第十一話 鬼退治の準備
2016/11/15 若干修正。
夕方、鉱山を出て宿へ戻る。
食事を早めに済ませて、ティーナとリサが情報を得るべく酒場へ向かった。
え? 俺?
だって絡まれたら嫌だもん。
夜の酒場だよ?
あの二人の方が交渉能力高いしね。
無臭の魔法と、無音の魔法を開発していると、ティーナとリサが戻って来た。
二人ともちょっと疲れた顔だ。
「どうだった? 何か分かったか?」
「ええ、でも、すぐに飲め飲め言い出して、断るのに苦労したわ」
ティーナがため息交じりに言う。
「ああ」
「それと、奥にいたのは、オーガらしいわ」
残忍な鬼か。
しかし、この世界の鬼はどの程度の強さなのか。少なくともドワーフのパーティーを返り討ちに出来る実力だ。
「ドワーフのパーティーのレベルは?」
「平均30だそうよ」
「ええ? 俺たちより高いじゃないか」
4レベルくらい、上か。
「だけど、魔法使いがゼロで、まともに正面からぶつかろうとしての話よ。フラッシュがあるでしょ」
リサが言う。目潰しの呪文か。
「でも、効くのか?」
「それはやってみないと分からないけど、ダメなら、そのまま引き返せるわ」
「じゃあ、一日、いや、二日くれないか? 強化のために、無音にする魔法、開発しておきたいんだ。ほら、トカゲに使ったけど、声で位置がバレてただろ?」
「そうねえ…」
だが、ティーナは考え顔。
「そんなに急ぐ必要は無いと思うんだが」
メタリックスライムが出てくれば、レベルも簡単に上がるし。
「いえ、またドワーフや他の冒険者も挑戦するだろうし、死人が出る前に片付けたいの」
「それはちょっと傲慢だろう」
言う。
「む」
「俺たちが死なない保証はどこにも無いぞ」
「それは…そうだけど」
「二日、待ちましょう。ただし、呪文が開発出来なくても、討伐に行くわよ?」
リサが言う。
「うーん、反対意見は?」
「任せるニャ」
「どっちでもいいわ」
リムとエリカは、反対しないようだ。俺が行かないと言っても、残りのメンバーで行くかも知れない。
「分かった。じゃあ、二日で準備を整える。整わなくても、討伐だ」
「ええ」
翌日、俺は宿屋の部屋でひたすら無音魔法の開発に取り組んだ。
「音よ消え去れ、ミュート!」
「生命の鼓動よ止まれ、デス!」
「ニー、ニー、ニー、ニッ!」
失敗。発動しなかったし、隣で俺にデスの呪文を掛けようとしているエリカと、何かの呪文を開発しているクロの声が聞こえているし。
「エリカ、やっぱりデスの魔法にこだわるのか?」
「当然でしょ。この魔法が使えれば、オーガなんて一発よ」
「ボスや強敵に効くのかねえ…」
「フン」
そっぽを向くエリカ。金髪のツインテールがその度に揺れる。
それに、そう言う危険な魔法は、もっとレベルが上じゃないと使えないと思うんだ。そのことについてはエリカにもとっくに伝えているが、相変わらずデスにこだわるエリカ。
まあいい。無音魔法だ。
だが、それっぽいキーワードはもう唱え尽くした。
一度、音の概念を整理してみた方が良いのかも知れない。
音とは、空気中を伝わる振動が、耳の神経細胞を通じて電気信号に変わり、脳で音と認識される。
だから、このプロセスのどこかを遮断できれば、無音状態ができあがる。
だが、オーガの体内で発生する状況については、相手が高レベルだろうから、レジストされる可能性が高い。
となると、俺の体から出る振動の段階で、シャットアウトするのが好ましい。
空気を取り除いて真空状態にする?
いや、死んじゃうよね、俺が窒息で。
風を起こして包み込む?
風の音が出ちゃうよね。
「むう、意外と難しいな、これは…」
発想を変えた方が良さそうだ。
まず、押してダメなら引いてみよう。
音を消すのでは無く、うるさくして耳の感覚を狂わせる。
いいかも。風魔法をいじって常時発動する小型嵐を作れば行ける。
ただ、常時だと、魔力消費が大きくなる。
別に魔法でなくとも、耳栓でいいじゃんね?
オーガが取っちゃうかな、自分で。
だが、方法は一つ、見えた。
ベッドを降りる。
「あ、ちょっと、どこ行くのよ、待ちなさいよ」
エリカが付いてくるが、今は無視。
宿屋の裏庭に行くと、ティーナとリムとリサが、回避の訓練をやっていた。
「あ、ユーイチ」
三人が手を休めてこちらを見る。
「リサ、ちょっと作戦の話があるんだが、いいか」
「ええ、いいわよ」
「オーガに耳栓って出来ないかな?」
「ああ、なるほどね。いいんじゃないかしら。耳にボウガンを撃ち込むなり、とりもちも使えるわね。じゃ、ちょっと探してくるわ」
後はリサに任せておけば、上手くやってくれるだろう。
「じゃ、戻るか」
部屋に戻って、魔法に再び取り組む。
「羽虫の音に苛まれよ! ノイズ!」
お、発動した。
「きゃっ、な、何よ、これ、もう! 早く消して!」
ブブブブブという音が嫌いなのか、エリカがいないと分かっている羽虫を探してきょろきょろする。
ふむ、相手の体から離れていても振動音を発生できるため、レジストされにくいか。
エリカがグーパンチをしてこようとしたので、解除の呪文で消し去る。
「次やったら、電撃をお見舞いしてやるから」
「あのな、ここは俺の部屋だし俺のベッドの上なんだが。実験するって言っただろ」
「知ってるけど、私もデスの開発があるんだから」
「じゃ、少しくらい我慢しろ。次は臭気か」
「むっ!」
身構えるエリカ。まあ、普通に嫌だろう。
だが、ここは宿屋、部屋を臭くするとまずい。
「俺は外へ行く」
「じゃ、私も」
クロは付いてこない。ま、クロも何かやってたから、任せておこう。賢い奴だし。
まずは、消臭から色々試し、発想の逆転で、臭いをわざと発生させて、鼻を麻痺させる魔法も開発していく。
「あっ、お兄ちゃん!」
街の外で臭気呪文の開発を終え、宿屋に戻ろうとしたときに、ミミが俺を見つけて駆け寄ってきた。ティーナが借金を肩代わりしてやったドワーフ娘。
「ああ、ミミ、どうかしたか?」
「うん、あのね、ありがとうっ!」
頭を下げるドワーフ娘。もう借金のことは知れたらしい。
「ま、お礼はティーナに言ってくれ。アイツの金だしな」
「でも、薬の事も有るし」
「あれはアニキが返してくれたから、ミミは気にしなくて良いよ」
「そう? それで、何か入り用な物はない? おっとうも作るって張り切ってたよ!」
「ああ、うーん、でも、ミスリル装備くらいしか、要らないんだよなあ」
「あー。今、鉱山がヘーサになってるから、じゃ、ちょっと鉱石を取りに行こうかな」
「待て待て。モンスターが出て危険だから、そうだな、討伐が終わったら、頼むよ」
「分かった! じゃあね!」
たたたっと走って行くミミは元気である。
ま、彼らのためにも鉱山のオーガは倒しておかねば、ミミがこっそり忍び込んでやられたら後味が悪い。
「勝手に潜り込んだりしないかしら」
エリカも心配になった様子。
「ま、地下二階まで行かないなら、大丈夫だろう。明後日にはボスも倒すだろうしな」
「へえ、自信満々ね」
「いや…不安になって来た。ちょっとティーナと相談してくる」
「ええ?」
宿屋に戻り、ティーナに助っ人を入れたらどうかと提案。
「ああ、いいわよ?」
あっさりと了承してもらえた。
「分け前が減るんだけど…」
などと、リサは気が進まないらしい。なあ、取らぬ狸の皮算用って知ってるか?
それでも、冒険者ギルドにティーナと一緒に付き合ってくれ、レベル27以上の戦闘職を条件に助っ人を募集した。
俺たちより強い冒険者なら、役に立ってくれるに違いない。
「魔法の方はどう?」
夕食の時、ティーナが聞いてくる。今日のメニューはソーセージが付いている。煮込んだ物で、皮がパリッとして美味い。
「ああ、耳を潰すノイズの呪文と、臭いを分からなくさせるスメルの呪文を開発した。あとはバリアなんだが…」
「そう。バリアはこのところずっとやってるわね。まあ、攻撃が当たらなければ、大丈夫じゃ無いかしら」
「ううん」
「フラッシュが効かずに、強すぎると分かった時点で退却するから、そこまで心配しなくて良いわ」
リサが言うが、オーガの一撃は力がありそうで、クリティカルなんて食らったら、一撃じゃないだろうか。
「なあ、やっぱり、止めない?」
言うが。
「「「止めない」」」
ティーナとリサとエリカまで、揃って言う。
どうしてお前ら、そんなに命知らずなんだと。
死ななくても、痛いのは嫌だよね?
どうやって中止に持ち込んでやろうかと、色々考えつつ俺は床に就いた。




