第十二話 錬金術のアイディア
スラム街の母子のため、病気に効くという月見草を取りに来た俺たち。
途中、眠っているビッグクロウラーの大きさにちょっとビビったものの、戦闘に至ることも無く、無事、咲いた花を採って帰ることができた。
さすがにその日は、みんな寝てしまっているだろうから、調合だけにして、翌朝、またパンや卵を買い付けてドットの家を訪れた。
「ああ、そんな薬まで。本当にありがとうございます…!」
ドットの母親は感激したようにありがたがってくれた。これで治れば、いいんだけどね。
食事をまたティーナが作って、朝食がまだの俺たちも一緒に食べる。
「じゃ、コレを飲んで下さい」
黄色い液体のポーション。飲みやすいよう、すり潰した花びらに水を加えて、ポーションの空瓶に入れている。
「はい、頂きます」
ドットの母親が飲み干すのを見届ける。
「どうですか?」
ティーナが聞くが。
「ええ…」
「ま、そんなに、すぐ効いたりはしないだろうから。様子見だな」
言う。
「そうね。じゃ、また夕方、寄ります」
「どうもすみません」
「ありがとな、ねーちゃん」
「うん」
ドットの家を出る。
「じゃ、どうしましょうか。またダンジョンに行く?」
ティーナがそんな事を言い出すが。
「冗談だろう。あんなところに用は無い。俺は今日は魔法の鍛錬をやるつもりだ」
「そう。まあ、好きにしてもらって良いわ。私も、そうね、剣の練習でもしようかしら」
「じゃ、あたしは魚を獲りに行ってくるニャ」
「ええ、じゃ、今日は自由行動の日にしましょう」
宿に戻り、部屋で魔術の練習。
メモの呪文の発明なので、外でやる必要も無いだろう。
クロは隣で、ひたすら解除の練習。
なぜそれがお気に入りなのかは俺にはよく分からんが、好きにさせてやろう。個別の呪文の熟練度だけでなく、魔法全体の習熟度みたいなものがあれば、色々お得なはずだ。呪文の詠唱速度というパラメータがあったので、おそらく、そう言うカテゴリーの熟練度も存在すると俺は予想している。
さあ、メモの呪文だ。
「記憶を一時保管せよ! メモ!」
ダメだ。完全に不発。それに、メモって最後の掛け声は、なんか締まらないというか。言いにくいと言うほどでも無いが、呪文の形式から外れている気がする。できれば韻を踏みたいよね。
「思い出を書き込め! メモ!」
不発。
「記憶のペンよ来たれ! メモ!」
むう。
何だろう? かなり、様式から外れているという感覚。
このまま、キーワードを変えてもダメな気がする。
一番、問題があると思うのは、メモの単語だ。
コレがよろしくない。
言い換えよう。
「記憶を保管せよ! メモランダム!」
おお、これは良い感じだ。
なんか、もうちょっとで行けそう。
「記憶を記せ! メモランダム!」
発動した!
「ニー?」
「ふっふっふっ、さすが俺様。天才過ぎて、自分の才能が怖いよ、クロ」
「ニー」
いやいや、そう褒めるな。
「ニー、ニー、ニー」
「もういいって、うん? げげ」
クロが床と俺を交互に見ているが、床にメモという文字が黒字で書かれている。
いや、そうじゃないでしょ。
俺がやりたかったのは、記憶に保管したいだけであって。
しかもこれ、宿屋の床だから、タダの落書きになっちゃうわけで。
ここの宿屋はティーナが宿代を出してくれているが、グレードは高いはず。
「うわー、やべー」
まずは拭こう。
調合の器具を掃除する時に使ったボロ布を持ってきて、床をから拭きしてみる。
ダメだ、消えやしない。油性マジックみたいな感じ。
一階に降りて、裏手の井戸に回り、桶に水を汲む。
「ああ、アンタか。何か手伝おうか?」
などと、要らないときに宿屋の主人が無駄にサービス精神を出してくれるし!
「いえっ、結構です」
そそくさと、何食わぬ顔で桶を部屋に持って上がり、布を濡らして絞り、拭く。
「うわあ。このインク、何のインクなんだよ。ひょっとして材質ごと変えたのか?」
「ニー…」
仕方ない。ここは、魔術には魔術で、やるしかない。
「灰は灰に、塵は塵に…」
いや、遊んでる場合では無かった。ついね、何となくね。
では、お掃除呪文を発明するとしますか。
「床よ、消え去れーっ!」
なんてやると、さらにとんでもない事になる予感がするので、もう少し文言を考えてからにしよう。
まず、対象の認識だ。
この落書きをどう特定するか。
まあ、この落書きと指定すれば確実なんだろうけど、それだと今後の汎用性が無い。
せっかく今は時間があるのだし、じっくり魔法の開発に取り組んでもいいだろう。
インク。
違うな。それだとインクしか消せないし、インクで書かれた大切な物まで消しそうで怖い。
汚れ。
うん、コレだろう。穢れとやると、さらに文学的で俺的には好みだけど、違うモノが消えるかもしれず、あまり自信がない。
ついでに、範囲指定の単語も入れておこう。俺の魔力の限界を超えるような魔術になると、詠唱する呪文の単語が正しくても不発になってしまうだろうし。
次に、動詞だ。
消すというのが、最も簡単で思いつきやすい言葉だが、もう一工夫しておきたい。間違えて床を消したら、取り返しが付かない気がするし。
返す…、戻す…、戻れ。
うん、この辺だろう。
還れとやると、時間を遡りそうで良い感じだ。
…床が木に戻ったりはしないよね?
そこは対象を汚れに指定してあるから、平気だろう。
今の失敗でちょっと臆病になってしまっているな。
大丈夫、今度は問題ない。
確認が大事だ。
何事も。
「我の前に在りし汚れよ、元に還れ! クリーニング!」
うおっ、一発で発動しちゃった。
ちょっと怖い。
ドキドキしながら、床を確かめると、床が綺麗になっていた。
「ふう、助かった…」
「ニー」
クロをナデナデして一呼吸入れ、メモの呪文に再び取りかかる。
唱えること、四十回以上。
「記憶を分かちて封じよ、メモリー!」
もうこれでダメなら諦めちゃおうかな、なんて思っていると、上手く発動した。
あれだな、俺の意識が多分に反映されてるね。
つまり、メモの呼び出しはこうだ。
「封じた記憶を分かちて戻せ、メモリー!」
他の人が唱えて、同様の効果があるのか疑問になってくるが、とにかく、これで目的は達成した。
メモウインドウと名付けられた半透明のウインドウに、今唱えた呪文をメモっておいた。
ちなみに、俺の意識を集中させれば、ウインドウの濃度も自由に調整可能だ。
他人に見せるか見せないかも、俺の自由に調整できる。ただし、このメモウインドウに限った話だ。
「ニーニーニー、ニー!」
クロがメモリーの呪文を唱えたようだが、不発。
「ニー…」
「ふむ、ま、気にするな。俺しか使えないみたいだ」
俺だけの専用呪文。ふっ、効果はメモするだけだけどね。
「どうせなら、プリントアウトしたいなあ」
そう思ったが、何度やっても、紙は出てこなかった。どうやら、この呪文には材料が不足しているか、俺のレベルが足りないのだろう。
無から有を作るのはまず無理だと思うし、この世界に存在しない上質の紙だったりすると、相当、厳しいことになるだろう。
「いや、待てよ? そうか、組み合わせれば良いんだ」
紙の材料はパルプの木だ。似たような木を探してきて、呪文で加工するか、いざとなれば、スキルシステムでごり押しして、紙を自力で作ってしまえば良い。
「おお! 武器も防具も、お金も自分で作れる?」
やっべ!
そう、文字通りの錬金術だ。
キタコレ。
ついでに、お姫様も金髪エルフもロリっ娘も、錬金術で作っちゃおうかな。
ムフフ。
「お。ちょっと試してみるか」
さすがに、本物の人間なんて今はどう考えても無理だろうが、さっきの落書きの呪文、使えるかも。
「記憶を記せ! メモランダム!」
もちろん、床では無く、ボロ布に試す。
「うお、やった…」
裸のティーナ(俺の想像図)がボロ布に印刷されている。
「ニー…」
なんだクロ、その残念そうな顔は。
「これはあれだ、芸術だ」
「ニー? フゥ」
ため息までつかれちゃったよ。
しかし、白黒ってのが残念だね。もっとカラーで、写真のように鮮明に行かないかな。
呪文をいじる前に、頭の中のイメージを調整し、唱えてみる。
「記憶を記せ! メモランダム! くっ、ダメか…」
黒いインクしか出ないらしい。
ならば…。
色々試してみようと思ったとき、ノックがあった。
「ユーイチ、入るわよ」
ふおっ! ティーナだ。
いかん!
「ま、待て待て待て!」
「ええ? 着替え中なの?」
「そんなところだ。ええと、我の前に在りし汚れよ、元に還れ! クリーニング!」
これで証拠隠滅は完璧、そう思ったのだが。
「き、消えないだとぅー?」
「ねえ、何やってるの? 入るわよ」
「わー! 待て待て待て! いやーん!」
待てというのに、待ってくれないティーナ。
ひとまず、後ろ手に隠す。
こちらをジトッとした目で見るティーナ。
「今、何を隠したのかしら? ユーイチ」
ああ、そんな、神様。
俺は自分が絶体絶命の窮地に立たされていることを覚った。




