第四話 町長とのお話
2016/10/2 誤字修正。
ゴブリン退治の報酬をもらって、さあ酒場へ繰り出すぞ、と言うところで町長の待ったが掛かった。
やり手のお偉いさんだけに、皆、何事かと表情が険しくなる。
「水を差したようで申し訳ない。ですが、あのゴブリンの事について、皆さんに少し詳しく伺いたいのですよ」
白髪の若い町長が笑顔で言う。
「ま、そう言うことなら構わねえぜ。俺もちょいと、あいつらは変だと思ってたところだしな」
ラッドが応じる。
「ありがとうございます。では、お茶をお出ししますので、皆さん、中へどうぞ」
報酬上乗せの人間は後回しにされたが、何人かに残らせて話を聞くと言うのが目的だったらしい。
皆、ラッドと同じように、あのゴブリンには不審な物を感じたか、断る者もなく、邸宅の中に入る。
猫のクロはさすがに中に入れるのはまずいだろうから、庭で待っていてもらう。
町長の邸宅は、立派と言うほどでは無かったが、それなりの広さが有った。ただ、男爵に比べると敷地は随分と狭い。
「ティーナ、男爵の下ってまだ地位があるのか?」
小声で聞いてみる。貴族階級については、王の下に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、俺はこれくらいしか知らない。
貴族の一番下が男爵だったと思うが、この世界では違うかも知れず、確認しておきたい。
「いいえ、一代男爵もあるけど、形としては同格だし、騎士じゃないかしら」
「ああ」
階級の方のナイトと言う奴か。アルフレッドやトムも騎士だったが、男爵にお仕えするという形だった。
「失礼、申し遅れましたが、私は上級騎士ですので」
町長が振り返ってにっこり。うえ、聞こえてたよ。
しかし、一代男爵やら上級やら、貴族だけでなく騎士の中にも序列があるようで、ややこしそうだなあ。
ひとまず、この世界では、上級騎士は家の名を持つが貴族には分類されない、と。
なら、慇懃無礼に思われない程度に謙っておけばいいか。
どのみち俺は奴隷だし、奴隷より下は無いよね?
「では、お掛け下さい」
食堂に案内された。
中央に十メートルはあろうかという大きな長方形のテーブル。白いクロスが掛けられており、左右にはたくさんの椅子が並んでいる。
なるほど、貴族の家によくある、あの長~いテーブルは、こういう会合の為に使うのか。
いつも不思議だったんだよね。家族が座る人数より無駄にデカいテーブルって。
町長が主らしく上座正面の端っこに座り、その左右にビクトールやラッドが座っていく。
おっと、適当に座ろうと俺も思っていたが、ヒュウ、危ない。奴隷の俺は一番下座だよな!
気づいて良かった。
出来る男は違うぜ!
「そんなの気にしなくて良いから、隣」
「えっ」
ティーナが端っこへ向かおうとした俺の手を引っ張り、強引に両肩を押して自分の席の隣に座らせる。
大丈夫なのか? と、左右を見回すが、咎めるような顔をした者はいない。
そもそも、使用人って立って待つのが普通じゃない?
「お気になさらず、ユーイチさん。あなたも、この街を救って下さった英雄の一人ですからね。客人としてもてなしますよ」
町長が笑顔を崩さずに言うが、この世界の地位の慣習や基準がさっぱり分からん。
ただ、ここで調子に乗ってふんぞり返ったりするのは止めておこう。
このですます調男、本心から俺を英雄だなんて絶対に思ってないはずだ。
営業スマイルなんかに騙されないぞ。
「ありがとうございます」
ティーナが一緒に来てくれと言ったので、何も考えずに付いてきてしまったが、次から遠慮しておこう。お偉いさんと会うってことは、平民や奴隷にとっては色々大変だ。リムが嫌がるわけだよ。
迂闊!
「で、町長。例のゴブリンのことだが」
ラッドがお茶が行き渡らないうちに話を向ける。
「ええ。私自身も何度か討伐したことはあるんですが、今回の報告のような訓練されて隊列を組むという話は初めてでして」
町長が笑顔を消して真顔で言う。
「だろうな。俺だって、そんなゴブリン、聞いたことがねえ」
「俺もだ」
この場にいる冒険者達が次々に頷いて同意する。今回の戦闘以外にも、皆、ゴブリンとやり合った経験があるようだ。あれだけの数がいたし、ドラゴンなどと違って繁殖力が有り、この世界でもポピュラーなモンスターなのだろう。レベル1で倒せるとも聞いた。あのゴブリンリーダーを除けば、小柄だったしな。
「整理しておきましょう。
まず、武装。まあ、ゴブリンは元々、拾った武器や防具を身につけることがありますが、業物となると話は別です。たまたま、かも知れませんが…」
町長があごに手を当てて思案顔になったが、あのゴブリンリーダーは上物の剣を持っていた。俺の目には普通の鉄の剣にしか見えなかったのだが、革鎧をスパッと切っていたし、切れ味はかなり良かった。
「そうだな。そこに業物の剣が落ちてりゃ、拾ってたって別におかしくはねえんだ。だが、業物を持ってるゴブリンがいたなんて話、聞いたことがねえ」
ラッドが言い、他の全員も黙り込んで思案顔になる。
「そうですね。次の点。先ほども言いましたが、隊列を組んで統率が取れていた。三匹ひと組の部隊をそれぞれ作り、しかも、武装や役割も細分化していましたね?」
町長が確認を取る。
「ああそうだ。剣、盾、槍、弓、部隊ごとに武器を揃えてやがった。人間様でも、なかなかああは行かねえ。相当訓練した騎士団でもない限り、な」
ラッドの言葉に、全員の顔が険しくなる。俺も、驚くには驚いたが、ゲームとはちょっと違うな、程度にしか思わなかった。今、改めて考えてみると、モンスターが徒党を組んだり隊列を組むのは、それだけで脅威。
「発言、いいですか?」
気になるので、手を挙げてみる。
「どうぞ。構いませんとも」
町長が頷くので、言う。
「確認させて頂きたいのですが、この世界のモンスターは、隊列は組んだりしないのですね? 過去の記録を含めてですが」
「ええ、私の知る限り、隊列を組むモンスターというのは記録にもありません。ですが、専門家というわけでも有りませんし、そこは調べてみる必要がありそうですね。この点については、伝手もありますし、私の方で学者に頼んでおきましょう」
「はい、お願いします」
俺が頼むことでも無いのだが、流れでそう言っておく。
伝説級ではなく一般のモンスターを研究し記録に残す学者がいるというのは、俺のゲーム感覚としてはちょっと盲点だった感じなのだが、大勢の人間が魔物に襲われて命を落とすのだから、魔物対策の一環として生態を研究する専門職がいて当然だろう。
モンスター事典とかあれば欲しいな。書物自体が入手困難だけど。
「私も、冒険者としては日が浅いから聞いてみるのだけれど、薬草を使うモンスターについては、どうですか?」
ティーナが言う。
「それについては、人型のモンスターが何種か、アイテムを使うと聞いたことがあります」
「ああ。ラッフルラッフルだな。毒の吹き矢を使う奴だ。黒いローブの。トレイダーに護衛任務で行った時に、出くわしたことがある」
ビクトールが言う。
ただ、そんな奴がいるとなると、隊列を組んでもおかしくないか。
トレイダーとは話しぶりからして国名もしくは地名だろう。
「そのラッフルラッフルって、魔法も使ったりするんですか?」
俺を見ながらティーナが言うが、俺やクロをモンスターカテゴリに入れないでくれ。
「いや、ラッフルラッフルは魔法を使ってこない。魔法を使うモンスターもいるにはいるが、何と言うかな、奴らは攻め手が少ない。俺たちは他の冒険者の戦い方を学んで取り入れたりもできるが、モンスターや獣ってのは行動パターンが決まってるのが普通だ。上位のデーモンを除けばな」
ビクトールが言うが、この人、上位悪魔ともやり合ったことがあるようだ。スゲえな。
俺もこの世界は初心者だけど、上位悪魔なんて出てきた日には多彩な攻撃を見せてもらう前に瞬殺される自信がある。一撃とかでやられちゃうんだぜ、きっと。HPもティーナやリムは百超えてるけど、俺は42だし。
そんなの、魔界や物語終盤のイベントでしか出てこないよね?
え? その辺にいたりするの?
ヤダ、怖い。
「ま、まあ、知能が高いと言われる上位悪魔はともかく、一般のモンスターはあまり考えると言うことはしませんね」
多少、顔を引き攣らせた町長だが、そりゃそうだよな。
「ハイ・デーモン? 昨日も出くわしたから、一撃で伸して来たぜ?」
「俺も俺も」
みたいなお気軽な、雑魚モンスター湧きの世界は嫌だ。
「それより、旦那、上位悪魔なんかとやったことがあるのか?」
ラッドも気になったらしい。
「ああ、一度だけだがな。西大陸のラタコンベを知ってるか?」
ビクトールが問う。
「ああ、知ってる知ってる。もちろん俺は行ったことは無いんだが、ラストダンジョンとか、帰らずの迷宮って言われてるところだろ?」
「そうだ。そこの第二十五層のボスがハイデーモンだった」
その場の冒険者達からオオという感心の声が上がる。
「で、倒したんだよな? でねえと、生きてここにはいねえだろう」
「倒すには倒したが、助っ人がいたからな。俺のレベルではまだ不足だった。さすがにこれ以上は無理だと思って、アタックはそこで中止にしてもらった」
「そうかい。だが、ハイデーモンを倒すとはなあ。さすがは旦那だ」
話題はそちらに移った感じがあったが、ビクトールはそれ以上話したがらず、ゴブリンについても引き続き警戒するという以外に対策は出ず、お茶を飲んでその場はお開きとなった。
「ティーナ、魔物が街を襲うって良くあることなのか?」
町長の家を出て、酒場へ合流しようと皆が移動しているとき、ふと、そこが気になったので聞いてみる。
「む。一匹二匹がたまに襲ってくるというのは聞いたことがあるけど、今回のように軍隊規模じゃないわ。ああ、戻りましょう。さっき、話に出てなかったし、そこも大事だった」
街の防衛はこなれているようにも見えたが、滅多にあることでは無かったようだ。ほっとすると同時に、今後、同じ事があるのかどうか、心配になる。
「おい、お前ら、どこに行く」
ラッドが引き返す俺たちに気づいて、聞いてきた。
「町長のところ。私たちはお酒は遠慮するわ。それじゃ」
「おう、じゃあな」
「ティーナは、酒が飲めないのか?」
宿屋でも彼女は酒は頼んでいなかったので、聞いてみる。すでにティーナは成人の儀は迎えていると聞いた。が、あれは、十五歳でやる成人式みたいなもので、社交界のお披露目パーティーをやったり、家でプレゼントをもらったりするそうだ。
大人の階段についてはこちらの乙女にとっても敏感な話だったようで、私、付き合ってる男性はいないからと真顔で念を押された。
「飲めるけど、今は止めておくわ。武者修行中だしね」
「ふうん?」
別に武者修行中でも構わないんじゃ無いかと思うが、本人の決めたことだ。俺も、二十歳になるまでは止めておこうか。すぐ向こうに戻れるかも知れないし、酒癖が付いていては困る。
町長が会ってくれるかどうか少し心配だったが、彼はすぐに面会してくれた。
「ああ、その点についてはご心配なく。私も、この街の過去の記録を調べてみたんですけどね、あれほどの規模で襲われたと言うのは初めての事です。すでに領主様には昨日のうちにご報告しておりますが、その点についてもまたやりとりすることになるでしょう」
兵士の配置も増やすそうで、抜かりは無い。その辺は俺たちが心配するまでも無かったようだ。
「良かった。じゃ、宿に戻りましょうか」
「ああ」
街を歩いて宿屋に向かう。
昨日はへとへとだったが、今日は賞賛の言葉と報酬ももらえたせいか足取りが軽い。
勇者なんて呼ばれちゃったよ、参ったね、うへへ。
「あ、そうだ、ティーナ」
「なに?」
「リムにお土産、買っていってやったらどうだ? アイツは銅貨より魚だろ?」
「あ、そうね」
店に寄り、獲れ立てだという魚を一袋買って帰る。これでリムも喜ぶだろう。
「あ、お帰りニャー」
戻って来た俺たちの気配に気づいてリムが部屋のドアを開けて出てきた。
「ただいま。えっ? な、なんなの、リム、この数は…」
愕然と立ち尽くすティーナと俺。
部屋の中には、大きな桶が四つ置いてあり、どれも生魚が山積みになっていた。
どう見たって一人で食べきれる数じゃ無いし。
どうすんのよ、コレ…。
「ニャッハッハー、ちょっと買いすぎたニャ。でも、銀貨は凄いニャ。一度、こういう大人買いをやってみたかった、はひっ!」
リムの鼻先にレイピアを突きつけるティーナ。
ま、当然だな。
いくらお金があろうとも、食べ物は粗末にしちゃいけません。
反省の色も全然見えないし。
「すぐ、返品してきなさい」
「そ、そんな…」
幸い、店も返品に応じてくれ、事なきを得た。
だが、二度とこのバカ猫にはお金は預けられないだろう。
次は金貨で大人買いしてみたいとか思ってそう。
いや、思うのはいいんだよ?
でもホントにやっちゃダメだよね。
それと、お人好しでやや世間知らずな感のあるティーナに任せ切りもダメだ。
このパーティー、俺がしっかりしないと…。




