第八話 儀式
2016/3/15 誤字修正。
今日はクロの呪いを解いてもらう日だ。
五万ゴールド、日本円でおよそ一千万円という値段は高すぎると思うのだが、他にどうしようも無い。
宗教はやたら儲かりそうだ。
司祭になろうかな…。
「では、猫をここに」
五人の司祭が円陣を組み、その中心に白い座布団が敷かれている。
ここは神殿の広間で、今は午後九時。外はもう真っ暗だが、ここは明かりの呪文があるせいか、昼間と変わらないくらいに明るい。
俺たちの他には誰もいない。
がらんとした中、俺はクロを抱え上げて、座布団の上にのせてやる。クロは緊張したように前を向いて座った。
「よし、では、これより解呪の儀式を執り行う」
ドワーフの司祭が告げると、他の司祭達が両手を合わせ、祈りのポーズでなにやらぶつぶつと唱え始める。
「おお…」
五人の司祭が白い光に包まれる。クロも白い光に包まれようとしていたが、次の瞬間、バチッと黒い稲妻が走った。
「うおっ!?」
「きゃっ! な、なに?」
「ぬう! これほどとは」
「慌てるな。聖水を掛けるのじゃ」
司祭の一人が高級そうなガラス瓶を取りだして、クロに振りかける。
大丈夫か…?
クロが緑色の反吐を吐いたり、天井を逆さに這いずり回ったり、変なのに憑依されたりしないよね?
いかん、不安になって来た。
だが、中止させる訳にも行かないか。前金で払ってしまっているし、呪い状態を解かないとクロも都合が悪いはずだ。今までは平気であっても、怖い展開になりかねないし。
「我らが主よ、この者の呪いを払い給え」
頼みますよ、神様。
クロは良い子なんだから。
俺も必死で祈る。
バチッ!
「おおっ!」
また黒い稲妻がクロの周りをほとばしった。ドキッとするが、クロのHPは減ってない。大丈夫そうだ。でも心臓に悪い……。
「またしても失敗か。これは我らの手には負えないのではないかの?」
「バカな、長年修行を積んだ司祭が五人も集まったのだぞ? そんなはずは無い。三人でも充分のところだ」
「だが、事実、解呪に二度も失敗しておる。これは大司祭様にお願いするしか」
「ふーむ。だが、貴族ならともかく、猫一匹の呪いで、お手を煩わせるわけにも行くまい」
え? じゃあ、どうするんだよ、おい。
こっちは高い金を払ってんだぞ?
大司祭を出せ、大司祭を。
「仕方ないのう、使いたくは無かったが、御札を使うとするかの。先代の大司祭様のものじゃぞ」
「なんと、そんな良い物を持っているなら、さっさと使わぬか」
「うむ、先代であれば、なんとかなろうぞ」
今の大司祭様って出来が悪いのかね? ま、なんとかなりそうだから、口は挟むまい。
「では、今一度。むっ?」
「バカな…」
再び黒い稲妻が走り、御札の方は燃え尽きてしまった。
え?
失敗、なの?
「やれやれ、とんだことになってしもうたのう」
「ここは日を改めて」
「いや、大司祭様の御札でダメだったのじゃ、我らにはもうどうにも出来ん」
「しかし、弱ったの」
「このような事があろうとは…」
司祭達もショックだったのか、放心して話が進まない。
「じゃ、失敗したんだから、依頼の金は返してもらうわよ」
リサが言う。
「む、しかし、あれは喜捨であるからして…」
「呪いを解いてもらうための、でしょ? まだ言うなら、兵士の詰め所に詐欺として駆け込むわよ?」
「ぬう、分かった。貴族や王宮と揉めては事だ。ここは我らが実費を負担し、全額返すとしようではないか」
「あ、実費くらいなら…」
ティーナが支払う意思を示しかける。
「ダメよ! 司祭様がそう仰った以上、お心遣いを金で叩くような真似は、失礼だし」
リサが恭しく言うが、払いたくないだけだよね。
「いやいや、いくらでも叩いてもらって構わんぞ」
笑顔で揉み手になる司祭。
「この生臭坊主!」
結局、実費がどう言う名目でいくらかかったのかを詳しく聞き出したリサは、切り捨て千ゴールドに負けさせて、それで決着が付いた。
あの御札は貴重なのにと、未練がましく司祭が言っていたが、こちらも呪いが解けずに出費だけ迫られても困る。
帰り道、クロが凄くがっかりしていたので、俺のローブのフードに入れてやり、連れ帰った。
「どうしたものかしらね…」
「まだ位の高い大司祭とやらがいるのだろう? そこへ行ってみたらどうだ」
レーネが言うが、先代の御札でダメだったと言うのが引っかかる。
「うーん、王都か…」
ティーナはあのフィアンセに会いたくないようで、即答しない。
「トリスタンには奇跡を起こすという司祭がおるそうや。そっちに行ってみたらどうかな」
ミネアが言う。
「いいけど、またお金だけ取られても馬鹿らしいわよ? クロはぴんぴんしてるんだし、今すぐでなくてもいいんじゃないの?」
リサが反対する。
「ニッ!? ニー…」
クロはとんでもないと言いたげだが、強くは言い返せない様子。リサの言うとおり、急ぐ必要は無い様子だ。
「とにかく、一度、別の街に行って、他の司祭にも見てもらいましょう」
ティーナがそう提案し、他に良い案も出なかったので、それで決定となった。
翌日、朝食の時にリサが言う。
「聞いて回ってみたけど、ヌービアの街には、呪いの品に長けた凄腕の鑑定士がいるらしいわ。ひとまず、そこでクロの呪いがどう言うものか、見てもらったら良いと思ったんだけど」
お金の出費には厳しめだが、リサはリサなりにクロの心配をしてくれているようでありがたい。
「よし、じゃ、ヌービアに出発ね。すぐに準備を整えましょう」
ティーナが宣言し、俺たちは南西へ向けて出発した。
だが、ヌービアは結構遠かったりする。南西に有る街だと俺は思っていたのだが、リサの話では一つ離れた国の名であると言う。最低でも片道二週間は掛かるという話だ。まあ、俺たちには急いで行くような場所も無いので、特に反対の声は出なかった。一部、不満の声は出たけど、それは俺の声だったり。
だって、二週間も徒歩で旅するって大変だよ?
熟練度が溜まっているせいか、前ほどキツくは無いが、それでも、道中にどんなモンスターがいるかも分からない。盗賊だっているだろうしね。
できれば、俺はこの街でお留守番…と言う風にしたかったのだが。
「飼い主でしょ。きちんと責任、持ちなさいよ。誰のために行くと思ってるの」
と、リサに言われてしまっては、確かに、俺がワガママを言うのは感じが悪い。もちろん、猫の実を集めてみんなに配ったりと、クロの一件に関してはみんなに感謝の気持ちは示している。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
懸念していたが、モンスターの方は余裕だった。人数が増えているし、レベルも上がっているし、砂漠までは強い敵もいないという。
しかし、砂漠だ。
ヌービアの国の北西部は砂漠地帯になっており、その中心部には古代ヌービア王家の墓、ピラミッドがあると言う。まあ、ちらっと観光気分で見てみたいという思いもゼロでは無いのだが、第一、砂漠は暑いでしょ?
行きたくは無いなあ。
でも、クロのためだし。
コイツがいなかったら、俺の心は折れっぱなしだっただろうし、今でも、落ち込んでいる俺を優しく慰めてくれるのはコイツだけだ。
「あれがクリスタニアの関所ね」
ヌービアに行くためには、ミッドランドとは国境を接していないので、一度、南西のクリスタニアという国を少し通らねばならない。
平民以上は通行税さえ払えば問題無いそうだが、元世界で海外旅行など一度もしたことが無い俺はやはりちょっと緊張する。
「次の者!」
関所は、馬車が三台と二十人くらいの人が順番待ちをしていた。高さ二メートルの杭に板を打ち付けただけの国境だ。やろうと思えば、どこか迂回できそうだが、ま、捕まったらしゃれにならないので正規ルートで良いだろう。
「次!」
兵士が四人ほど手続きを行っていて、馬車の荷物などを確認している。
「早くしろよ」
と、レーネが結構大きな声で言うので、ドキドキする。
「止しなさい。揉めたら余計に時間が掛かるわよ」
リサが注意する。
そうだよ。
「ったく…。仕方ないな」
「まあ、焦らんでも、もうすぐうちらの番や」
ミネアがなだめる。
「あと、みんな、冒険者カード、すぐ出せるようにしといてな。その方が早いから」
「分かった」
ようやく、俺たちの番になった。ティーナが代表して身分を明かし、冒険者カードも見せる。
「ふむ、侯爵様の冒険者ですか。侯爵様は千ゴールド、騎士は二百、平民は百となります」
「じゃ、これで」
ティーナがまとめて払った。
「はい、確かに。では、お通り下さい」
おう、他の人間はフリーパスか。
「さすがは侯爵だな。でかした、ティーナ」
レーネが言うが、随分と偉そうだね。多分、本当に偉い人なんだろうけど。
「ええ? でもレーネも貴族じゃないの?」
「ふふ、私は貴族では無いぞ?」
「そう…」
「じゃ、偉そうにしてないで、護衛、きちんとやりなさいよ」
リサが言う。
「分かっている。というか、リサ、お前が一番偉そうではないか」
「そりゃ、このパーティーじゃ私の方が先輩で古参だもの、当然よ」
「ふん、背丈と胸は子供のくせに、口だけは達者だな」
「何ですって!」
「まあまあ、喧嘩せんでもええやん。同じパーティー、仲良う行こうな」
ミネアが上手くなだめてくれるので、今のところ、喧嘩らしい喧嘩は無い。
でも、この二人、いつの間にか馴染んじゃったな。まあいいけど。二人とも頼りになるし。
あれからアサシンは出てきてないし、まさか、隣国までアサシンギルドが出張してくることもないだろう。いや、有るのかな?
不安です。




