第一話 ハーレムの野望、危うし
2016/10/14 若干修正。
オズワード侯爵が悪魔に取り憑かれていたというニュースは、この国、ミッドランドに激震をもたらした。
そうそうあることでは無いようだ。
有ってもらっちゃ困る。
俺もほとんど、魅了されかけてたし。
セザンヌ、綺麗だったなぁ。
魅了の魔法のせいかもしれないが、あれは初恋ではなかったか。
幼稚園の頃に可愛い女の子に好意を持ったりしたこともあるのだが、そんなレベルの一目惚れでは無かったし。
ふう。
今、俺達はオズワード侯爵領ワードネアの城下町にいる。
そう、あれから、まだ同じ宿に泊まったままだ。
冒険者ギルドへの報告、王宮への連絡、ティーナの父への連絡など、色々と有って、しばらく動くことはできない。
王都から沙汰があるまで早くても二週間は掛かるという。
本当はこんな場所、さっさと離れてしまいたいのだが、事件が事件だっただけに、下手に動くと命取りになりかねない。
しかも、魔法屋に寄ってみたが、お婆さんが俺たちを警戒してしまっていて、呪文は教えられないという。
ティーナが憤慨しながら事情は説明してくれたが、慎重なお婆さんは首を縦には振らなかった。
ただ、素材は売ってくれるというので、適当に買い込んで錬金術の練習をしている。
鉄の鍋でぐつぐつというのは宿屋が許可してくれなかったので、乳鉢で混ぜる調合がほとんどだ。
いくつか、使えそうな調合には成功した。
ブーツに振りかけて使う回避率アップの薬品。ただし効果は一時的。
布を恒久的に丈夫にする薬品。ただし、肌触りがごわごわしてしまうので、ローブのみに使用した。
煙玉。ただし、購入した方が安く付く。なぜだ…。
麻痺回復の薬。スキサメ草とシャクヤクの組み合わせ。
ただ、しょぼい。
別にエリクサーや黄金を作れとは言わないが、もうちょっと高度な物を作りたいところだ。
体力の増強、最大HPをいじる薬は入門書には載っていなかった。存在しないのかも知れない…。
魔法発明で挑戦しているが、こちらも成功していない。
装備の強化だが、リムに鋼シリーズの小盾と手斧を更新しただけで、他は良い物が置いてなかった。
ミスリル装備は値が張るのはもちろんだが、なかなか市場には出回らず、出たとしてもあっという間に売り切れだと武器屋の親父が言っていた。
魔法の方は、目潰しのフラッシュを開発したが、それだけだ。
バリアの上位魔法の開発に苦戦していて、このところ停滞気味だ。
レベルは一気に7レベルも上がったが、俺のHPは70ちょうど。まだ二桁だ。
これから先、強い敵が出てきたら、一撃死は無いにしても、不安が残る。
ザックの話によると、あのセザンヌに化けていた悪魔はノーマルの悪魔だそうで、強えよ、デーモン。あれより上位の悪魔が出てきたら、俺たちは軽く全滅させられると思う。
ザックも、悪魔を足止めはしてくれたが、こちらにけしかけたりと食えない奴だ。別に倒してくれても良かったのにね。ただ、あいつはティーナの護衛だろう。ティーナのパパが金で雇ったに違いない。あんな高レベルの凄腕が俺たちの前に何度も出てくる時点で変だもの。
俺が死にかけてたのに、助けてくれなかったのは頂けないが。
「うーん」
ベッドでごろごろ。クロを抱き上げて、考える。
今できることは魔法開発なのだが、さすがに一週間もやると飽きる。
次の強敵に出くわしたときに、どうせ後悔するのだろうが、飽きた物は飽きたのだ。
ドアがノックされた。
「ユーイチ、私だけど」
「ああ、開いてるよ」
ティーナが俺の部屋に入ってきた。
「またごろごろして…暇なら、私たちと剣の訓練でもしましょ」
「ヤダ」
俺は魔法の方が性に合うし。HPが低いから、前衛は向いてないし。
「あのね。あの悪魔との戦いでも死にかけたでしょ。せめて防御くらいはできるようにならないと、これから困ると思うわよ?」
「そこはバリアの呪文で、むう…」
「まだ完成してないんでしょ? じゃ、ほら、たまには体を動かした方が、頭も回ると思うわよ」
「分かったよ」
クロを下ろし、樫の杖を持って、下に降りる。
「ニャ、来たニャ」
「ほうら、言ったでしょ」
「フン」
宿屋の裏庭には、他のメンバーが勢揃いしていた。エリカが涙目でへたり込んでいるが、コイツが真面目に剣の訓練をしていること自体が驚きだ。よほど、悪魔との戦いで死にそうになったのが応えたと見える。
「じゃ、ユーイチ、その樫の杖で、私の剣を弾く、パリィの技を練習しましょう」
「うん。まあ、手加減して、最初は凄くゆっくりで、頼むよ。俺、まるきり初心者だし」
は…初めてだから、優しくしてね!
「ええ、分かってるわ。じゃ、始めるわよ」
「おう」
樫の杖を構える。
次の瞬間、スコッ!
と、脳天に激痛。
「うおっ! ちょっ! 待て待て待て!」
しかも、さらに逃げる俺に、スコッ! スコッ! と、連続攻撃。眉間が痛え…。
「何かしら?」
レイピアを下ろして、しかし、横向きに立って、姿勢は崩さないティーナ。格好良いけど、見とれてる場合では無い。
「いや、何かじゃねーよ! 今、当てただろ!」
「うん」
うんじゃねーよ、うんじゃ。
「ユーイチ、ティーナが本気出してたら、あなた、三回は死んでるわよ?」
リサが言う。
「いや、それは、え? そういう練習のやり方なの?」
「ええ。どう言う練習だと思ったの?」
「む…普通さ、こう、ゆっくり突きだして、それを俺もゆっくり躱す…」
「そんなの、練習にならないわ。私より上の剣士もごろごろいるんだし、見切りが出来ないと、樫の杖じゃ防御だって難しいもの」
「待て。俺は別に、お前より上の剣士に勝とうなんて無駄な野心は持ってないから」
「もう、いちいち口答えして、口だけは達者なんだから。とにかくやるわよ。痛いのが嫌なら、避けなさい」
「ちょっ! やめ、いたっ、おうっ! ひいっ! 鬼か! マジ止めて!」
顔を背けても、しっかりそこに合わせて攻撃してくるティーナ。
このままでは死にそうな予感がしたので、とっさに、バリアとステータスの呪文を続けざまに唱え、薬草を食べる。
「魔法は使っちゃダメよ」
「いや、今、思い切りHP減ってただろうが。殺すつもりか」
半減してたよ、半減。
「それくらい、加減は私だって分かるわよ。気を失ったところで、止めるから」
「いやいや、気を失わせるようなやり方はよしてくれ」
普通にスパルタじゃねえか。
くそ、これだから、体育会系は!
「でも、私は、ユーイチやエリカ、もちろんみんなもだけど、死んで欲しくないから」
神妙な顔で言うティーナ。
なるほど、コイツも悪魔との戦いで思うところがあったか。
「だから、嫌われようと、鬼と呼ばれようとも、鍛えます」
「いや、俺はバリアの呪文とかで、いてっ! ちょっ! まだやると言ってな…あうっ!」
ユーイチは逃げ出した!
しかしティーナに回り込まれてしまった!
ティーナはユーイチが身構えるより早く襲いかかってきた!
ティーナの攻撃!
スコッ! スコッ! スコッ!
ユーイチは不思議な踊りを踊らされた!
しかし何も起こらなかった。
ユーイチは逃げ──
プスッ!
「ひぎっ!」
「あっ、ごめん」
「尻がぁ! 尻がぁ!」
「だって、あなたがお尻をこっちに向けちゃうから」
薬草で事なきを得たが、辛い思いをした俺は、ティーナに償いとして性的な要求を行った。
「裸を見せろ」
真顔である。
王道のファンタジー世界で勇者が絶対にやっちゃダメな要求である。
18禁でもダークヒーロー以外はあまりやらない要求である。
パーティー全員の前で、好感度もへったくれも無い要求だ。
「ええ?」
だがそれはフェイクである。
「それがダメなら、おっぱいで良い」
初めに高めの要求を突きつけておいて、ハードルを下げると、それなら…という気になるのが人間だ。
「嫌よ! 何でそんな事をしなくちゃいけないのよ」
でもティーナはノーをはっきり言える子だった。チッ。
「仲間に死んで欲しくないんだろ。俺はこの厳しい修行にはモチベーションが湧かない。ニンジンをぶら下げて欲しい」
「ううん、理由は分かったけど、そんな事をするくらいなら、あなたは仲間でなくていいかも」
「えっ」
割とあっさりと。
うん、確かに、俺とティーナの関係って、最近、知り合って、俺が押しかけ的に一緒にいるだけだったもんなあ。
魔法は俺で無くとも、エリカが使えるし、戦闘ならリムが頼りになる。
俺も元々は自活できるまでの繋ぎとして、ティーナのお金に頼っていたし。
勝手に俺のヒロインだと思い込んだのはなぜなのか。
あれだ、恋愛力が低い男はちょっと良い感じの関係になるとすぐ勘違いするわけで。
女の子とろくに会話してないヲタクにとっては、普通に会話が出来ただけで、良い感じと思っちゃうわけで。
やっちまった感がある。
そもそも恋愛フラグは一つも立ててないし、そーゆーイベントもこなしてない。
お風呂上がりに間違って押し倒して胸を揉んだり顔を埋めちゃうラッキースケベ展開も無かったじゃないか!
お金に関しては薬草を採取できるので、生活には困らないと思うが、奴隷なので何されるか分からないし、まだ俺はこの世界の慣習をよく知らない。
一人だと、心細いのよね。
あと、精神的にも、このパーティーを追い出されるのはキツイ。
「私が間違っておりました。今の要求は若気の至りと言うことで無かったことにして下さい。どうか、今しばらくパーティーの末席として残留することをお許し頂きたく!」
土下座。
こちらの世界に来てから隷属のスキルレベルが上がりまくったおかげで、土下座くらい何ともないぜ、うへへ。今なら、靴でも舐められる気がする。さすがにティーナが気持ち悪がると思うのでそれは止めておくが。
「ちょ、ちょっと。どうしてそう急に謙ったりするかなあ。頭を上げて。じゃ、パーティーにいていいから」
おお。
好感度は確実に下がったし、ひょっとしたら立ちそうだった恋愛フラグも全部折れまくっただろうけど、ふう、これでタダでパンとベッドにありつける。
「さ、立って」
俺に手を差し伸べてくれるティーナ。
その優しい手を握って立ち上がる。
なんだろう、君と一緒なら、何でも出来そうな気がして来たよ。
「じゃ、訓練を続けるわよ」
笑顔のままレイピアを構えるティーナ。
「い、いや待て! その流れはおかしいだろう」
「ええー? おかしくないわよね?」
「「 おかしくないわね 」」
「おかしくないニャー」
「ニー」
くっ、揃いも揃って。
「でも、エリカ、お前は、痛いの嫌だろ? 魔法使いが剣の訓練なんて」
「そりゃ、嫌に決まってるわ。でも、回避を鍛えておかないと、死ぬこともあるって分かったんだもん。必要なら私はやってやる」
ぐぬぬ、こいつ、ワガママで後先考えない奴だとばかり思っていたが、反省を生かして努力も出来る奴だったなんて。
この裏切り者!
むっ、みんなの目が、まだごねてんのコイツ? みたいな目になって来たし。
やべえ、このままだと、明らかに俺がパーティーのお荷物的存在じゃないか!
「よ、よし、じゃあ、こうしよう。もっと最初はゆっくり、スキルレベルがある程度上がってから、本格的にってことで」
「うーん、分かったわ。じゃ、最初はゆっくりしてあげるから」
「俺が避けられるレベルでだぞ!」
「はいはい」
パリィも回避も熟練度があるはずで、それなら、運動が苦手な俺でも、上がり方が悪いなりに何とか行けるのでは…と思ったのだが。
一日目の訓練では、全く上達した感じがしなかった。
結構自信があっただけに、ショックだ。
「けっ、やってらんねー。クラスが悪いのか、それとも、俺には習得不可能なスキルがあるのか」
「いやいや、そんなの一日でどうにかなるわけないじゃない。それに、誰だって覚えられない技ってのはあるけど、パリィは回避技の中でも初歩的で一番簡単だし、上手くならなくても普通に出来ると思うけど」
ティーナが言うが。
「才能あふれるお前の普通と、運動が苦手な俺の普通を一緒にしないでくれ」
「いや…うーん」
「相性の悪い技はあるけど、一日で決めるのは早いでしょ。ほっときなさい、そんなやる気の無いクズ」
リサは容赦ない。
「大丈夫ニャ。いざとなったらあたしが守ってやるニャ。ニャッハッハッ」
ありがたいが、コイツはいつもテキトーに言ってるからなあ。
「でも前衛二人だと、ちょっと厳しいのよね。敵の数が増えたら、なおさらよ。敵一人でカバーし切れてないんだから」
ティーナが真面目に指摘する。
「前衛を増やすつもりは無いの? あなたなら雇うのも余裕でしょ?」
リサが言う。その方が良いかもしれない。
「んー、そうね。ただ、新しい人って、馴染めば良いけど」
「馴染まないなら切れば良いのよ」
お前ホントにドライだな、リサ。
「ええ? うーん」
「明日、私が冒険者ギルドに募集を出してみるわ。日当、大銅貨一枚で。どうせ、まだ一週間くらい、ここにいるんでしょ?」
「そうね。じゃ、リサ、任せた」
「あ、リサ、可愛い女の子で頼むよ」
大事な点なので言っておく。
「黙りなさい、補欠。アンタは選べる立場じゃないでしょ。ああ、そうね、このパーティー、女子限定にしましょうか。そこの黒いの切り捨てて」
「ぐう、男女差別反対……」
仲間が増えるのは良いことだ。そんな風に思っていた時期が俺にもありました……。
後書き。
>よほど、悪魔との戦いで死にそうになったのが応えたと見える。
の文章の「応えた」ですが、atokの三省堂国語辞典第七版の用例に基づいております。
①からだや心にとって打撃になる。
「寒さが からだに――」「事件が だいぶ応えたようだ」
多分、「堪えた」でも問題無いはずですが、そちらは「つらいことをがまんする」「負けないでもちこたえる」可能の意味を強く含むと解釈しましたので、応えたを採用しています。
二人の方から誤字の指摘を受けまして、ちょっと自信が揺らいでおりますが、もうしばらく堪えようと思いますのでご理解頂ければ幸いです。




