第二話 王宮の使者
2016/10/14 若干修正。
王宮からの指示を待つこと二週間。
この街の近くにはダンジョンも無いそうで、ひたすら俺たちは地道な訓練に明け暮れた。
薬草集め、調合、魔法発明も鬼教官の訓練を逃れるために必死にやったが、良い成果は出ていない。
急に体を動かすと怪我をするからと言い訳して柔軟体操も始めたが、時間稼ぎにはならなかった。
バリア魔法さえ強化できれば、俺は痛い思いをしなくて済むのだが、重ね掛けがどうしても上手く行かない。
元の一枚だけのバリアを強くしようにも、最初から全力全開なので、どちらにしろ新しいキーワードが必要だ。
だが、その甲斐もあって、俺はパリィを習得した!
イヤッホウ!
回避率も劇的に向上し、命中力の高いティーナですら、簡単には当てられなくなった。
熟練度成長速度75倍の実力である。
一日の訓練で普通の人の75日分に相当する。
つまり、二週間もやれば、三年分。
騎士隊長のアルフレッドが見切り三年と言っていたが、ちょうどそのくらいになっていた。
この成長速度スキルもまだ伸びているので、これから先が楽しみだね。
「フハハハハハ! どうした小娘、それが貴様の限界か?」
「くっ、調子にっ、乗るなぁっ!」
うお、今のはちょっと危なかった。
あの体勢から跳躍して腕を伸ばすとは、体が柔らかいと言うか、運動神経がずば抜けていると言うか。
「あの、ティーナ、そんなに本気出してくれなくて良いから」
「うるさいっ! 絶対に、絶対に、一撃、入れてやるんだから…!」
あやー。ちょっと、煽りが過ぎたようです。目が据わっちゃってるね。
当てるのは良いけど、手加減は忘れてないよね?
急所にクリティカルなんて入れられた日には、多分、俺死んじゃうよ?
視界に見知らぬ中年男もやってきたし、樫の杖でティーナのレイピアを弾き、そこで止めさせる。
ティーナも気づいていた。
「うむ、なかなか見事な突きであった。オズワード侯爵閣下の城に出た悪魔を倒したのは、貴殿らで相違ないな?」
鉄鎧の上に白いマントを羽織った騎士風の中年男が問う。
「はい、いかにも、冒険者ティーナとその一行にございます」
ティーナが剣を鞘に収めて答える。
「我が名はジョセフ=コルベット、王宮直属の上級騎士である。陛下のお召しだ。拝謁の栄誉である。貴殿らにはワシと共に直ちに王都へ来てもらおう」
「はっ!」
俺たちはすぐに荷物をまとめて、用意された馬車に乗り込み、王都へ出発した。
馬車は馬二頭で引く大型のもので、四人乗りだ。それが三台。俺たちのパーティーは俺、ティーナ、リム、リサ、エリカの五人なので、二台に分乗し、俺とティーナが迎えに来たジョセフと相乗りだ。
いや、俺はむさ苦しいおっさんより、リム達と一緒が良かったんだけどね。ティーナがこっちと言うので、仕方なくだ。子猫のクロは上級騎士と同じ馬車はどうかと思ったので、リサに預けている。
そう言えば、リサが募集を掛けた新メンバーは結局、応募がなかった。なんでかね? ま、その方が良い。
「ほう、奴隷の魔法使いとは珍しいな」
俺の地位と名前を確認したジョセフがそんな感想を述べた。威張るべきなのか、悲しむべきなのか。
「私にとっては危険な冒険を共にしている仲間です。その点はお気遣い頂けると」
「うむ、ティーナ殿の所有物であれば、手荒に扱ったりはせぬ。安心召されよ」
「はあ、どうも」
ティーナは少し残念そうな顔をしたが、ジョセフの方がこちらの世界では一般的な態度だろうと思う。
物扱いはちょっと怖いが、ティーナが所有者なら安心だ。
私はティーナのモノよ、気安く触らないでね。
「しかし、悪魔が侯爵令嬢になりすましておったとは、ワシも驚いた。そのような話、聞いたことも無い」
「は、私もなぜあのようなことになったのか、衝撃を受けているところです」
ティーナがそう答える。
おとぎ話や歴史上はどうなのか気になるところだが、今は沈黙しておく。
相手は上級騎士、リーダーで貴族風のティーナが話す分にはいいが、俺が口を挟むと不快に思うかも知れない。
「見た目は普通の人間に見えたと言うことだが、真か?」
「はい、魔法の鏡で正体を暴くまでは、全く普通の人間に見えていました。恐ろしいことです」
「うむ。魔物がよもや街中に入り込んで生活していようとは。これが王宮にでも…オホン、滅多な事は言うものではないな。縁起が悪い」
「王宮には高位の魔術士や神官もおられますし、魔除けの結界なども張り巡らされているのでは?」
「うむ、だが、それは侯爵の城でも同じ事で有ったはず。油断は出来ぬ」
「ああ…」
だが、あの悪魔を呼び出したのが侯爵だったため、魔除けの結界などは自分から外していたと思われる。
俺もこういう事件があるまでは、召喚術で悪魔を呼び出してみたいと無邪気に考えた事も有ったのだが、危険だね。ダメ、絶対、だね。
「魔法の鏡とやらは、今、持っているのか?」
「はい。荷物の方ですけど」
ティーナが頷く。俺がバッチリ侯爵領から持ち出してきたよ! うへへ。
「そうか。見てみたかったが、まあ、後で良かろう。して、件の悪魔は、いかような姿であったか」
「毛の無い紫色の肌にて、ゴブリンに似た感じですね。背中に翼が付いていましたが」
「角はあったか」
「いいえ、それは有りませんでした」
「そうか、ワシは一度、ダンジョンで角付きの悪魔と戦ったことがある。力も強いし魔術も使う、強敵であった」
「はい。私達が出くわした悪魔も、魔術を使い、強敵でした」
「うむ。その剣、ミスリルで倒したか?」
「はい。ですが、私の力だけで無く、ここにいるユーイチの魔術や、仲間達の力が大きいです」
「ふふ、パーティーか。ワシも若い頃に組んで冒険をしておったわ」
「コルベット卿もですか?」
「おうとも。己の力がどこまでのものか、試さずにはいられなかったのでな。今にして思えば、無茶をしたものだ。何度も死にかけたしな」
「そうですか。私も今回は、身の危険を感じました」
「では、お遊びはほどほどにして、自重するのだな。ワシは騎士の家柄で次男坊だから良かったが、貴殿はそうも行くまい」
「いえ、私も、兄がいますので同じですよ。家柄については、すでにお気づきでしたか」
「さて、冒険者ティーナと名乗られたからには、王都まではそのように扱う。ワシは何も聞いておらぬぞ」
ニヤニヤするジョセフだが、お前絶対、ティーナの正体、知ってるだろと。
俺としてはちょっと気になるんだけど。子爵よりは上だろう。
「では、そのままでお願いします」
「まさか、陛下の御前でもそれを通すつもりか?」
「いえ、さすがにそれは恐れ多いので」
「それが良い。ま、理由については事情もあるのだろうし、聞かぬよ」
「お気遣い、ありがとうございます」
そこは聞いて欲しかった!
「しかし、獣人とエルフと奴隷とは、少々変わり種だな。ワシも獣人は仲間にしておったが、エルフとは」
「多少、人見知りするところはありますが、エリカは良い子ですよ」
ええ? 悪人とは言わないけど、良い子ねえ?
「ふむ。その剣だが、流派は何を?」
「伝統派と旋風剣を少々」
「ほう、旋風か。細腕にはそれが合っているのであろうな」
「お言葉ですが、自分では細腕と思ってはおりません」
貧弱では無いが、そこのジョセフの太い腕に比べたら、細いと思う。
「ほほう、言いおるな。よし、宿へ着いたら、一つ、手合わせでもいかがか」
「喜んで」
好きだなあ。体育会系の思考は理解できん。アルフレッドがここにいたらさらに盛り上がりそうだが、スレイダーンとミッドランドは戦争していたし、うーん、今、再会したら、ティーナの敵となるのか。
一日目は野宿となり、さっそくジョセフとティーナが剣を合わせていた。
別に見たいわけでも無いのだが、他にすることも無いので、クロを膝に乗せて観戦。
ジョセフの剣は幅二十センチはあろうかという大剣。それを片手で軽々と扱ってるし、あんなので斬られたら、俺は一撃のような気がするんだが。
「くっ、重い」
さすがのティーナも分が悪すぎだろう。受け止めようとした剣ごと、持って行かれそうになってよろける。
「ふふん、思った以上にやるが、その剣でワシのブロードソードを弾き返そうなど、百年早いわ」
「まだまだぁっ!」
「良かろう!」
良くやるなあ。しかも、あのおっさん、ティーナの突きを軽々と躱してるし、くそ、俺の華麗なる回避力が全然目立たないじゃんよ!
ゲームでありがちな主人公補正はゲームバランスとして面白くないけど、リアルだととても欲しいです…。
「参りました」
肩で息をし始めたティーナが、切りの良いところで負けを認めて引き下がる。
「うむ、その若さでその腕ならば、剣豪の名も取れるであろう。精進するが良い」
「は。ご指導、ありがとうございました」
ティーナが口答えした分、ばつが悪かったか苦笑して軽く肩をすくめて戻って来る。とにかく怪我もしないで良かった。
「ナイスファイト!」
最近、好感度が心配になってきたし、今後のことも考えて、ここは健闘を称えてやらないとな。
「よくやったニャ」
「ありがと、でも、全然だったわ」
ちらっと、ジョセフが俺を見る。
ん? 何だろ。ハッ! こ、こっち見んな!
「次だ。ユーイチと言ったな。お前も相手をしてやろ――
「いえっ! お断りします」
速攻で。
「遠慮は要らんぞ。心配するな、きちんと手加減してやるぞ。さあ、来い」
遠慮じゃ無いのよ! 遠慮じゃ無いのよ!
「ユーイチ、失礼になるから、さっさと負けてきなさい」
ティーナが言う。真顔なのでそれが正しいのだろう。
「ホント、この世界のそう言う慣習は気にいらんわー。だが、ティーナよ、別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」
もちろん、小声でね。接待プレイが必要なら、それでいいんだが。
状況は当てはまってないけど、一度、この台詞は言ってみたかったん。
「ええっ?」
ティーナの驚き顔が小気味良い。
いや、本当には倒せませんけどね。
「ほほう。言いおるわ、若造が」
えっ? 何で聞こえてるの?
しかも、両手で構えを取るのは止めて下さいジョセフさん。
タダの軽ーいジョークなので。
ジョウダンデスヨ?
「もう…この者は、冗談が好きなもので、お気に障ったのなら、私が謝罪します」
「構わん。なんなら、魔術を使っても構わんぞ」
んー、まあ、どのみち敵わないだろうけど、ここで遠慮しても収まりが付かないみたいだな。
ついでに、俺の実力を測っておくのも良い機会だろう。
「では、参ります」
「来い!」
魔術士相手に突進してこないので、そこはハンデを付けてくれたようだ。
まずステータス呪文を、俺とジョセフの両方に無詠唱で唱える。ジョセフのステータスは失敗。ま、そうだろうとは思ったけど。
続いてバリア。
あの幅広剣への防御効果は気休めでしかないが、俺の心が落ち着かないので唱えておく。
そして、小手調べのファイアボールを詠唱で使ってみる。初級の攻撃呪文だが、入門の書に紹介されていた生活魔法とは一部魔法文字が異なる。
「四大精霊がサラマンダーの御名の下に、我がマナの供物をもってその爪を借りん。ファイアボール!」
右手に生み出された拳大の炎の玉が、弾丸のようにジョセフに飛んでいく。
む。前よりなんか、スピードが上がったような気が。
「甘いわ!」
さすがは王宮直属の上級騎士なのか、幅広の剣を横にしたまま顔の前にずらし、上手く火の玉を防ぐジョセフ。
見た目がゴツいムキムキのくせに、割と器用。
さて、切り札を出す前に、回避がどの程度通用するか、試しておきたい。
それで終わっちゃうかも知れないが、手加減はしてくれると思う。
俺、死なないよね?
ドキドキ。
向かって走る。
「む。このワシに、魔術士風情が真っ向勝負か。舐めおって!」
あれ? ちょっと本気で怒ってない?
いや、剣術をちょっと習おうかと、その程度なんですのよ?
今更止まれないので、ついでにコンセントレーターの呪文を無詠唱で発動させ、杖の物理命中力も上げておく。
まずは、一太刀。
真上から振り下ろして、簡単に剣で防がれた。
続いて、ティーナの動きを真似て、体に回転を掛けつつ、横薙ぎ、そして反転してさらに横薙ぎ。
きっちり防御してくるなあ。
「ユーイチ! 来るわよ!」
もう一撃、と思ったが、ティーナが叫んだので、慌てて間合いを取る。
瞬間、ブンッと、鼻先をブロードソードがかすめ、風が顔を撫でた。
「躱したな? 小僧。そうで無くては面白くない」
ニヤリと笑うおっさん。
いやいやいや、今の、当たったら、確実に死ぬでしょ?
剣も見えなかったし。
ちょっと何これ。
手加減のご挨拶プレイじゃなかったのかよ。
とにかく、必死で後ろに下がる。
「ダメ! 横に逃げて!」
横に動こうとしたとき、鋭い突きが俺のローブを貫く。
体には刺さらなかったが、いやだから、これは即死攻撃でしょ? 手加減してないよね?
それとも手加減してこれなのか。
さらにジョセフが腕を引いて、再び突きを繰り出そうとしたので、暗闇の呪文を両目にめがけて飛ばす。
もちろん、無詠唱だ。唱えてる暇は無い。
「むっ!?」
お、成功した。
護衛の兵士達が驚きの声を上げる。
「おお」
「あれは、暗闇の魔法だ」
「コルベット様に魔法を掛けるとは」
ふっふっふっ、さーて、タコ殴りターイムのお時間ですかね。
「わひっ!?」
距離を取ったはずの俺に、ブンッと、鋭い踏み込みからの薙ぎ払い。
かろうじて後ろに跳んでさらに体を反らせてかわしたが、本当にギリギリだった。
柔軟体操してなかったら、斬られてたと思う。
だが、そのまま草むらに倒れ込んだ俺には、次の回避は不可能だ。
ならばと、アースウォールの呪文で地面を盛り上げ、障害物にする。
地属性なので、この地形ならアイスウォールより大きな壁になってくれる。
「むっ!」
前に踏み込もうとして土壁にぶつかったジョセフが立ち止まる。
「いええい!」
おお、剣で土を飛び散らして、前に出てきやがった。
あの悪魔より強いって、この人。
だが、俺はその隙に立ち上がって、横に逃げている。
おっさんはこちらを向いていないので、暗闇の呪文が失敗しているわけでは無さそう。
なら、俺の位置が分かったのはなぜだ?
心眼?
それだと格好良いなあ。
「隊長、右です!」
あっ、汚いぞ、部下A!
真剣勝負にカンニングみたいなことするなんて。これが将棋ならお前の首は将棋盤の裏に乗ってるところだぜ?
ティーナもだけどね。
「ふん!」
こちらが見えているわけではないようで、大振りの横薙ぎで探ってくるジョセフ。
怖いので、ちょっと下がって距離を取る。
「そこか!」
うえ、気づかれた。なんで?
だが命中率は下がったようで、ジョセフの突きは俺の左側にズレた。
こちらももう必死なので、ウインドボールで攻撃。これなら剣でガードしても風の刃が回り込んでダメージを与える。
「むっ」
しかし、頬からちょっと血が出た程度で、ダメージはろくに入ってない感じ。
「隊長に傷を付けたぞ!」
「やるな、アイツ」
それでも結構凄いらしい。
「そこか!」
お? アースウォールで足下に壁を作ったら、そこに反応して攻撃しやがった。
ははーん、音で俺の位置を探っていたか。
なら、風の呪文であちこちに。
「くっ、風を操るか…」
んで、電撃。
「むっ!」
お、効いた効いた。顔をしかめる程度だけど。
「隊長、前です!」
だからぁ。黙ってないと、お前も攻撃しちゃうぞ、部下B。
「ユーイチ、もう充分でしょ。降参して」
ティーナが言ってくるが。
「おっ」
なんだよ、その手が有ったじゃん。いかんね、ついつい、俺としたことが熱くなっちまったぜ。
勝たなきゃいけない闘いでもなかったわ。すっかり忘れてた。
「参りました!」
相手に敬意を表して、すがすがしく。
んで、おっさんも、笑顔でなかなかやるではないか、小僧なんて言ってお終いだよね。
「まだまだぁー!」
はあああ? ちょっと待てー!
話が違うんですけど!




