第十二話 鬼
2017/8/1 若干修正。
炭鉱町ラジールの鉱山に現れたオーガは、すでに三つのパーティーを返り討ちにして敗走せしめていた。
今日はオーガを倒すと約束してしまった日である。
「ユーイチ、そろそろ出かけるわよ」
「お腹痛い」
助っ人も結局、一人も集まらなかったし。オーガに恐れを成したか、他のパーティーに加わるより自分たちで倒した方がお得と思ったか。
「ええ?」
「仮病でしょ。来ないなら、パーティーから追い出すわよ」
リサが言う。
「いいよ?」
即答。凄く居心地の良いパーティーではあるが、命には代えられない。
「もう…。じゃ、成功したら…そうね、私の胸…、見せてあげるから」
ティーナが少し恥ずかしそうなそぶりをしつつ言う。
「なにっ!?」
がばっとシーツをめくって飛び起きる。
「ええ? いいの?」
リサがティーナに確認。
「ええ、まあ、それくらいのニンジンは有ってもいいんじゃないかしら」
「いいけど、あんまり甘やかすと、ま、見せたいならご自由に」
「い、いや、リサ、誤解はしないでね? 私、別に見せたいってわけじゃないんだから」
「はいはい」
「むぅ。じゃ、行きましょう」
「おう!」
素早く準備を整え、キリッとした顔で先頭を歩く俺。
「ホント、男ってろくでもないわね」
後ろでリサが言う。
「ニャ、胸なんて見てもお腹はふくれニャいニャ」
リムが言う。
「不潔…フン!」
エリカも言う。
「ニー…」
クロもなんだか残念そうだ。
「あはは…」
ティーナが苦笑するが、むう、いや、パーティーの好感度が下がりまくろうとも、ティーナの胸である。
おっぱいだ。
俺は貧乳好きなのだが、かなりグラマーなティーナのおっぱいは例外だ。
非常に興味がある。
も、もちろん、学術的好奇心であって…いや、認めよう。ただのスケベです。くっ!
だって、ティーナのだよ? 普通に美少女だし。良いところのお嬢様だし。
しかし、取り繕っておかないと、ティーナにも見捨てられそうだ。
「勘違いしないでくれ給え、諸君。僕はこの街の人々が困っているのを見過ごせないだけだよ。本当にそれだけなんだ」
爽やかイケメン風に。胸を痛めてるんだよと。
「じゃ、ティーナの約束は要らないわけね?」
「……申し訳ございませんでしたっ! 私、弱い人間でありますっ!」
「うわあ…」
「ニャー…」
「ニー…」
「だったら、余計な事を言わずに普通にしてなさいよ。見苦しい」
「はい…」
最後尾に回り、小さくなっておく。
「ああ、お前らか、通って良いぞ」
門番をしているドワーフが通してくれ、鉱山に入る。
「じゃ、目的はボスだから、最短距離で、戦闘も避けていきましょう。ユーイチ、ライトとステータス以外の呪文は唱えなくて良いわ」
リサが言うが。
「ええ? マッパーくらい、唱えさせてくれよ」
「要らないでしょ」
「熟練度、鍛えたいんだがなあ」
「あれって2ポイントよね? それくらいなら良いんじゃないかしら?」
さすが、ティーナ、優しい。
「その2ポイントが生死を分けるかも知れないわよ?」
仕方ない。ここは我慢しておこう。リサの言い分が正しい。
「分かったよ」
探知の呪文も使用せず、斥候役のリサとリムの鼻に頼り、敵を回避して行く。
回避不能なルートにいるレッドリザードはフラッシュの呪文で目潰しして、脇を全員で駆け抜けた。
俺がしっぽで転ばされて、ダメージを受けたが、薬草で回復して問題ない。
「やっぱり、ノイズの呪文も使うべきだったなぁ」
「使わなくて正解よ。薬草は死ぬほど持ってるでしょ」
「まあね」
回復アイテムは使わないのが俺のゲーマー時代のスタイルなんだが、まあ、今は魔力の方が大事だし、ここもちょっとスタイルは変えていくべきだろう。
美学なんぞにこだわって、命を落としたら、元も子もない。
「この先、広くなってる大部屋、そこにいるはずよ」
リサが言い、全員が気を引き締めて頷く。
「じゃ、バリア、使うからな?」
「ええ」
全員に防御力アップと回避率アップのポーションを配り、バリア、命中UPのコンセントレーターも使って、能力値を強化しておく。
攻撃力アップの支援魔法や薬も欲しいところだが、まだ開発中だ。
「行きましょう」
準備を終えたことを確認し、リーダーのティーナが声を掛けて、全員で奥へ向かう。
「いた」
オーガだ。
大きい。身長は二メートルを超えている。身長だけで無く、隆起した筋肉や骨の太さで横幅もかなりある。
灰色の肌は、明らかに魔物であることを示していた。瞳も白目の無い黄色で、知性は全く感じられない。
コイツ、相当強いんじゃないのか。
心配しつつ、まずは作戦通り、ステータスをオーガに向かって無詠唱で掛ける。
失敗。レジストされてしまった。体力バカに見えるのに、魔法は効きにくいのだろうか? ま、レベルは明らかに俺たちより上だから仕方ない。
次だ。
「閃光よ来たれ! フラッシュ!」
成功率を上げるため、魔法文字を詠唱する。ステータスもそうしたかったところだが、スピードも大事だ。
「グオッ!?」
やった!
オーガは目をギュッとつむり、嫌がるように右手を前に出した。武器は持っていないが、尖った白い爪はそれだけで脅威だ。
「よしっ! 行けるわね」
リサが戦闘続行の判断を出し、ティーナとリムがオーガの左右に回る。
俺の方は続けざまに騒音と臭気の呪文を無詠唱で使い、こちらも難なく成功した。
やはり、レベルが高いのでステータス鑑定は失敗したが、それ以外の呪文の成功率は高めのようだ。
行けるかも。
「雨よ凍れ、風よ上がれ、雷獣の咆哮をもって天の裁きを示さん! 貫け! ライトニング!」
エリカが電撃の呪文を浴びせ、うん、ちょっと震えたオーガは、ダメージが普通に入ったようだ。
クロも作戦通り、ファイアボールの呪文を唱え、これも効果有り。
属性の違う攻撃呪文をいくつか使い、弱点があればそれを重点的に攻めようと、魔法チームで話し合っている。
「はーあああっ! せいっ!」
ティーナがオーガの背後から、足を狙った突きを放つ。
「ガアッ!」
普通に剣が突き刺さり、オーガが痛みの反応を見せた。
「そんなに硬くないわ」
防御力は普通か。なら、歯が立たないってことは無さそうだ。
「ニャハハ、どっちを見てるニャ。こっちニャ!」
今度はリムが反対側から斧を振り下ろす。これも綺麗に足に入った。
リサもボウガンを放ち、足を攻撃。なるほど、前衛チームはまず足を動けなくさせる作戦か。良い作戦だ。
地風火水に雷氷と、持っているすべての属性を使ったが、効きはどれも同じ感じで、オーガには特に弱点は存在しないようだ。電撃ならスタンの効果が一定確率で付随するので、これに絞るとしよう。
「ライトニングで足をやるぞ」
「ええ」
「ニー」
集中して足を全員で狙う。
「グオオッ!」
オーガは相手の位置が分からず、左右を見回してはフックを繰り出して空振り、あとは攻撃のあった方向へやり返す攻撃を繰り返している。
今のところ、全てミスだ。
よし、バカだ、コイツ。
ブオンッと、フックパンチには迫力が感じられるので、当たったらタダじゃ済まないと思うが、このまま行けばノーダメで倒せるかも知れない。
張り詰めていた緊張が少し緩み、俺は落ち着いて電撃を詠唱することにした。
「雨よ凍れ、風よ上がれ、雷獣の咆哮をもって天の裁きを示さん! 貫け! ライトニング!」
「それっ! もう一丁ニャ!」
「リム、あまり同じところから攻撃してると、あっ!」
「ぎゃんっ!」
ティーナが注意しようとしたが、リムが反撃を食らってしまった。躱しかけたのでモロには入っていないが、吹っ飛んで転がるリム。強烈な一撃だ。
「もう。ユーイチはそのままで良いわ。私が回復させる」
リサがそう言ってリムに駆け寄り、迷うこと無くハイポーションを使う。HPは52ほど減ったが、リムの防御力と躱しかけでそれなので、まともに食らったら、俺も即死かも。怖。
「ウニャ~、油断したニャ」
「無理に攻撃しなくて良いから、回避優先でね」
「分かったニャ」
戦線に復帰したリムは、痛かったろうに根性有るなあ。俺だったら、絶対腰が引けてるね。
「予想はしてたけど、しぶといわね…」
何度目かの攻撃の後、リサが言う。大雑把な計算だが、俺たちのパーティーはオーガに対して、一ターンで140近いダメージを与えていると思う。それがすでに12ターン目。
ボスだからそんなに違和感はないのだが、雑魚モンスターとは比べものにならない体力だ。
MPもすでに半分を切っている。
MPを回復させる薬草、まだ見つけてないんだよなあ。リサによると、マジックポーションは貴重だが存在しているそうで、それなら、どこかに原材料の薬草が生えているはずだ。
「MP切れになったら、撤退しような」
早めに言っておく。
「はあ? 冗談じゃ無いわ。武器攻撃でもやれるんだから、最後までやるわよ。ユーイチは目潰し系の魔力は残しておきなさい」
リサが却下してきた。
「ユーイチ、心配しなくても、やれると思うよ」
ティーナも、撤退は考えていない様子。
ま、今のところ、こちらが圧倒的に有利だし、このままで行くなら、それでもいいか。
15ターン目、ティーナが後ろから横払いの一撃を浴びせると、オーガがバランスを崩して転んだ。
「よしっ!」
「今ニャ!」
リムがジャンプして斧を振り下ろし、追撃。
「グオオオオオオッ!」
鉱山に響き渡るほどの咆哮を上げるオーガは、怒りが頂点に達したようで、暴れるように起き上がった。むっ? 突進の構え?
「来るッ!」
リサが声を上げて注意を全員に促す。
間を置かず、オーガが突進をかけて、壁に派手に激突する。うお。岩が砕けた…。
誰も巻き込まれなかったから良いようなものの、あれに挟まれたら、前衛でも危ない。
「みんな気を付けて。回避優先。もう少しよ」
ティーナが方針を再確認する。
魔法で片を付けたいところだが、MPも残り少ない。
目潰しの呪文の効果が切れたら危ないので、俺は目潰しセットの呪文分、12ポイントは温存しておかねばならない。
となると、うえ、あと一回しか電撃使えないや。
「リサ、俺が回復役に回る。攻撃に専念してくれ」
「いいけど、間に合わないようなら私がやるわ」
「ああ」
「突撃の後に隙が出来るわ。そこを狙って」
ティーナが言う。
「分かったニャ!」
再びオーガが突進を掛けて、壁に激突する。凄いな。どう見ても自分も大ダメージだと思うんだが。
「せいっ!」
「えいニャ!」
左右からティーナとリムが攻撃を掛ける。
「グオオオオ!」
嫌がったオーガは、牽制程度に両腕を振るうと、突進の構えを取った。
うお、こっちだ。
「ユーイチ、逃げて!」
ティーナに言われるまでも無い。横に逃げる。
問題なくやり過ごした。
「あれ?」
「むむ、まずいわね…」
オーガがそのまま突進し続け、この大部屋から廊下に出てしまった。
「追うわよ!」
リサがそう言って追いかけるが、マジですか…。
放って置いても、街に出ちゃうことは無いと思う。この鉱山、迷路みたいな感じになってるし。




