第十九話 死闘
残虐と言うほどでは無いと思いますが、流血があります。
2016/11/11 若干修正。
前衛が敵の攻撃を抑えきれない。
その事実に胃が冷たくなる。
非常にまずい事態だ。
敵にダメージが全く入らない、あるいは、敵の攻撃で一撃でやられるという、そんな歯が立たない状況では無いのだが、勝てる見込みも少ない。
第一、あんな攻撃を食らったら、後衛職の俺やエリカは即死だろう。
どうにかしないと。
逃げるのが一番なのだが、ここから広間の出口までは距離があるし、そこから城の入り口となると、相当な距離になる。
この悪魔は足が速いから、きっと誰かが追いつかれるだろう。
絶対に背を向けてはダメだ。
防御力アップのポーションは効果が重複しないことは確認している。
バリアの重ね掛けも、試してはいるのだけれど、未だに成功していない。
他に、防御を上げる方法は何かないか…。
いや、もう発想を変えないと。
敵の攻撃力を下げるか、回避率や命中率をいじる方向で。
一か八か、ダークネスの呪文で目潰しを試すか?
いいや、ダメだ、闇属性と思われる悪魔に、それは効果は無いだろう。向こうの方がレベルが高いし、暗視能力も持っていそうな感じ。
こんなことなら光の呪文を鍛えておくべきだった…。
「ふん、腕の立つ冒険者かと思ったら、大したことないのね」
女悪魔が興ざめしたという感じで言う。
「む!」
ティーナが剣を構えるが、ここは、良いアイディアが浮かぶまでは時間を稼がないと。
なので、問う。
「一つ聞きたい。本物の領主令嬢はどうした?」
「ふふふ、当然、始末したわ。領主は生かしてあるけど、魅了で言いなりよ」
「何が目的なの?」
ティーナが問う。
「目的? ああ、私はね、呼び出されたのよ。魔法陣でね。もっと領地が欲しいと言うものだから、契約無しでその望みを叶えてやろうと思ったわけ」
にいっと、牙を見せて笑う悪魔。契約していないと言うことは、コイツを呼び出した魔術士はとっくに殺されたのだろう。使役できなかったということ。どうやって呼び出したんだか。良い触媒でも手に入ったか。
「望みって…」
ティーナが訝しむが、悪魔が良心的な契約サービスなんかをしたら、それこそ名折れだろう。
「自業自得ね」
リサはドライだが、悪魔なんぞに頼った侯爵が悪いのも確かだ。
「でも、ふふ、貴族の娘に化けるのが意外に楽しくて、そのことをすっかり忘れてたわ」
どうせなら、一生、セザンヌのフリをしててくれれば良かったんだけど。
うっ、それを邪魔したのは俺みたいだね?
えー…。
いや、もう騎士も殺してるって言うし、化けの皮が剥がれるのは時間の問題だったはずだ。
「じゃ、まずはあなたたちを始末して、それからどうするか、考えましょうか」
「ま、待って待って! 最後に一つだけ、是非とも魔界について教えて頂きたく!」
話が長くなりそうな話題を選ぶ。
「魔界? ふん、そんな事を人間が知ってどうする。だいたい、チッ、タダでこの私が教えるなんてね」
「情報料はお支払いしますが」
「ちょっと、ユーイチ」
「ククク、なら、お前の命を対価に頂きましょうか」
そう来ると思ったよ。
悪魔が構えたので、すぐさま無詠唱でアースウォールを唱えた。
「ぐっ!?」
良いスピードで突っ込んできた悪魔が、出現した五十センチの土の壁に頭から突っ込んだ。
よし、動きが止まった!
「リム、ユーイチとエリカを守って!」
ティーナがレイピアを悪魔に突き立てながら言う。ステータスの呪文は唱えてあるので、パーティー仲間には、味方の残りHPが分かる仕組みだ。
このパーティーはエリカと俺とクロの体力が極端に低い。
「分かったニャ!」
重い一撃を食らったリムだが、戦意はまだまだあるようだ。
だが、そいつはちょっと良くないんだな。
ターゲットは一つに絞ってもらわないと、壁魔法の設置が難しくなる。
「冗談じゃ無い、俺が一番HPが低いんだぞ! 一撃で殺されるんだから、俺だけを守れよ!」
「なっ…ああ」
ティーナはすぐに気づいた様子。
「ニャ? そうニャのか?」
リムよ…お前、HPバーと数字、見えてるだろうが。まあいい。
「それは良いことを教えてもらったわ。死になさい!」
女悪魔がまた直線的なタックルをやってくるが、お前アホだろ。
「ぐっ!」
今度は固い氷壁を俺の前に置いてかましてやったぜ!
さっきの土壁は割と簡単に崩れたが、こっちはさらに強度がある。床ときちんと接着するかどうかが不安だったが、ざらついた石床は滑ったりしなかった。大理石ならヤバかったかもね。
最初に試したときは、設置型の壁魔法って、ファイアウォールくらいしか意味なくね? と思ったものだが、意外に使えるじゃん。お気に入り魔法にしちゃおうかな。
「今よ!」
ティーナとリムが、頭を押さえてふらついている悪魔にそれぞれ一撃を入れる。
「ぎゃあっ! お、おのれ」
「ヘイヘイ! 鬼さんこーちら、お尻ペンペン!」
冷静になられたら余計危ないので、挑発しまくる。
「死ねええええ!」
ジャンプして来やがった!
計画通りッ!
天井からアイスウォールを使う。
「ぐおっ!?」
結構ギリギリになったが、ちょうど首から上がヒットして、ひっくり返って転ぶ間抜けな悪魔さん。
落ちたときにも、石床に後頭部を強かにぶつけた。ゴツンと音がしてアレは痛そう。ハゲ頭だし。
「そこニャ!」
リムが思い切り振りかぶって手斧を打ち下ろす。
「次は私よ。三連突き!」
ティーナがガガガッと早送りのような動きで必殺技を叩き込む。
「ギャアアーッ!」
耳障りな悲鳴を上げた悪魔は腹から青い血を流している。
今更だけど、グロいです…。
一撃で倒せるモンスターは魔石に変わったりして死体が残らないので、今までそんなに気にはならなかったんだけども。
「まだよ! 早くトドメを」
リサが悪魔に瓶を投げつけて言う。うお、白い煙が上がってさらに悪魔がのたうち回るが、聖水かな?
「雨よ凍れ、風よ上がれ、雷獣の咆哮をもって天の裁きを示さん! 貫け! ライトニング!」
「ニーニー、ニーニー、ニーニーニーニー! ニー! ニー!」
エリカとクロも電撃で追い打ち。
「うりゃ!」
さらにリムが飛び上がって手斧を振りかぶったが、悪魔が瞬刻のところで転がって横に避けた。
そして蝙蝠のような背中の羽をばたつかせて起き上がってしまう。
むう、しぶとい。
だが、HPはかなり削ったはずだ。
腹を押さえ、顔が険しいもの。
このまま、おかしな事さえしてこなければ、勝てる。
じろりと、こちらを睨む女悪魔。
来た!
「し、しまった!」
次は左側を回り込んでくると思ったのに、直前で一度速度を落とし、俺に魔法を使わせてから突っ込んでくるとは。
慌ててもう一度呪文を使ったが、何も無い空中にアイスウォールを作ってしまい、悪魔の突撃を相殺しきれない。
「ぐえっ!」
強い衝撃に、俺の体が後ろに浮く。
「ユーイチ!」
後頭部を打つとまずいと思い、体をひねって受け身を試みる。
ズサーッと、滑って、ふう、何とかなった。
「死ね!」
「えっ! ぐはっ!」
悪魔はすぐそこにいた。俺の上に馬乗りになって、容赦なく腹を殴ってきやがった。
激痛が走り、予め口に含んでいたアロエ草が落ちる。
ふうっと、世界が暗くなる。
「大丈夫?」
気がつくと、リサが俺の頬を引っぱたいていた。
「あ、ああ、いてて…」
「じゃ、すぐに立って。まだ戦闘中よ」
「むっ、くそ」
慌てて立ち上がり、全員のHPを確認。
良かった。全員、生きてる。
ティーナとリムのHPが半分に減っているが、他は満タンだ。
俺もリサがポーションで回復してくれている。
悪魔はリムと攻防をやっていたので、その間にと、リュックを下ろしてポーションを掴む。
まず、ティーナ。
「ティーナ」
呼んで瓶をトス。ちょっと方向がズレたが、彼女は上手く回り込んで左手で掴んだ。
「すぐに飲め。防御力アップだ」
「分かったわ。ありがとう」
続いて、ハイポーションも渡す。
「ニ゛ャッ!」
リムが吹っ飛ばされた。
「次は私が相手よ!」
ティーナが悪魔に斬りかかる。今のうちにリムだ。だが、ちょっと遠いな。
「ユーイチ、私が届けるわ。貸して」
リサが言うので、防御力アップとハイポーションを渡す。
「エリカ、お前もだ」
コイツの運動神経は期待できないので、確実に手渡し。
「フン」
いや、そこはお礼言うところでしょ?
ともかく受け取って飲んでくれたので、まあいいか。
「人間がぁああ!」
悪魔が忌々しそうに叫ぶ。
そうやって余裕無さそうにしててくれるときは安心だ。
ただ、挑発はもうやらない。
さっきの攻撃、死ぬかと思ったもの…。
俺は回復役に徹することにして、目立たぬところで追い打ちの電撃。若干だが、スタンの効果が出るときがあるので、お得な攻撃呪文だ。
「ニー…」
クロが俺を見て困ったような鳴き声を上げた。
「む、MP切れか…いいぞ、向こうで休んでろ」
俺のMPも残り少ない。エリカも電撃を使いまくっているので、そう残ってはいないだろう。
ティーナとリムの攻撃だけでもダメージは与えられるが、防御をどうするか、そこが問題だ。
「くっ、切れたわ」
ぽつりと、エリカが言う。
いや、そこはさ、最後にアイスウォールの分を残しておこうよ。
このままではまずいと思ったが、案の定、悪魔の視界にエリカが入ってしまい、ターゲットにされる。
「くっ!」
俺がアイスウォールを唱え、エリカの前に壁を出して守る。悪魔が攻撃を諦めた。
「ユーイチ、これちょっと邪魔なんだけど、消せない?」
ティーナが言うが、あちらこちらにアイスウォールができていて、足場が悪くなっている。
「いや、すまん。消し方が分からん」
「そう。仕方ないわね」
ハードルの要領で飛び越えるティーナ。
むっ、純白のパンティーとお尻が!
「どこ見てるのよ」
リサが気づいたようで咎めてくるし。
「ふおっ! い、いや、もちろん、悪魔だ」
ドキドキ。
「あっそ。でもまずいわね…」
リサがつぶやく。
悪魔にダメージは与えているし、こちらが受けるダメージはポーションで回復できているのだが、綱渡りの状態だ。
いつ、後衛がダメージを受けて殺されてもおかしくない。
HP身代わりとか、二倍になる呪文とか、装備もどうにかしておくべきだったか。
色々思いつくが、この戦闘を終えない限り、意味が無い。
「ええい、いくつポーションを持っている。反則だ!」
悪魔がそんな事を言い出すが、いえいえ、そんなルールは無いですから。
「そこのお前!」
悪魔がリサに近づいてフック気味のパンチを繰り出すが、機敏に屈んで躱すリサ。回避力、いいなあ。
連続で三度躱したが、さすがに、最後のストレートは避けきれずに、後ろに吹っ飛ぶリサ。
「リサ!」
ティーナとリムが回り込み、それ以上の追い打ちを止める。俺も走ってリサを抱え起こす。
「大丈夫か?」
「ええ、私は一撃じゃやられないから」
だが、半分以上、50ポイント近くもダメージを食らっている。すぐに回復させておかないと危ない。
ハイポーションを出して栓を抜こうとするが、リサが止めた。
「いえ、薬草の方を頂戴。それは取っておいて」
「分かった」
薬草をごっそり半分、五十枚くらい渡して、すぐさまリサと距離を取る。回復役が一カ所に固まっていたら敵の餌食だ。
「お前もか!」
うわあ。またタゲられた。
ギリギリまで我慢し、振りかぶってパンチするところでアイスウォールを出す。高さのある縦長の形にしたので、すぐにポッキリと折れてしまい、俺にぶつかってくる。
「ぐっ!」
だが、直撃は防げた。すぐに薬草を食って、回復させる。
速効ではなく、ぐぐーっと効いてくるが、俺くらいのHPなら、薬草二枚もあれば十分だ。
一枚で30ポイント近く回復できる。
だが、どうしよう。
今ので俺のMPも切れた。
ティーナが割り込んでくれて、追撃は免れたが、次はどうしようも無い。
なのに、ギロッと、悪魔が俺を睨む。
そこは他の奴に目を付けて欲しいな!
「よーし、来いよ。とっておきの呪文を見せてやんよ!」
こうなったら破れかぶれの挑発。
俺は両手を広げて悪魔に言ってやった。
何かあるのか? と思って躊躇してくれれば儲けものだ。
「ニャ! 出し惜しみしてる場合じゃないニャ。さっさと切り札を出すニャ、ユーイチ!」
う、うるせえよリム。バレるから止めて! 俺のMPはもうゼロよ!
「ぬう…」
あちこちから青い血をだらだら垂らしている悪魔は、低く唸ると、左右を見回した。
俺たちの位置を確認すると言うより、広間の状況を確認するような…。
何だろ?
「あっ! 逃げる気よ、コイツ」
リサが気づく。
「させないッ!」
と、ティーナが突撃を掛ける。
いや、そこは、逃がした方が良いと思うんですけど、まあ、かなり追い詰めたってことだろうし、倒してくれればそれに越したことは無い。この悪魔、絶対、俺たちを根に持って、寝首を掻きに来るだろうし。
「くっ!」
悪魔がきびすを返して逃げ始める。
「ニャ! 逃がさないニャ!」
リムも追う。
だが、速い。
女悪魔も必死なのか、凄く綺麗なフォームで、男走りしている。
百メートル十秒切るかもね。
だが、もうちょっとで広間の出口というところで、悪魔が急ブレーキを掛け、止まった。
「おっと、気づきやがったか。まあいい、ここを通りたければ、俺を倒して行くんだな」
などと、ショートソードを抜いたザックが、通路の奥から出てきた。
「ザックさん!」
「そんな奴、速く倒しちゃって下さい!」
言う。
こっちも必死だし。
「いや、お前らでも倒せそうだろ。言っておくが、俺はデーモンキラー、あいつらより強いぜ?」
などと言い出すザック。
「ぐぬぬ」
確かに敵わないと思ったか、唸った悪魔がこちらを振り返って見る。
こっち見んな!
「お、俺もデーモンキラーだぞ! 向こうは一人、出口もそっちしか無いぞ!」
「うるさい! うるさい! うるさいぃい!」
ひい、こっち来た。
ザックのバカーっ!
これで俺が死んだら、絶対化けて出てやる。
「うりゃ!」
リムが戻って来た悪魔にカウンターで一撃を浴びせる。
「ぐっ!」
上手く決まった。
「はあっ!」
さらに横から、ティーナがカウンターで一撃。
決まったか?
悪魔の動きが明らかに鈍り、それでも、俺を睨みながら、歩いてくる。
いや、なんで俺を狙うのかな?
「くっ、いい加減、倒れなさい!」
「しぶといニャー」
ティーナとリムがさらに追い打ちを掛ける。
「ぐふっ!」
悪魔がその場に崩れ落ちた。
瞳の色が黒から灰色に変わったかと思うと、ボフンと紫色の煙が立ち上り、悪魔の死体は綺麗さっぱり消え去った。
「た、助かった…」




