第六話 すれ違い
2016/11/15 若干修正。
ティーナはアーサーに決闘を申し込んでしまった。
決闘とは両者の同意の下、一対一の戦闘を行い、命を賭して決着を付けるやり方だ。
互いに果てるまでやるから果たし合いである。
そこで相手を殺してしまっても、身分が上の相手であっても不問とされる。
ゆえに、冗談で申し込んだり、冗談で済ませる話では無い。
この世界の決闘について、俺は昨日ティーナに聞かされたばかりだった。
ティーナとアーサーは貴族のため、家の話も絡んでくるだろう。
俺を庇ってくれたり、仲間を思ってくれるのはありがたいのだが、ティーナに勝算が有るのか、そこが気がかりだ。
「な、何だって? 結婚、じゃなくてか」
アーサーも唖然として確認を取る。
「そうよ。婚約を破棄してるのに、結婚なんて、あるはずも無いでしょう」
「うぐ、いや、僕が悪かった。君がそこまで仲間思いとは知らず、怒らせてしまったようだ。ここは謝罪しよう。だから、それで破棄は無かったことにしてくれないか」
「いいえ、破棄についてはもう気を変えるつもりは無いわ。前から気が進まなかったのだけれど、家の関係も有るからと思って態度をはっきりさせなかった私にも問題が有ったと思うの。お父様とみんなには申し訳ないけれど、私、あなたとだけは無理だから」
「くっ。まさかとは思うが、その奴隷に入れ込んでいるんじゃあ無いだろうね?」
「ふう。あなたがどうしてそこまで奴隷を毛嫌いするのかは知らないけど…」
ティーナがどう誤解を解こうかと面倒臭そうな顔。と、ちらりとこちらを見て、何か良からぬ事を思いついた様子。
「ああ、そうね、そう言うことにしましょう。私、ユーイチと将来の約束を交わしたわ」
ニコッとして言うティーナ。確かに、結婚できなければ俺が相手になってやるみたいな話はしたけど。
婚約者がいるとは聞いてないよー…。
「なっ! き、貴様、人の婚約者に手を付けるとは! 決闘だ!」
アレ?
いや、アーサーの誤解も理解できるけど、どうしてこうなった。
結局、決闘については両者の合意が成立せず、決闘の片思いの三角関係という訳の分からないままに、その場は収まった。
去り際にアーサーが貴様だけは絶対に許さないと怒りの炎を燃やしていたのが、なんとも。
相手は侯爵家、いくらティーナが庇ってくれるとは言え、火の粉どころか、火の玉がガンガン飛んできそう。
あの赤ずきんの魔女っ子も、複雑そうな顔をしてはいたものの、部下として俺に厳しい目を向けてたし。
宿屋に戻り、夕食を終え一呼吸ついた後で、今後について話し合った。
「ティーナ、あなたが悪いわよ」
開口一番、リサが言う。
確かにそうだ。
婚約者のこと、言ってくれてなかったし…。酷いわ。私のこと、遊びだったのね!
「む。反省はしてるけど、でも、あれで諦めてくれるかなーって」
「それも分からなくは無いけど、家のことを考えたら、かなりまずいことを口走ったわよ。アーサーに限らず、この話を聞いた人間は、婚約者がいるあなたが、奴隷に手を出して浮気した、そう受け取るから」
「い、いや、私はそんな事してないし、手は出してません」
「それでも、ユーイチは奴隷なんだから、彼から手を出すって事は考えられないでしょ。そうなると、婚約者を裏切った形のあなたがどう見たって不利よ」
「う、ううん…私、最初から同意してないもん」
「それは、同情はするけどね。政略結婚は貴族の娘として生まれたなら、覚悟くらいは決めないと。それが嫌なら、地位を捨てて逃げなさい」
「あ、その手が有ったんだ…」
「む」
リサも、言うには言ったが、本気で言ったわけでは無かった様子。
「そんなにアーサーが…まあ、アレはちょっと、俺がそう言う立場でも夫にはしたくないな」
俺が貴族の女性だったとしても、ちょっと遠慮したい。きちんとこっちの話を聞かない勘違いタイプ。
いくらイケメンでお金持ちで家柄が良かろうと、やりにくい事この上ない。
それに、エリカの手にキスしようとしたり、絶対アイツ、プレイボーイだろ。婚約者の前で、ああいうことをすること自体、よく分からん。こちらの世界では普通かも知れないが…。
「でしょ? だから、巻き込んで悪かったとは思うけど、約束は、約束なんだから、ちゃんと守ってよ」
唇を尖らすティーナは、相手がいない場合、俺と本気で結婚するつもりらしい。
「ねえ、よく分からないけど、その約束って何なの?」
エリカが聞く。
そう言えば、知ってるのは俺とティーナとリムくらいか。
「ああ、うん、えっとね、私が誰とも結婚できなかったら、ユーイチが私をもらってくれるって、そんな話。約束したよね?」
「ん、ああ、まあな」
「えっ! えーっ!?」
エリカが目を丸くしているが、そんなに驚くことかね。まあ、あの変態に間違われそうになった状況説明もしないと、きちんと理解はできないだろうけど。
「ふうん、やるじゃない。ちなみにいつまで?」
リサが聞く。
「ん? ああ…いつとは決めてないけど…」
「そうだな」
「そう。ま、三十五歳までにはリミットを作っておきなさい。それ以上だと、子供が作れなくなるから」
「えっ、そうなんだ?」
「そうよ。そんな歳で産んだ話って、あまり聞かないでしょ?」
「ああ…じゃ、三十四歳で」
凄く生々しい期限だな。しかも、俺とあんまり結婚したくない感じなのが、悲しい。
いいんだよ? 十八歳の誕生日までって言ってくれてもさ。
「ニー…」
「ぬう…」
クロとエリカがなぜか落ち込む。
「ええ? まあ、貴族なら、側室も持てるから、ユーイチのお相手が一人とは限らないけどね」
リサがそんな事を言うが。
「ニッ?」
「ああ…」
「んん? それはダメよ。私と結婚するなら、妻一人だけにしてもらわないと」
ティーナは一対一が良いようだ。ま、何人でもオッケーなんていう女の子、いないだろうなあ。
しかし、貴族って、ちょっと狙ってみようかしら?
いやいや…無理だろう。
なんか現実味が無くなってきているので、話を戻すことにする。
「それより、アーサーが俺に何かしてきそうなんだけど」
「ああ、うん。釘は刺したから、大丈夫かなあとは思うんだけど」
そう言うティーナも自信は無さそう。
「アイツは、王都で何をしているの? 役職があるわけ?」
リサが聞く。
「ああ、親衛隊の一員として王都や王城の守護の役目に就いてるわ。いずれ家督を継げば、違う役職か出世はあるんでしょうけどね」
「じゃ、王都を離れれば、直接、決闘がどうのこうのという話にはならないわね」
リサが良いところに気がついた。二度と王都には近づくまい。
「そうねえ。でも、手下を、ううん、アーサーの性格だと、自分が直接手を下さないと、気が済まないタイプかも」
「なら、なおさらじゃない。ティーナはここにいないといけない理由でも?」
「いいえ。むしろ、お父様の手紙がこっちに来る前に発ちたいわね…」
「どこかに行く当てがあるのか?」
「無いけど、私達、冒険者で冒険中でしょ?」
「そうだったな」
金もあるし、適当に各地を回って逃げ回るのも良し、か…。
「じゃ、決まりね。王都は明日、発つことにしましょう」
ティーナが言う。
「どこへ向かうつもり?」
「まだ決めてない。誰か、リクエストはある?」
「はいっ! 魚ニャ!」
リムが速攻で手を挙げて言うが、うん、まあ、海と言うことだろう。
別にそれでもいいのだが、俺も希望は言っておくか。
「魔法使いの師匠を探したい」
バリアの上位呪文、教えて欲しいし。
「私もそれでいいわ」
エリカも味方に付いた。これは決まりそうかな?
「魔法使いね。でも、私は少し、装備を調えた方が良いと思うわよ」
リサが言うが、金があっても店売り装備では物足りない状況だ。
「じゃ、炭鉱町ラジールか」
ティーナが言う。良い装備があるらしい。
「ニー、ニー、ニー」
クロも何か言っているが、分からん。誰も分からん。
「じゃあ、さっき出た中から、じゃんけんで順番を決めましょう。ちゃんと、全部回るから」
ティーナがそう言うが、なるほど、それなら不満も少ないだろう。
翌朝、まだ日が昇りきらない内に、俺たちは宿をチェックアウトして王都を発った。あまり時間を掛けていると、アーサーが何をしてくるか分からないからだ。
「やっぱりね。尾行が付いてるわ」
街道をしばらく歩いたところでリサが言う。俺は馬車を主張したが、急ぎの旅では無いし、もったいないからとリサに却下されている。楽ちんなのに…。
「ええ? むう。どうしようかしら」
「途中で撒けばいいわ。分かれ道の直前で、仕掛けてやりましょう」
「戦闘を?」
「違うわ。ユーイチ、あなた、カモフラージュの呪文が使えるって言ってたわよね?」
「使えるが、あれは動くとすぐにバレるぞ」
「いいのよ」
どうするのやら。ひとまず、リサに任せてみることにする。
「今よ」
街道の分かれ道が見えたところで、全員で走る。全力だ。荷物持ちの大トカゲも走らせる。こいつは王都でティーナが購入した新顔だ。
続いて、煙玉を道に転がすリサ。後ろからは俺たちの姿は一時的に見えなくなるが、分かれ道に入れば、目隠しの効果は無い。
「じゃ、ユーイチ、全員に呪文を掛けて」
「分かった。迷彩よ纏え、敵より我らの姿を隠し、惑わさん。カモフラージュ!」
俺たちの体に、土色と草色が忍び寄るようにまとわりつき、止まっていれば、背景と一体化して見えるようになる。
「こっちよ。道ばたで音を立てずにじっとしてて」
なるほど、先を行ったと見せかけて、やり過ごす作戦だったか。
思いつかなかったなぁ。
立ったままだと疲れると思ったので、体育座り。
走った直後なので、さすがに息が乱れているが、連中が通りかかるまでには収まっているかも。
煙玉の煙が薄れ、そこから冒険者風の男が二人、全力で走ってきた。
その足が、分かれ道で止まる。
「くそっ! どっちに行きやがった」
「気づかれたか。とにかく、追うぞ。二手に分かれて行こう」
焦っているのか、俺たちには目もくれずに、走って行く。
「もういいわ」
「さすがねえ、リサ」
「ホントニャ」
「うん、作戦勝ちだ」
「盗賊ギルドに加入してれば、これくらいのやり方、誰でも教わるわよ。だから、盗賊を追いかけるときには、見失っても慌てないこと」
「そうね。ううん」
ティーナはリサがこれまでにやってきた仕事の方が気になったようだが、詮索は藪蛇だろう。
話題を変えておくことにする。
「で、これからどうするんだ?」
「あいつらも一日はそのまま突っ走るでしょうから、このまま歩いて、野宿の後に、一度街道を外れていきましょう」
リサもよく考えている。
「なるほど」
「かち合っちゃったら?」
ティーナが聞く。
「その時は、とっ捕まえて依頼人の名を吐かせるなり、始末するだけよ」
「ううん、始末の方はちょっと……」
渋るティーナ。
「別に殺さなくても、買収するなり脅せばすぐよ。レベルの低いド素人って感じだったし」
「そ」
ステータスも確認しておけば良かった。だが、リサの見立てで間違ってはいないだろう。これがザックあたりなら、俺たちの気配もとっくに見つけて、わざと撒かれたフリもしそうだ。
…大丈夫だよね?




