第六話 防具のアイディア
2016/11/22 若干修正。
くそう、昨日は重要な呪文の発見をしたのに、レーネのせいで邪魔をされてしまった。
おかげでサロン草アーマーを着込んでいるのに、まだ体中が痛い。
なぜ後衛の俺が、剣の稽古なんぞしなくてはいけないのか?
そこからして分からん。
まあいい、俺もバカでは無いので、今日は書き置きを宿に残し、朝食も取らず街中に一人で出かけている。
「いててて…まずは朝飯だな」
スプーンとフォークの看板を見つけたので、店の中に入る。
「らっしゃい! 何にするね?」
「スープとパン、あと、ソーセージとジャガイモで」
「あいよ! すぐ出来るから待ってな」
ドワーフの女将に注文して、料理が来るのを待つ。
まだ朝が早いためか、他の客はまばらだ。俺も眠い。
「はいよ、お待たせ」
皿に載った料理がやってきた。量が多いな。さっそく手を付ける。
「ふむ」
少し大味だが、ソーセージとジャガイモは旨い。ソーセージとジャガイモを一緒に煮て塩味を付けただけのシンプルな料理なのだが、燻製の香りが程良く染み渡っていてちょうど良い。
だが、パンは、固いんだよなあ。
日本の柔らか~いクロワッサンや食パンが懐かしすぎる。
この違いは、卵が入ってないのと、イースト菌だろうな。
イースト菌はどうやって探したもんかね。
…魔法で機能を代替するって手も有るな。
後でミオに相談してみよう。
食欲を満たして、レストランを出る。宿の部屋のベッドの上が一番心地良いのだが、今、レーネに捕まったら、筋肉痛が重なって酷いことになるのは目に見えているので、ぶらぶらと当てもなく街を歩く。
「あ、お兄ちゃん」
「おお、ミミか」
ミミはドワーフの鍛冶職人の娘だが、まだ九歳という年齢にも拘わらず、腕輪の装飾まで作る将来の有望株だ。
ヒゲは生えてないし、大丈夫、この世界のドワーフ女はヒゲ生えない。
「どこに行くの?」
ミミが問うてきたが、特にどこかへ行こうとしたわけじゃ無くて、逃避行なんだよね。鬼軍曹から。
「いや、ぶらついてるだけ」
「ええ? 冒険者って暇なんだね」
「いつもじゃないけどな」
俺としては魔法の開発やら色々を…あ、そうか。
「ミミはどこに行くの? また工房?」
「うん! おっとうのところだよ!」
「じゃ、一緒に行こうか? ちょっとお邪魔させてもらおうかな」
「あ、それが良いよ! 行こう行こう」
ふふ、ミミは俺たちに懐いてくれているし、父親のダルクも借金の肩代わりの件があるんだから、邪険にはすまい。
俺としては、お茶を飲むスペースさえ貸してくれれば、あとはどうでもいい。
「おっとう、ユーイチを連れてきたよ」
「おう、お前さんか。武具の調子はどうだ?」
「ああ、多分、問題ないですよ。あれのおかげで、デカいゴーレムも倒せましたし」
レーネの大剣が一番大きかった気はするが、リムのミスリルの斧だって役に立っている。
「ほう、そいつぁ良かった。じゃ、悪いな、今、ちょっと手が離せないんだ。ミミ、茶を用意してやれ」
「分かってるよ」
「忙しいときにすみません。お構いなく」
溶鉱炉がある部屋はうるさくてとても落ち着けないので、その奥の部屋へ向かう。
「じゃ、待ってて、お茶、入れてくるよ」
「ああ」
この部屋は、部品を組み上げたり、細工する部屋らしく、大きめの机の上には、仕上げ途中の盾が置いてあった。
綺麗な装飾が施されている。
材質はミスリルで、注文が入ったのだろう。商売が順調のようでこちらもほっとする。
「ふむ…これ、削ったのかな?」
だが、ミスリルのような硬い金属を削るのは困難なのではないだろうか?
もっと硬い金属が有ったりするのかな。後でミミにでも聞いてみるか。
「お待たせ!」
「ああ、悪いね」
「いいよ。うちはユーイチがいなけりゃ、工房、潰れてたかもしれないんだし」
まあ、それは確実だろう。あの世紀末ファッションの黒革鎧軍団に金を借りていたから、借金の形に工房を取られても文句は言えないはずだ。だが、それでも、ダルクの腕前は親方をやるほどなのだから、どこかの工房の手伝いとして雇われて働くという手も有ると思う。プライドは高そうだから、毎晩、てやんでえと言いつつ深酒しそうだけどね。
「いや、ダルクさんがなんとかしてたと思うぞ。それより、ミミ、ちょっと聞いてみたいんだけど、この装飾って彫り込んで作るのか?」
「ああ、うん、この辺は彫り込みだけど、この辺は型抜きだし、ここら辺はくっつけなの」
「くっつけ?」
「うん、まだ赤くてあっついのをくっつけて叩くと、冷えたときにはくっついてるんだよ」
「ああ、なるほどね」
色々、複雑な工程があるようだ。
「盾が欲しいの?」
「いやいや、うちは…そうだな、ミネアがひょっとしたら使うかもしれないが、まあ、それはいいんだ。腕輪、ありがとうな」
まだ腕にダメージを受けたことは一度も無いんだが、せっかくミミが作ってくれたんだから礼くらいは言っておきたい。
「えへへ、いいよ、そんなの。もうお礼は前に言ってもらったもん。じゃあ、鎧、うーん、ユーイチは魔法使いなんだよね?」
「まあそうだな。薬師か道具屋かニートになりたいんだが、鎧の分類で言えば、魔法使いだ」
「ニート?」
「気にするな。ヤバい職業だ」
「ああ。ダメだよ、そんなの」
「うん、そうだな」
「そのローブ、ちょっと見せてもらっても良い?」
「いいぞ? でも、その辺の服屋で買った木綿に、ちょっと薬を使って固くしてあるだけだ」
「ああ、ここ、肌触りが違うね。ごわごわしてる」
「うん。それで、ローブがどうかしたか?」
「うん、どうせなら、ミスリルのローブとかさあ」
「いや、無理だろ…」
「そうかなあ?」
「そんなのが有るのか?」
「無いよ」
「じゃあ無理だ」
「でも、ユーイチの防具、作ってあげたいよ」
「おお、ミミ、良い子だなあ」
「えへへ。だって、ユーイチが一番ひょろっとしてるから、すぐ死んじゃいそうだし」
「ああ、うん、そうだね…」
子供は正直だ。
「ミミ、針金が出来たぞ」
ダルクとは別のドワーフ職人が、巻いた針金を持って部屋に入ってきた。
「あ、うん、ありがとう」
それを受け取ったミミはいったん脇に置き、机の下の木箱から鉄板を取りだし、金槌と千枚通しで穴を開けていく。
お茶を飲みながらその作業を眺めていると、今度は鉄板を組み合わせ、先ほど受け取った針金を穴に通していく。
「ああ、それ、ブーツになるのか」
最初は何を作っているのか分からなかった。
「うん、そうだよ」
針金を適当な長さで切り、器用にペンチで曲げて結んでいく。
「これ、針金もミスリルだよな?」
「うん、そうだよ。すぐに錆びちゃう鉄なんて使ったら、粗悪品だよ!」
「ああ、そうか。それにしても、ふうん、ミスリルでも細いと柔らかいんだな」
「あ」
「む」
俺もミミも、これでローブを編み上げたらどうなるのかと思ってしまった。
「ちょっと、おっとうに聞いてくる!」
さて、どうなるか。
結果は、やってやれないことは無いが、それだとチェインメイルの分類になるという。そう言えば、お腹に魔力の流れが作れないと、魔法が使いにくくなるから、魔法使いに鎧は装備できないんだった。
「残念~。良いアイディアだと思ったのになあ」
「まあ、そうしてチェインメイルが出来て行ったんだから、もしもミミがその時代にいたら、天才の発明家って言われただろうよ」
「ええ? まあ、最初に作った人は凄いね!」
「そうだな。ま、細い針金を編み込むよりは、板にした方が防御力は高いし、手間が掛かりすぎるから、普通はやらないよなあ」
「ああ、そうだね。じゃ、なんでユーイチは板の、ああ、魔法が使えなくなるのか」
「そうそう。お腹と背中のラインは開いてた方が良いんだ」
「でも、そこは急所だからね。普通はカバーしないといけないんだよ」
コレで九歳児か。恐るべしドワーフ。
「まあ、突きを出されたり、縦に切られたら…お? じゃあ、ワイヤーにしてローブに通してみたら、防刃くらいにはなるのか?」
「あ! おっとうに聞いてくる!」
「いいけど、あんまり仕事の邪魔はするなよ。ああ、行っちゃった」
ともあれ、疑問点を即座に聞きに行く行動力は見習わないとな。
「面白えこと、思いつきやがったな!」
ダルクがやってきた。ふむ、この感じだと、行けそうなのか。
「おし、じゃあ、もう少し太い針金で、心臓のところは胸当ての小さいのでもいいんじゃねえか?」
「うーん、まあ、それで魔法が使えたら、ですけどね」
「物は試しだ。よし、じゃ、太い針金を作ってくるから、ちょっと待ってろ」
待つ間、俺はミスリルの板を胸の前に当てて、呪文が使いこなせるかどうか、色々試してみた。
結果、心臓の上の狭い範囲だけなら、呪文の阻害にならないことが分かった。ただ、これは個人差もあるそうで、新型ローブを大々的に売り出すところまでは行かず、何着か試作品を作って魔術士に勧めて試してもらうという話になった。
「出来たー」
早いな。まあ、ローブの間に針金を通すだけの加工だし、そんなもんか。
「じゃあ、さっそく」
ローブを着込んで、明かりの呪文を唱えてみる。
「お、普通に行けた」
「やった!」
「もし、調整が必要なら、いつでも持って来やがれ。それくらいのもんなら、すぐ直せるぜ」
「どうも。ええと、じゃあ、お代はいくらくらいに…」
それを聞いたミミとダルクが顔を見合わせて、にやあと笑う。
え? 何そのあくどそうな笑い。
「しめて二十万ゴールドだ」
「高っ! 無理です、払えません」
ミスリル製品の値段の高さ、忘れてたわ。
「はは、冗談だ。借金を立て替えてもらってるしな。そいつはその形に持ってけ」
「ええ? でも、アレはティーナの」
「いいって事よ。ティーナによろしくな」
「はあ。一応、話してきます」
今更、俺のローブを元に戻してくれとも言えないし、話は通しておいた方がいいだろう。
宿屋に戻ると、運悪くレーネに捕まってしまい、素振りをやらされてしまった。
夕食の直前、ようやくティーナに事情が話せたが。
「腕が、上がらん…」
「ええ? そんなに振り込んでないでしょ? あの時間なら、三百とか四百くらいでしょう」
「いや、それで俺には充分、致命傷だから」
「死んでないし。それより、そう言う話なら、うちはミオとエリカもいるんだし、二人分のローブ、正式に発注してみたらどうかな? 試作品を使う別の魔術士も要るんでしょう?」
「そうだな」
それなら、きちんとダルクの儲けになるし、試作品の評価も早いだろう。
ミオとエリカも、ティーナが金を払うなら文句は無いとのことで、俺たちのパーティーは、防刃ワイヤー入りの新型ローブを手にすることになった。




