第十六話 闇将軍
描写あっさりですが流血と死人が出ます。
2016/4/17 誰の台詞か分かりやすいよう数行を修正。
2016/3/15 誤字修正その2。
ここまではゴブリンの一部隊を相手に俺たちのパーティーは圧勝していた。
なにせ貫通攻撃可能な雷の呪文があった。
ま、所詮、何をやっても一撃の雑魚だものね。
だが、街の防衛戦全体では、人間側にも少なからぬ被害が出ていた。
俺たちよりレベルが上の剣士でさえ、重傷を負わされ、ベテラン冒険者の推測では、怪しいヤツがゴブリンに混じっているという。
それを聞いたとき、俺は、じゃあ、そいつはゴブリンじゃ無くて、違うモンスターを見間違えただけじゃね?
と思ったのだ。
が、今ティーナ達が苦戦している相手、
それは紛れもなくゴブリンであった。
「右からランサー三体が突っ込んでくるぞ!」
バズに死ぬなよと心配していた冒険者が告げる。ここにはティーナとリムの他、六人の戦士がいる。
相手はいずれもゴブリン、色や装備が異なるが、身長一メートル程度の小柄で、しわだらけの顔とやたら大きな目、とんがった耳、醜悪な姿と、特徴は共通している。
だから、ランサーと言っても、青くてカッコイイお兄さんでは断じてない。スピードもトロい、子供が竹槍を持って突っ込んできたという程度なのだ。
「くそ、こいつら、ちょこまかと」
「下がって! 弓矢が来るわ」
ゴブリンの一部隊の後ろの方にいる三匹がぼろっちい弓矢を引いて放つ。当たったところで、そう大した怪我は負わないだろうと思える短い矢。
「じゃ、先に矢を何とかするぞ!」
そう言って冒険者達が迫るが、大盾を持ったゴブリンがこれまた三匹、立ちふさがるように前に出てくる。
「何だ、こいつら」
俺は、稚拙な動きではあるが、その訓練された動きに、異様なモノを感じていた。
今までのゴブリンとは明らかに違う。
「ユーイチ、早く援護を。どれでも良いから、崩して」
ティーナがそう言うが、俺の魔法はあと一回しか撃てないのだ。
多少時間が掛かったとしても、一番、有効な敵を選んでおいた方が良い。
どいつが、一番厄介だ?
ゴブリンの部隊は、三匹がひと組で行動している。三匹ずつお揃いの装備だが、部隊が違うと、装備も違う。
それぞれ、槍、剣、盾、弓、棍棒、籠。
籠?
大きな籠を背負ったゴブリンは、怪我を負った仲間のところに駆け寄ると、籠から葉っぱを取りだし、手当しているようだ。
その葉っぱには当然、俺も見覚えがあった。
アロエ草だ。
なんと、薬草を使うゴブリン。
え? こいつらそんな知能があんの?
と呆気にとられている場合では無い。
戦闘中なのだ。
「籠だ! 籠のゴブリンを最初に倒せ!」
すぐさま叫ぶ。回復役を後回しにすれば、それだけ戦闘が長引き、不利になる。
「だが、あいつらは攻撃力が無い。面倒なのは弓と盾だ」
「それと、真ん中のアイツよ」
ティーナが剣を振るいながら言ったが、確認するまでも無い。鉄の鎧を着込み兜をかぶり、他のゴブリン達より二回り大きなヤツがいた。
そいつはその場から動かないが、ギャギャギャッと、何か仲間のゴブリンに指示を出している。
司令塔だ。
「分かった。じゃ、俺がその三つを引き受けるから、誰かは籠のゴブリンを仕留めてくれ」
「いいわ。私がやる」
リサが引き受けてくれた。飛び道具のボウガンを持つ彼女なら、容易いことだろう。
盾と弓とリーダーのゴブリンが一列になるタイミングや位置を探っていると、こちらに矢が飛んできた。
「くそ、気づかれてるな…」
俺が雷の呪文を使えるところまで知っているかどうかは分からないが、ゴブリン達には厄介で早急に排除すべき対象と認識されてしまったようだ。
この矢、当たっても大丈夫かもしれないと思わせる感じだが、急所という物も有るし、毒でも塗ってあったらさらに大変だ。まあ、冒険者の中に毒に侵されていた者はいなかったし、毒消しを大量に持ち歩いている俺はその心配も多分要らないのだが、やはり、敵の攻撃は受けないに越したことは無い。
矢が切れるのを待つか、と思ったが、籠から矢の束まで出してくる用意周到なゴブリン。
だから先に籠を片付けろと。
「ギャッ!」
リサが約束通りに、一匹の喉を貫いて、片付けてくれた。これであと二匹。
「リム! ユーイチを守ってあげて。私は他のゴブリンを牽制するから」
ティーナが言う。
「分かったニャ!」
リムがこっちに来て、矢を盾で弾き始めた。
よし、これで集中できる。
ゴブリンの盾部隊とリーダーは陣取りが一直線なので、全員は無理かもしれないが、盾部隊の一匹は仕留められるだろう。
全部ひとまとめというのは諦め、それで妥協することにした。
ゴブリンの弓部隊が補給を終えて元の位置に戻ったところを見計らい、雷の呪文を無詠唱で放つ。
「おお、貫通したぞ」
「雷だ!」
冒険者側から、歓声が上がる。
盾部隊の二匹が倒れ、弓部隊の一匹を仕留めた。戦果としては今ひとつだが、これで戦況は有利になるはずだ。
二匹目の籠も、リサが仕留めてくれた。残るは一匹だけ。
「ギャギャギャッ!」
「むっ? げげ」
ゴブリンリーダーが何か命じると、一斉にゴブリンが俺に襲いかかってきた。
「くそ! やられた、集中攻撃だ。早く魔術士を助けろ!」
「そんなバカな。こいつら、そう言うことはやらないんじゃなかったのか」
冒険者達が後手後手に回り、狼狽えているが、良くない傾向だ。
「くっ、ウニャー!」
ゴブリンリーダーと真正面からぶつかろうと構えるリム。だが、一番体格が良いし、装備も良い。すぐには倒せないはずだ。その間に他のゴブリンに囲まれるとまずい。
「リム、そいつは相手にするな。左を突破しろ」
俺が指示し、ティーナがいる方を選ぶ。彼女なら、この窮地でもなんとかしてくれそうな予感。
それに、そこにいる部隊は、怪我をして弱っている剣の部隊で、盾や槍よりはやりやすそう。
「ニャ! ティーナ!」
「ええ!」
ティーナが剣の部隊を後ろから蹴散らして、最短距離で俺たちと合流。まだ窮地から抜け出したとは言えないが、これで楽になった。前衛であるティーナとリムが俺を挟んで両側に立つ。
「籠、全員、仕留めたわ!」
リサが報告する。
「よし、あとは気長に長期戦だ。こっちは回復アイテムがあるが、向こうはもう使えない。リーダーのゴブリンは牽制だけして、雑魚から仕留めて行くんだ」
俺は言う。
ゲームの戦術のセオリー通りに。
数々のRPGを制覇した俺に死角は無い。
こちらの勝利はもう動かない。
「よし、挟み込んだ! 盾を片付けたぞ!」
冒険者の一人が言った。
後は俺たちを包囲していたことが逆に災いとなり、背後からから好き放題に襲われるゴブリン共。
だが、雷の呪文を前にして、次を使われてはと、攻撃的になるのは間違っていなかっただろう。
彼らは最善を尽くしたが、個々の能力が圧倒的に足りていなかったと言うこと。
隙を見て、俺は籠の薬草も回収したが、まだ使うほどの怪我人はいない。
「さて、残るはてめえだけだぜ」
戦士達がゴブリンリーダーを囲む。
「ギギギ…」
周囲を見回したゴブリンリーダーは、自分が不利であることは覚っているようで、それでも油断無く、突破口を見つけようとしている。
こういう奴は気を付けた方が良い。
「油断しないように」
言う。
「ハッ、あと一匹だけだぜ? 余裕だって、ぐはっ!」
だから、油断するなと言ったじゃん!
ゴブリンに見合わぬ素早さで動いたゴブリンリーダーは、余裕だと言って俺の方をよそ見していた冒険者の首をかっきった。
「ポールッ!」
派手に鮮血が飛び散って、倒れる冒険者。
ぴくりとも、動かない。
アレは、もうダメだ。
死んでいる。
致命傷だ。
「この野郎! よくもポールを!」
「いけない! 冷静になって!」
ティーナが呼びかけるも、ポールの知り合いらしき冒険者は止まらない。そのまま、怒りをぶつけるようにゴブリンリーダーと斬り合う。
「くそ、こいつ、強い? くっ」
彼は肩を切られたが、続く攻撃を何とか避けきり、さらにティーナも牽制に入った。
「見ろ、革鎧が簡単にやられたぜ。そいつの剣、業物だ」
だが、見たところ、変哲の無い、鈍い色の鉄の剣。ティーナのミスリルの剣は見るからに芸術品で、刀身も輝いているので、一発で他と違うと分かるが、ゴブリンリーダーの剣はそうでは無い。
だから、気づくのが遅れたか。
「レベルの低い者は手を出すな! 包囲して、牽制に努めろ。レベル22以下はダメだ!」
その場にいる全員に向けて俺は大きな声で言った。
「ちょっと、それじゃ私とリムは攻撃できないじゃない」
ティーナが言ってくる。
「だから、するなと言っているんだ。他に、レベル22以上の奴はいるか?」
一人もいないとなると、鉄壁のビクトールにお出まし願うしかないかとも思ったが、三人が剣を上げた。
見覚えがある。重傷を負ったバズを運び、怒ったように声を掛けて心配していた金髪のポニーテールの男だ。
バズの仲間だろう。
「俺たちのパーティーはレベル24がいる。この中じゃ、多分、最強だ。アッシュ、トラッド、囲むぞ」
その中の茶髪の優男が言う。金髪ポニーはアッシュという名前らしい。
「分かった!」
「おう」
三人が前に出る。腕前は分からないが、レベルからすれば最強だろう。あとは、剣術の熟練度がそれぞれどうかと言うところだが。
「じゃ、他は包囲とサポートだ」
「納得行かない」
ティーナが言うが、あなたレベル20にも届いてないでしょ。
どう説得しようかと考えていると、レベル24の冒険者が口を開いた。
「まあ、そう言うな。俺たちの誰かがしくじったら、補充は頼むぜ、嬢ちゃん」
「そうなる前に、四方から囲った方が良いと思うけど」
「いや、それだとかえって俺たちが動きづらくなる。スペースが無くなるし、仲間だけの方が、お互い、動きも分かってるからな」
レベル24の冒険者がそう言って、ティーナを納得させた。
「じゃ、私も、行けそうなら援護はするけど、ひとまずは様子見ね」
先ほどからボウガンを構えていたリサが言う。
「おう、俺たちに当てないなら、好きにやってくれて構わねえぜ」
「ラッド、口は良いから、さっさと手を動かせ」
「分かってるっての」
ラッド、アッシュ、トラッドの三人が、ゴブリンリーダーを囲んで、それぞれ斬りかかるが、鉄兜に鉄の鎧と、ゴブリンリーダーの防御力もかなり高い。
「ちっ、こいつ、受け流しまで出来るのか」
「囲まれたときの対処も知っているようだ。侮るな」
「そんなつもりはさらさらねえが、これならどうだ!」
ラッドが剣を振ると見せかけて、足でローキックを出した。ゴブリンリーダーの体勢が崩れる。
「よし、転ばせろ!」
ラッドが言うよりも早く、後ろを取っていたアッシュがタックル気味にゴブリンリーダーに突っ込んでいき、正面にいたトラッドは一歩下がってゴブリンリーダーが倒れるスペースを作った。連携の取れた良い動きだ。
「おお、くっそ、目潰しか」
転んだゴブリンリーダーは右手で地面の草を根っこごと引き抜き、土を振って目潰し攻撃とした。だが、土なので、それほどの効果は無い。さらに剣を利き腕から外したことで、トラッドの大盾の一撃を防ぎきれず、ガツッっと、兜が大きな音を立てた。大きな衝撃が行ったようで、ゴブリンリーダーの剣が止まる。
「よし、今だ、アッシュ」
「任せろ!」
兜と鎧の間、首を狙って真下に剣を落とすアッシュ。
「よし、終わったぞっ!」
動かなくなったゴブリンリーダーを見て、アッシュが高らかに宣言した。




