第二話 強敵
2016/11/22 若干修正。
次の階層へ向かって階段を上り切ると、そこにモンスターの姿は無く、代わりに黄金色の宝箱と、大量の金貨が有った。
「んん? 敵はいないのか?」
中央で敵を探して見回すレーネ。
これがダンジョンだったなら、みんな諸手を挙げてウハウハ状態なのだろうが、試練の塔だものね。
お金をプレゼントして仲間割れでも誘う? それも何か違うだろう。
「何か妙ね…」
ティーナを初めとして、全員がそう感じた様子。
探知の呪文を唱え、罠を探すが、引っかからなかった。
「俺の探知の呪文では、罠の類いは無さそうなんだけど」
「ふうん? なら、誰かが倒して、敵を補充していなかったと言うところか?」
ここが試練のラストの場所なら、そう言うこともあるのだろうか?
分からないのでレーネの問いかけには誰も答えない。
「まあいいわ。私が周囲を警戒してるから、ミネア、あなたがお宝を調べて」
「分かった」
リサが指示してミネアが宝箱に向かう。
「これだけの金貨が有れば、相当な金持ちになれそうだな。本物ならば、だが」
レーネがそう言って剣を背中の鞘に収め、床にあぶれている金貨を拾おうとしたその時。
「むっ!」
「あかん! これ全部、モンスターや!」
金貨が一斉に跳ねた。
くっ、ああ…。
宝箱や金貨がモンスターだったというゲームは何度もやってたのに、それを指摘できず、あまつさえ、罠が無いなんて言ってしまうとは。
慌てつつも俺はステータスの呪文を唱え、敵の弱点を分析しようとした。
ホッピングコインの群れ Lv 20 HP 10/10
【弱点】 特に無し
【解説】
冒険者をがっかりさせるモンスター。
触るまでは金貨と見分けが付かず、
完全に擬態している。
触った途端に一斉に飛び跳ねて攻撃してくる。
一体一体は弱いが、常に群れで行動するため、
その的の小ささと相まって
呪文の使えぬ者には脅威となる。
「弱点無し! 弱いけど大量だからここは呪文で範囲攻撃を―――」
そう言ったところでレーネに遮られた。
「待て、手を出すなと言っただろう。私がやるぞ!」
いや、無茶だって、この数。軽く千は超えてるだろう。
「はああっ!」
豪快に大剣を横に振り回すレーネ。その大剣の刃に当たったモンスターが真っ二つになって床に落ちると、すぐさま白い煙となって消え去った。
だが、大量のコインは次々と飛び跳ねてレーネの体にぶつかっている。そのほとんどはダメージをレーネに与えられないようで、与えたとしても1ポイントとか。
弱っ。
動き出したときは焦ったが、これならすぐにやられることは無いだろう。
一応、レーネのステータスには注意を払っておく。
レーネ Lv 41 HP 454/459
五秒に一ポイントのダメージってところかな。
他のみんなも警戒はしているが、観戦モードに入った。
「ええい! ちょこまかと」
かなりのスピードで大剣を水平に振り回すレーネだが、一振りで10枚くらいやっつけてるのかな。
ちょっと多すぎて、数は分からん。だが、周りを飛び跳ねている金貨も大量で、これは時間が掛かるだろう。
「はぁあああっ! 虚空斬!」
ふおっ!?
なんかやったぞ。
効果範囲は狭いが、前側一直線に金貨が弾き飛んだ。
「ええ? 凄い…」
ティーナも信じがたいと言うような声を出したので、相当な技なのだろう。
衝撃波を前方に飛ばしたようだが、音速でも出してるのかね。それともオーラの類いだろうか。
と、レーネが今度は構えを解いて、自然体で立った。
次はどんな凄い技を出してくるのだろう?
「やめた! これでは切りが無い。任せたぞ、魔術士共」
あらら。
「フン。だっさ」
小馬鹿にしつつも、エリカが杖を構える。電撃だろう。ひとつ様子見して、ダメージの入り方を見てみるか。
「雨よ凍れ、風よ上がれ、雷獣の咆哮をもって天の裁きを示さん! 貫け! ライトニング!」
青い稲妻がコインを巻き込みつつほとばしったが、いつも通りという感じ。直径は一メートルで普段よりは範囲を広げたようだが、全体の十分の一も狩れていない。
魔術士は(クロも数に入れると)三人いるから、一人四発も唱えればクリアできそうだが、ここは最初からウォールの範囲魔法がいいだろう。
ファイアウォールを範囲全開にして唱え、レーネの右側にいるコインを全滅させた。
「なんなら私も巻き込んで構わんぞ」
コインはレーネがそこから動いてしまうと、付いてくると思われるので、彼女も一歩も動いていない。
とは言え、いくら一撃で死なないと分かっていても、炎の呪文を味方に浴びせるのは抵抗感がある。
クロもレーネの左側をファイアウォールで攻撃。
「ふふ、じゃ、お望み通りにしてあげる」
エリカが遠慮無しにファイアウォールをレーネ中心に掛けた。さすがに、熱いのだろう、レーネも渋い顔になったが、HPはまだ30程度しか減ってない。じわじわと減り続けているから、ずっと立っているとダメージが累積するけど。
「もういいわ。後は手分けして片付けましょう」
ティーナがそう言って、はぐれているコインを突き刺して回る。
人数も多いので、全滅させるのにそれほど時間は掛からなかった。俺は杖の物理攻撃に切り替えた途端、一枚のコインも当てられなかったが。
…いいんだ。すでにファイアウォールで仕事はしたし。
しかし、ティーナとかミネアとか、よくあんな正確に小さな的に当てられるよな。
リムも大振りで効率は悪かったが、それでも器用に当てていた。
クロも猫パンチで攻撃していたが、ほとんど当たらず、さらに鼻の頭にクリティカルを浴びてHPが5も減ったので、止めさせた。
猫にも運動神経の鈍い奴はいるんだな。
ちょっとほっこりした。
「これで、終わったかしら?」
ティーナが周りを確認するが、コインは見当たらない。
「みたいね。ったく」
リサもクリアを確認し、うんざりした様子。
レーネに薬草を渡して食べさせたが、久々にコレを食ったと笑っていた。普段は高級ポーションの人なんだろうなあ。
「じゃ、次も気を抜かないで行くわよ」
リサがそう言って皆を引き締め、先頭で階段を上がる。
「むう、こいつは…」
俺は敵を見るなり唸る。
「どうやら、ゴーレムのようだな」
レーネが言う。
階段を上がると、身長三メートルはあろうかという灰色の粘土人形が中央に立っていた。まだ動いてはいない。部屋の造りはやはり下と同じだ。
「石じゃないよな?」
まずそれを皆に確認する。ストーンゴーレムだと、ヤバすぎだ。
「安心しろ。ただのゴーレムだ。やり合ったことが何度かある。だが、コイツは少し大きい。痛みも感じず、胸をえぐられようが、腕が折れようが攻撃してくるから強いぞ」
ああ…レーネさんから強いぞ宣言を頂いてしまいました。
「じゃ、帰ろう」
「バカを言うな。私一人では苦戦するかもしれん。全員でやるぞ」
「えー…」
レベル40超えの人で苦戦するような敵と戦えとか…。
「大丈夫だ。コイツは動きが遅いから、早めに離れれば攻撃を受けることも無いだろう。前衛はコイツの攻撃をまともに食らわないようにしろ。力はあるからな」
「私達でも勝てるのね?」
リサが確認する。
「ああ、全員でやれば問題ない。前衛が二人に魔術士と回復役がいれば充分だ」
レーネがそう言うので。
「うちのパーティーにはクレリックがいません! ああ、残念だ。本当に残念ですが回復役がいないんじゃあ、しょうが無い」
「薬師がいるだろ」
「ど、どこに?」
「お前だろ」
「「アンタでしょ」」
「あなたよね」
「ユーイチニャ」
「あれ? ユーイチよね?」
「ニー」
一斉に。
くっ…、薬師を気取らなければ良かった。しかも俺、まだ見習い程度なんですが。正式でも無いし…
なんとか、入念な準備が必要だからと言って時間稼ぎはできたが、戦わないという選択はできないようだ。
なら、ダメージを受けないでゴーレムを倒す方法、きちんと考えておかないと。
ゴーレムを見る。
シンプルな形状で、円柱と立方体を組み合わせてできた人間の人形というところ。顔は申し訳程度に尖った鼻と閉じた目が彫り込まれているが、特に特徴は無い。
どうせなら近未来的なフォルムで格好良いゴーレムを見たいんだが、召喚術か土魔法を鍛えて、将来、自作してみようかな。
「おい、まだか」
んもう、急かさないで。こんなおっきなのは初めてなんだから、心の準備ってものがあるでしょ?
とは言え、イラつかせてミスが出てもマズいので、バリアなど必要な呪文を唱え、防御力アップのポーションも全員に飲ませた。
「よし、行くぞ!」
そう言って、レーネがゴーレムに大上段で斬りかかる。
うお、動き出した…。
だが、ノロい。粘土人形はスロー再生のようにゆっくりと右足を上げ、左足を上げ、振りかぶって、パンチを繰り出すが、振りかぶった時点ですでに前衛はそこの正面から離れ、横から斬り込んでいる。
「ニャハハ、こいつトロいニャー」
「リム! 油断はするな。腕に潰されるだけで死ぬぞ」
レーネが真顔で注意する。いつもの余裕の笑みは無い。
「ニャ、分かってるニャ」
気がそがれたようだが、リムも笑みが消えたので大丈夫だろう。
その間に、俺は二回目のステータスをゴーレムに掛ける。やはりダメか。抵抗された感じでは無いので、無効化されたようだ。俺よりもレベルがかなり上のはずだから、仕方ない。
HPは確実に四桁以上有ると思っていた方が良い。
「くっ、それなりに硬い」
攻撃の後、渋い顔をしているティーナの細剣では、武器のタイプ的にかなり不利になるだろう。この手の奴には、ハンマー系が一番有効だが、それに近いのはリムだけだ。
ティーナのレイピアでは横薙ぎに斬りつけても、細い傷が付くだけで、ほとんどダメージになっていない感じ。
「無理するなよ、ティーナ」
テクニックでカバーするのは当然としても、相手がノロいだけに、ギリギリの攻撃を狙いだすと余裕が無くなる。
「分かってる。大丈夫よ、ユーイチ」
俺に返事をするだけの余裕はあるようで、ティーナは心配要らないようだ。
「むう、電撃、効いてるのかしら?」
二発、雷の呪文を唱えたエリカが懸念しているが、それなら種類を変えて攻撃しろよと。
クロがファイアとアイスの呪文を唱えたので、俺は地で行くことにする。
「岩よ落ちよ、大地の精霊の怒りと知れ、ロックフォール!」
前衛のタイミングが狂っても怖いので、きちんと声に出して詠唱。
避けられる心配は無いので、可能な限り重く大きな岩を天井に近い位置から落とす。呪文のカスタマイズの限界よりやや下を狙う。無限に唱えられるわけでは無いので、不発は出したくない。
「くっ、これは長引きそうや」
前衛の一角、ゴーレムの右を取ったミネアが言う。後ろはリム、左はティーナ、正面はレーネだ。ゴーレムが振りかぶったら、その位置にいる者が下がったり横に移動する。
「落ち着いてダメージを与えていけば、倒せるから、じっくり行くわよ」
リサがゴーレムの顔にボウガンを食らわせつつ、言う。すでにゴーレムの右目にボウガンの矢が刺さっているが、ゴーレムは全く気にした様子でも無く、前は見えている感じ。横線が彫り込んであるだけで、目玉も無さそうだしね。
風魔法も使い、これで精神系や幻影系を除いて、全ての属性を当てたことになるが、特に弱点は無さそうだ。幻影はともかく、ナイトメアの呪文なんて、効きそうに無いし、唱えるつもりは無い。
あとは、これか。
「四大精霊がサラマンダーの御名の下に、我がマナの供物をもって炎の壁となれ、ファイアウォール!」
ゴーレムの真下の床に一メートル四方の炎の壁を作る。炎の壁はすぐには消えないし、このゴーレムは移動にかなり時間が掛かるので、それまで継続のダメージが行くはずだ。ゴーレムは嫌がったりもしていないが、炎を無効化しているようには見えない。
「はあああ! 岩砕き!」
大上段から真下に振り下ろしたレーネの技が決まる。渾身の力を込め、ゴーレムの胸のえぐれ方から見ると、今までで一番のダメージが行ったはずだ。
「連発、連発」
ゴーレムは動きが遅いし、大技があるんならここは出し惜しみして欲しくない。
「無茶言うな。この技は疲れるし、隙も大きい。ゴーレムが攻撃し終わった後で無いと危なくて使えん。それに、溜がいるから連発も無理だ」
疲れが出るなら、無理に出せとも言えないか。
「なら、私も、三連突き!」
ティーナも技を繰り出すが、通常攻撃の三倍くらいにしかならないだろう。速度とヒット数を重視した技に見えるし。
「くっ、これだけ? もっと他に…む」
渋い顔のティーナが何か思いついたようだが。
「私の真似をするのは止めておけ。実戦で付け焼き刃の技を使うのは危険だぞ」
レーネがティーナの意図を見抜いたように言う。ま、さっきのレーネの岩砕きの技の方が有効そうだしね。名前からして。
「むぅ、じゃ、後で教えてくれる?」
「もちろんだ。ユーイチもな!」
「い、いや、俺は剣士違うし。なぜ俺を巻き込む…」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
………。
レーネが最初の岩砕きの技を見せてから、すでに二時間が経過している。
まだ、戦闘中だ。
とっくに魔術士チームの魔力は尽き果て、前衛四人とリサが頑張っている。
前衛チームは全員、肩で息をしており、もう限界だと思うが、まだやる気らしい。
ゴーレムから逃げるのは容易なので、それでかえって決心が付かないか。
いや、しかしね。
俺の計算上では、すでに二万ポイントのHPダメージを与えているのだが、どうなってんの、コイツ。
やはり自動回復しているのだろうか?
そうなると、一ターンに一定以上のダメージを与えないと、永遠に倒せないことになる。
だが、ゴーレムはもうボロボロになっていて、右腕は床に落ちている。
これで自動回復しているようには見えない。
ノロいし、攻撃パターンはもう見切っているし、逃げられる状況なので恐怖感は無いのだが。
ダメージがきちんと入っているのか、コイツのHPはいくらなのか、ひょっとしてなにかイベントをこなさないと無敵なのか?
などと、色々考えてしまう。
「ごめん、少し抜ける」
「ああ、行ってこい」
ティーナが包囲を崩してリサと交代し、こちらにやってくる。俺は持っていた水筒を用意して渡す。
あまりにも長時間の戦闘のため、水を補給したり、休憩して息を整えないと持たないのだ。
ティーナは受け取った水筒を一気に呷る。
「んくっ、んくっ、んくっ、ぷはっ。ふう、生き返った」
口を拭って、すぐに戻ろうとするので引き留める。
「もう少し休め」
「でも」
「話もある。そろそろみんな限界だろう。死人が出る前に、撤退の決断を」
「むぅ、まだやれるわ。そうよね!」
ティーナがゴーレムとやり合っている前衛チームに問う。
「当たり前だ! そいつの言うことなんか聞くな」
リーダーが止めにしようと言えば、レーネはともかく他のみんなは従ってくれると思ったんだが、仕方ない。
俺の撤退具申ももう何度目やら。
仕方ないね。
さて、俺も休憩してMPが少しだけ回復したので、参加するか。
とにかく、突破口が欲しいところだが。
今のところ、ゴーレムのダメージは右腕が一番大きく、切断されたままだ。次が胴体。頭も目が見えなくなるくらいにリサの矢とロックフォールの呪文で削った。そして左足。ミネアが集中して狙っていたので、今、前衛チームの方針として足の切断を狙っている。片足となればこのゴーレムは立っていられないだろうし、タコ殴りできる。
ただ、上から岩を落とすだけのロックフォールでは足は狙えないので、俺は頭を狙う。
「岩よ落ちよ、大地の精霊の怒りと知れ、ロックフォール!」
五十センチ、一抱えはある円錐の岩が尖った方を下にして落ちる。形状はこの戦闘中にも色々変えて試したのだが、当たる部分の面積が小さい方が破壊力が出る感じだったので、この形になっている。
「むっ!?」
岩が当たった後、ゴーレムの動きがぴたっと止まった。
「待て、攻撃するな」
レーネが指示を出し、全員、攻撃もストップ。様子を見る。
だが、ゴーレムは動かない。
「停止した? あっ!」
灰色の煙を出し、ゴーレムが一瞬で消えた。




