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異世界の闇軍師  作者: まさな
第四章 侯爵令嬢

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第五話 ヤヌールの街へ

2016/6/25 数行ほど修正。

 ゴブリンの大軍に襲われていたヒューズの街を後にして、俺たちはすでに次の街へと向かっている。


 結局、あの街では二泊しただけで、装備の変更も無かった。

 新しい街へ到着したら、まず店売りの更新を楽しむのがゲームの醍醐味だと思うのだが、こちらのリアル世界では、街の規模が変わらない近場だと、ほとんど売っている物も一緒だそうで、それは俺も確認した。

 なんだか悲しい。

 とは言え、所持金も多くないし、ティーナの金を当てにするのは色々とダメだろう。宿代は出してもらってるけど、

 エヘ。


 ヒューズの街では、ティーナが父親への手紙を記して配達の手配をしていたが、封筒に蝋を垂らして指輪で刻印するなど、ちょっと格好良かった。

 電子メールの方が遥かに便利だけど、刻印の封がしてある封筒も風流で良い。

 ティーナは俺が手紙の出し方を聞きたいと言うと、バリバリに警戒していたが、中身を見ないという約束で封筒はなんとか見せてもらえた。

 値段は便箋も含めて銀貨一枚、1000ゴールドとかなり高い。日本円で20万円もする。やはり紙が貴重品だ。製法についても紙ギルドが機密としているため、ティーナも知らないと言う。植物を潰して薄く伸ばせばいいのだが、知識はともかく技術的に俺でも難しいだろう。


 さらに配達が面倒で、方法は四つ。


 一つ目の方法は、郵便を専門の職とする業者に頼むやり方。

 配達業者は中規模以上の街にいるものの、値段が高いうえに依頼がひっきりなしのため、なかなか捕まえられないそうだ。ただ、これはほぼ確実に届くので信頼性が高い。下級貴族や商人がよく利用するそうだ。


 二つ目は、冒険者のクエストとして依頼する方法。

 主要街道のルートから外れていてもそれなりの値段で届けてくれるため、安上がりだ。ただし、冒険者の質がピンキリのため、届かないことも多い。冒険者の見極めが大切となる。最も手っ取り早く一般的。


 三つ目は、商人に頼む方法。

 ただし、懇意にしている商人で、届け先が商人の都合に合っていないと、引き受けてもらえない。値段は商人次第。成功率は高め。


 四つ目は、配下や知人に頼む方法。

 位の高い貴族は自分の家臣にやらせるのが普通らしいが、奴隷は逃亡の恐れがあるため、この手の遠出はさせないようだ。ふう、良かった。


 ヒューズは小規模な街のため、ティーナは二つ目の方法を採り、手紙も同じ内容を二通出すのだという。

 別々の冒険者に預けるが、料金も基本的に同じ。早く到着した方に上乗せなんてやると、足の引っ張り合いをやり始めたりすることがあると言う。

 

 手紙については、俺の魔法による発明でどうにか出来そうな気もするのだが、今のところ、出す相手がいない。ロブや男爵家の人間くらいしか知り合いはいないが、俺が戦から逃亡したままだというのをわざわざ報せて連れ戻しの危険を冒すのも馬鹿らしい。

 なので、空いた時間は、薬草集めや調合、新魔法の開発に費やした。

 

 集めた薬草はアロエ草やサロン草など、いつも通り。猫の実はそのついでに集め、余った分を薬草と一緒に市場で売った。猫の実は一つ2ゴールド、薬草は葉っぱ一枚1ゴールドで売れ、270ゴールドほど稼げた。日本円で五万四千円、ククク、一年後が楽しみだぜ、ギルバート。


 調合は、手持ちの薬草をすべて順番に掛け合わせつつ、有毒な物が出来ないかをパッチテストで確認する作業のみ。

 毒物ができあがったりするなら、調合は封印する必要があるが、今のところ、問題無さそう。

 毒キノコはヤバすぎるので手は出していない。モンスターに食べさせることが出来れば、戦わずとも勝てるかもしれないが、即効性は期待できない。モンスターが食べ物を食べている姿はリムもティーナも見た事が無いと言うし、望み薄だ。


 調合の実用的と思われる組み合わせは一種類だけで、アロエ草をベースにヨモギ草と毒消し草を混ぜてすり潰し、そのエキスに水を混ぜた三種の薬草エキスのポーション。毒消しと回復と止血を一度に行う効果を狙っているが、まだ効果は試していない。毒を伴う怪我をしないと試せないし…。


 そして俺の一番の関心事、新魔法だが、今はお風呂魔法を開発しようと色々頑張っている。


 お湯が自在に生み出せれば、シャワーができるし、温風が使えればドライヤー代わりに使えて風邪を引かずに済む。


 可能なら、体を洗う石鹸魔法やシャンプー魔法も生み出したいところだが、これはすでにティーナからビオー草というありがたい石鹸用途の薬草を教えてもらったので、優先度は低い。

 パンテ草がシャンプーだが、高級品で貴族しか使わないらしい。まだ見つけていないが、どこかには生えているはずだ。


 結論として、お風呂魔法はまだまだ先になりそう。

 難易度がとにかく高い。

 まずお湯の温度調節が難しく、さらにシャワーのような水を定量ずつ作るのはもっと難しいので、桶に熱湯を作るところまでしか開発できなかった。

 ドライヤー魔法も、熱風はすぐ作れるのだが、それだと髪の毛がちりちりになってしまうし、熱くて火傷する。風の起点を遠くに設定すると、今度は冷風になってしまうという…。

 温度をぬるめに上げる精霊っていないもんかね?


 クロはお風呂魔法に興味を示し、自分でも色々試していたようだが、基本的にはディスペルを中心に何か開発しようとしている。解除の呪文の発展系って何があるんだろ? 俺にはよく分からんが、好きにさせておこう。


「あ、街が見えたよ」


 ティーナが指差し、そちらを見ると、確かに塀が見える。ヒューズから徒歩で三日目、途中でモンスターを何匹か倒したが、それだけで無事にここまで辿り着けた。


「…ゴブリンの大軍はいないな?」


 思わず、周囲を見回す。


「大丈夫ニャ。近くにゴブリンの臭いはしないニャ」


 リムが言う。さすが獣人。でも、こいつベースが猫だよな? 猫って、鼻は良かったっけか?


「へえ、わかるんだ?」


「ゴブリンは臭いし、魚や臭いモンスターなら余裕ニャ」


 それを聞いて安心して頷いた俺とティーナだが、ティーナがすぐに引きつった顔になる。


「ち、ちなみに、私は臭ったりする?」


「ニャ? ううん、全然。ティーナは凄く良い匂いがするニャ。花の良い香りニャ」


「そう、良かった…今日はしっかり体、洗わないと」


 中世ファンタジーの乙女冒険者にとっては切実な問題だろう。

 俺の方は、奴隷生活で慣らされたせいか、一週間くらいは洗わなくても平気だ。もちろん、今日はしっかり洗うつもりだけど。野宿の間は体を洗うのは難しいので、次にいつになるかわからず、拠点でのお風呂は大事だ。と言っても、湯船につかれるわけでもなく、大きな桶にお湯を張ってその中に入り、布でごしごしという程度なんだけど。


「俺も」


「あたしはまだまだ平気ニャ。二週間は余裕ニャ」


 自慢げに言うリムだが、残念なネコミミ美少女だ。顔は良いんだけどねえ。

 赤毛はショートカットで特に手入れしておらず、ちょっとぼさぼさ。ヒューズの街でティーナがブラッシングしてやっていたが、もう元に戻っている。

 つり目気味の茶色い瞳は、夜になると黄金色に光るので、その時もホラーじみてちょっと怖い。


「なっ! ダメよ! うちのパーティーの子になってる間は、きちんと三日に一度は体も頭も洗いなさい」


 ティーナが怒ったように言う。


「ええ? まあ、分かったニャ。面倒だし冬は寒いから嫌だけど、夏はそれでもいいニャ」


「冬でも! よ」


「ムー」


 ティーナのパーティーにいる限り、そこは諦めるべき一線だろう。

 リムはすぐ機嫌が直る奴だが、この話でぎくしゃくしても良くないので話題を変えておく。


「街に入ったら、まず宿を探さないとな」


「ええ。それと、ここからはしっかり情報収集しないと。気を引き締めていくわよ」


 ティーナがそう言うが、ここから危険になるのだろうか?


「モンスターが強くなるのか?」


「ん? いいえ、王都に近づくから、多分、弱くなるし、あんまり出てこなくなると思うけど」


「ふむ?」


「じゃ、気を引き締める必要も無いニャ」


「いや、そうも行かないのよ…」


 困り顔のティーナはしかし、理由を語ろうとしない。まあいい。多少、俺たちに隠している事がいくつかあるようだが、それでも信用に足るリーダーであり、面倒見の良いご主人様だ。おまけに凄い美少女だし。

 もちろん俺の命を顔の善し悪しなんかでホイホイ売り渡すつもりも毛頭無いのだが、今のところ、他に行くところが無いし。

 こちらの世界の人間で、腕が立ち、仲間に公平に接し、善人で、清潔で、宿代を持ってくれるお金持ちの彼女に不満は無い。


「ま、命は大事に、慎重に行こう」


 いずれにせよ、冒険や戦闘の方針に変わりは無い。


「そうね」


 軽く頷いたティーナは微笑んで、前を向く。


「分かったニャ。あと、魚料理も食べたいニャ」


「ええ。多分、ここに何日か滞在すると思うし、宿の料理に出てこないようなら、買ってあげるわ」


「やったニャー! ティーナは甘いから大好き!」


 そう言って抱きつくリム。大喜びだな。


「ええ? ううん、いいけど、リム、男の人に抱きついちゃダメだからね」


「もちろんニャ!」

 

 そう言うリムだが、時々じゃれて俺に抱きついてたりもする。

 所詮猫だからな。

 本人は無自覚らしいので、俺の方は注意はするものの特に叱ったりしない。と言うか諦めてる。

 自分が女性という意識もほとんど無いようだし。

 お子様なのだ。


「さすがに、足が疲れたな」


 今回の俺は、ロドルの荷台に頼ったりすること無く、ずっと歩きっぱなしだった。

 熟練度のせいか、歩いても疲れにくくなり、筋肉痛もほとんど無くなった。

 最初はどうなることかと思ったが、この辺もなんとかなりそうだ。


「そう。私はそうでもないけど、今日はゆっくり休めば良いわ」


「ユーイチは体が弱いニャー」


 そう言って、俺におんぶでのしかかるように抱きついてくる奴。


「むむむ」


 こいつ、振り払おうとすると余計に面白がってしがみついてくるからなあ。

 ティーナが目の前にいるので、彼女が叱ってくれるのを待つ。


「リム、離れなさい。さっき言ったばかりでしょ。というか、なんでそんなにユーイチに抱きつくのよ」


「ええ? 別にユーイチだけに抱きついてるわけじゃ無いニャ」


「む、そうだけど…」


「次から、抱きついたら、魚一匹、減らすぞ」


 俺は効果的な躾の方法を思いついたので、言ってやった。


「ニャ、ニャんと」


「あ、それがいい。そうしましょ」


「二人とも酷いニャー」


 リムの愚痴は放置して、街へと歩く。街の門が見えてきた。門には兵士が四人と、門番にしては多い気がするが、すでにルドラの街が襲撃された情報が伝わって警備を強化しているのかもしれない。


「んん? 門番の兵士が何か受け取ってるな」


 街へ入ろうとする人が、何かを兵士に渡すのが見えた。


「ああ、ここは街へ入るのにお金が要るのよ」


「ええ!?」


 それどこのテーマパークですか。


「別に、そんなに大した額じゃないし、珍しくないけど?」


 珍しくないのかよ。


「お金が無かったら、どうするんだ?」


「さあ? 入れないと思うけど…」


 今でこそ猫の実や薬草をたくさん集められるようになってるからいいようなものの、ティーナにも出会わず、スキルシステムも発見してなかったら、俺は早々に詰んでたな。

 この世界の魔物(モンスター)、魔石は落とすけど、お金は落とさないし。

 それに、他にも俺の知らない面倒な制度がこちらの世界には色々と有りそうで、はあぁ、早く日本に帰りたい…。

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