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異世界の闇軍師  作者: まさな
第五章 騎士

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第五話 アーサー=フォン=ライオネル

虫が苦手な方は、クリアランスの呪文が出てきたら、アーサー君が登場するところまで読み飛ばして下さい。◇ ◆ ◇ ◆ 区切りの目印を入れてあります。


2016/11/11 若干修正。


 謁見イベントを無事クリアした。

 普通のゲームなら褒美や王女にワクテカするところなのだが、この世界は無駄にリアルだからね。

 宰相に怒られた時はどうなることかと肝を冷やしたが、上手く行った。


「では、こちらへ」


 俺たちは王宮の官吏に案内され、待合室とは別室の部屋に通された。

 先ほどの玉座の間ほどではないが、結構広い部屋。

 椅子やテーブルの類いは無く、壁際に等間隔に甲冑が並んでおり、武骨な雰囲気だ。


「すぐに代官様がお見えになります。それまでお待ちを」


「ええ」


 官吏が出て行き、一同が緊張を解く。


「ニャー、どっと疲れたニャ」


 その場にへたり込むリム。気持ちは分かる。


「ちょっと、まだよ。これから騎士の任命式をやるんだから」


 そうティーナが注意した。


「ニャ! まだあるのぉー?」


「すぐ終わると思うし、これが終わったら、お魚よ」


「ニャ!」


「代官が来るって言ってたけど」


 リサが話を向ける。


「ええ、下級騎士の任命には、数が多いし、いちいち陛下のお手を(わずら)わす訳にも行かないから、王宮の役職に就いている下級貴族が代わりを務めるのよ」


「そう。意地悪じゃなきゃいいけどね」


 む、試練を与えてくる貴族だったりしたら、やだなあ。


「騎士になりたくば、次の物を取ってくるでおじゃる。仏の御石の鉢、火鼠の皮衣、竜の頸の玉、燕の子安貝、蓬莱の玉の枝。期限は今日中でおじゃるよ、にょほほほ」


 無理ゲーです。

 

「ええ…ま、下級貴族だし、私の家に逆らう馬鹿はいないと思うけど。なんなら私が代わって任命…むぅ」


 ティーナが言いかけて唸る。


「それだと、王宮直属にならないんでしょ」


 リサが指摘した。


「ええ。うーん、でもこんなことなら、端役でいいから、もらっておけば良かった」


「やあ、待たせたね」


 青いマントを羽織った貴族が柔和な笑顔と共に現れた。


「ジャン叔父様! お久しぶりです」


 ティーナが満面の笑顔になり、駆け寄っていく。親戚、かな?


「んん? 一昨年の収穫祭のパーティーで会ったばかりじゃないか」


「いえ、一年ぶりじゃないですか。普通はそれを久しぶりと言います」


「そう。ま、僕は普通じゃ無いからねえ。ははは」


「ええ、そうでした。いつ王都にお戻りに?」


「ああ、先月な。イブリン山でピンクの毛虫を発見したんだが、ちょうどレッドドラゴンの縄張りでさ、苦労したんだ」


「ええ? 大丈夫だったんですか?」


「僕はね。雇ったレベル40の冒険者が二人死んじゃったけど、回収には成功したから」


 レベル40でもレッドドラゴンはヤバいのか。覚えておこうっと。


「そ、そうですか…あ、紹介しますね。今、私がパーティーを組んでいる者たちです」


「ほう」


 順に名前を呼んでもらい、一礼して挨拶。


「こちらは、ジャン=フォン=ファーベル侯爵、お父様の親友で、私が子供の頃から親しくさせて頂いてるの」


「ジャンで良いよ。よろしく」


 気さくに言う貴族だが、相手は侯爵、同格のティーナはともかく、俺たちは呼び捨てはまずかろう。


「ユーイチ君と言ったね。君は誰の弟子に付いているんだい?」


「はい?」


「魔法だよ。僕は鋼の賢者ダグラス=エイフォードの弟子なんだ」


「ああ」


 この世界の魔術士は高位の魔導師に弟子入りして教えてもらうのが一般的だった。しかし、鋼の賢者ってムキムキそうで嫌な師匠だな…。


「私は、まだ弟子入りしておりません。魔術入門の書を覚えたばかりなので」


「ああ、ルザリック先生の?」


「ええ、それです」


「なるほど、それは良い選択だね。まあ、魔術の入門書と言えば、ルザリックかルイスしかないけど、ルイスは止めておいた方が良いよ。全然優しくない入門書だから」


「そうですか」


「そうだよ。アレのせいで、僕は二十歳まで魔法が使えなかったんだ。絶対にルザリックが良いよ。君のレベルと得意魔法は?」


「レベルは22、得意魔法は、一番強いのは中級のライトニングやアイスウォールですかね」


 ステータス魔法で自慢したいところだが、こちらの世界の人間に凄さが分かってもらえないかもしれないし、異世界からやってきたとか、その辺の情報は漏らさない方が良さそう。


「ほう、だが、あれは入門書には載っていない、ああ、そこのエルフに教わったのかい?」


「ええ」


「私は教えてないけど」


 エリカがボソッと言う。俺の前で唱えただけだしね。


「そうか。まあ、ルーファスのお眼鏡にはまだまだってところだけど、見込みはありそうだね。僕は応援するからね、ティーナ」


「え、えっと? ありがとうございます。でも、ああ、ひょっとして代官というのは…」


「そう、僕さ。どうせ誰も引き受けたがらないと思ってね。侯爵の任命だ、うちは名門じゃないけど、それなりに箔は付くよ」


 こういう気さくな人がやってくれるのはありがたい。手合わせしろとか、ムキムキも困るし。


「ありがとうございます、ファーベル様」


「ジャンで良いのに…まあいい、王宮は人の目もある。じゃ、さっそく、式を執り行うが、やり方は?」


「昨日、教えました」


「よし。さすがにティーナは準備が良いね。これは面白くなりそうだ」


 ジャンがそう言って腰の剣を抜く。

 儀式だ。

 俺はそこに片膝を突いて(こうべ)を垂れる。

 ジャンが肩に剣の刃を置いた。


「これより、陛下に対する忠誠を問うものなり。ファルバスの神々よ、ご覧あれ。ユーイチよ、主を裏切るなかれ、これを誓うか?」


「は、我が剣と名誉にかけて」


「よし。代官ジャン=フォン=ファーベル侯爵が貴殿を騎士と認めよう」


 これで俺は今日から騎士階級だ。

 もう鞭打たれる事も無い。

 やったね。


「おめでとう」


 みんなが祝福してくれ、ちょっと照れくさい。


「じゃ、左手を出してごらん」


 ジャンが言う。


「こうですか?」


「うん。偽りの汚れよ、雲散せよ! クリアランス!」


 おお! 左手の火傷の刻印が、すーっと消えて完全に無くなった。

 これで村の子供に石を投げられることも無いぜ。


「ああ、こうやって消すんだ…」


 ティーナも見た事は無かったようで、感心している。


「これで君は見た目も問題なくなった。だが、奴隷としての記憶や記録は残っているから、そこは注意するといい。ま、飛んでくる火の粉はティーナが何とかしてくれるかな」


「ええ、もちろん」


「ありがとうございます」


「では、僕は出発の準備をしないと」


「ええ? またどこかへ出られるのですか?」


「ああ。南のピラミッドに新種らしい虫がいたそうだ。ミイラの中に足がたく――」


「いえっ! 詳しくは結構ですから、さっさと行っちゃって下さい」


 ティーナが慌てて遮った。ナイス。俺も鳥肌が立ったよ。

 嬉しそうに喋ろうとしたこの人は危険だ。


「ああ、ごめんごめん、ティーナは虫が好きじゃ無かったね。じゃ、ルーファスによろしく言っておいてくれ」


「はい。お気を付けて」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 続いて、王宮の人事部へ行き、ティーナが書類にサインして、俺の身柄をティーナ個人の預かりとした。これで、戦は別だが、大抵の任務からは解放されるという。ティーナ様々だ。足を向けて寝られないな。彼女の足をチュッチュペロペロしたくなるが、ゲフン、嫌われないように大人しくしていよう。


「剣や鎧は受け取らなくても良いと思うけど、紋章は身分証に必要だから。ささっと済ませましょ」


 武具部と言うところに行き、刺繍の入った腕章のような物を受け取った。鷹かと思ったら、グリフォンだそうだ。


「これを示して名を名乗れば、騎士の身分を明かしたことになるわ。私がやったみたいに、証を見せずに平民と名乗っても問題なし。これはお忍びってヤツね」

 

「ふうん。じゃ、いつもは持ってるだけで良さそうだな」


 ついでに平民兵士用の紋章も見せてもらったが、一回り小さかった。


「貴族はこんなのを身につけてるから」


 ティーナが自分のベルトに下げている紋章を見せる。青地に綺麗な白い竜の刺繍。

 ま、これを見なくても、貴族は高級な衣服を身につけているので、分かりやすい。


「それじゃ、宿に戻りましょうか」


「ふう、終わったニャー」


 みんなで城の廊下を歩いて、出口へ向かう。



「ティーナ!」


 すると、白い鎧と白いマントを身につけた貴族が向こうから手を上げて走ってきた。

 また知り合いか。

 しかし、むむむ、甘いマスクの金髪美少年。


「む、アーサー…」


 ティーナが渋い顔をしたので、ふう、親しい関係では無かったようだ。

 一瞬、恋人だったら、どうしようと思ったよ。

 こんな奴が相手だと勝ち目は無いもの。

 ベルトには立派な刺繍をぶら下げている。これは石ブロックで組まれた塔かな。


「やあ、王都に来てるんなら、連絡してくれれば良いのに、水くさいなあ。君が来てるって聞いて、慌てて探し回ったよ」


 少し大袈裟に手振りを交え、白い歯の笑顔を見せるアーサー某。


「ええ、ごめんなさい。あなたも訓練や演習で忙しいだろうと思って」


「そんな事は無いよ。君と会う時間くらい、何てことは無いさ。フィアンセだもの」


「「「えっ!」」」

「ニャニャ!」


 驚いた。

 え? 何それ。

 婚約者がいたのかよ。

 

 うわあ。

 おうふ、こんなに仲良くしてくれるんだから、ちょっと脈があるんじゃないかと勘違いした俺が馬鹿だった。

 そりゃそうだよなあ。こんな美人の侯爵令嬢、そんなのがいてもおかしくない。

 というか、一介の下級騎士と侯爵令嬢ってどう見ても釣り合ってないし。

 しかも奴隷上がりで家柄も…。


 でも、ティーナも酷いよな。

 結婚できないとか言って泣いてたから、相手がいないんだとばかり思ってたよ。

 いるじゃん! 若いイケメンが。


「アーサー。何度も言うようだけど、それ、お父様が勝手に決めた話で、私は了承していないわ」


 苛立った様子で言うティーナ。


「分かってるよ。だからこうして自分を磨いて、君が納得できる男になろうとしてるんじゃないか」


「努力は認めてあげても良いけど」


「おっ、ありがとう、じゃ、挙式をいつにするか――」


「ちょっと待って! それとこれとは話が全然別よ。というか、あなたは私のタイプじゃないから」


「素直じゃ無いなあ。照れちゃって」


「違う!」


 拳を握りしめたティーナは、本気で怒ってるんだが、アーサーは爽やかな笑みを浮かべて、なんだか勘違いしている様子。


「ああ、初めましてお嬢さん方。挨拶が遅れて申し訳ない。僕はティーナの幼なじみでアーサー=フォン=ライオネルと言います。侯爵家の嫡男だけど、まだ家督は継いでないから、気軽にアーサー様でもライオネル様とでも呼んでくれ」


 気軽にと言いつつ様を強要するあたり、ファーベル卿と大違いだな。しかも腕を執事のように曲げて会釈するところも気障だわ。俺の好感度は下がりまくりよ!


「しかし、エルフとは珍しい。そのサファイアのような瞳の色も素敵だね」


 うわー、何だろ。鳥肌が。


「ちょ! ちょっと! 触らないで!」


 エリカがアーサーに手を握られて、慌てたように振り払う。


「止しなさい、アーサー」


 ティーナが腕を掴んで止めた。


「んん? 綺麗に手は洗っているし、ちょっとした挨拶をしようとしただけなんだが」


「それ、手の甲にキスする方でしょ。エルフは人族とは礼儀が違うのだし、それに、キスするなら、相手が手を差し伸べてからするものでしょう」


「ああ、失礼。少し、人見知りするタイプかと思ってね」


 ニカッと笑うアーサー。コイツのアグレッシブさは半端じゃねえな。


「分かってるなら、するなと言うに…ああもう」


「じゃ、立ち話もなんだから、部屋で話そう。君の冒険の話も聞きたいな」


「いいえ、今日は用事もあるし、私達はこれで失礼するわ」


「ええ? それは残念だな。じゃあ、君、レディ達の護衛は任せるよ」


 ぽんと、俺の肩を叩くアーサー。ふむ、しつこい奴かと思ったら、その辺の引き際は心得ているらしい。


「分かりました」


 あまり好きになれない奴だが、ティーナも無碍には扱っていないし、相手も大物だろう。普通に返事をしておく。


「ああ、そうそう、ティーナ」


「何かしら?」


 立ち去ろうとしたティーナは止まり、明らかにイラッとしつつも、それを抑えて問い返す。


「変な噂を耳にしたんだ。君が、奴隷を騎士に召し上げるよう、陛下にわざわざお願いしたって。いや、僕がそんな噂、真に受けるはずも無いけど、君の耳には入れておこうと思ってね。誰の嫌がらせか知らないが、侯爵令嬢が奴隷をお気に入りなんて、ちょっと風聞がさ」


「ふう。別に、お気に入りってわけでも無いけど、武勲を正当に評価してもらっただけよ」


「んん?」


「事実ってこと」


「なっ! ぬぁにぃーっ!!!?」


 やたら驚くアーサー。玉座の間の貴族達もちょっとどよめいてはいたが、そこまでじゃなかったぞ?


「そんな、馬鹿な。何て愚かなことを…」


「ふん。私は自分が間違ったことをしたとは思ってないわ」


「いや、君のお父上はそんな事は許さないはずだ」


「む。今回の件は私が関わって、私が陛下から褒賞を受けたのだから、お父様は無関係よ」


「何を言ってるんだ…家柄に関わる、直結する問題じゃないか。こうしてはいられない。ルーファス様にお報せしないと。早馬を持って来い! 今すぐだ!」


 むむ。ティーナの父親は、今回の件、知らなかったの? それはちょっと…。


「そんな事をしなくても、手紙で報告したわ」


「む、だが、返事は聞いていないのだろう?」


「ふう、ええ、そうよ」


「なら意味が無い。それで、その奴隷はどこにいるんだ?」


「あなたの目の前にいるけど?」


「なっ、貴様かぁ! くそっ、僕としたことが、触ってしまった! 汚らわしい」


 ううん、呪いでも付いてると思ってるのかね? 馬鹿にして臭い臭いと言うならまだしも、本気で嫌がってるのがちょっと引く。


「アーサー様! いかがなさいました」


 赤いローブの魔女っ子と、青いビキニアーマーの女剣士が駆けつけてきた。


「遅い! 従者が主の側を離れるとは何事だ!」


「あうっ」


 うわ、蹴った。小柄な魔女っ子が派手に廊下を転がったが、怪我してないか?

 心配なので懐から風呂敷に包んだ薬草を取りだし、彼女の側に行く。

 一方で、青剣士が片膝を突いて謝罪中。


「も、申し訳ございません。しかし、ティーナ様を手分けして探しておりましたので…」


「言い訳はするな! それより、桶に水を汲んで持って来い。穢れた物を触ってしまった。くそっ」


「は、直ちに」


 魔女っ子は膝小僧をすりむいて出血していたので、ヨモギ草を手で揉んで潰してから当ててやり、アロエ草も食べさせる。


「あ、ありがとうございます、つっ」


「背中を打ったのか。ロキソ草、使い方は分かるか?」


 魔術士風だし、錬金術をかじったなら薬草の知識はあるはずだ。


「はい」


「なら、これを」


「すみません」


 後は自分で貼るだろう。


「リーリーィー! 貴様! その奴隷と何を話している!」


「は、はい、も、申し訳ございません!」


 ビクッと怯える魔女っ子。なんか可哀想だが、俺のせいでもあるだろう。離れる。


「待ちなさい、アーサー。彼はもう奴隷では無いわ。騎士よ」


「だが、前は奴隷だったのだろう?」


「ええ。それはそうだけど…」


「ペッ!」


 ふおっ! 唾を吐いて来やがった。とっさにウインドの呪文で誰もいないところへ弾いてやったが、コイツ、やり過ぎだろ。


「アーサー!!! それ以上は、いいえ、私の仲間に対する侮辱として、あなたとの婚約は破棄するわ。そして、決闘を申し込みます」


 ティーナが俺の前に立った。


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