第十話 潜入
2016/10/14 若干修正。
今、俺たちはヌール子爵の屋敷の茂みの中にいる。
そう、すでにスネーク中であります。
くそっ!
ティーナに叩き起こされ、やってきたザックと言う名の冒険者を紹介されたが、文句の付けようが無かった。
レベル52とか、もうね。
多分、このまま魔王を倒しに行っても、生還できると思うよ。
だって、ハイデーモンを鼻で笑っちゃう人だもの。
「ハイデーモン? ノーネームのか? 何匹やったかは覚えてねえなあ。グレートデーモンなら覚えてるんだが」
念のため、冒険者カードを見せてもらったが、
【 氏名 】 ザック
【 種族 】 犬耳族
【 年齢 】 34
【クラス】護衛騎士
【 Lv 】 52
【 属性 】 ライト E
ロウ C
【カルマ】 22
【特記事項】
影のザック
ドラゴンバスター
デーモンキラー
※以下非表示
特記事項が、ただ者で無い存在感を醸し出しておりました。
見た目はそんなに強そうには見えないんだけどね?
しょぼい感じの革鎧を着てるせいだろうか?
痩せているし、背丈も普通。
「ザックさん、強さは申し分ないですけど、条件には鍵外しとあるんですよ」
ナイト系らしいし、そこに最後の望みを託したのだが、
「地味に得意だぜ? ちょっとそこの部屋の鍵を掛けてみな」
そう言って、一瞬で鍵を外してしまった。
カルマが低いからいいけども、こういう人が泥棒をやり始めたら、どうするんだろうね?
「お見それしました。では、ザックさんに屋敷内を探ってもらうと言うことで…」
「もちろん、私たちも一緒に行くわよ?」
「いや、でも、素人が一緒だと、お邪魔ですよね?」
それでも食い下がった俺。
「ああ? 構わねえよ。見つかったら見つかったで、サクッとやっちまおうぜ、サクッと」
などとウインクしつつ笑顔でザックさん。
お相手、子爵なんですけど、その辺も気にも留めない御方のようです。
色々と不安だわー…。
一応、あくまで潜入調査、人質の安全が最優先ですよ、と念押ししたので、無用のバトルは控えてくれると信じたい。
「よし、じゃ、俺が先行して勝手口を開けてくるから、ここでちょっと待ってな」
とザックが言い残し、足音も立てずに走って行く。
「来いって言ってるニャ」
リムがそう言ったので分かったが、暗くて俺には先がよく見えない。
くそ、暗視の呪文も必要だった。
迂闊。
「じゃ、行きましょう」
皆に遅れないように付いて行く。
「おう、悪い悪い、お前ら、コレ、飲んどきな」
勝手口を入ったところで、瓶を渡された。
「これは?」
「暗闇でも見えるようになるポーションだ。こっから先は明かりは使えねえしな」
飲むと、野葡萄の味がした。あれを抽出したポーションのようだ。
「お」
まだ薄暗いが、厨房にいることは分かるようになった。
これも迂闊。
野葡萄、俺も集められたのに。
「じゃ、俺は二階を探す。お前らは一階だ」
ザックが簡単に割り振ってくる。
「えっ? 一緒じゃないんですか」
「手分けした方が早い。戦闘になったら、構わん、大声で呼べ」
「分かったわ」
いや、勝手に進めないで。置いてかないで、ザックさーん。
「ほら、行くわよ、ユーイチ」
「うえ。い、言っておくけど、俺は何があっても君の側にいるからな」
一階で手分けして探せなんて言われても困る。
「え、ええ。そんなに心配しなくても、警備兵、そんなにいないようだけど」
正門には兵士が二人いたのを確認済みだ。そちらには手を出さず、俺たちは縄ばしごを使って裏口に近い塀から侵入している。
縄ばしごを用意したのはザックさん。何も準備できていない俺たちと違い、やたら用意が優れた人だ。雇って正解だったね。
廊下をおっかなびっくり、進む。
先頭はティーナとリム。その後が俺とクロ。時々、後ろを振り返って安全を確認しながら、怪しい部屋を片っ端から開けていく。
「ここは書斎ね。誰もいないわ。行きましょう」
「ああ」
魔術書があるかも知れないし、探したいところだが、今はそんな時間も無い。
「でも、不用心ね…誰もいないし、明かりも付けないなんて」
ティーナが言う。
「ティーナのところは、夜でも明かりを?」
「ええ、いえ、大きな貴族は廊下の蝋燭や魔道具くらい、付けてるわよ」
「ふむ」
ま、俺たちは野葡萄ポーションのおかげで夜目が利くし、この方が良い。
「ここも、いないわね…」
「本当にここに運び込まれたのか?」
「ううん…、子爵様のお屋敷へ、と囚人は聞いたらしいけど。とにかく、全部探すわよ」
「ああ」
一階の奥へ向かう。
「ム、待つニャ。この先には誰かいるニャ」
匂いを嗅ぎ付けたか、頼りになるリム。
「攫われたエルフかしら?」
「多分、違うニャ。汗臭い男や鎧の臭いニャ」
ここの兵士達の寝所だろう。
「どうしようかな」
ティーナが確かめるかどうか迷う。
「後回しにしよう」
俺はすぐに言う。難しいところは後で良い。
「ええ」
廊下を折れて、別の場所に向かう。
「ここも臭いがするニャ。女だニャ」
皆で頷いて、そっとドアを開ける。
「メイドの部屋だわ。戻りましょう」
先に入ったティーナがすぐに言う。
そこで廊下は行き止まりだったので、引き返して今度は違う方向に曲がる。
すると。
「んん? ここ、地下もあるのか」
下への階段を見つけた。
「行きましょう」
「後が良くないか?」
「近い方からで良いでしょ。ほら、行くわよ」
階段を気を付けて降りる。
「む、これって…」
そこには、倒れた兵士が一人いた。
「どういうことだ? 先にザックさんがこっちに来たのかな?」
「むっ、その声」
別の女の子の声が聞こえた。ややハスキーな高い声。
こちらも聞き覚えがあった。
「こっちはティーナよ」
「ああ、私はリサ。また会うとはね…」
物陰からリサが出てきた。
金髪のツーサイドアップの小柄な子。右手にダガー、左手にはボウガンを装備。鎧は革鎧だ。
「その様子だと、アンタ達、ここに雇われた護衛でも無さそうね。私は人攫いを追ってここまで来たんだけど」
リサが言う。
「ああ、私たちもよ」
どうやらリサも同じ目的で忍び込んでいたようだ。下手にかち合って斬り合いにならずに済んでほっとする。
「そっちは何人?」
リサがパーティーの人数を確認してくる。
「四人。私と、ユーイチとリムとザック、彼は今、二階へ行ってるわ」
「そう。じゃ、ちょうど良いわ。この先に捕らえられた子がいるから、脱出を手伝ってちょうだい。一人で調べに来たんだけど、手に負えなくて」
「わかった。さっきの兵士は、あなたが?」
「ええ。薬で眠らせただけだけど、しばらくは起きないはずよ」
手際が良い。
睡眠薬とか、今度探してみるか。
廊下を進み、扉を開けると、そこは家具が何も無い小部屋になっており、女の子が八人、閉じ込められていた。
切れたロープも落ちており、縛られた者もいたらしい。全員、怯えていて、ちょっと痛ましい。
「さ、もう大丈夫よ。あとは、逃げるだけだから」
「エルフがいないわね」
ティーナが見回して言う。
「あ、その子は、もう一つ奥の部屋に。魔法が使えるとかで」
人質の子が教えてくれた。
「ああ」
「じゃ、リム、外へ案内してあげて」
「ガッテンニャ! みんな、あたしに付いて来るニャー」
俺とティーナとリサは、隣の部屋へ。
「んー! んー! んー!」
そこには、石壁に鉄の鎖で繋がれたエルフがいた。
見覚えがある。金髪のツインテール、ダンジョンで雷の呪文を使っていたあの子だ。
口には革の拘束具がしてあり、呪文が使えなくしてある様子。
にしても、何ここ、拷問部屋?
気分が悪いな。
「ほら、外してあげるから、暴れないで」
リサが外しに掛かる。俺たちが来る前も相当、暴れていたようで、強く鉄輪を引っ張ったか腕に怪我をしている。
元気そうではあるが、懐から迷わず高級ポーションを取り出す。
「これを」
拘束具の間から垂らして飲ませる。
「んくっ。んー! んー!」
「ちょっと、今外してるんだから、少し黙ってて」
リサがエルフに注意する。
「時間、掛かりそう?」
入り口を見張っているティーナが時間を心配する。
「いえ、もうちょっと。よし、取れた」
リサが両手両足の鉄輪を外し、拘束具も外した。
「あっ、ちょっと!」
すると、そのエルフは、俺たちには目もくれずに、部屋を早足で出て行った。
「まったく、お礼の一つくらい、言いなさいよ」
リサがムッとするが、まあ、怖い目に遭って逃げ出したかったんだろう。
となると、早く追いかけないとまずいか。
「追いかけるわよ」
リサもそう思ったようで俺たちに向かって言う。
「ええ」
「そうだな」
三人で追いかける。
「雨よ凍れ、風よ上がれ、雷獣の咆哮をもって天の裁きを示さん! 貫け! ライトニング!」
エルフが呪文を唱えたらしく、続けて、男達の悲鳴が上がった。
「うおっ! なんだ?」
「あの馬鹿、寝てる兵士を攻撃してる!」
廊下の先を行ったリサが言う。
「えー?」
余計な事を。
せっかく、このまま上手く逃げられそうだったのに。
酷い目に遭わされたから、お返しでもしたかったのかな?
でも、もうちょっと、考えて欲しかったなあ。
「エルフが逃げ出したぞ!」
男の声が上がり、廊下の向こうが明るくなる。わあ、これは早く逃げないと。
だが、ティーナもリサも、奥へ向かう。
「くっそ」
俺も仕方なく付いて行く。




