- プロローグ -
この作品は、10年越しの夢をさらに遠い未来に託してお送りいたします。
――西暦二〇XX年 四月末。
日に五十台くらいは車が通る山中の道を、一台のマイクロバスが走っていた。フロントガラスから見えるネームプレートには、『県立瀬和中学校』と書かれている。
バスの中には、二泊三日で敢行されたF山登山を終えた中学二年生三十二人と教員二人が乗っていた。
瀬和中は一学年が三十人いるかいないかといった小さな学校であり、バスに乗っているのはつまり二年生全員である。
これでも、隣の県立東瀬和中学校(通称、東中)が昨年で廃校になったことで、東中の生徒が少し移ってきて中一の頃より何人か増えた。そして、移ってきた生徒達が少しでも早くクラスに馴染むようにという校長の思惑により、新学期が始まってまだ一ヶ月と経たない内に生徒達は一丸となってF山登頂を目指すハメになったのだった。
この時生徒達はこう思った。
(あのチワワは、生徒を死なせたいのか?)
と。
チワワみたいな顔をした校長は、ブン殴りたくなる程の笑顔で見送ってくれた。
結果的にチワワの思惑通り、元東中の生徒達は見事にクラスに馴染み、F山登頂を果たし下山してきた直後にも関わらず、バス内は行き以上に騒がしい。
教師達は思った。
(コイツ等、F山登った後だってのに、ナゼこんなにも元気なんだ?)
と。
バス内では皆思い思いの行動をとっていた。
バスを運転しているのはタンクトップの角刈りマッチョな男性体育教諭。
運転席の後ろの席には数学と生物の授業を兼任している、小さめの四角いメガネを掛けたこのクラスの担任教諭の男性が座っていて、画面が二つあるゲーム機を操作しながら、さらに後ろの席に座る学級委員長の女子生徒とゲームの攻略法をあれこれ相談している。
委員長の席から通路を挟んだ向かい側の席では、背もたれを倒して熟睡しているポッチャリ系の女子生徒。
委員長の席の後ろの席で何かの参考書を黙読しているガリ勉メガネ装備の坊ちゃん刈り男子生徒は、バス内の喧騒もなんのその。通路中央辺りから超絶デブ男子生徒のもちっ腹にパンチを叩き込んで、弾き飛ばされたスポーツ少年二人がすぐ脇に転がり込んでこようが目もくれず、超絶デブの隣ですっ飛んだ二人を見ていた贅肉だるだる丸メガネ男子生徒のゲラゲラ笑いも耳に入っていないようだ。
バスの丁度真ん中列の席にはハリウッドにでもいそうな超イケ面の男子生徒が長い足を通路に投げ出す形で組み、へッドホンを掛けて音楽を聴きながら窓の外で流れていく景色を眺めていて、その隣ではサル顔の男子生徒が誰も聞いていないのに歌詞を覚えきれていないそこそこ誰でも聞いたことあるような歌を大声で熱唱している。
サル顔の斜め後ろの席では、長い髪をポニーテールにした女子生徒が席に座っているヒョロイ男子生徒に何事かで突っ掛かっていて、その後ろの席ではバス内唯一暗い空気をまとった座席の上に体育座りして膝に顔を埋めている色白の男子生徒に、隣の席に座る活発そうなショートカットの女子生徒が困り顔で語り掛けている。
バス後方の席で大人気ハンティングアクションゲームの無線通信プレーを楽しんでいるのは、日頃からつるんで色々やらかし良い意味でも悪い意味でも地元の方々に知れ渡っている三人組の男子生徒達と、首から工業用のゴツいゴーグルを提げた天パの男子生徒。
そしてバス最後尾では、男子女子総勢十五名によるトランプ三組を混ぜた大カードゲーム大会(男女差別ナシのバツゲーム有り)が熱く繰り広げられ、大いに盛り上がっている。
彼らはこのまま、このバスで瀬和中の駐車場に帰るハズだった。
それはバスが谷の上に掛る橋に差し掛かった時だった。
「ん?」
運転席の体育教諭は、三日前にも通ったこの橋に、何か違和感を覚えた。
「まいっか」
しかしこの橋を通らなければ帰れないし、橋がどうにかなっていてもどうすることもできないので深く考えないことにした。
そしてバスが丁度橋の真ん中に着いた瞬間。
ボキン
何か固そうな物が折れた音。
ビキビキビキ
続いて何か大きな物にヒビが入り、広がっていく音。
バガアアァァァ
最後に激しい音を立てながら橋は一気に崩壊し、
中学生達とその教員達を乗せたバスは、
深い谷の真上に投げ出された。
「どわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「なにこれえええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「ママーー! ボク、お空を飛んでるよ!」
「解けたぞ! 吉田! あの玉にブーメランで攻撃すると扉が開く仕掛けだったんだ!」
「わあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「しょ~う~ね~ん~よ神話にな~れ~♪」
「うわ、やべぇ! 大宝玉と天鱗が二つも出た!」
「あああああああああああああああああああれえええええええええええええええええええ」
バスは三十四人分の悲鳴を乗せて、谷底へと消えていく。
全員が思った。
(まさか本当に死ぬなんて……)
と。
全員は誓った。
(帰ったら絶対、あのチワワの顔面をブン殴ってやる!)
と。
体育教諭は心の中で謝った。
(みなさんと同じ空気を吸っていてスミマセン……)
と。