第十六話 赤いドレスの美少女
2016/10/2 誤字修正。
魔法屋で錬金術入門の書を購入した!
魔法も教えてもらえば良かったと店を出た後で気づいたが、占いが気に入らない様子のティーナは引き返すのは嫌だろう。そこはスポンサー様を大切にして、何も言わずに宿屋へ向かう。
「ね、ちょっとその辺、歩いてみない?」
ティーナが言い出す。
「んん? 俺はすぐ錬金術を読みたいんだけど」
「ううん、ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
「分かったよ。どこに行きたいんだ?」
「んーん、適当で良いから」
「そう」
街はレンガ造りの建物が建ち並び、買い物に行く途中なのか、行き来する人も多い。時折、鎧を着た冒険者が混じるところが、異世界ならではだろう。
「あんまり人がいないわね」
「え? そう?」
今までの街に比べるとかなり多い気がするが、ティーナはもっと都会の出なのかもしれない。ファッションもマナーも、洗練されてるし。
「あっ」
ちょうど、目の前を横切ろうとした少年が、中年の男にぶつかられて転ぶ。運悪く革袋に山蜜柑をいくつも入れており、それが道ばたにころころと。
ぶつかった男は急いでいたのか、気づいていないのか、目もくれずに立ち去っていく。
俺とティーナが、落ちた山蜜柑を拾い集める。通りかかったおばさんも拾い始め、残り一つとなって、少年がそれを取ろうと手を伸ばす。
「おい、坊主、よせ!」
鋭い声でヒゲの男が止めるので、何事かと思ってそちらを見ると、黒い立派な馬車が通りかかっていて、通行人が全員、道を空けていた。
乗っているのは間違いなく貴族。
山蜜柑に注意を取られている少年は気づいていない様子。
まずいな。
「ちょっと!」
スピードを全く緩めない馬車に、ティーナが飛び込む。
「ちょっ!」
一瞬の出来事に、焦るが何も出来なかった俺。
二人が馬に踏みつぶされると思った瞬間、ギリギリでティーナが少年を引っ張ってかばい、事なきを得た。
ふう。
だが、馬の方も驚いたようで、そこで前足を上げたかと思うとヒヒーンと嘶いて立ち止まってしまった。
やばい予感です…。
「ええい! 貴様! この馬車がオズワード侯爵家の物と知っての所行か!」
兜も着けた完全武装の騎兵が四騎、あっという間にティーナと少年を囲む。
「いいえ! 無礼はお許し下さい。ですが、そのままではこの子も轢かれていました」
「本当だな? よもやとは思うが、その剣、暗殺を狙ってのことではないのか」
わあ、まずい疑われ方を。というか護衛なら、ちゃんと見てなさいよ。
「いいえ。私は冒険者ゆえ、帯剣していたまで。冒険者カードもございますれば」
ティーナが懐からカードを出そうとするが、騎士達が一斉に剣を抜く。
ど、どうしよう。
仲裁に入りたいが、俺、奴隷だしね。余計にややこしくなる予感。街の人々は皆、緊迫した顔で凍り付き、そちらを注視したまま黙り込んでいる。
「お待ちなさい」
透き通った女の声が聞こえ、騎士の一人が手を取って馬車からそのレディを下ろす。
深紅のドレスに身を包んだ、色白の美少女だった。
美しい…。
瞳は黒曜石のように輝いており、吸い込まれそうな感覚。
「いけません、セザンヌ様、危険でございます」
別の騎士が言う。
「いいえ、あなたたちがいれば、平気でしょう。それより、そこの者、怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫ね? はい、問題ありません」
ティーナが少年に確認してから、答える。
「そうですか。なら、良しとしましょう。剣はもう収めなさい。これ以上は私の方が無礼になってしまいますよ?」
「「はっ!」」
騎士達が一斉に剣を鞘に収める。
「ごめんなさいね。彼らも私の護衛という役割があります」
「いいえ、お気になさらず」
「ええ。ところで、あなた、どこかでお目に掛かりませんでしたか?」
セザンヌがティーナに問う。
「…いえ、人違いではないでしょうか」
ティーナが一瞬、間を空けたが、面識がありそう。
「そう。それは重ね重ね失礼を。名のある貴族とお見受けします。お名前を伺っても?」
「いえ、私はただの冒険者。武者修行中なれば」
「あら。へえ。では、冒険者さん、あなたも今夜の晩餐会にご招待して差し上げます。お詫びと思って、参加して下さいな。冒険のお話など、聞きたいわ」
セザンヌが誘ってくるが。
「いえ、お言葉はありがたいのですが…」
辞退するティーナ。
「貴様、冒険者の分際で、セザンヌ様のありがたいお誘いを断ると言うか!」
しゃしゃり出てくるなあ。せっかく穏便にご主人様が収めようとしてるのに。ティーナの本当の身分を知ったら、こいつら、青ざめるんじゃね?
「およしなさい。ですが、名も名乗らず、パーティーも断られては、二心があると疑われても仕方有りませんよ。それに私にもプライドというものがあります。是非、お受け下さい」
やや強引に誘うセザンヌ。ティーナが少し困ったように俺を見るので、頷く。
ここでこう言われて断っては、さらに状況が悪化しかねない。この場は見逃されても、あとで騎士が襲ってくるとかね。
「分かりました。お誘い、感謝致します」
「ええ。ふふ、そこの奴隷も連れていらっしゃいな。パーティーは無礼講とします」
ちらっとこちらを見たセザンヌが微笑んで言う。
「は」
セザンヌは馬車に戻り、立ち去った。
「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん。これ、お礼に」
少年が山蜜柑を一つ差し出す。
「ああ、いいのに」
ティーナが受け取ると、すぐに少年はきびすを返して逃げ出した。
「あっ。もう、あの子も誘われたと思うんだけど…」
さすがに平民の子供には貴族のパーティーなんて厳しいだろう。俺の方はティーナがいるからいいようなものの。
「じゃ、これ、入れておいて」
「ああ」
山蜜柑を受け取り、俺のリュックに入れておく。
「ふう、でも、参ったなあ」
ティーナが歩きながらため息をつく。
「あの子に面識が?」
「んー、子供の頃に会ってるんだけど、凄い変わりようで、初めは別人かと思ったわ。不細工で嫌みなおデブさんだったのに」
むむ、セザンヌさんの悪口を言うとは。
「ティーナ、他人の容姿についてあれこれ言うのは止めた方が良い。ただでさえ、ここは侯爵領だぞ」
一応、もっともらしい理由を付けておく。領主の悪口を平然と言ってると、この世界では危ないだろうし。
「む、そうね、ごめんなさい」
「それに、今は、美人と認めるな?」
「認めるけど、何よ、それ? ははあ、アレが運命の人ってわけね?」
「い、いや、そういうわけじゃ無いが」
そうだったら良いなって感じで…。
「ふっ、安心しなさい。相手は侯爵家。あなたは奴隷。どうやっても結ばれませんから」
「くっ。いいじゃないか! ちょっとくらい夢を見させてくれてもさ!」
現実って! 現実って!
「ええ? ちょっと…ふーん、ああいうタイプが好みなんだ。それとも、侯爵の地位がいいの?」
「両方だ」
「うわ。まあ、どっちも分からなくはないけどね…気づかれてたと思う?」
ティーナが聞いたのは、セザンヌがティーナの正体を見破っていたかどうか。
「いや。それなら、君の名前を言って確かめるんじゃないのか」
「そうねえ。まあいいわ。顔は見られてしまったし、まだここでやることも有るし、ちょうど良い、乗り込んでやろうじゃない」
「ううん、俺は、君のそういうところは好きじゃ無いんだよね…」
アグレッシブすぎるところがね。心配なのよ。
「ふん、あなたは運命の人の事でも考えてたらいいじゃない。ま、どうやっても無理だと思うけどねー」
「くっ」
せっかくの運命の人が。
「ああ、ごめん、つい。それより、準備も有るから、一度宿屋へ戻りましょう」
「準備って?」
「決まってるでしょ。晩餐会の、よ」
「んん? 君のドレスとか?」
「冗談。私はこの格好で行くわよ。気づかれてないなら、平民を貫かないと。ああ、それならみんな冒険者風の方がいいか。話が聞きたいって言ってたんだし」
「ああ」
リムにドレスでも着せようと思っていたか。
それこそ無理だと思うぞ?
ひらひらに反応して爪でボロボロにしそうな予感。
「じゃ、私はちょっと聞き込みをしてくるから、リサやエリカ、説得しておいて。全員で行くわよ」
「むう。リサはともかく、エリカを連れて行くのか…」
何かやらかさないか、不安だ。
「さすがに相手が侯爵なら、下手なことはしないと思うわよ。そこも言い含めておいてね?」
「分かったよ」
そこでティーナと別れ、クロと一緒に宿の自分の部屋に戻る。
「奴隷と侯爵って、やっぱり無理かな?」
クロに聞いてみる。
「ニー…。ニー、ニー、ニッ?」
「いや、何言ってるのか分かんないよ、クロ。ひとまず、みんなに話してみるか。行こう」
「ニー」
リサは不在だったが、呪文の発明をやっているエリカは部屋にいた。声が聞こえる。
リムは後回しでいいや。
まずはノック。
「エリカ、俺だ。ユーイチだけど、入って良いか?」
「なっ! だっ、ダメダメダメ! 今開けたら、本気で殺すから」
「なんでだよ。ちょっと話があるんだが」
「とにかく待ちなさいよっ!」
ようやく許可が出たので、部屋に入る。
「何やってたんだ?」
「そ、そんな事言えるわけ無いでしょ!」
顔を真っ赤にして言うエリカ。
ええ? 何か恥ずかしいことでもしてたの? でも、呪文の発明だよね?
「それよりっ! 何の用よ、ユーイチ」
「ああ、それがね…」
さっきの出来事を説明する。すると、エリカは案の定、行きたく無いと言い出した。
そりゃそうだよな。自分を攫ったヌール子爵のお仲間だ。
「だが、今回は晩餐会なんだし、君は安全だと思う」
「ティーナはどう言ってるの?」
「全員で行くって」
「むう。…ちゃんと守ってくれる?」
「ああ。ティーナももちろん君を守るし、俺も気を付けるよ。それに、パーティーの招待客を攫うとか、向こうもリスクが大きすぎるんじゃないのか」
パーティーなら、大勢の招待客の目があるわけだし、他の領地の人間が出席していれば、口止めも難しくなるだろう。
「そう。じゃ、約束よ? きちんと私を守ること」
「分かった分かった。ちゃんと君を守るから。でも、後ろから電撃は無しだぞ?」
「む…」
するつもりだったのか…。まあ、戦闘にはならないだろう。
エリカとリサの相部屋を後にして、次はリム。ティーナの部屋だ。
「リム、入るぞー」
「ニャッ! ま、待つニャ!」
「ええ?」
女の子は色々と準備があるのだろうか。いや、でもなあ。
さすがに、リムの言葉を無視して踏み込むのはためらわれたので、彼女が開けてくれるのを待った。
「待たせたニャ。ゲフ」
「お前、また魚、食ってたのか」
「な、ニャんのことやら」
「自分の金ならいいけどな。でも、今夜、パーティーだそうだから、もっと良い物、食えると思うぞ」
「ニャッ! えー、それを早く言って欲しかったニャ」
「知るかよ。どうせ食べた後だろ。気にするな」
「うん。でも、ちょっとひとっ走り腹ごなししてくるニャ」
そう言って部屋を飛び出していくリム。慌ただしいなあ。
「馬車の前に出るなよー」
「分かったニャー」
運動神経の良いアイツのことだから、轢かれるという心配は無いだろう。




