第四話 謁見
今回は言い回しがちょっと堅苦しい回です。
読みづらいと思われた方は適当に読み飛ばしてもらっても次話でシナリオは把握出来ると思います。
貴族の呼び名に、この作品独自のローカルルールを適用しているのでご注意下さい。
2016/10/3 誤字修正。
国王との謁見を控え、俺たちは控え室の一室で待機中だ。
注意事項はしっかり聞いたし、今日の予定も把握しているのだが、どうにも緊張してしまう。
リムやエリカも緊張しているようで、平気なのはティーナとリサ。
子猫のクロはさすがに今日は宿屋でお留守番だ。
「ちょ、ちょっとトイレに行ってくるニャ」
「また? いいけど、慌てて走ったりしないでね、リム」
「分かったニャ」
むう、手の震えが止まらん。
落ち着け…落ち着け…
「ユーイチ、大丈夫?」
「あ、ああ」
ティーナが気に掛けてくれているが、早く終わらせたい。
と言うか、始まる時間が分からないのは落ち着かないな。
八時半からここに詰めているが、すでに一時間以上、経過している。タイムの呪文で時間は把握できているが…。
「それで王宮直属となったら、先が思いやられるわね」
リサが言う。
「いや、下級騎士は謁見の機会なんてまず無いから。今日さえ乗りきれば、なんとかなる、はずだ…」
下級騎士なら、ティーナが王宮の事務方に願い出るだけで、簡単に貸し出されるとのことで、名目だけ王宮直属にして、後はティーナと行動を共に出来る。
ティーナの話によると、騎士は上級と下級に区分され、下級は家の名を名乗れるものの、ほとんど平民に近いそうだ。だが、俸禄がもらえるのが大きい。月額支給で毎月400ゴールド。男爵の使用人が月額1000ゴールドなので、平民よりもらえる額が低いようにも見えるが、何もしなくてももらえる金というのが異なる。従って、街の詰め所で警備の仕事に就けば、上乗せの俸禄がもらえ、衣食住もタダになったりする。
また、治安任務の権限により、街中や城内で剣を振るう事も認められ、それだけで平民と奴隷には恐れられる存在となる。ただ、斬って殺すと厳しく調査が行われるそうで、ま、当然だろう。
通常、上級騎士の隊員として行動するが、田舎だと、下級騎士が隊長となり、平民の兵士をこき使うというパターンもある。
ま、俺は俸禄が無くても、薬草を集めて売るだけで生活出来るし、任務に就く予定は無い。
普段馬に乗らないのに騎士、魔法を使うローブ姿の騎士というのも違和感があるが、日本で言う士農工商の武士に近いのだろう。
階級だ。
騎士は対等の地位同士であれば、相手の名前に「殿」を付けて呼ぶ。下級騎士が上級騎士の名を呼ぶときは「様」付け、上の者が下の者を呼ぶときは呼び捨てか「殿」。
「殿」「様」は姓名のどちらに付けても構わない。
俺から見て上の階級の貴族は「卿」や「様」を付けなければならない。侯爵の娘であるティーナには「ティーナ様」「ラインシュバルト卿」。お父様の侯爵本人には「閣下」「侯爵閣下」。
ま、とにかく様を付けておけば大丈夫だ。レクチャーしてくれたティーナもそう言っていた。
「お待たせしました。こちらへ」
王宮の官吏がやってきて言う。
「分かりました。じゃ、仕方ないわね。リムは置いていきましょう」
タイミング悪いなあ。
だが、廊下に出ると、リムがちょうど戻って来た。
「ニャニャ! 間に合ったニャー」
「ええ」
「陛下の御前では、くれぐれもお静かに願いますぞ」
と、さっそく釘を刺されてしまったけど。
「気を付けます」
ティーナが対応。
「ニャー…ごめんニャ」
「いいのよ」
廊下を右に折れて歩いていく。見上げるような巨大な両開きの扉が見えて呆気にとられた。両脇にいた兵士が取っ手の鉄輪を掴んで、引っ張り始める。
大変そうだなあ。ここの門番だけはやりたくない。
「行きましょう」
まだ開ききっていないが、案内人が中に入り、俺たちも続く。
広間には、大勢の人間がいた。
中央、レッドカーペットの道を、案内人に続いて歩く。
「あれが悪魔を倒したという冒険者か」
「それほど腕が立つようには見えんな」
「待て。先頭はラインシュバルトの娘ではないのか」
「そう言えば見覚えがあるぞ」
貴族や騎士のひそひそ話が聞こえてくる。
「では、こちらでお待ちを」
前まで行かず、途中で案内人が、脇を示し、そこに並ぶ。
前側には玉座が有り、国王が別の人間と謁見しているのが見えた。
「下がって良いぞ」
「ははっ!」
謁見を終わらせ、黒い鎧の男が二人の従者を連れ中央のレッドカーペットをこちらに歩いてくる。
眼光鋭く、黒い長髪のオールバックの男だ。
なんか強そうだし、手合わせを申し込まれたらアレなので、視線を向けずに下を向いておく。
「ふん、奴隷か」
近くに来たとき、そうつぶやいて退出して行く、武人。
彼が退出したとき、周囲の人間から緊張が抜けたような気がした。
「続いて、オズワード侯爵領に現れし悪魔を退治せしめた、ティーナ=フォン=ラインシュバルト!」
「はっ」
「おお、やはり侯爵の」
「どういうことだ」
どよめきが起こる。
「ほら、行くわよ」
リサが言う。おっと、見とれてる場合じゃ無かった。
「ニャニャ!」
うわー、めっちゃ注目されてる。嫌だわー。お姫様との云々なんて、考える余裕、無し。
早く帰りたい…。
ティーナが、そこまで行っちゃうの? というところまで出て歩き、そこで片膝を突く。
俺たちもその後ろに並んで、下を向いたまま膝を突く。
「良く来た。楽にして良いぞ」
「陛下のお許しが出た。面を上げよ」
王とは別の人間が命じて、顔を上げる。
ミッドランド国王は白髪の老人だった。痩せ気味でちょっと不健康そうな感じ。
羊羹色に金縁の豪奢な服を着ているが、あんまりじろじろ見てもマズいか。視線は落としておく。
「陛下、ラインシュバルト卿は、ヌール子爵が悪魔を呼び出そうとして攫っていた街娘とエルフを救出、さらにヌール子爵に指示を出していたオズワード侯爵の城にて、侯爵の娘セザンヌに化けていた悪魔の正体を暴き、これを仲間と共に退治しております」
右脇に立っている細面の貴族が説明する。
「うむ。街中に悪魔が入り込むなどゆゆしき事態。久しく無かったことだ。それを暴き退治するとは、良くやってくれた。褒めて遣わす。さすがは白竜の家紋の一族よ」
「お褒めに与り、ありがたき幸せ」
ティーナが片膝を突いたまま礼を述べる。
「うむ。して、ラインシュバルトよ、セザンヌに化けていた悪魔だが、人間と変わらず、他の多くの者がそれとは気づかなかったと聞く。真か?」
「はい、陛下。私もこの目で間近にし、会話すら交わしましたが、途中までは全く」
「ううむ。そなたは生前のセザンヌとは面識があったのであったな?」
「は、しかし、幼少のみぎりにて、親しくもなかったゆえ、性格までは把握しておりませんでした。別人のようだとは思ったのですが…」
「そうか。正体を暴くのに鏡を用いたと聞くが、今、持っておるか」
「は。こちらにて」
国王が興味を示す可能性も考慮して、鏡はティーナが布に包んで小さめのショルダーバッグに入れていた。俺が取り出すと、奴隷が触ったものはどうのこうのと、いちゃもんが付きかねないと思ってのことだ。ティーナは心配のしすぎだと呆れていたが。
近衛の甲冑の騎士が横からやってきて、ティーナから鏡を布ごと受け取り、それが今度は細面の貴族に渡され、さらに国王へと渡る。
なんだか面倒臭い手続きだ。ティーナがそのまま渡せば数秒で終わりそうな行為。ま、セキュリティや威厳の問題なのだろう。
「ふむ、これはミスリルか」
「そのようです」
細面が答える。
「悪魔は破魔の鏡と呼び、それを隠そうとしていたようです」
ティーナが補足説明する。
「己の姿を白日に晒すのだ、それは当然であろうが…どのように入手したか」
意外に詳しく聞いちゃうのね、王様。もっと良きに計らえと言うタイプかと思ったが。
「は、物置部屋で発見したとのことですが、さらに詳しくお聞きになるのであれば、この者から説明させますが」
ティーナが言うと、細面が、小声で何か国王に耳打ちした。アイツ、奴隷っすよ、みたいな感じかな。
「構わん。詳細を知りたい。報告せよ」
ティーナがこちらを見て頷くので、口を開く。
「は、セザンヌ様に化けた悪魔に晩餐会に招待された折、気分が優れぬなら休めとセザンヌ様に言われ、別室で休んでおりましたが、広間に戻ろうとした際に道に迷い、偶然に物置部屋に辿り着き、そこの棚の奥に置かれていた鏡を発見した次第でございます」
もう自分で言っていて、かなり怪しいなあと思うが、生理現象の話を省くと、こうなってしまう。
「偶然じゃと?」
「はあ」
「ラインシュバルト卿よ、この奴隷、手癖が悪いのか?」
細面がズバリ聞いてくる。
「いえ、そのようなことは決して。まっとうな人間であると私が保証致します」
ティーナがありがたい太鼓判を押してくれる。山賊の一味だったこともあるのだが、ま、あれも不可抗力で、自分の意思じゃないしね。
「冒険者だと申したな。冒険者カードを見せるのだ」
細面が言う。
「は、これにて」
また騎士が出てきて、仲介する。
「カルマの数値は一桁、手癖が悪いようでは無いようです」
細面が疑惑を晴らしてくれた。ま、こいつが言い出したんだけどな。
「であろうな。ラインシュバルトが保証したのだ。問題あるまい」
「は」
早くそのカード返してねと、視線を送ると、こっち見んなという顔をして細面がまた騎士を使って、返してくる。
「して、鏡を使ったということだが、この鏡の使い道を知っておったのか、ラインシュバルトよ」
「いいえ、私も、仲間も存じておりませんでした。偶然、セザンヌにこのような鏡が落ちていたと言って渡したところ、反応があったというわけです」
「ほう。考えようによっては間抜けな話だが、希に見る強運とも取れような」
国王が言う。
「御意。偶然であれば、そうなりましょうな」
「オーバルトよ、そなたはラインシュバルトの言葉を疑っておるか」
国王が脇に立つ細面を見やる。
「いえ、陛下、そのようなことは。ただ、話が出来すぎていると感じたまでのことです」
うえ…ラインシュバルト側が、すべて作り話をやって、オズワード側をはめようとしている風にも見えるのか。
超ヤバいんですけど。
「ふむ…いずれにせよ、すでに裏は取った。オズワードが悪魔を呼び出し、それに逆に乗っ取られた事実、またその悪魔をラインシュバルトが退治した事実は動かぬ」
「は、その点については間違いなく」
「であるなら、逆賊はオズワード、忠臣はラインシュバルト、構図ははっきりしておる。よって沙汰を言い渡す!
オズワード侯爵、ヌール子爵は共にこれを反逆の罪とし、領地没収の上、一族を斬首とする!」
おおおおっ、と後ろの貴族達からやたら大きなどよめき。
「静粛に! 静粛に願います!」
「お、お待ち下さい、陛下。この場は事実確認とラインシュバルト卿に対する褒賞の場、オズワード侯爵以下はすでに拘束しており、急ぐ必要はございません。また日を改め、彼らの弁明を聞いた上の方がよろしいかと」
狼狽える細面のオーバルト。コイツ、オズワード側の人間なのだろうか?
「ふん、弁明など。まあいい、聞くだけは聞いてやろう。うむ、褒賞であったな。ラインシュバルトは加封とする。新たにオズワードとヌールの領地を治めよ」
再び、どよめき。加封ってアレだ、領地が増えるご褒美だよね。侯爵と子爵の領地、まるまるくれんの? 太っ腹に思えるが。
「なりませぬ、陛下。今回の形の上では、オズワード侯爵の命を救い、被害拡大を防いだようにも見えますが、オズワード侯爵とラインシュバルト卿は犬猿の仲、領民や騎士の感情もございます。ここは別の土地がよろしいかと」
「ふむ。一理ある。では、その件はオーバルト、そちに任せる。オズワードとヌールの領地に匹敵する領地を与えるように」
「はは。承りました。では、これにて――」
「お、お待ちを」
ティーナが慌てて待ったを掛ける。それは得策とは言えないぞ…。
「何か。ラインシュバルト卿。領地の配分は国王陛下の専権事項。口を挟むのは御法度であるぞ。これ以上の褒賞もあるまいに」
「いえ、褒賞に不満があるわけではございません。過分な程を頂き、恐縮する次第です。ただ、他の土地と言っても、侯爵領となると大事かと。それならば、今回は子爵領に留め、代わりに、私を手助けしてくれた者達に、名誉をお与え頂ければと愚考した次第です」
「たわけッ! それこそ、物言いであろうがッ!」
わあ。ヤバいよー。細面がマジギレじゃん。唇がプルプルして目が血走ったし。打ち首でおじゃるとか言われそうで怖い。
「まあ、待てオーバルト、もっと寄越せと言っているわけでは無いのだ。むしろ、こちらの配分に気遣いし遠慮する忠臣ぶり、確かに領地ばかりが褒賞とも限るまい。ここはラインシュバルトに酬い、騎士に上げてやってもよかろう」
笑みを浮かべ和やかに言う国王。
「は、陛下がそのように仰せならば」
ころっと態度を変えたけど、唇プルプルが演技だとしたら、この人は凄いな。
「ありがとうございます。他の者は今の地位に満足しているので、ユーイチを騎士として上げて頂ければと」
「む、奴隷か…」
細面が俺を見て、渋い顔になる。
「他の者は良いと言うのだな?」
「はい」
「確か、この奴隷、元は平民で、税の支払いに困った上での身売りとか」
詳しいな、細面。
「左様でございます、宰相閣下」
ティーナが肯定する。
「ならば、さほど問題はあるまい。陛下の仰せである。ユーイチを騎士に任ずる」
どよめき。二階級特進ってヤツだ。
「ありがとうございます」
ティーナが言い、俺も頭を下げる。
「では、これにてラインシュバルト卿の褒賞を一件落着とする! 下がれ」
貴族の敬称は調べれば調べるほど奥が深いのですが、ちょっと手に負えない感じなので、私のこの作品では、本来爵位を持っていないティーナも貴族として「ラインシュバルト卿」と呼ばれる、というローカル異世界ルールとしたいと思います。
「ラインシュバルト嬢」と呼ぶのが一番正解に近いかなという気もするのですが、音読すると早口言葉になりそうな難易度なので嬢は私の中ではしっくりきません。ラインシュバルト自体が…(;´Д`)色々アイディアを頂いたのですが、ひとまずこれで行こうと思います。




