第十六話 蟻地獄
2016/11/22 若干修正。
途中、二メートル立方の石ブロックが落ちてきたから、生きた心地がしなかったが、なんとか俺たちはピラミッドの出口に辿り着いている。
ピラミッドはそのまま健在で、一部の通路が崩れて潰れただけのようだ。
さすがに、今から戻って調べようとか、そんな気にはとてもなれないが。
「じゃ、魔力も切れてるし、少し休憩したら、街へ向かいましょう」
リサが言うが、それが妥当だろう。反対意見は出なかった。
「リサ、どれくらい、持ち出せたん? うちは金貨の袋二つと、このなんや怪しげな小袋と、剣だけや。ごめんな」
ミネアが謝る。
「いいわよ。こっちも宝石は全部持ち出せたけど、肝心の魔道具、小物だけしか持って来れなかったし。燭台と天秤ね。あの竪琴、売れば良い金になったと思うけど」
「まあ、さすがにアレは重そうやったし、命あっての物種や」
「ええ、そうね」
アナライズしたいところだが、俺しかMPが残っていないので、無駄遣いは止めておこう。
あのひよこ、クーボはいなくなっているので、ラッド達はもう街へ向かったらしい。
俺たちの大トカゲの方は大人しく繋がれて待っていた。リサが今、水を与えている。
食事時ではないのだが、食べられるときに食べておくのが冒険者なので、干し肉とパンをみんなでかじった。
水袋は最低限の一つだけにして、残りは捨てる。不渇の杯が有るとは言え、それだけに頼ってうっかりなくしたりすると一大事だ。
「じゃ、出発しましょうか」
ティーナが言う。
まだMPはほとんど回復していないが、宿に戻って休んだ方が安全だ。前衛組は置いていたローブを着込む。
「また砂漠かあ…」
日差し強そうだし、熱気がむんむんしてるから、ここの陰から出たくないわー。
「文句言わない。別に、ここで暮らしたきゃ好きにしても良いけど」
リサが言うが、こんなところで暮らしたいなんて思うはずも無い。食料、どうするんだと。
「分かったよ」
諦めて言う。
「ホルンの街に着いたら、しっかり休みを取るから、それまで頑張ってね」
ティーナが励ましてくれた。
「ああ」
ラッド達が反対側の街、エスターンの街に戻っていたら、ハイポーションのお返しはもらえないことになるが、いちいちそれ目当てで行ったり来たりするつもりも無い。
出発だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「レッサーバジリスク、二匹!」
途中、モンスターも当然のように出てくるが、これまでと違う敵は出てこなかったので、魔力が無くても余裕。
野宿して、翌朝再び、ホルンの街を目指す。
「レーネ、杯、貸して」
耐えきれなくなったので俺は頼む。
「またか。ほれ」
魔道具の杯をレーネから受け取り、水を念じて出して飲む。
うめぇ。
もう一杯!
「ユーイチ、それまでにしておきなさい。MP、戦闘用に取って置かないと」
「ええ? じゃあ、リサが出してくれよ」
「仕方ないわね」
おお、「知るか!」と怒られるかと思ったが、出してくれた。ありがたく飲む。
「もう一杯、いい?」
「ダメ。お腹が水で膨れすぎても、動きが鈍るでしょ」
「そんなにガブガブは飲んで無いんだが…む、ちょっとトイレ」
催してしまった。
「言わんこっちゃない。停止、警戒!」
「ごめんよ、ごめんよ」
そう言って杖を置き、クロをその場に降ろしてやり、なだらかな砂丘を降りて、みんなから見えない位置に移動する。
「それはいいけど、水を飲み過ぎるの止めてね、ユーイチ」
ティーナにも注意されてしまった。気を付けよう。
「はーい」
ふう。スッキリ。
野外は、モンスターさえ気を付ければ、どうって事は無いんだよな。
困るのは城の中とか、街の中。
みんなにも確認したが、あろう事かこの世界は公衆トイレなるものは存在しない。
なので、冒険者は基本的に街外れや物陰で致さないといけない。
さすがに女子はそれはキツイので、店に頼んで済ませているようだが、料金も取られるのだろう。
俺は男子だから、そこは気にせず、豪快にやっている。
ステテコを整え、マナーとして砂を掛けて隠し、完了。
「ごめん、待たせた」
「いいけどね。他に、行きたい人は、今のうちに済ませておいて」
ティーナが聞いたが、他に行きたい者はいなかった。水、飲み過ぎだな。反省。
「ほれ、クロ」
「ニー」
クロを俺のローブのフードの中に入れてやり、再び歩き出して、間もなく。
「ニャ! 向こうに水が見えるニャ」
リムの声に顔を上げると、もやもやと揺らめきつつだが、遠くに光を反射している大きめの湖が見えた。
あれは多分、蜃気楼だな。水浴びしたい気分だが、あそこまで歩く気にはならん。
「ああ、アレは蜃気楼よ。追いかけても追いかけても、水は無い幻だから、騙されないで」
ティーナも下調べして知っている。
「ニャニャ! それは面白そうニャ」
「あっ、こら、リム、待ちなさい!」
「ちょっと見てくるニャー!」
リーダーのティーナの言うことも聞かずにダッシュして行くリム。この暑さの中で無駄に元気だなあ。俺は走る気力なんてねえぞ? 後でへばらなきゃいいが。
「ダメよ! 戻りなさい!」
「あかんよ! リム!」
リサやミネアも鋭い声で叫ぶが、リムは聞こえたのか聞こえていないのか、止まらない。
「…あんのバカ猫。仕方ない、私もフォローしてくるわ。一人でモンスターに囲まれるとマズいし」
リサが言うが、む、それが有ったな…。視界が割と広い場所だから油断してたが、砂に足が取られる分、移動速度が落ちるわけで……。
「ごめん、リサ」
そこはリーダーの役割だと思ったか、ティーナが謝る。
「飼い主はちゃんと責任持ちなさいよね」
などとリサが俺をチラッと見てから走って行くし。えー?
「いや! クロは俺の飼い猫だけど、あのバカは違うぞ!」
「どっちかというと、私の飼い猫よね、アレ」
ティーナが肩をすくめてリムをアレ呼ばわりする。そんな位置づけで良いのか、リムよ。
「まあ、エサはティーナがやってるようなもんだしなあ」
「ふ。それで言うと、みんなティーナのペット」
ミオが言う。確かに宿代を全部持ってもらったりしているので、正しいのだが、何となく卑猥な感じに聞こえる。
「ええ? みんなはちゃんとした仲間だから。違うわよ、もう」
「むっ! 何かあったようだぞ」
それまでのんびり荷台に寄りかかっていたレーネが素早く立ち上がる。
「ええ?」
向こうを見ると、リムがすり鉢状の砂丘の穴に落ちかけているようで、必死に四つん這いで駆け上がっている。
笑ってやろうかと思ったが、すり鉢の真ん中に巨大な昆虫のハサミが見えた。
うおっ、やばい。
「蟻地獄だ!」
正体が分かったのですぐに叫ぶ。
「助けるわよ!」
全員で駆け出す。
だが、まずいな。魔法チームのMPは枯渇している。この砂漠最大の難敵だと言うし、戦闘は避けたいのだが。
「リム、掴まって!」
リサがロープを投げてそれにリムが掴まった。ずり落ちは止めることが出来たが、小柄なリサの力ではリムをそこから引き上げられない。
「待ってて! 今行く!」
ティーナがそう言って全速力で走る。俺も全力で走ってるんだが、くっ、走りにくいなあ、もう。砂に足が取られる。ひい、ふう。
最初にリサのところまで辿り着いたティーナがロープを掴んだ。続いてレーネも辿り着く。
「よし、代わる。リサはボウガンでアイツを牽制してくれ」
レーネが指示する。確かに、すり鉢の中に降りて攻撃するのは危険だし、飛び道具が良い。
「分かった」
ティーナとレーネが、ロープを引っ張りリムを引き上げに掛かる。近づいてくるハサミに向かって、リサがボウガンを打つが、砂の下に隠れている本体には届かなかったようだ。
「ダメね」
「どうしようか?」
ロープを引っ張りつつ、ティーナが聞く。
「戦闘は避けましょう。わざわざ降りて戦う必要も無いし」
リサが言う。
「そうね」
そしてようやく俺も近くまで来た。足おっそ!
「はあ、はあ、ぜー、ぜー」
しかも苦しい。とりあえず、アナライズ。
蟻地獄 Lv 62 HP 24357/25478
【弱点】 炎、氷、水
【耐性】 風、雷
【状態】 飢え
【解説】
砂漠の狩人。
すり鉢状の巣を作り、そこでじっと獲物を待ち構える。
噛みつきと毒により攻撃。
後方にしか歩けない。
成虫に成長するとヘブンズ・ドラゴン・フライに変態する。
レベルの個体差が激しく、Lv20~65まで確認されている。
わあ、これ、まともに戦ったらダメな奴だ。
HP二万台って。
クレイゴーレムよりちょっと少ないけど、レベルが高い。
「ええ? こんなに強いの?」
「むっ!」
ティーナやリサも驚く。
「さすがにこれは、止めておいた方が良いだろうな」
レーネもやるつもりは無いらしい。
「ニャー、危なかったニャ」
張本人がようやく上がって、冷や汗を拭う。緊張感の無い奴。
「リム、後で反省会」
ティーナが言う。
「ニャ、申し訳ないニャ…」
「ねえ、本当にやらないの?」
エリカが不穏なことを言う。もちろん、蟻地獄の方だ。リムのお仕置きは必要だろうけどね。
「当たり前でしょ。私達が敵う相手じゃ無いわよ」
リサが言う。
「でも、弱点が水、それにデスの呪文を使えば…」
考え込むエリカ。危ないね。ちょっとやってみようかと俺も思っちゃったのが危ない。
「静寂になりて安息のまどろみに誘え、スリープ」
なので、エリカの後ろから眠りの呪文を、エリカに掛ける。
「あっ、何を、ユーイチ、クッ、覚えてなさ…」
エリカが考え事で集中していたので奇襲成功、抵抗失敗。崩れ落ちるエリカを抱きかかえ、支えてやる。
「ヘイ、一丁上がり」
「良い判断だと思うけど、後で知らないわよ」
「むむ」
そこはリーダーとしてなだめてくれよ、ティーナ。
「リム、負ぶって運んでくれ」
「はいニャ」
「じゃ、アイツの後ろに回らないよう、注意して離れましょう」
無事、ロドルの荷台のところまで戻ることが出来た。
エリカを起こすのは怖いので、そのまま荷台に乗せて引っ張らせる。
「ユーイチ、アレと戦うとして、どうやる?」
リサが頭の体操か、聞いてくる。
「そうだな。まず目潰しセットの呪文と、眠りの呪文は仕掛けてみて、それからスリップで足止め」
「効くかしら?」
「さあ。効かない気もするけど、そのまま来られたら死ぬし。後はアイスウォールやストーンウォールで足止めかなあ」
「止められる気がしないけど、止められたら?」
「ファイアウォールかウォーターウォールで、持続効果の呪文でダメージを稼ぐってところか。デスも試してみるだろうけど、向こうの方がレベル高いしな」
「ええ。で、それまで前衛が保てば、なんとかなるかしらね?」
「あれは無理だぞ。昆虫のデカいのはやったことがあるが、まともには止められん。しかも62とか、私が見た中では一番の強さだ。アレは逃げるしか無い」
いつもは強気のレーネも、まともに取り合わない。よっぽどだな。
「レーネが無理なら私も無理ね」
ティーナも匙を投げた感じ。
「あたしも無理ニャ」
「うちも無理やね」
リムとミネアも肩をすくめる。
「そ。じゃ、次に出くわしても逃げね」
リサが言う。
みんなも身の程は弁えているようで、そこは安心だ。あとは、後ろの要注意エルフか。
下手したらデスを唱えてくるし、チッ、どうやってコイツと戦おうかね。
俺はエリカとの戦闘を真剣にシミュレーションしながら、砂漠を歩いた。




