プレイヤーは、『神の試練』と呼ばれる課題を達成するべく、黄泉中を駆けずり回ったり回らなかったりしてイロイロやることになる。課題は一人一人別々だけど、誰かと協力できれば楽チンかもね。最大で10の試練をクリアするとゲームクリアだ!」

セイゴ「よし! 分かった! 課題を10個、クリアすれば皆と一緒に蘇れるんだな! 最初の課題はなんだ?」

ユニ「その前に左手首を見てごらん」


 言われるままに見てみると、蛇が尾を(くわ)えてリング状になっているデザインの銀のブレスレットが着いていた。目の所には小さな白く輝く宝石が付いている。こんな物を着けていた覚えは無い。


セイゴ「これは?」

ユニ「プレイヤーの証だよ。黄泉にはプレイヤー以外にもいろんな人だったり人でなかったりするのが暮らしてるんだ。そういうのと見分けるのが、まあ一番の目的だね。僕にとっては。使い道は色々あるけど、それは後から覚えるといいよ」

セイゴ「ふ~ん」

ユニ「さて、それじゃ最初の課題だ!」

セイゴ「おう!」


 このブレスレットがこれから先何に使うのかは知らんが、先ずは最初の課題だ。

 ユニが立ち上がったので俺も立ち上がって向き直る。見上げる俺に、ユニは口を開いた。


ユニ「セイゴ、君の『第1の試練』は、『鍵の色を変えて門を通れ!』だ」


 沈黙が流れた。


セイゴ「言ってる意味が全然分かんない」

ユニ「それを理解するのもゲームの内さ! 僕は教えようと思ったこと以外は教えないよ。この世界のことも、ゲームのことも、セイゴには教えてないことはたくさんある。後のことは、自分で調べな」

セイゴ「そうか。じゃ、そうする」

ユニ「うん。物分かりが良くてなんだか僕も気分が良いから、ゲームの進行に関して最初で最後のアドバイスをしてあげよう。ドコに行けばいいか分からなくなったら、行きたいトコに行ってみな」


 そう言うとユニの体はどんどん透けていった。このまま消えるつもりらしい。


セイゴ「今度会うのは、『第1の試練』をクリアした時?」

ユニ「いや、次に会うのは、セイゴがゲームを終えた時だ」

セイゴ「必ず、クリアしてやるからな」

ユニ「ああ、待っているよ」


 ユニはそう言って笑顔を見せ、まるでそこには何も無かったかの様に跡形もなく消えていった。広大な見知らぬ草原に唯一人取り残された俺は、しばらく立ち竦み、辺りを見回した。

 さて、どっちへ行こうか。目下に見える森に行くのもいいのだが……やっぱり丘の上の向こうがどうなってるか気になるな。そう思って俺は草原の斜面を登り始めた。

 斯くして俺は、リアルアクションRPG『黄泉の旅』のSTART BUTTONを押した。


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