第十五話 追う者と追われる者
2016/11/22 若干修正。
炭鉱町ラジールを後にした俺たちは、鋼の賢者と呼ばれる魔導師に会うため、南に向かっていた。
「くっ、ムーンベア、1! ブラック・コヨーテ、3!」
リサが現れた敵を素早く識別して数を叫ぶ。初見では無いし、俺のステータス呪文でこの二種類のモンスターの強さは分かっているのだが、それでも面倒な組み合わせだ。体力があってしぶといムーンベアと、それほど強くないが仲間を呼んでくるブラック・コヨーテ。
「ムーンベアは牽制だけして、先に犬共を全滅させるぞ!」
みんなに向かって言う。
「了解!」
反対意見も出なかった。
向かってきた足の速いコヨーテを、ティーナとリムがカウンターで一撃。仕留める。こちらに回り込んできたもう一匹のコヨーテをリサがボウガンで動きを止め、そこに俺のアイスアローを浴びせて、これも仕留めた。
コヨーテの姿が他に無いことを確認し、俺が指示する。
「よしっ! あとは熊!」
エリカとクロが電撃を唱えて、ムーンベアを攻撃。
「ガアア!」
「せいっ!」
「ふんっニャ!」
ティーナとリムがそれぞれ一撃をムーンベアに入れるが、まだ倒れない。HP200だもんなあ。
俺とエリカがさらに電撃を唱えて、ようやく仕留めた。
「また毛皮が出たけど、どうしようか?」
ティーナが聞く。
「ムーンベアのだけ拾って、後は捨てるわよ。邪魔だし」
リサが嫌そうに言う。
「そうね。それにしても、この辺、妙にモンスターが多いわねえ」
「街から離れているし、トレイダーに近いからでしょ。ったく、ろくな国じゃないんだから」
リサがそう言ったが、ふむ、トレイダー国には近づくまい。
「ほら、リム、薬草」
ムーンベアに軽く引っかかれて腕に怪我をしているリムに、俺はアロエ草とヨモギ草を渡す。リムも使い方はもう知っている。
「ありがとニャ」
「悪いな、俺が南へ行こうって言ったから」
こんなにモンスターが多い区域だとは知らなかった。ただ、やっぱり魔法は教えて欲しいし…。
「ええ? それは気にしなくていいの。みんなで賛成したんだし、ね」
ティーナがそう言ってくれる。
「そうニャ。モンスターは鬱陶しいけど、そんなに強くないニャ」
リムも頷く。
「まあ、私も魔導師には会っておきたいし、別にアンタだけのためじゃないんだから」
エリカがそう言ったが、惜しいな、顔を赤らめて、アンタのためじゃないんだからね! と言ってくれれば、萌えそうな気がしてきた。
「ニー」
クロの頭も撫でてやる。気持ちよさそうに目を閉じるクロ。
「ああ」
「じゃ、魔術チームはあまり魔法は使わないようにして。野宿の時も、襲われると思っていた方が良いわ」
リサが言う。魔法を使えるのは、俺とエリカとクロ。しかし、野宿も気が抜けないとは…。
「あー。帰りたくなってきた」
「誰のために来てると思ってんのよ」
「うう」
「む。誰か来るわ」
リサがそう言ったので、道の先を見ると、二人の若い女がこちらに向かって走ってくるのが見えた。白髪で青いマントをはためかす戦士風と、茶髪の盗賊風の子。二人とも後ろを気にしている様子。
その後ろには黒いローブを纏った男達。だが、彼らは魔術士では無く、手にはダガーやボウガンを持っている。
「追われてるみたいね」
ティーナの言うとおりだろう。
「どうする?」
リサが問う。
ふっ、迷うことは無い。
「女に付く」
俺はキリッとした笑顔で親指を立てて答える。
「ムカつくわね。まあ、それでいいでしょう。多勢に無勢、それに追っているのは多分、アサシンよ」
リサが不吉な言葉を口にした。
アサシン。
暗殺者。
しかも集団で。
「え…見なかったことにして、逃げるという選択肢は…」
「ニャ、ユーイチ、さっきと言ってることが違うニャ」
「バカでスケベで変態なんだから仕方ないでしょ」
エリカ、何てことを言うんだ。
「おい、変態は撤回しろ」
「フン、じゃ、バカでスケベなのは認めるわけね?」
それも困るんだが。たまにバカっぽいことをやるし、根はスケベだけど、いつもじゃ有りません!
「アホなやりとりやってないで、やり合うつもりなら、さっさと準備しなさい! それと、手加減は無しよ」
リサが言う。殺せと言うことだ。
「むう…」
アサシンに敵対して、一人でも討ち漏らせば、次に命を狙われるのは俺たちの方だろう。
この世界ではそう言うこともあるだろうと考えていたが、
まさか、こんな早く、そこまでの決断を迫られるとは思っていなかった。
俺の生存は最優先事項からすると、関わらないのが最善なのだが。
「ううん、とにかく見過ごせないわ。事情くらいは聞いてみましょう」
ティーナが甘い事を言うが、そんな余裕は無いと思われ。
だが、これで選択肢ははっきりした。ティーナが見過ごせないと言った以上、あのアサシンとはやり合う事になる。多分、厄介な毒を使ってくるだろうから、それを使ってくる前に仕留めなければならない。
そうしなければ、パーティーの誰かが死ぬ。
まずはステータス呪文。逃げてくる二人と少し距離があるので成功するかどうか自信が無かったが、HP表示を出す。
レーネ Lv 41 HP 459
ミネア Lv 32 HP 245
成功したけど、おおう? この二人、かなり強くね?
ミネアの方が少しHPの成長率が悪いが、盗賊系なら、戦士と魔術士の中間くらいだろうし、良い方だろう。リサが同じレベルになったとしても、ミネアよりはHPが低くなりそうな気がする。
レーネの方は、リムと争える感じのHP成長率だ。俺の四倍以上って羨ましい。レベルもザックほどでは無いが高い。
ぬう…。
その二人が逃げなければマズい相手なんて。
だが、ティーナはすでに剣を抜いて前に走っている。二人のHPはもうティーナにも見えたはずだが、方針に変更は無いようだ。
「チッ、厄介そうね。いざとなったら、逃げるわよ?」
舌打ちしたリサは俺を見て言った。状況如何によっては、煙玉を使い、俺にノイズの呪文でさらに攪乱しろという事だろう。頷く。
「雨よ凍れ、風よ上がれ、雷獣の咆哮をもって天の裁きを示さん! 貫け! ライトニング!」
わあ。まだ早いと思います、エリカさん。
どうせなら、二人とアサシンから事情説明を簡単にでも聞いて、不意を突く形でアサシンを攻撃するのがベストだったんだが、まあいいや。
これで、追われている二人には、俺たちが手助けすると分かっただろう。
「ふっ! 恩に着るぞ、魔術士!」
ニヤッと笑った白髪のレーネは、そこで体を反転させ、持っていた大剣を振るい、真後ろに近づいていたアサシンを一撃で切り捨てた。
一撃…。
「おおきに! 敵は毒を使うから、食らわんようにしてな。はっ!」
そう言って、こちらに撃たれたボウガンの矢をショートソードで叩き落とす茶髪のミネア。
凄いな。矢を見切ってるよ。
んー、助けって、本当にいるのかしらん?
おっと、考えてる場合じゃ無かった。
バリアとコンセントレーターの呪文を全員に唱え、防御と命中を上げておく。
アサシンは十数人。こういうときは、貫通ではなく、大爆発の呪文が欲しいところだ。
次から次へと欲しい呪文が出てくるが、また開発すれば良い。
何の呪文を使おうか? 無難に電撃で行こうかなーと考えていると、バリアが何かを弾き、何かがキラッと光った。
今の、何だろう?
よく見えなかった。
俺の方を見たアサシンが咳をするように口元に手をやるが……。
またキラッと目の前で細いモノが光った。針だ!
「のわっ、気を付けろ! あいつら吹き矢を持ってるぞ!」
慌てて俺の前にアイスウォールで防御壁を作り、その後ろにしゃがんで隠れる。あの針が刺さったらスゲェヤバい気がする。毒消しは百枚近くあるけどね…。
「もう、面倒なんだから!」
エリカが手数を防御に取られて苛立ちつつも、俺と同じようにアイスウォールを手前に立てる。
「せいっ! 事情を聞きたいんだけど、くっ!」
ティーナが説明を求めるが、もう先に攻撃してしまったからかアサシンは無言で漆黒のダガーを斬りつけてくる。
「事情は簡単だ! 私らがこいつらから命がけで逃げている、それだけだ」
レーネが言うが、どうしてそうなったかが知りたいのであって。まあ、今は話すつもりは無いと言うことなのだろう。
となると、レーネ達が正義とは限らないわけで、しくったかも…。
「ニャ! こいつら、すばしっこいニャ。つっ!」
むお!?
リムのステータスが紫になったし。しかも、やべえ、減り方がぎゅーんと半端ない。猛毒か?
間に合わないぞ!
「これで! 自分、下がっててや」
ミネアが紫色のポーションを振りかけ、ステータスが元に戻った。毒消しだ。
「ニャ、助かったニャ。ムー」
「下がりなさい、リム。この二人だけで充分よ」
リサが言うが、確かに、前衛はレーネとミネアだけでも行けそうだ。
「分かったニャ」
リムが面白く無さそうな顔をしつつも、後退する。
俺はアサシン全員の動きを見て、背後から飛び道具を使おうとする奴に、電撃の呪文をぶち込む。
「よし、いいぞ、その調子だ。後は私に任せろ!」
レーネが大剣を軽々と扱い、俊敏に動き回って大きく踏み込み、ダガーで受け止めようとするアサシンを豪快に叩き斬る。
残り、九人か。
まだ多い。
俺はトドメを刺すことよりも、敵に自由にやらせない事を優先し、敵後衛を攻撃し続けることにした。
「あと、八!」
レーネが斬り捨ててカウントする。
「七や!」
ミネアも弱ったアサシンを斬り捨て、カウント。優しそうな顔して、結構ドライな人ね。
「くっ! ああ、六!」
ティーナが斬りかかってきたアサシンをカウンターで倒し、少し動揺しながらカウント。
うん、君は悪くない。後でフォローしておこう。どうせ人をやっちまったのは初めてだろうし。
「四よ!」
エリカ嬢は人族に容赦ないっすね…。
「むっ、いかん。逃がすなよ!」
レーネがそう叫んだが、アサシンが一人を残して、きびすを返した。
逃げるつもりか。
一番遠いアサシンに向けて、電撃を放つ。倒れた。
あーあ、やっちゃったよ…。
ま、考えるのは後だ。
「クロ、何してるの、早く撃って。あいつらが逃げるでしょ!」
エリカが言うが。
「ニッ、ニー…」
「魔力温存だ。休んでろ、クロ」
「ニー…」
ま、お前は心優しい猫だからな。それでいい。
代わりに俺がまた電撃を使い、最後の一人を仕留めた。
「終わったな」
大剣を肩に担いで言うレーネ。鎧を着込んでいるので、自分を傷つけるお間抜けな心配は無い。
「確認するから、ちょっと待ってな。まだ油断せえへん方がええよ」
ミネアがそう言って、アサシンの死体を一つ一つ確認して回る。用心深いな。
俺も探知の呪文を使い、そこに生存者がいないことを確認した。
「問題ないぞ」
言う。
「だそうだ」
レーネが大剣を背中の鞘に収める。鞘もなんだか格好良いし、業物に違いない。
「ええ、こっちも確認し終わった。ほんま、おおきに。うちの名前はミネア。で、そっちが」
ミネアは茶髪のショートカットに、茶色の瞳の穏やかな感じの子。装備は革鎧とショートソード。
胸は普通。
普通に可愛い。好みです…。
「レーネだ。すまないが、誰か水を持っていたら、分けてくれないか?」
レーネは無造作に伸ばした長めの白髪に、白銀の瞳。目は鋭く、武骨な言葉遣いではあるが、装備が良いせいか、高貴な印象。
かなりグラマー。ティーナより上っぽい。
見つめられるとドキッとする美少女だ…。
「ああ、ええ。どうぞ」
ティーナが腰の水筒を渡す。
「ほう、上等な水筒だな」
レーネが少し感心してから、呷る。
「ふう、生き返る。この水は後で返すぞ」
「別にそれはいいけど。それより、事情、話して欲しいんだけど」
ティーナが話を向ける。レーネがミネアをちらりと見た。
「うちが、アサシンギルドの賞金首になっててな。それで追われてるんよ」
儚げな笑みを浮かべるミネア。何て不幸な。
「それ、普通の賞金首ではなくて?」
リサが失礼なことを聞く。
「ううん、違うよ。冒険者ギルドの指名手配やないから、そこは誤解せんといて。うちの手配書、見た事無いやろ?」
ニコッと笑うミネア。うん、こんな可愛い子の手配書は無かった。そこは俺が断言できる。
「じゃあ、アサシンギルドに依頼した相手に心当たりは?」
ティーナが聞く。
「それは…」
言い淀むミネア。
「そんなの、お前らに何か関係あるのか? 金を積まれたからアサシンギルドが動いた、それだけのことだ」
レーネが言うが、まあ、通りすがりの俺たちが根掘り葉掘り問いただすことでも無いか。
おそらく酷い目に遭ったんだろうし、心の傷をえぐるのも気が引ける。
「分かったわ。じゃ、行くわよ」
リサが話は終わったとばかりに言って、先を行く。
「ええ? ううん…」
ティーナはまだ気になる様子だ。
「ところで、お前達はどこへ行くつもりだ?」
レーネが問う。
「ああ、私達は、フルーレの森の塔、鋼の賢者のところへ行く予定なのよ」
「ちょっと、ティーナ」
リサが咎めるが、訳ありの相手に行き先をホイホイ喋るのも、不用心だろう。
「ふふ、安心しろ。別に私達はお前らの刺客でもなんでもないからな」
レーネが気にした風でも無く、笑って言う。
「それで、その鋼の賢者は強いのか?」
どうしてかレーネが関心を見せた。
「ええ? さあ、でも、有名な魔導師だから、強いと思うけど」
ティーナが曖昧に答える。
「よし! ならば、一つ手合わせを願いに行くとするか!」
ああ、コイツもムキムキ騎士のジョセフ達と同類だ…。
と、レーネが白銀の瞳をこちらに向けた。
ひ、ひい。こ、こっち見んな!




