第二話 冒険者の再会
2016/10/4 誤字修正。
「ちょっと場所を聞いてくるから」
ティーナがそう言って、近くの店に入っていく。
町長の館がどこにあるか、俺たちは知らない。呼ばれてはいるが、場所は自分たちで聞き出す必要がある。紙が貴重なため、案内葉書やパンフレットは存在しないのだ。代わりに、吟遊詩人なり、口伝が幅を利かせることとなる。
こんな時、ネットやGPSやカーナビが有れば…と思ってしまうが、あまり無い物ねだりは止めておこうか。いや…?
「お! 地図の呪文があるじゃないか。それっ!」
さっそく、無詠唱でマッパーの呪文を使った。こうして鍛えていれば、いずれは唱えただけで、街の全てのエリアを把握できるに違いない。今は一ブロックだけだけど。しかも、建物と通路の位置が分かるだけで、町長の家は分かりそうに無い感じだ…ぬう。
「分かったわよ。向こうだって」
見知らぬ人間でも平気で話しかけられるティーナは、この世界では俺より遥かに有能だ。
いつまで一緒にいてくれるかなあ。
あまり依存しないようにしないと。
どのみち、俺が元の世界に戻ったら、彼女とは別れる運命だ。
「ああ、いたいた」
立派な邸宅の前の道に、たむろしている冒険者達。まだ招待の時間では無いので、暇を潰しているらしい。
「よう、アンタ達か」
昨日、一緒にゴブリンリーダーと戦ったラッドが、陽気に手を上げ、挨拶してきた。あの時も良く喋っていたが、こう気さくに話しかけられる人たちって羨ましいね。すぐ彼女とか出来そうだし。くっそ、くっそ。
「ああ、ラッド」
ティーナも名前をしっかり覚えていたようで、むむ、好感度、高かったりするんだろうか…。
ラッドって爽やか系のイケメンなんだよね…。
「猫戦士がいないようだが?」
ラッドが見回しながら言う。
「ああ、リムなら、お留守番。堅苦しいところは嫌だって」
ティーナが答える。
「ははっ、そうかい。できりゃ、俺も遠慮したいところだが、一応リーダーだからな、これでも」
ラッドの仲間、トラッドとアッシュもこちらへやってきた。
「おい」
金髪ポニーテール頭のアッシュが俺に声を掛けてくるが、この人、ちょっと目が鋭くて怖いのよね。
「な、なんでしょう…」
なぜ俺に。何か気に障るような事でも? ティーナも警戒し細剣の柄に手を置いてこちらを見るが、あれか? 可愛い彼女を連れてるから許せねえ的な? それなら誤解ですよ、アッシュさん。俺はタダのお付きの人です。
緊張の一瞬。
「聞いたぞ。バズを治療してくれたそうじゃねえか。礼を言う」
因縁でも付けられるかと思ったら、お礼だった…。
「ああ、いえ、薬草は渡しましたが、やってくれたのは、ほとんどビクトールさんなので」
「だが、その薬草が無かったらどうなってたか分からねえとビクトールも言ってたからな。礼は礼だ」
拒否は認めねえぞ? みたいな目でギロっと。
「は、はい」
「おい、アッシュ、睨むなって。それじゃ礼を言ってるのか凄んでるのか分かんねえぞ。ユーイチがビビってるし、ティーナも警戒しちまったじゃねえか。悪いな、ちょいと悪人顔で、キレやすい男だが、根は良い奴なんだ」
そう言ってラッドがアッシュの肩に手を回すが、アッシュは嫌そうに腕を振り払った。うるせえよとかボソッと言って。キレやすいそうだから、彼は怒らせないようにしないとな。
一方、その間、ずっと黙っていた大男のトラッドは、すっとしゃがむと、干し肉をクロに差し出した。
「ニッ、ニー…」
クロもビビっているのか、俺の後ろに隠れる。トラッドも笑ってないし、顔はともかくガタイが厳ついのよね。でも、猫好きなら良い人なのかしらと思ってしまう。
トラッドは何事も無かったように立って干し肉をしまい込んだ。
ちょっと声を掛けづらい。
「バズって?」
ティーナが俺に説明を求める。そう言えば、バズのことはティーナには話していなかった。
「ええと…」
「俺たちの仲間の一人だよ。油断してあのゴブリンのボスに斬られて、ユーイチに治してもらったんだ」
俺が答えるより早く、ラッドがさっさと説明してしまった。
「そう。今、その人は?」
「宿屋で療養中だ。傷はもう大した事は無いんだが、俺は行かねえって拗ねちまいやがって。ま、ぷぷっ、ゴブリン相手に大怪我させられたってんだから、ちょっとへこむわな」
ラッドが噴き出すように笑うが、多分、このリーダーがさんざんからかったのだろう。ゴブリンはゴブリンでも、業物の剣を持ったボス級だから。バズには同情してしまう。
「笑うのは可哀想よ。実際、凄く強いゴブリンだったし、やられた人もいるんだから」
「そうだな。いや、まったくだ。知り合いじゃなかったが、アイツも運が悪かったぜ」
ラッドが一転して渋い顔になる。死人が出ているし、そこはラッドも弁まえている。笑ったら、殺されたポールの仲間が黙っていないだろう。
「おい見ろ、鉄壁のビクトールだ」
「おお」
冒険者達がざわつき、そちらに鉄鎧を着込んだ大男がやってくるのが見えた。鎧はフルプレートではなく胸当てのような感じだが、筋肉が凄いせいか、威圧感がある。
当の本人は、こちらに向かって、ようと手を挙げて笑った。何やら凄そうな人だが、偉ぶったところは全くない。
「そこの薬師見習い、これを返すぞ」
袋の中から乳鉢を掲げて見せるビクトール。
「ああ、はい」
それほど高価な物では無かったので、持ち逃げされても困る程では無いのだが、貸した物がきちんと戻って来るとやはり気分が良い。
「ラッド、取り込み中か?」
ビクトールがその場にいるラッドに聞く。
「いや、俺たちの用はもう終わったから気にしてもらわなくていいぜ、ビクトールの旦那。バズの礼を言いたかっただけだ」
「ああ。なら構わんな。じゃ、ほれ、回復アイテムだ」
「はい、確かに」
受け取る。が、妙にかさばっている。見ると、乳鉢や乳棒の他に、高級ポーションの瓶が十個くらい入っていた。
瓶の装飾でもすぐにそれと分かるが、濃い青色の液体だ。
割れないように一瓶ずつ緩衝材の布にくるまれている。
「あの、これは受け取れませんが」
俺がビクトールに渡したのは安物のポーションと薬草だ。ポーションは10ゴールド、薬草は2ゴールド。高級ポーションは200ゴールドもするので、価値が全然違う。
ポーションの代金はすでにもらったので、釣り合いが取れない。
「気にするな。薬草よりそっちの方が役に立つだろう。道具屋に寄ったんだが、ポーションも薬草も切れててな」
ゴブリンの軍隊の襲撃があり、冒険者も大勢出動したので、回復アイテムが売り切れたか。
売り切れなんてゲームではお目にかかれないので、ちょっとこれも、認識を改めないとまずいだろう。
思っていた以上に回復アイテムのストックは重要だ。
「それでも数が多すぎます」
「いや、持っておけ。俺はすぐに冒険に出る予定は無いが、初心者のお前は多めに持っておいた方が良い」
「うーん」
差額の代金を支払った方が良いだろうが、回復アイテムに全財産というのも厳しい。俺は魔法の書を買いたいのよね。きっと高価なものだから、貯金しておいてさ。
「じゃあ、私が差額を立て替えてあげるわ」
ティーナがそう言ってくれるが。
「待て待て、ビクトールの旦那が気を利かせてくれたんだ、見習いなら気持ちごと、ありがたく受け取っておけ。旦那にとっちゃ、ポーションの十や二十、どうって事はないんだからよ」
ラッドが言い、ビクトールもそうだと頷く。
「分かりました。では、このお礼はまたいつか」
金に余裕が出来たときにでも、返させてもらおう。ビクトールは有名人っぽいし、探すのはそんなに難しくないだろうし。
「気にするな。冒険者の貸し借りなんて当てにならんぞ。再会できるかどうかも分からん」
ビクトールの言うことももっともだ。モンスターが我が物顔で徘徊しているこの世界では、しかも、冒険者はあちこち旅をするんだから。電話もネットも無いでは、会う約束を取り付けるのも一苦労だろう。
だからこそ、言いたい。
「でも、鉄壁のビクトールは約束通りに返しに来てくれましたよ?」
それを聞いたベテラン冒険者の顔がほころぶ。
「ふふ、ま、そこまで言うなら、レベルを上げてこい坊主。ちなみに今いくつだ?」
「14です」
昨日、戦闘から帰って、冒険者カードも確認している。さすがに魔力切れで精神的にも疲れていたので、ステータスの呪文は使っていないが、カードの記載に間違いは無いはずだ。
ゴブリンの軍隊を倒して俺はレベルが二つほど上がった。
そんなものだろう。
数は結構たくさん倒しているが、雑魚ばかりだったし、レベルも上がれば上がるほど、次のレベルの必要経験値が上がってしまう。
「ふむ、思ったよりは上だったが、レベル20以下はひよっこ同然だ。無理だけはするなよ?」
「ええ、分かってますよ」
きっと、ビクトールの目には、俺がドットのように見えているのだろう。
スラム街の子供に大金を稼ぐ手段があるとは思えないが、少しはドットの意気込みを信じてやろう、俺はそんな気になっていた。




