第十五話 オズワード侯爵領
2016/10/14 若干修正。
俺たちはいくつかの街を経由して、オズワード侯爵の本拠地、ワードネアの城下町に潜入した。
ヌール子爵と結びついている侯爵だけに、途中で足止めを食らうのではと俺はヒヤヒヤしていたのだが、冒険者ギルドの賞金首にもなっていないし、追っ手が掛かった様子も無い。
それはおかしいと思ったのだが、ティーナやリサはそんなの考えても仕方ないと、あまり気にしていないようだ。
不安だ…。何も無いのが不安。
子爵についても、特に何かあったという噂は聞かない。とは言え、俺たちが南東へ向かって子爵領から離れているため、情報が追いつかないだけかもしれない。あの凄腕ザックさんが、サクッと子爵にトドメを刺していても、不思議では無いけどね。
「じゃ、今日はもう自由時間にしましょう。また夕食にでも、今後のスケジュールを決めるから。それでどうかな?」
宿屋にチェックインしたあと、部屋でティーナが提案する。
「わかった」
「ええ、それでいいわ」
皆が同意し、反対意見は出なかった。
よし、今日は調合やら魔法発明やら、落ち着いて色々できるぞ。
あれから俺は、エリカに教えてもらったり、発明したりで、多くの呪文を習得している。
魔法防御を上げるマジックバリア。
眠りの呪文、スリープ。
沈黙の魔法、サイレンス。
中級の壁系範囲魔法、ファイアウォールやアースウォールなど。
中級の単体攻撃呪文、アイスアロー、ロックフォール。
暗視の呪文、ナイトビジョン。
敵を暗闇にするダークネス。
姿を隠すカモフラージュ。
氷属性の初級呪文、アイスニードル。
命中を上げるコンセントレーター。
精霊召喚 ファイアエレメントなど。
エリカに色々教えてもらって一気に呪文が増えた。
やはり腐ってもエルフ、全然使える子だった。
誰だよ、足を引っ張る子なんて見下してたのは?
…ごめんなさい。
使い勝手は悪いのだが、別系統の精霊召喚魔法を覚えられたのが大きい。
精霊召喚魔法は、魔法陣を用いないタイプで、一度呼び出してしまえば、あとは精霊が自律型ロボットのように勝手に行動してくれる。
前衛代わりに使うことだって可能だ。
ただし、複雑な命令は出来ないし、呼び出せる精霊は自分よりレベルが低い。つまり弱い。
多分、実戦では出番無し。
エリカは人族が自分と同じ魔法を悠々と使いこなすことで愕然としていたが。
あれから彼女も、俺とクロをライバル認定したようで、必死で呪文を鍛えて発明にも挑戦している。
デスとか、そういうおっかない呪文を開発してるのが、不安だけど…。
味方には使わないよね?
俺をターゲットにして毎日練習してるけど、レジストすれば安全だよね?
別に俺を目の敵にしてるわけじゃ無いよね?
さすがに寿命が縮む思いだったので、ティーナえもんに泣きついて、高価な即死防御の指輪を買ってもらった。
効果は一度限りで壊れてしまうタイプだが、100%の身代わりをやってくれるそうだ。俺がレジスト成功で魔法を打ち破れば、身代わりは発動しないらしい。
「じゃ、ユーイチ、出かけよっか」
ティーナが俺の部屋にやってきた。
「ん? どこへ? 自由時間じゃ無かったのか?」
「もう、自由時間だから、付き合ってあげるって言ってるの」
「むう、いや、俺は出かけたくないんだが」
「そう言うと思った。この街、多分、魔法書があるわよ」
それを早く言ってよ。
「おっ! よし、出かけようか」
「ニー」
「クロちゃんも一緒にね」
「ああ」
俺のリュックだけ背負って宿を出る。ティーナは自分のリュックは部屋に置いて、いつもの白マントと剣だけだ。
だから、並ぶと白と黒。
「ねえ、ユーイチ、白いローブって買うつもりなぁい?」
「無い。それは凄く嫌だ」
即答。聖職者じゃないんだし。
「むぅ。私も、黒いマントはちょっとね…」
「いいだろ。いつものみんなで出歩けば、そこまで目立たないんだから」
「そうだけどね。あ、何か、食べてく?」
「いや、腹減ってないし、それより早く魔法書の店へ」
「はいはい。ちょっとミスったかも…」
「ん?」
「何でも無い。じゃ、魔法屋から探してみましょうか」
「ああ」
この城下町は、レンガ造りの建物がほとんどだ。これまでの街と違って文明が一世代、進んでいるように感じるが、これが大都市と田舎の違いなのかもしれない。
「ティーナ、この街の規模は、どのくらいなんだ?」
「規模? そうね…王都よりは小さいけど、この周辺では一番大きな街じゃないかしら。侯爵のお城もあるんだし」
「そう。それは期待が持てるな」
「ええ、店の品揃えも、かなり違うわよ」
おおう。なら、道具屋も立ち寄らないと。武器と防具は、リムを連れて行けばいいだろうけど、俺は装備の更新はあまり必要ないので、かなりどうでも良い。
「ああ、あれよ」
杖の看板が出ていた。魔法屋か。初めて見た。
さっそく、中に入る。
魔法屋の中は、狭い道具屋と言った感じ。棚が左右に並び、正面にはカウンターがあり、黒色のローブのお婆さんが座っている。水晶玉も置いてあり、いかにもそれっぽい。
これは当たりかもしれない。
興奮を抑えつつ、まずはじっくり、棚のアイテムから確認。
大蝙蝠の羽、ガマガエルの干物、ヘビの牙、トカゲのしっぽ、何かの繭、鰯の頭、何かの骨、柊の葉っぱ…etc。
他にも得体の知れない瓶詰めの粉末が多数。黒や茶色や草色はともかく、紫や赤い色って何が原料なんだろう。
ああ、調合意欲をそそられるわぁ。
混ぜまくりたい。実験したい。
「むぅ、やっぱりここ、気持ち悪い…」
モンスター相手には怯みもせずに斬りかかるティーナだが、生死がかかっていないと、普通に気持ち悪いらしい。
「そうか、悪いな、前衛やらせちゃって。早めに済ませるか」
「ん? それは気にしなくて良いけど。耐えられないほどじゃないよ」
しかし、棚を見るが、本の類いは無い。
「何かお探しかの」
店主のお婆さんが声を掛けてきたので、言う。
「魔法書は置いてないんですか?」
「もちろんあるともさ。だが、高いよ?」
「金貨はありますけど」
ティーナが言う。
「ほほう、なら、ちょっと待っといで。よっこらせっと」
お婆さんが立ち上がり、カウンターの後ろでごそごそと。
「お前さんには、この辺かね」
差し出されたのは、赤い表紙の魔術入門の書と、黒い表紙の錬金術入門の、二冊。
入門ってちょっと舐められた感じ。とは言え、錬金術の方は多分、入門編でも役に立つだろう。なーんにも知らないし。エリカも錬金術はやったことが無いと言っていた。
「ちょっと、中身を見ても良いですか?」
「ダメじゃ」
ええ? ケチ。
それだと、内容がかぶってたりすると、大損なんだが。
「目次くらいはいいんじゃないですか?」
ティーナが言う。
「仕方ないね。目次だけだよ。私がめくるから、アンタ達は触らないでおくれ。コイツは呪いを掛けてあるから、下手に触ると何が起きるか分からないよ。ふえっふえっふえっ」
防犯体制もしっかりしてるみたいだね。はったりかもしれないが。
「ええ。じゃ、まず、魔術入門から」
「あいよ」
ページをめくるお婆さん。
「あ、もういいです。前に持ってたヤツだよ」
「ああ。ちなみに、こちらはおいくらですか?」
「こっちは金貨一枚、こっちは二枚だ」
一冊一万ゴールドか。200万円。やっぱ、高いなぁ。
だが、ティーナに買えない物など無いのだよ!
「どうする?」
「こっちが欲しい」
錬金術入門を指差す。
「分かったわ。じゃ、こちらを」
ティーナが金貨を二枚、お婆さんに渡した。
一生付いて行きます!
「はいよ。ちちんぷいぷい、呪いよ解けよ!」
本当に魔術の波動を感じた。おっかないなあ。
「ほれ、持って行きなされ」
「はい。どうも」
本をリュックに入れる。
「どうだね、ついでに占ってやろう。銀貨一枚だ」
お婆さんが言うが。
「いや、それは良いです」
占いには興味ないし。
「じゃあ、大銅貨一枚に負けてやるさね」
今、スゲェ値下げしたな。何て値段設定なのよ。ぼったくりなのか、どうしても占いたいのか。
「ううん」
「ま、それくらいなら、いいんじゃない? じゃ、一枚」
「一人一枚だよ」
「ああ、はい」
ティーナが大銅貨を渡そうとするので、その手を押さえる。柔らかくて細い手だ。
「俺が払うよ。自分のくらい」
「そう?」
大銅貨を出す。ここまで、薬草や木の実を集めまくって街の道具屋で売り払ったので、そのくらいの余裕はある。
と言うか、魔術書を買うために貯金してたんだけど、ティーナに買ってもらっちゃったし。
やべえ。なんかヒモっぽい。後できちんと稼いで返すとしよう。あくまで借りだ。
「じゃ、順番にアンタからだね。むうんっ!」
人の頭程度の大きさの水晶玉に両手をかざし、気合いを込めるお婆さん。目が怖いです。
「ふむ、見えてきたぞ…お前さんは近々、死ぬ」
あの星が見えてるのか確認したいところだが、この世界に北斗七星は無さそうだしね。
「ええ? ちょっと…そう言うのじゃ無くて、恋愛運とか」
ティーナもいくら占いとは言え、納得が行かないようだ。
「なら、銀貨一枚じゃ。良いのが出るとは限らんがの。ほえっほえっほえっ」
「ううん、じゃあ、止めておきます」
引き下がるティーナ。その方が良い。後で気にするなとフォローしておこう。どうせ占いだ。
「じゃ、次はお前さんの方じゃな。むうん!」
魔法使いのお婆さんが俺を見てまた目をカッと開く。
「むむ」
どの程度の精度があるんだろうなあ? 単なる余興やお小遣い稼ぎなら良いんだが。
「おお、運命の出会いじゃ! ボーイミーツガールじゃな。めんこい女子じゃ。間もなく現れよう」
ほ、ホント?
「ええ? 運命って。むう。じゃ、帰るわよ、ユーイチ」
ティーナがぐいと俺の腕を引っ張り、お婆さんに詳細を聞きたかったのだが、仕方なく店を出た。
「お金、無駄に使っちゃったね」
「ん? ああ、占いは気にするなよ」
「そっちもね」
「うっ」
「なんで、そこで、もちろんって言えないわけ?」
「いや、ほら、あれだ、良い占いは信じて、悪い占いは信じないって」
「そうね。それだと御利益もありがたみも無さそうだけど」
「そうだなあ」
ま、俺の運命の人が出てきたら、またあのお婆さんのところに占ってもらいに行こう。ティーナには内緒で。




