第六話 黒猫
2016/10/2 誤字修正。
川に到着した。
さっそく、目を洗う。
すでにさんざん涙で洗い流されているのであまり意味は無さそうだが、薬物の注意事項の鉄則だもの。
その間に、ロブは川のほとりの土を木の棒を使って掘り起こし、ミミズを集めていた。
釣りエサだろう。
川は川幅が六メーターから七メーターくらいだろうか。流れは緩やかで小さな川だ。
透き通った水で、川底に魚が泳いでいるのが見えた。
フツーの魚だ。
多分、鮎とか鮒とか…まあ、俺は釣りなんてやったことも無いので細かい種類は知らないが、
とにかく川魚だ。
「こっちだ」
ロブが少し歩いて、釣りに適したポイントに向かう。
どこがどう違うのかは俺には判別不能なのだが、ロブに任せておけば問題ない。
「ユーイチは、こっちを使え」
短い方の竿を渡された。
ま、どちらでも良い。
わかんねえし。
竿には糸と釣り針と、木片を削った浮きも付いている。
リールは無い。
見様見真似で釣り針にミミズを刺して、川の中に釣り針を落とす。
釣れるのを待つ。
…うーん、座って、釣り竿を持っているだけの簡単なお仕事なんだが、俺はこういう、ぼーっとして待つ仕事というのは苦手だ。
「ロブさん、喋っても良いですか」
「? 構わんが」
「何か、この世界で、凄く便利なアイテムって知りませんか?」
この異世界の不思議アイテムに興味がある。
七つ集めたら何でも願いが叶う玉とか。
エクスカリバーとかも有ったりして。
「便利?」
「ほら、あると使える、あったらいいなーってよく思うモノですよ」
「ああ。じゃあ、鍬とロドルだな」
「あー。他には?」
「斧だな」
「むむ…あ、凄くびっくりするようなモノで」
「ロドルだな。アイツは疲れ知らずだ」
いや、あのね。俺としては、この異世界にしか無い、不思議で便利なアイテムを教えて欲しいんですが…。
「不思議なモノは?」
「ロドルだな」
ええい、ロドルから離れんかい!
だが、この世界が当たり前であるロブに、異世界の人間で有る俺に役立つアイテムを教えろというのは、かなり難しい事なのかも知れない。
ロブにとっては、俺の世界の方が未知の異世界であって、リールだのエンジンだの水道だの、そんなモノを見せたら、きっとびっくりするはずだ。
どうしたものか…。
と言うか、さっきから釣れないね、お魚さん。
「ロブ、このままだと畑仕事が遅れそうですけど」
「ああ。だが、ご主人様は、魚を捕ってこいと言ったんだろう?」
「ええ。夕方までにと」
「なら、人数分は捕れるはずだ」
結構気長なお仕事のようで…俺はもっと、ばんばん釣れるのかと思ってたよ。
「網とか無いんですか?」
「イノシシを捕まえる網はある。だが、魚は無理だ。穴が大きい」
小さくしようよ、そこはさ。
「それに、川に網を投げても、ダメだ」
やったことが有るのか、ロブはそのアイディアを否定した。
「おっ? よし! 引いた!」
手応えが有ったので、竿を引き上げる。
が、魚は釣れていなかった。
釣り針に仕掛けていたエサは無くなっている。
「針をしっかり飲み込ませてから、引っかけないとダメだ」
ええ? そんな事言ったって、お魚さんが針を飲み込んだかどうかなんて見えないでしょ?
難しいなあ。
幸い、ミミズはたくさんいるので、もう一度エサを付ける。
昼までに俺とロブで一匹ずつ魚を釣り上げたが、どうにも効率が悪い。
魚釣りは難易度がかなり高いようだ。
「じゃ、猫の実、探してきます」
腹が減ってきたので、ロブに許可を取って、森に入る。
「猫にゃん、猫にゃん♪」
退屈な魚釣りから解放されたので、ちょっと気分はウキウキだ。
「むう、猫の実は落ちてないな。バルブの実はあんまり美味しくなかったし…」
探すが、猫の実は見当たらなかった。残念。
レアアイテムなんだろうか?
野苺は大量に生えているので、それを取って戻る。
「ロブさん、猫の実って、どこに生えてるんですか?」
「森だ。場所は覚えてない」
とほほ、ロブえも~ん。
猫の実は落ちていることは少ないそうで、ちょっとへこむ。
「おや?」
気がつくと、すぐ近くに黒猫の子猫が寄ってきていた。鼻を鳴らして、野苺に興味を示している。
「ほれ、食うか?」
持っていた野苺を差し出してみる。
黒猫は俺の顔をじっと見て、野苺を見て、もう一度俺の顔を見て、それから食った。
「魚はダメだ」
ロブが言うが、それは言われなくても俺も分かっている。野苺と違って取るのが難しい貴重品だ。
だが、その子猫は、魚には興味が無いのか、野苺ばかり食べている。腹が減っていたようだ。
「ニー」
「それで終わりだよ。欲しければ、向こうにあるぞ?」
森の野苺を指さしてみる。猫はそちらを見て、去って行った。
休憩の後、また釣りを再開する。
「ニー」
また俺のそばにやってきた。
「なんだ、野苺が見つからなかったのか?」
ロブに断って、取りに行ってやる。何やってるんだか。だが、魚に目を付けられても困る。
子猫は俺に付いてきたので、森に入って、野苺を取ってやる。
「ほれ」
「ニー」
「なんだ、いらないのか」
子猫は食べようとはしなかった。まあいい。口に野苺を付けているし、充分にこいつも食って満腹のはずだ。
戻って、釣りを再開する。
子猫も俺に付いてきているが、大人しく釣りを見守っている。
こんなの見て、面白いのかね。
「そろそろ戻るぞ、ユーイチ」
「はい」
魚は六匹しか釣れなかった。だが、ロブはこれで大丈夫だと言った。
まあ、おこぼれは期待しない方が良いだろう。
「付いてきているな」
ロブが後ろを振り返って言うが、さっきの黒猫が俺たちに付いてきている。
「追い払いますか?」
「いや、放っておけば良い」
ワダニが黒猫を見つけてしまうと、何やらまずい展開になりそうなのだが、ロブはそう言った。
屋敷の前にまで付いてきてしまったので、屈んで黒猫に言う。
「いいか、ここには怖いご主人様がいる。見つかると何をされるか分からないから、お前は家に帰るんだ」
「ニー」
よしよし、分かってくれたか。
ロブはロドルを小屋に入れ、その間に俺は台所に魚の入った桶を持って行く。
レダが台所で待っていた。
「どうだい、ユーイチ、うわっ」
「ん? ああ、サロンの葉っぱです」
「葉っぱの人間が入ってきたのかと思ったじゃないか。脅かさないでおくれ。何だってそんなにたくさん」
「全身が筋肉痛なので…」
「はん、情けないねえ。で、魚は捕ってきたのかい?」
「ええ、六匹ほど」
魚の入った桶を見せる。
「へえ、なかなかじゃないか。じゃ、ご主人様が三匹、あたしらも一匹ずつだね」
それは上々。
「こりゃ!」
「うわっ!」
レダがいきなり声を上げるのでびっくりしたが、さっきの黒猫が側に来ていて、それを叱って追い払ったようだ。
「ふう、危ない危ない、この魚を捕って逃げられるところだったよ」
そう言うが、さっきのアイツ、魚は全然、興味なさそうだったんだけど。
黒猫は逃げてしまった。
まあいいか。
竃の火を起こして、レダの手伝いをする。
「ユーイチ、この粗を裏の畑に捨ててきておくれ」
「はい」
桶に魚のはらわたが捨てられている。
その桶を持って、裏へ向かう。
「ニー」
「ああ、お前か。んじゃ、ほれ、これなら食べて良いぞ」
青菜が植えられている畑に桶をひっくり返す。
猫が寄ってきて、臭いを嗅ぐが、すぐに顔を背けて距離を取った。
「なんだ、要らないのか。腹が減ってないのかな」
桶を、別の桶の水で軽く洗い流して、ひっくり返して乾かしておく。
夕食は焼き魚と魚のスープだった。
焼き魚は不味くは無いのだが、塩味が足りない。
醤油さえ有れば…、と思ったが、無い物は仕方ない。
「レダさん、塩は無いんですか?」
「そんな高い物、アンタには出せないよ」
高いのか…道理で味が薄いわけだ。
いや、逆に考えるんだ。
凄くヘルシーで高血圧にならないと。
スープは微妙に魚の臭みが出ていて、なんとか食えるというレベルだ。
贅沢を言える身分では無いし、過酷な労働条件だけに、栄養失調が怖い。
頑張って残さず食べた。
「ニー」
小屋にまで猫が付いてきた。
どうやら懐かれてしまったようだが、やれるエサは野苺くらいしかないぞ。
この世界にペットフードは無いだろう。
…有ったらヤダなあ。
「ほれ、帰れ」
首根っこを掴んで、屋敷の入り口まで運んで、そこで放してやる。
付いて戻って来るし…。
「ふう」
「そのまま放っておけ。ネズミを捕ってくれればいい」
ロブが言うが、なるほど、それで積極的に追い払おうとはしなかったのか。
「ニ、ニー」
だが、黒猫は、縮こまって、それは無理です、と言ってる感じ。
まあいい。
「おいでおいで」
「ニー?」
やってきた猫をワシャワシャ、モフモフ、ナデナデする。
特にあごの下を重点的に。
毛は逆立たせてはいけない。
毛の流れに沿って撫でる。
猫の扱いなら、あの伝説のビーストテイマー・ム○ゴロウさんとも張り合えるぜ!
(※ただし大人しい猫に限る)
「ニ~」
子猫も気持ち良さそうにしている。
はああ。可愛いけれど、これがネコミミの美少女だったらなあ。
「よし、お前の名前は、クロな」
「ニー」
ユーイチはクロを仲間にした!
【 名前 】 クロ
【 クラス 】 子猫
【 Lv 】 1
【 装備 】 無し
【 魔法 】 無し
【 スキル 】 ネズミ捕り?
【アイテム】 無し
【 所持金 】 0ゴールド
折れた心がちょっとだけ癒やされた。
余談ですが、カシューナッツの木の写真を見てビビったところから猫の実の発想が出ています。