第四話 奴隷のお仕事を私ナメておりました…
2016/10/14 若干修正。
水汲みに行く道中、引き続き先輩のロブに話を聞く。
「あのお屋敷には、ロブさんと僕と、レダさんと、ご主人様、他には誰かいるんですか?」
「いや、いない。五年前に奥様が死んで、他には誰もいない」
「そうですか」
あのワダニには子供はいないようだ。いや、いてももうあの家からは出て行ったのかもしれない。
ひとまず、ブラック・カンパニー・ワダニの社員は俺とロブとレダの三人だけらしい。
…もうちょっと大きなカンパニーならなあ。
可愛い女の子がいてさ。
あの子とお話しできたらいいなあと思いつつ出勤したり通学する方が、やる気が出るってもんですよ。
それが、あの狂犬とマッチョと意地悪そうなおばさんじゃあね。
だいたい、なぜ、犬耳なのか。
俺はネコミミじゃないと萌えないし。
…いや? 猫族もいるのかな?
「ロブさん、猫の耳を持ってる人もいるんですか?」
「ああ、そう聞いた」
「おおお…。この村にはいないんですよね?」
「いないな。オラは見た事が無い」
だが、存在はしているらしい。
ネコミミ美少女。語尾にニャって付けて、前側をモフモフしたり、にゃんにゃんしたり、しっぽをナデナデ。
良いです…ハァハァ…。
「…ところで、ロブさん、どこまで水汲みに行くんですか?」
「まだ先だ。川まで行く」
「はあ」
歩く。
歩く。
てくてく歩く。
ちょっと疲れたので、屈伸する。
どうも以前より、足が細くなっている気が。
顔も変わってるんじゃなかろうか?
確かめようにも鏡は無い。
歩く。
…歩く。
いや、ちょっと待って。
「まだですか?」
「まだだ」
ええ? もう話し込みつつ、結構歩いた気がするんだが。
まあ、ロブが道を間違えるとも思えない。
道の先を見るが、山があるだけだ。
歩く。
……歩くのがだるくなってきたが、我慢して歩く。
この先に川があるのかなと思いつつ歩く。
日が昇ってきましたよ。
歩く。
歩くが………。
「いや、ロブさん、いくら何でも遠すぎるでしょう」
「だが、まだ先だ」
「ええ? 毎日こんな長い距離を水汲みに行くんですか?」
「いや、時々だ。足が疲れたなら、荷台に乗れ」
「おお。いいんですか?」
「いいが、水を汲んだら、オマエも歩け」
「…はい」
それでも、荷台の方が楽だ。
さすがに、巨漢のロブも一緒に乗ってしまうと、ロドルがバテそうだ。
荷車を止めてもらい、荷台に乗る。
進む。
ゴトゴトと揺れるのがちょっと不快だ。道は舗装されていないし、小石もあるから、車輪が乗り上げると結構ガクンと来る。それでも歩くよりは楽だ。
でもなんだろう?
こうやって荷台に乗って後ろの景色をぼーっと眺めていると、
凄く悲しい気分になってくる。
あの歌を思い出すからか。
奴隷と家畜は何が違うのかな。
「着いたぞ。降りろ」
「ああ、はい」
荷台から空の桶を下ろし、流れる小川の水を汲みに行く。
ロブがまず両手で川の水を掬って飲んでいたので、ここは飲めるのだろう。
喉も渇いていたし、出来れば煮沸消毒したいのだが、そんな事が出来る場所では無いので俺も手で掬って飲む。
冷たくて美味しい水だった。
もう一度掬って、飲む。
…もう一口だけ。
ふう、たぷんたぷんだ。
後でお腹、壊さなきゃいいんだが…。
「よいしょっと」
桶に水を入れると、結構重い。
自慢じゃないが、俺は五キロの米袋より重い物は持ったことが無い。
桶はその倍以上は優に有りそうな感じだ。
それが十個。
ロブが七つ運び、俺は三つ運ぶ。
ロブは片手に一つずつで、一度に二つ運べるので力持ちだ。
俺は両手で一つ運ぶのがやっとという状態。
「よし、帰るぞ」
「はい、ふう、はあ」
さすがの 大トカゲもこれは重かったようで、動き出しはロブと俺が荷台を押してやらないと荷を引けなかった。
このままずっと押して帰らなきゃダメなのかとうんざりしたが、一度荷車が動くと、ロブは手を離し、それでもロドルが引っ張ることが出来た。
「こいつは力持ちですね」
「そうだな。牛や馬や鳥にも負けるが、役に立つ」
「…鳥?」
「ああ。クーボだ。空は飛ばないが」
ペンギン、いや、ダチョウっぽい奴だろうか。荷車を引けるようだから、結構大型の鳥だろう。
チョ○ボだ。
見たいなあ。
乗って、あの屋敷から軽快に逃げ出したい。
ワダニの屋敷に戻ったときには、俺はへばっていた。
まだ台所の土間に桶を運び込まねばならず、腕が痛い。
「ほら、片付かないから、さっさと食べとくれ」
レダがテーブルにパンとスープを出してくれた。
と言っても、色は灰色で、あまり膨らんでおらず、外は固く、中も固い。
食感はモニュッとしていて、美味しくは無い。
甘みも無く、香りも今いちで味気ない。
あごが痛くなりそうだったので、スープに浸して少し柔らかくして食べることにした。
行儀がどうのこうのと言われるかと心配したが、ロブもレダも何も言わなかった。
スープはスープで、味が薄く、玉葱と何かの青菜が入っていたが、青菜が苦く、玉葱だけが美味しかった。
食事に期待はしていなかったが、固いパンには苦労させられそうだ。
続いて畑にロブと二人で行く。
レダは洗濯や料理が担当らしい。
ロブの方が親切そうだし、彼と一緒の方が良いだろう。
だが、鍬も持ったことが無い俺が畑を耕すとなると、これは厳しい。
「もっとこう、力を入れろ」
ロブがそう言ってお手本を見せてくれるが、いや、無理だから。
そんな筋肉ムキムキなら鍬も楽々引けるだろうけどね。
怒られるかと心配しながら鍬を振り続けたが、ロブはそれ以上は何も言わず黙々と鍬を振り続けた。
「あの、昼食は?」
お日様が下り始めても手を休めないロブに聞いてみる。
「んん?」
「昼飯は、無いのかなーって」
「ああ。腹が空いたなら、その辺の野苺や木の実でも採って食え。オラの分も頼む」
ロブが指さした先に赤い果物が見えるが、あれが野苺だろう。
許可も頂いたし、何より畑仕事がサボれるのでこれ幸いとばかりに森の方に向かう。
野苺を一つ手にとって、食べてみた。
「ふむ、まあ、悪くは無いな」
スーパーで売っているブランド物の苺とは比べるべくもないが、それでも甘みがあるし、何より固くないのが良い。
ただ、この服にはポケットが無いし、服に野苺の色を付けていたら、あのワダニ様になんと言われるか分からない。なので、野苺の蔓ごと引き抜いて持って行くことにする。たくさん生えているし、問題ないだろう。
「木の実、か…」
ロブがそう言っていたので、木の実も探してみることにする。
決して、決して畑仕事をもっとサボろうとか、そういう魂胆ではない。
先輩に従順であるが故の不可抗力なのだ。
森に少し入り、足下を見ながら歩くと、いくつか木の実が落ちているのを見つけた。季節は春だが、実の成る木も有るようだ。
松ぼっくりにそっくりの木の実が落ちているが、これは食べられない気がするので止めておく。
後は少し大きめのドングリ。固そうだが、二つ三つ持っていって、ロブに食べられるかどうか聞いてみよう。
あと、コレは何なのか……。
最初は生き物かと思った。
赤い洋梨のような形をした大きな木の実。二十センチくらいある。先端から猫の手のようなものが生えており、もうあれだ、見た感じはかなりヤバい。
ザ・異世界!
と言う感じだ。
触るのも結構怖いのだが、動かない様子なので、ちょっと指でつついて反応を確かめる。
オーケー、大丈夫だ。
猫の手は動かない。
肉球の部分をつついてみるが、ぷよんとしていて、肉球っぽい感触。毛の部分を撫でてみると、触っただけで毛が抜け落ちる。
「匂いはいいんだよな…」
鼻を近づけてみると、林檎のような甘い匂いがする。
ま、ロブに見せて、それはダメだと言われたら捨てるとしよう。
「ロブ、これなんだけど」
「ああ、猫の実だな。美味いぞ」
「マジで?」
赤い実の部分と、毛を取った猫の手の部分が食えると言うので、試してみる。
まずは赤い実の部分から。
こちらは抵抗感は無い。
「お、これは林檎に近いな…」
違う点は、赤い実の中身も全て真っ赤で、トマトのような食感。
みずみずしくて、味も良い。種も無いし、全部丸ごと食える。
この猫の実は一つしか持ってきていなかったので、半分だけ食べてロブに渡す。ロブは猫の手を引き抜くと、そのまま一口で食べてしまった。
「これも食べてみろ」
ロブが半分に割った猫の手を渡してくる。
俺が受け取ったのは肉球のある手のひらの方だ。断面を見るが、アーモンドを砕いた感じで、確かに木の実だ。別に骨も入っていない。ロブはもう口の中に放り込んでいたので、ままよと思いつつ、かじってみる。
「あ、なるほど。これはカシューナッツかな」
柔らかい食感の種。味はかなりクリーミーでそれほど甘みは無いのだが、普通に美味い。
さらに炙って塩をまぶしたらコンビニでも販売できるレベルだと思う。
「じゃ、仕事だ」
「ああ…」
そう来ますか。
周囲には誰もいないし、ワダニも見ていないので、サボろうと思えば、いくらでもサボれそうだが、真面目だ。
「半分は終わらせておかないと、ご主人様が怒るぞ」
「うわ、出来高制でしたか」
こういうのは時間給だろうと勝手に思い込んでいた。
ノルマが有ったのね…。
「そろそろ戻ろう。薪を切らないと」
必死で頑張っていると、ロブが言った。
日は傾いていて、もうじき夕暮れだろう。
「ああ、すみません。半分、行きませんでしたね…」
畑を見るが、三分の一ちょいで終わってしまっている。
そして、ずっと手を休めなかったロブは俺の十倍は仕事をこなしただろう。
「いや、怒られるが、いつもこんなものだ」
それは、全力でやっても無理ということなのでは、と思うが、俺が口を出しても鞭が返って来るだろうから、ここでは黙っておくことにする。
屋敷に戻り、今度は薪割り。
大きな斧を豪快に振るロブは、いとも簡単に薪を割っている。
が、俺の方は、薪に手斧を命中させることすら困難である。
「うお、くそ」
台の上に置いた薪が勝手に飛んで逃げるし。
ファー!
「ユーイチ、そんなに力、入れなくていい。こうやれ」
ロブが俺から手斧を受け取り、左手で薪を持って台の上で押さえたまま軽く一度叩き込む。
これでは割れないが。
そのまま手斧に薪を食い込ませたまま少し持ち上げ、もう一度台の上に今度は強めに叩きつけた。
すぱっと簡単に割れる。
「なるほど」
薪割りなんてしたことが無かったのでこれも当然か。
手を切らないよう注意しつつ、ロブのお手本通りにやると、俺でも簡単に薪を割ることができた。
これは楽しいかも。
「ユーイチ、もうそのくらいでいい。レダの所へ持って行ってくれ」
「分かりました」
薪を集めて縄で縛り、二宮金次郎のごとく、しょって運ぶ。
ま、さすがに、足下見ずに歩くって危険すぎるから、本があってもあんな真似、やらないけどさ。
足下に注意しろという警鐘を与えてくれる像は実に有益である。
「レダさん、薪を持ってきたんですが」
「ああ、じゃ、そこに置いといてくれ」
かまどの横に薪が積んであるので、そこに下ろす。
「じゃ、あたしは野菜を切ってるから、そこの鍋に水を入れて、火を起こしとくれ」
「ええと、はあ」
ロブの方は、レダに仕事を頼まれたと言えば、少しくらい遅くなっても怒ることは無いだろう。
言われたとおり、鍋に桶の水を入れ、竃の上に置く。
木の蓋もする。
火の付け方は、分からない。
「どうやって火を?」
「そこに火打ち石があるだろう。それと、枝を入れないと」
「ああ」
薪の横に小枝の束があったが、何に使うのかと思っていた。先にこちらに火を入れないと、いきなり薪に火を点けても火力が足りないのか。
「ああ、点いた」
火打ち石ではなかなか火は点かないのではと懸念したのだが、あっという間に枝は燃え上がっている。
「ちょいと入れすぎだね。もっと少なくてもいいさ」
「この枝は、油か何か、付けてるんですか?」
色も白い。
「それはファイアスターターの木の枝だよ。油なんか付けなくたって、そりゃ燃えるさね」
「へえ」
そんな木があろうとは。
この世界にはこの他にも生活に便利な自然の恵みがありそうな感じだ。
「暇なら、このすり鉢を手伝っとくれ」
「あ、一度、ロブさんの所へ戻らないと」
「仕方ないね。じゃ、さっさと行きな」
「はい」
ロブは小屋から干し草を出していた。ロドルに食わせると言う。
馬小屋の掃除もして、そこで今日のお仕事は終わり。
台所で夕食となる。
この場にワダニはいないのが助かる。
奴隷と主人は席を同じくしないのが慣習らしい。
ありがたや、ありがたや。
食事は、あのやったら固いパンに、卵がほんのちょっと入ったスープ、それに、チーズがひとかけら。さらに、俺が昼間に拾ったドングリに似た木の実が焼かれて出てきた。
これはバルブの実と言うそうで、固いが焼くと食べられる。少しえぐみが有って、猫の実に比べると味は数段落ちるので、これを持って来るくらいなら、猫の実の方が良さそうだ。
スープは微妙な味だったが、チーズはなかなか美味しかった。ただ、いつもチーズが付く訳では無いそうで、こんな量では、俺はともかく、巨漢のロブは厳しいのではと思う。
ロブもレダも文句一つ言わずに黙々と食べているが。
「それで、この後は?」
食後の後、小屋に戻ったロブに聞く。
「ん? 後は寝るだけだが」
日は落ちていて、真っ暗。蝋燭すら無い。
となると、なるほど、寝ることしかできないか。
とある奴隷の一日のスケジュール
朝の五時起床。
水汲み。
朝食。
畑仕事。
薪割り。
夕食の準備かロドルの世話。
夕食。
夕方七時就寝。
(※昼食は無し。休憩中に木の実や野苺を採って食っても良い)
………。
「あ、あの、ロブさん、休日なんてものは…」
「週休三日、夏休みは二ヶ月、春休みも二ヶ月、冬休みも二ヶ月あるよ!
勤続十年で一年間の長期休暇もバッチリさ!」
うん、そんな答えは返ってこないことは分かってるんだ。
でもね、でもね、ひょっとしたらって思うじゃない?
「休日? 何だそれは」
それが先輩のお答えでございました。ああ……。