第十三話 エリカ
2016/10/14 若干修正。
目が覚めた。
日はまだ昇っていないが、東の空が明るくなり始めている。
周りを見回すが、ティーナ、リム、クロ、リサ、それに人質だった女の子達が横になって眠っていた。
ほっとする。
ヌール子爵の魔の手から逃れ、キャラバンに合流した俺たちは今、ヌールリッツの街から少し離れた場所にいる。
よくあそこから逃げてこられたもんだ。
色々と準備の点で、反省もあるんだが。
でもまあ、生き延びた。ひとまず、背伸びをする。
「んー、ふう」
草むらにそのまま寝たので、背中がちょっと痛い。
商人達はもう起きていて、荷物のチェックや朝食の準備をやっていた。
と、その一人のロバートが俺に向けて笑顔で手招きするので、そちらに歩いて行く。
「お早うございます」
「お早うございます」
同じ挨拶を返すが、この人は奴隷の俺でも客人として扱うようだ。まあ、ティーナのパーティーだからな。向こうもこき使ったりはすまい。
「もうすぐ朝食にしますが、お腹が空いているようでしたら、これをどうぞ」
パンを差し出してくるロバート。
「ああいえ、待ちますよ」
「そうですか。昨日はなかなか大変だったようですね。リサさんから聞きましたよ」
「ああ。ええ、まあ、相手が相手でしたからね」
「ええ。秘密は守りますのでご安心を」
笑顔でそう言うが、別の場所で情報を売ったりしそうだな、この人。商人だから、人の良さそうな笑顔に騙されたらダメだ。
「金になる情報でも、無駄に敵を作っていては行商は務まりませんよ」
「そうですか」
「ええ」
「それに、ヌール子爵やオズワード侯爵はやたら税を取ってくるので、こちらとしても消えてもらった方がありがたいです」
肩をすくめて笑うロバート。
「ああ、それで街に入らず、ここで野宿を?」
「ええ。ですがキャラバンにとっては、野営はそれだけで危険が伴いますからね。この辺はまだモンスターが弱いし、数もいないから良いですが」
「そうですか。あ」
「ん?」
いくつか商品を見せてもらおうかと思ったが、今は忙しいだろう。
「いえ、何でも無いです」
「もし、何か入り用でしたら、遠慮無く仰って下さい。こちらも商売ですから」
「そうですか? じゃあ、薬草や煙玉のようなアイテムと、魔術書があれば見たいのですが」
「魔術書は生憎と持ち合わせておりませんが、アイテムの方はありますよ。それと、高級な服やローブもありますが」
高級服を扱う商人らしい。だが、ローブは間に合ってる。
「いえ、服の方は結構ですので」
「そうですか、それは残念。では、そちらはまたの機会に。おい、冒険者用のアイテムを持ってきてくれ」
別の商人を呼んで、持って来させるロバート。やはりこのキャラバンの一番偉い人らしい。
アイテムを見せてもらい、
干した野葡萄、ラック草の実、ラッパ草、ビオー草、メラトニ草、ジアミン草、煙玉、撒菱、目盛り付きの木のマグカップを大銅貨三枚、300ゴールドで購入した。
値段が高いか安いかはちょっと見当が付かないのだが、今すぐ欲しい煙玉や野葡萄など、必要なアイテムなので思い切った。
メラトニ草とジアミン草はそれぞれ、眠りの効果を持つという。
弓矢の鏃に塗って攻撃すれば、獲物を眠らせることもできるそうだ。ただし低確率で、寝たとしてももう一度攻撃すると目が覚める代物。麻酔とまでは行かないようだ。メラトニ草の方が効果が弱いが、安価で入手しやすい。一度見て覚えたので、次からは購入しなくても自分で見つけられると思う。
目盛りが内側に彫り込んであるマグカップは、料理人や薬師がよく使うそうだ。ガラスのビーカーもあるそうだが、そちらは割れ物なので、冒険者は持ち歩かないという。
「何を買ってるの?」
ティーナとリサが目を覚ましたようでこちらにやってきた。
「薬草やアイテムだよ」
「全部で大銅貨三枚ってところかしらね」
リサが目利きしたが、適正価格らしい。
「じゃ、ちょうどだ」
「そ。私も、ジアミン草と煙玉、もらうわ」
リサも買い込む。
「毎度どうも」
「このピンクの粒は?」
ティーナが興味を示して質問すると、ロバートが答える。
「それはラック草の実ですよ。お通じが非常に良くなります。毒の下しにも使いますね」
「むむ。じゃあ、こっちのラッパみたいな花は?」
「ラッパ草です。こちらは下痢止めに使います。食中毒にも効果があります」
「そ、そう」
「くっ! ここは!」
後ろで声が聞こえ、例のエルフが目を覚ましたらしい。
「落ち着いて。ここはもう安全よ」
ティーナが説明するが、エルフは立ち上がってこちらを睨んだまま身構える。
「むっ」
「アンタをあそこから助け出したのは私たちなんだけど。お礼くらい、して欲しいわね」
リサが腕組みして言う。
「ふん! 誰も助けてと頼んでないわよ、人族」
ビシィッと、指差すエルフ。これは、
「本当にありがとうございました。あなた方は命の恩人です。特にユーイチ様、ポッ…」
なんていうアレやコレやムフフなイベントは発生しそうに無い。
顔が超美形なだけに、凄く残念です…。
でも、いいのだ。
人助けは見返りを求めてやるモノじゃ無いし。
「あっそ。じゃ、そこの商人から靴を受け取ったら、勝手にしなさい」
リサも最低限のことは教えてやるようだが、突き放したように言う。
「む。私の杖と鞄は?」
「知らないわよ。まだ子爵の館にあるんじゃないの?」
「いえ、多分、ヤヌールの街の詰め所じゃないかしら? あなたが捕まったのはそこでしょう?」
ティーナが言う。
「むー。ここはどこよ?」
「ヌールリッツから少しだけ北に行ったキャラバンの野営よ。行きたい場所があるなら、費用は私持ちで、送り届けてもらえるわ」
リサが答える。
「冗談じゃ無いわ。また鎖に繋げようったって、そうはいかないんだから!」
大きな目をさらに開いたエルフは、ちょっとヒステリックになっている。なだめてやりたいところだが、俺は黙って女子二人組に任せておいた方がいいだろう。この二人、コミュ力は高いし、エルフはさっきから俺をしきりに警戒してるし。
「待ちなさい。警戒するのはわかるけど、冷静に考えれば分かるでしょ。あなたをまた捕まえるつもりなら、縄でぐるぐる巻きにしてるし、魔術士の口を自由にすると思う?」
「むむ。むぅ。生け贄にしたり、血を飲んだり、素材にするつもりは?」
「「「 無い無い 」」」
その場の全員が手を添えて首を横に振る。
「そう…」
ようやく落ち着いてくれたようだ。こいつを怒らせると電撃が飛んでくるからな。要注意だ。
「そこのアンタ、ちょっと装備を見せなさいよ。あと、レベルも」
エルフがティーナに要求する。
「ええ? いいけど」
ティーナが冒険者カードを取り出して見せる。
「レベル17? そんな。それに、カルマがやたら低い…人族のくせに、ライトロウなんてムカつく」
「いや、人族のライトロウなんて珍しくも無いわよ?」
「ダークがほとんどじゃ無いの?」
「ううん、そんなにダークはいないと思う。私は見た事無いし」
「む。それは嘘ね」
「ええ?」
「それより、この剣、魔力を感じるけど、何か特別な封印でもしてあるの?」
「さあ、私は詳しいことは知らないのだけれど、業物らしいわね。ミスリルよ」
「む。これが」
「アンタ、エルフのくせに、ミスリルを見たの初めてなの?」
リサがそう聞くが。
「むっ、ふん。そんなわけ無いでしょ。下手な細工で鈍い色だったから、分からなかっただけよ」
「ええ? その剣はかなり光ってると思うけど。夜は自ら輝く程にね」
リサが突っ込む。
「ふふ、それは月や星の光を反射しただけよ。これだから蛮族共は。知ってる? 金属はね、光の反射率は良いけど、自分では光ってないの」
わあ。
目を閉じてお澄ましのフフン顔しちゃいました。
「ふっ、それは物知りのエルフねえ」
リサがニヤニヤする。止めてあげて。
「当然よ。森の賢者、万物の霊長たるエルフに知らない事なんて無いわ」
「ええと、あなた、名前は?」
ティーナがエルフの子に名を問う。
「フン、人に名前を尋ねるときはまず自分から…まあいいわ、冒険者カードを見せてくれたし、それでよしとしてやるわ。私の名前はエリカよ。覚えておきなさい」
エリカか。名前は可愛いんだが、腕組みして大物ぶってみせるあたり、やたら小物臭いエルフだ。
「ん。えーと、エリカちゃん、ちょっとちょっと」
ティーナが手招き。
「ん? 何よ。ちゃん付けなんてしないで。私はもう大人よ」
「そ。じゃあ、エリカ、これを見て」
「んん?」
ティーナがエリカを警戒させないよう、柄の方を手で覆って反射の具合を見せる。
「えっ! 何これ光ってる!」
「ミスリルは鉱石の時から、ほのかに光りますよ。エルフの里の物はどうか知りませんがね」
ロバートが皮肉か配慮か、そんな言葉を交えながら教える。
「………」
引きつって、顔を真っ赤にしたエリカは、自分の間違いに気づいた様子。
さて、インチキだの何だのと、騒ぎ出すか?
「そ、そう。私の勘違いだったみたいね。ごめんなさい」
うお、素直に謝った。
決まり悪そうにそっぽを向いているが、こやつ、ツンデレの素質持ちでござるか?
「まあ、勘違いは誰にでもあることです。それより、朝食が出来ました。皆さんもどうぞ」
ロバートが言い、俺たちもありがたく頂くことにする。
「私は要らないわ。蛮族の食べ物なんて、食べられないもの」
「勝手にすれば良いわ」
リサがそう言い、まあ、要らないと言ってる奴に無理にお節介することも無いだろう。
「どうぞ」
女性の商人から、パンとチーズ、それに熱いスープの器を受け取る。ほのかに胡椒の香り。中身は玉葱だけのようだ。
「じゃ、頂きます。んー、美味しい!」
「旨いニャ!」
うん、味は薄めだが、オニオンスープだ。出来れば、もうちょっとコンソメみたいな出しが欲しいところだが、贅沢は言ってられない。チーズの方は上物で、外側は少し硬いが、中は柔らかく口溶けも良い。パンも宿屋の物に比べると劣るが、炙ってあって温かい。
「む」
ごくりと喉を鳴らし、クーという腹の音をさせ、こちらを睨んでいるエリカ。食べにくいな。
「んー、このむせかえる血の臭いと脂ぎった味が堪らないわー」
「魚の生臭さも最高ニャ」
リサとリムが変な嫌がらせをしてるし。この朝食には肉も魚も入ってない。ロバートが気を利かせて、エルフや病人でも行けそうな朝食にしたのだろう。
体育座りで涙目になっているエリカが可哀想になったので、俺のリュックから干した猫の実とさっき買ったばかりの干し山葡萄を持って、そちらに行く。
「な、何よ」
「これ、木の実なら、君も食べられるだろ」
森の賢者と言ったからには、森に住んでるんだろうし。
「くっ…」
少しだけ、躊躇したエリカだったが、食欲が勝ったようで俺の手から奪い取るように掴むと、猫の実を小さな口で頬張る。
「うう…」
泣きながら食ってるし。まずかったのか?
「ほっときなさいよ、ユーイチ。エルフなんだから、適当にその辺の草でも食べるわよ」
リサが言うが、そんな牛みたいな言い方しなくても。
「私を家畜みたいな言い方、しないでよ」
案の定、エリカが抗議してくる。
「あらごめんなさい。でも、パンもスープもチーズも嫌なんでしょ?」
「むう、ちょっと味見させなさいよ」
手を差し出すので、女性の商人が苦笑しつつ、パンやチーズを渡してやる。
「ん? あれ? 美味しい…」
目から鱗という感じで、ぱくぱく食べるエリカ。
「あのエルフ、相当若いし、きっと森から出たのも初めてよ」
とリサが小声で言うが、その通りだろう。




